29.幻覚の主
近づいてきた『宝』の気配。
俺たち三人は、広がる幻覚の世界を進み続けていた。
「【稲妻】!」
サクラの斬り抜けが、目前に現れた巨狼を斬り払う。
すると斬られた狼は、霧散して消えていった。
「これも幻覚かぁ。しかもこの空間に来るのはもう三度目だよな……」
同じ場所を、行ったり来たり。
五階層後半の一部に広がった怪しい幻覚は、とにかくやっかいだ。
「この幻覚は、ダンジョンから放出されているのでしょうか」
「そういう特技を持った魔物がいるのかも。そうなると、どこかに身を隠してる可能性も……」
「なるほど、確かにその可能性もありますね」
リコリスの自信なさげな提言に、うなずくサクラ。
辺りを見回してみるも、暗いホールにこれといった変化はなし。
続く低木が、岩壁にまで浸食している光景が広がるだけだ。
「……ん?」
見上げた天井に、覚える違和感。
俺は足を止めた。
「宗一郎さん、どうしました?」
「ああいや、なんかこの天井が気になって……」
サクラの問いに答えながら眺めていると、突然天井が歪み出して――。
「下がれッ!」
思わず出た叫び声。
「「っ!!」」
次の瞬間、岩の天井を霧散させながら、何かが猛烈な勢いで落ちてきた。
地面を派手に鳴らし、石片を巻き上げながら着地したのは、巨大な一匹の蜘蛛。
俺は後方に飛んで転がるのと同時に、速い反応を見せたサクラと、腕を引かれて下がるリコリスの無事を確認。
「二人とも、大丈夫か!?」
「はいっ」
短く応えるサクラ。
「う、うん」
リコリスは突然のことに驚いたのか、こくこくとうなずいてみせた。
「こいつが、幻覚の出どころか?」
見ればその口元から、噴霧されている青白の粒子。
「この魔力粒子が私たちに、幻覚を見せていたというわけですね……!」
即座に現状を理解したサクラは、先陣を切って走り出す。
そして一瞬で、大蜘蛛の懐に入り込んだ。
その脚を狙って放つのは、刀の振り払い。
「っ!」
直撃も、霧散して消える。
目前の蜘蛛は、すでに幻覚に置き変わっていた。
「リコリス!」
「っ!」
新たに現れた大蜘蛛は、最後尾にいたリコリスのさらに後方から接近してくる。
その迫力に、思わず硬直。
それでもリコリスは強く拳を握り、がんばって自らを奮い立たせるように頭を振った。
「【ウィンドアロー】っ!」
放つ魔法が、迫っていた大蜘蛛を貫く。
しかしこれも、敵の放った幻覚。
大蜘蛛は狙いをリコリスに定めたのか、今度は二体同時に左右から挟み込むように接近してくる。
「【稲妻】!」
サクラが先んじて右の蜘蛛を霧散させると、リコリスはすぐさま左の個体に手を伸ばす。
「【ウィンドアロー】っ!」
放った風の矢は見事に直撃し、敵の連携を切り抜けた。
「一体目はオトリ。若干先行させた幻覚でかき回したところに、本体が攻撃する形ですね」
「いや……違う! 二体目も幻覚だ!」
「「っ!?」」
消えていく、二体目の大蜘蛛。
現れた本命の三体目は、速い特攻からの跳躍でリコリスを狙う。
気が付けば、駆け出していた。
俺はリコリスを守るように彼女の前に立ち塞がり、右手を突き出す。
「【フレアストライク】!」
放つ炎砲弾が、敵を吹き飛ばす。
弾き飛ばされた大蜘蛛は地面を派手に跳ね転がると、どうにか立ち上がって体勢を立て直す。
三体目は本物。
激しかった幻覚攻勢は、ここでピタリと停止した。
しかし大蜘蛛はこの状況を不利と悟ったのか、大量の魔力粒子を吐き出し始める。
「「「っ!!」」」
すると視界に現れたのは、二十匹に迫ろうかという大蜘蛛の一団。
人間の身長を大きく超える蜘蛛がズラリと並ぶ姿は、あまりに恐ろしい。
「来ます……っ!」
おそらく、大蜘蛛にとっては必殺の攻撃。
二十体の巨大蜘蛛が、一斉に襲い掛かってくる。
もちろんどれが本体かなど、誰にも分からない。
死闘の気配に走り出す、強烈な緊張。
「大変な戦いになりそうですね」
つぶやくサクラが、息を飲むリコリスが、覚悟を決めて構えを取る。
「…………」
そんな中、俺は自然と右の手を伸ばしていた。
脳裏に浮かんだのは、一斉に広がる大量の火花。
「【フレアストライク】!」
放ったのは、いつもの炎砲弾。
だが違うのは、ここからだ!
「……弾けろっ!」
手を握ると、まさに思い浮かべたままの形になった。
放った燃え盛る炎砲弾は、直進して炸裂。
そこから生まれた大量の火の粉が、大蜘蛛たちに降り注ぐ。
花火を思わせる一撃は次々に幻覚を消し飛ばす。
だがその中に一体だけ、ダメージを受けフラつく個体を発見。
「間違いない、あれが本体だ! リコリス!」
「【サンダーボルト】っ!」
リコリスはうなずき、駆け抜ける雷光を発射。
直撃と同時に稲光を走らせて、見事に敵本体を打倒してみせた。
すると大蜘蛛が斃れたことで、付近一帯に広がっていた幻覚も消えていく。
「高い天井を低く見せることで身を隠していたのですか……宗一郎さん、よく気づきましたね」
「なんかちょっと、違和感を覚えてさ」
「幻覚を打ち消した魔法も、本当にすごかったです」
「なんか不意に思ったんだよ。どれが本物か分からないのであれば、全部同時に攻撃すればいいかなって」
「そんな魔法のアレンジをとっさにできるのはダークロード様……いえ、宗一郎さんだけですよ」
「それはさすがに大げさだろ……」
「ここで大きな魔法を使えば、味方を巻き込む可能性もあります。なので軽度の魔法をたくさん放つというのはとても理にかなっているんです。やはりダークロード様はレベルが違います」
「…………」
な、なんかサクラは喜んでるけど、俺としてはドンドン『本来の力を取り戻して、ダークロードになっていってる』感じがして怖いんだけど……!
「……あ、あの」
俺がそんな自分自身に引いてると、今度はリコリスが声をかけてきた。
リコリスは少し恥ずかしそうにしながら顔を上げると、一度だけ俺と目を合わせた。
「助けてくれて、ありがとう……ええと」
「宗一郎でいいよ」
「…………宗一郎」
「っ!?」
わずかに、笑みを見せるリコリス。
一方サクラは、なぜか愕然としている。
「リコリス」
「なに?」
「それは少し……距離が近すぎませんか?」
「……?」
よく分からないことを言い出したサクラに、思わず顔を見合わせる。すると。
「おい見ろ! 幻覚が消えたぞ!」
「進め! 宝はもう目の前だ!」
幻覚が消えたことで勢いづいた探索者たちの、叫び声が聞こえてきた。
見ればサクラが取り出した魔法石は、さらに鳴動を強めている。
いよいよ五階層の宝も、目前まで近づいてきているのだろう。
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