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第48話 親友のギター

 私ね、中学三年の時に――真琴ちゃんっていう友達がいたの。

 いつも一緒で、学校が終わればそのまま遊びに行って、笑い合って。そんなふうに、毎日を過ごしてた。

 

 真琴ちゃんは頭が良くて、動物が好きで……本当に優しい子だった。ううん、優しすぎるくらい。

 でも、ある日、その真琴ちゃんがイジメられていたんだ。


 女の子のイジメってさ、男の子みたいに殴る蹴るとか、大声で怒鳴るとか、誰の目にも分かるような単純なものじゃないんだよ。

 無視されたり、靴や教科書を隠されたり……そういう、じわじわ心を追い詰める陰湿なもの。


 えっ、理由? ――そんなのないよ。イジメの切っ掛けなんて、たいていはくだらないものでしょ。

 クラスの子たちは、真琴ちゃんを孤立させるために、私の耳元で嘘を吹き込んできた。


「真琴が、楓のことウザいって言ってたよ」

「死ねって言ってたよ」


 ……普通に考えたら、あり得ないでしょ。真琴ちゃんがそんなこと言うはずないのに。

 なのに私は――それを信じることにした。……ううん、正確には、信じるふりをしたんだ。そうすれば、私は真琴ちゃんから離れる理由が作れるから。


 本当は分かってたよ。あの子がそんなこと言うわけないって。

 でも、私は怖かった。次にイジメの標的になるのが、自分になるのが――怖くて仕方なかった。

 だから、私は……真琴ちゃんと話すのをやめたんだ。

 真琴ちゃんは――そんな私に、なにも言わなかった。

 責めることも、睨むこともなくて。むしろ、私を気遣ったのか、自分から一人になってくれたんだと思う。


 私は気まずくて……それから休日に一緒に遊ぶこともなくなった。

 やがて、私は違うグループの友達と過ごすようになって、真琴ちゃんの周りには誰も寄りつかなくなった。


 でも――真琴ちゃんは強い子だった。

 無視されても、教科書や靴を隠されても、筆箱をゴミ箱に捨てられても……それでも絶対に学校を休まなかった。

 後から知ったことだけど、真琴ちゃんは自分がイジメに遭っていることを、家族にさえ話していなかったらしい。


 ――そして。あの日、最悪の事件が起きた。

 ……いや、正しく言えば――私が、それを起こしたようなものなんだけど。


 イジメっ子たちが言ったんだ。

「真琴のギターを壊せ」って。

 ああ、言ってなかったね。

 真琴ちゃんの特技はギターだったんだ。普段は引っ込み思案なのに、ギターを弾くときだけは別人みたいで。歌もすごく上手で……何度か無理を言って聴かせてもらったけど、本当に綺麗で、優しい声だった。


 真琴ちゃんは軽音楽部に所属していた。当時、イジメられていた彼女にとって、軽音楽部だけは救いの場所だったんだと思う。

 三年生は真琴ちゃん一人で、あとは下級生が数人だけ。そこにはイジメの手も伸びてこなくて、好きなギターに打ち込める最高の環境だった。

 そして、文化祭では――真琴ちゃんがギターを弾く予定だった。

 二年生のとき――引っ込み思案だった真琴ちゃんが、文化祭でエレキギターを弾いたことがあった。

あのとき、会場は釘付けになった。演奏は完璧で……普段は無口で大人しい真琴ちゃんが、ステージの上では堂々とギターを奏でている。そのギャップに、同級生たちの間では「格好いい」と噂になって、一時期は真琴ちゃんの周りに人が集まるくらいだった。


 今回も文化祭での演奏が予定されていた。

 きっとまた真琴ちゃんは注目される。――それが、イジメっ子たちには我慢ならなかったみたい。

 そして……彼女たちは私に指示したんだ。

「文化祭の前に、真琴のギターを壊せ」って。

 さすがに私は嫌だと拒んだ。


 でも――すぐに返ってきた言葉はこうだった。

「じゃあ、あんたが真琴の代わりになるんだ」

 あのとき、イジメっ子たちの数人から向けられた視線。


 今でも忘れられない。背筋が凍るほどの恐怖に、私は逆らうことができなかった。

 ……わかった、と頷き、真琴ちゃんのギターを壊す決心をしてしまった。

 私と真琴ちゃんは仲良しだったから、軽音楽部にもよく遊びに行っていた。

 だから、軽音楽部のルーティンも知っていた。


 当時、部長は真琴ちゃん。几帳面な性格で、必ずそのルール通りに部活動を進めていた。

 軽音楽部は午後三時に活動開始。

 ただ、その前に必ず二十分ほどのミーティングを行う決まりがあった。

 ――真琴ちゃん曰く、「活動を始める前にみんなで顔を合わせて話すことが大事」なんだって。


 真琴ちゃんは引っ込み思案だけど、部長としてはしっかりやっていた。

 花梨ちゃんみたいに周りを強く引っ張るカリスマ性はなかったけど――それでも、自然と人を惹きつける魅力を持っている子だった。

 自分から話すのは得意じゃなかった。けれど、人の話を聞くことに関しては誰よりも上手で。だから軽音楽部の後輩たちは皆、真琴ちゃんのことが大好きだった。

「真琴先輩!」って、まるで取り合いみたいに彼女の周りに集まって、くっついていたくらい。


 これはあくまで私の推測だけど……イジメっ子たちは当初、軽音楽部のメンバーにも手を伸ばして、真琴ちゃんを孤立させようとしたんだと思う。

 でも、それは失敗した。あの子たちはそんな脅しに屈するタイプじゃなかったし、むしろ真琴ちゃんがイジメられていると知ったら、相手が上級生であろうと立ち向かって守ろうとしたはずだ。

 ――そう。今思えば、もし真琴ちゃんが軽音楽部で自分のイジメのことを打ち明けていたら、きっと状況は変わっていたかもしれない。

 ……ああ、ごめんね。これは後出しの、ずるい言い方だよね。


 話が脱線しちゃったけど――私はその「ミーティングの時間」を狙ったんだ。

 軽音楽部のミーティングは部室じゃなくて図書室で行われる。だから、その時間帯だけは軽音楽部の部室は無人になる。

 私は、その隙を狙って……軽音楽部の部室に足を踏み入れた。


 軽音楽部の部室に入ると、ギター、ベース、ドラム……いろんな楽器がずらりと並んでいた。

 その中に何本かギターがあったけど、私にはすぐにわかった。


 ――純白のレスポール。

 真琴ちゃんが弾いている姿を、何度も見ていたから。間違えようがなかった。

 私は周りに人がいないことを確認し、そっとそのギターを持ち上げる。


 右手にずしりとした重みが加わった。……本来ならそこまで重いものじゃないはずなのに、その瞬間の私には、全身を押し潰されるような重さに感じられた。

 意を決して両手に持ち替える。

 心臓は爆発しそうなくらい激しく高鳴り、呼吸は浅く荒く乱れていく。

 その合間、頭の中を走馬灯みたいに、真琴ちゃんとの思い出が駆け巡った。笑顔でギターを弾く姿。休日に二人で遊んだこと。くだらない話で笑い合ったこと。

 ――一度は思い留まろうとした。

 でも、次の瞬間、イジメっ子たちの冷たい目が脳裏に浮かんで、全身がすくむ。


「……やらなきゃ、私が狙われる」


 恐怖から逃げるように、私はぎゅっと目を瞑り――そのまま、真琴ちゃんのギターを床へ叩きつけた。


 ドンッ。


 鈍く重い衝撃音が部屋に響き、同時に痺れるような振動が両手に伝わる。

 ――静寂。

 ゆっくりと目を開けると、床には変形して壊れたギターが横たわり、その周りには破片が飛び散っていた。


「あ……」


 言葉にならない息が漏れ、私は驚きと恐怖に突き動かされるまま、手に残っていたギターを投げ捨て、部室から逃げ出した。


 その夜、心臓はずっと早鐘を打ち続け、布団に入っても眠れなかった。頭の中には真琴ちゃんの顔が何度も浮かんで――それでも私は必死に呟き続けていた。


「私のせいじゃない……悪くない……悪くない……」


 声に出さなきゃ、自分が壊れてしまいそうで。

 そうやって必死に言い聞かせながら、私は震え続けていた。


 事件は次の日、すぐに噂になった。

 ――誰かが軽音楽部に忍び込み、真琴ちゃんのギターを壊した、と。

 その話を耳にしたイジメっ子たちは、私のところへ来て「よくやった」と笑った。

「アリバイは私たちが作る。あんたが犯人にならないようにしてやるから」

 ――そう囁いてくれた。


 その時の私は……胸の奥から安堵が込み上げていた。もし犯人捜しになれば、アリバイのない私が真っ先に疑われる。誰がどこで見ていたかなんてわからない。

 けれど、あの子たちが庇ってくれるなら、私が犯人になることはない――そう思ってしまった。最低だけど。

 けれど意外なことに、この事件はそれ以上大きくならなかった。

 真琴ちゃんが先生に向かって言ったらしい。

「犯人探しはしないでください」――と。

 だから、追及もなく、事態はひとまず収束した。


 ……でも。

 その二日後から、真琴ちゃんは学校に来なくなった。

 我慢強くて、誰よりも負けず嫌いだった真琴ちゃん。

 それでも心が、ついに壊れてしまった。

 そう――最後にトドメを刺してしまったのは、他の誰でもない。私だった。

 犯人探しをしないでくれた真琴ちゃんに、救われた。でも同時に、その優しさが私を一層、卑怯者にした。

 本当は感謝なんてしてはいけないのに。

 ――それでも私は心のどこかで、思ってしまっていた。

「……良かった。犯人にされなくて」

 最低だよね。本当に。


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