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悪役令嬢は追い詰められる


「そうか・・・ソフィアはジェフリーが苦手なんだな」


レオはお茶を飲みながら満足そうに頷いた。ちなみにレオがくつろいでいるのは勝手知ったる私の部屋である。


何故そんなに嬉しそうなんだ?


「ゲームの攻略対象者だというから心配していたんだが・・・。仲良くなれそうもないというのは朗報だな」


というレオの背後で、クリスとノアが


「本当に心が狭い・・・」


「全く・・・」


と囁き合っている。


私はジェフリーのことで不安を覚えたので、レオに正直に相談することにしたのだ。一人で考えていても限界がある。


「ジェフリー・ノーフォークというのは親戚と言っても、かなり遠縁なんだよな?」


レオの言葉に私は頷いた。ああ、ややこしい。私は説明が下手だから・・・。


「うん。父方のお祖父さまの妹さんが嫁いだ先で生まれた息子さんの息子らしいわ。ジェフリーのお父さまはノーフォーク子爵だったのだけど、お気の毒に奥様と二人で事故に遭って亡くなって、ジェフリーは一人残されたの。それで、えっと、ノーフォーク子爵位を継いだジェフリーの叔父さんが彼を引き取った。その叔父さんはジェフリーのお父さんの異母弟なので、ブロンテ公爵家と血縁関係はないの。ジェフリーだけがブロンテ公爵家の血筋なのよね」


「それは・・・遠い上にややこしいな」


確かに近くはない。


お父さまもお母さまもこれまで会ったことがなかったと言っていた。


ただ、ジェフリーとは血のつながりはあるし、魔力も強い。養子に選んだのは、両親を亡くして気の毒だからとかそういう理由もあるだろう。


「ソフィア、ノーフォーク子爵というのは、金銭的に困窮していて領地を手放すという噂があった。それが最近高位貴族からの資金援助があって、何とか持ちこたえたらしい。俺はてっきりブロンテ公爵が援助したんだと思っていたが・・・」


「お父さまは金目当てに近づいて来る人達は苦手だって避けているから・・・」


私の言葉にレオは頷く。


「ああ、実はヨーク公爵家がノーフォーク子爵に資金援助したそうだ」


「え!?ヨーク公爵が!?どうして?」


「よく分からない。だが、ヨーク公爵家が何の目的もなく資金援助するはずがないと思うんだ。ジェフリーについても情報がほとんどない。どんな奴かも分からないし、ソフィアの話だと信用できない人間のように思える。だから、ソフィアはジェフリーに近づかないようにした方がいい。」


「分かったわ。でも・・・パトリックのことはどうしたらいい?」


「ああ、従者の子か?そうだな。怯えているんだったら、引き離して正解だと思うぞ。不安なら王宮から信用できる騎士をブロンテ公爵家に派遣しようか?」


「・・・僕が公爵家に駐在してソフィアの護衛をしてもいいですよ」


というクリスの申し出をレオは半目で無視をした。


私は


「ありがとう。でも、大丈夫よ。ロニーもいるし、うちの護衛は皆優秀なの。パトリックのことは料理人のジャンがよく面倒を見てくれているわ。私も気をつけるから」


と出来るだけ笑顔で元気よく伝える。心配かけたくないしね。


それでもレオはどことなく落ち着かない様子だった。


「少しでも不安なことがあったら、王宮に急使を送ってくれ。すぐに駆け付けるから」


別れ際に手をギュッと握って、そう言ってくれたレオ。


「ありがとう。レオも気をつけてね」


「・・・ホントは二人きりになって思いっきりキスしたいんだけどな」


耳元で甘く囁かれて、顔がボッと熱くなった。


「・・離れたくないな」


と言って私の頬を撫でたレオは、最後まで名残惜しそうに何度も振り返りながら帰って行った。



*****


パトリックは厨房で働くのが楽しそうで、ジャンの弟分のような存在になっている。


料理経験はないが手先が器用なので結構役に立つと料理長が話していた。


私が厨房にしょっちゅう顔を出すので、一緒に料理をする機会も多い。


パトリックは卵が好きだというので、オムライスを作ってあげたら物凄く喜んでくれた。


「ソフィア様、こんなに美味しい料理は初めて食べます!」


と口の中に目一杯頬張って食べている様子が可愛くて、ついクスクスと笑ってしまう。


可愛いなぁ。小動物系かな?目がぱっちりと大きくて、頬を大きく膨らませているのがリスっぽいのよね。もっと美味しいものを食べさせてあげたくなる。


「卵が好きなら、今度プリンを作ってあげるね」


というと「ぷりん・・・?」と怪訝な顔をするパトリックも可愛い。


「プリンっていうのはなぁ、お嬢様が作って下さる珠玉のデザートなんだよ。甘くて、とろっとしていて、それでいてもちっとした食感も残っている奇跡のような甘味だ!一度食べたら虜になるぞ!楽しみだなぁ!」


と熱弁を振るうジャンを見て、パトリックは興奮したように顔を赤らめてコクコクと何度も頷いた。


パトリックはどんどん屋敷の使用人たちと馴染んで、幸せそうだ。最初の頃の怯えたような姿はほとんど見なくなったし、私にも屈託ない笑顔を見せてくれる。


ジェフリーはそれが面白くないのかもしれない。しょっちゅう厨房のパトリックを呼び出そうとするが、ジャンがパトリックを庇ってくれている。しかし、使用人の立場では限界があるのだ。ジェフリーの言うことに逆らうことは基本的に出来ないからね。


ジェフリーは相変わらず愛されキャラで家族や使用人の心をガッチリ掴んでいるし、ジャンが苦労する場面もあるようだ。


厨房の仲間だけは、パトリックの怯えている様子を見て警戒しているが、それ以外の使用人はジェフリーの底知れない恐ろしさには気づいていない。


打開策が見つからないまま時間だけが過ぎていた。


そんなある日、ジェフリーがパトリックを連れて庭を歩いているのが目に入ってきた。


パトリックの顔はどこか思い詰めているようで私は不安になり、こっそり彼らの後をついていった。


二人は庭師が道具置き場として使っている小屋に入って行く。


私は戸口の影に隠れて、二人の様子を伺った。


「トーマス・・・私はもう嫌だ。ソフィア様は君が言っていたような魔女ではないじゃないか!?どんなに脅されても、もう君には従えない」


と言ったのは何とパトリックだ。


トーマス???


心の中で疑問符が浮かぶ。


トーマスと呼ばれたジェフリーは何も言わずに黙っている。


「私は君の脅しにはもう乗らない。魔女に呪われて父上と母上が死んだなんて世迷言も信じるべきではなかったんだ。私はどうかしていた。ソフィア様は善良な方だ。彼女を陥れるようなことは出来ない。もう止めよう。私は公爵に真実を告白する」


フフ・・・という密やかな笑い声と共にジェフリー(兼トーマス?)の声が聞こえてきた。


「ああ、ジェフリー、君はまだ自分の立場が分かっていないのだね」


ん!?ジェフリーがパトリックをジェフリーと呼んだ?


情報量が多すぎて頭が混乱したが、ジェフリーとパトリックが私を魔女だと思っていて、パトリックのご両親を呪い殺したと思っていたことは理解した。


何故・・・?悪役令嬢は生きているだけでそんな評判までたてられるんだろうか?


だんだん、生きていてごめんなさいという心境になる。


でも、パトリックが実はジェフリーで、ジェフリーがトーマス(誰?)だったことは、私の理解のキャパを超えていた。疑問符が脳内をグルグル回っている。


ジェフリー(=元パトリック?)は


「確かにノーフォーク家で私の立場は弱かった。使用人の振りをしてソフィア様が魔女である証拠を掴むという馬鹿げた計画にも従わざるを得なかった。もちろん・・・魔女のせいで苦しんでいる人がいるなら助けたい、と思ったことは事実だけど・・・」


と力なく言った。


「はは。まぁ、あなたはそう思っていたんでしょう。私がそう仕向けたしね。ふふ。それぞれが違った思惑を持ち、違った目的で動いているんですよ。・・・そうですよね?ソフィアお姉さま。さっきからそこに隠れているのは知っていますよ」


私は突然名前を呼ばれて、心臓が止まるかと思った。


!?バレてた!?


どうしよう・・・と思った途端に体が動かなくなる。


同時に脳裏に断片的なイメージ(=映像)が浮かんだ。


なんだろう?前世でテレビをザッピングしているような感覚・・・。


**


最初の映像では、キャサリン(=ヨーク公爵令嬢)が何か喋っている。


「ねぇ、お父さま。ご存知?ブロンテ公爵家では養子を探しているんですって。噂ではノーフォーク前子爵の遺児を養子にするとか・・・?」


それを聞いた小太りの中年男性(多分ヨーク公爵)が


「ノーフォークは金に困っているという話だな・・・ふむ」


と考えている。


**


次の映像では、ヨーク公爵がノーフォーク子爵夫妻と密談している。ヨーク公爵の隣には澄ました顔のキャサリンがお茶を飲んでいる。


「そのジェフリーという遺児はここでは厄介者なんですなぁ?」


ヨーク公爵の声が狡猾に響く。


ノーフォーク子爵夫妻は黙っているが、ヨーク公爵は話を続ける。


「ジェフリーは前ノーフォーク子爵ジョージの嫡男。しかも、ブロンテ公爵家の血筋だ。だから、サイモン。君が死んだら、次のノーフォーク子爵を継ぐのはジェフリーだった。そして、今回ブロンテ公爵家の後継ぎとして養子に求められたのもジェフリー。彼だけが常に大きな幸運を掴む人生だ」


サイモン・ノーフォーク子爵は唇を噛んで俯いた。ヨーク公爵は嬉しそうに言葉を続ける。


「面白くないですなぁ。ジェフリーは邪魔者だ。彼を殺して君の息子の一人をジェフリーとして養子に送り込めばいい。ブロンテはジェフリーの顔を知らないだろう?ノーフォーク家の子供達は全員金髪碧眼という特徴がある。年齢さえ近ければ気づくはずがない。そうすれば、ブロンテ公爵家も手に入れることが出来る」


ノーフォーク子爵夫妻は真っ蒼になって、ガタガタ震えだした。


「まさか・・・そんなことは出来ません!?絶対にバレてしまいます。私たちが捕まってしまう」


「・・・だから、ジェフリー殺しの罪をソフィア・ブロンテ嬢になすりつけるんですよ」


「は?!そんなの無理に決まっているじゃないですか!どうやってそんな・・・バレたら私たちは破滅・・・」


**


また場面が変わった。


再びヨーク公爵邸で、ヨーク公爵とキャサリンが話している。


「・・・サイモン・ノーフォークの息子たちの中で、一番見込みがありそうなのは次男のトーマスだわ。一人一人会って確認したけど、年齢も合うしトーマスなら出来そうよ。」


というキャサリンの言葉にヨーク公爵は満足気に頷いた。


「資金援助をチラつかせればノーフォーク子爵夫妻は私たちの思いのままだ。ジェフリーとトーマスを入れ替えて送り込めばいい。トーマスはブロンテ公爵家の後継ぎとなり、ジェフリーは殺される。従者ならば警護は薄いし、注意を引くこともないから殺すのも簡単だ。そこに例のソフィアを誘き出して殺人の罪を着せるんだ。殺人者を婚約者に選んだ王太子は廃嫡。ブロンテ公爵もお終いだろう」


高笑いをするヨーク公爵の映像がユラユラと消えた。



そして、ハッと我に返ると小屋の扉が開いていて、トーマス(=元ジェフリー)が私を見下ろしていた。


何故か満足気にニンマリと嗤うトーマスは悪魔のように見える。


・・・怖い。怖い。怖い。


小屋の中では、床にジェフリー(=元パトリック)が這いつくばって、ブルブル震えていた。


「なんて・・・ことを!ソフィア様を陥れるために私を利用したんだな!そして、私を殺すつもりだった!本気で公爵家を乗っ取るつもりで・・・!!!」


怒りに満ちた表情で叫ぶジェフリー(=元パトリック)は、恐らく私と同じ映像を観たんだろう。


床を拳で何度も叩きながら


「くそっくそっくそっ!騙された!悪い魔女の証拠を握るためだって言われて・・・。普通だったらそんな話、信じることなんてないのに!あの時の私はどうかしていたんだ!」


とジェフリーは悔しそうに号泣している。


「・・・とまぁ、人間たちはくだらない思惑で、くだらない計画を立てている訳ですよ」


トーマスは平静に話し続ける。様子がいつも通りで、その『普通』がかえって恐ろしい。


「私は私で思惑がありましてね。ソフィア・ブロンテ公爵令嬢。私の目的はあなたです」


そう言いながら私に近づいて来るトーマス。


私は後ずさろうとするが恐怖で足が震えて上手く動けない。


その時、盾になるようにジェフリーが私とトーマスの間に入った。


「ソフィア様!どうか逃げて!公爵閣下に危険を知らせて下さい!トーマスは何かおかしい!」


ジェフリーの声を聞いて、不意に私の足が動くようになった。


私は必死で屋敷に向かって駆けた。パトリック・・・いや、ジェフリーが危ない。早く助けを呼ばないと!


私が屋敷に飛び込むようにバタンと扉を開けると、ちょうどそこにお父さまとお母さまが立っていた。


しかし、二人とも様子がおかしい。


私の言うことに全く聞く耳を持ってくれない。


「ジェフリー?彼は本当に素晴らしいわ」


「そうだね。彼が養子になってくれたらブロンテ公爵家も安泰だよ」


などと、私の言うことを無視して、ジェフリーがいかに素晴らしいかを話し続ける両親に私は背筋がゾッとした。


この屋敷全体が何となく気持ち悪い雰囲気に囲まれていて、鳥肌が立つのを抑えられなかった。


その気持ち悪さは国王が変調した時に味わったものとよく似ていたから。


お父さまもお母さまも私のことを見てくれない。私ではなくて、どこか遠くを見るようにジェフリーの素晴らしさを語る二人を見て、私は彼らに頼ることは出来ないと悟った。


二人は誰かに操られている・・・と思う。


『誰に?』とか『どうやって?』という疑問はあるが、そうでないと二人の変貌ぶりが説明できない。食べ物に薬が盛られた可能性はあるのかな?でも、厨房では何も異常はなかった・・と思う。魔法だったら、私はまだ学校で訓練も受けていないし気がつかない可能性が高い。


とにかくレオに知らせないと。


すぐに急使を送ろうとロニーに声を掛けた。しかし、ロニーの返事も予想外のものだった。


「お嬢様。今日は急使を送ることは出来ません」


ロニーは無表情で、声にも全く感情が籠っていない。


まさか?!ロニーまで?


私はパニックになって、その場から逃げ出した。


・・・ど、どうしたの?みんな、突然おかしくなって・・・。


私は厨房目指して一目散に駆けていった。


あそこは安全だという期待があったんだ。


でも、私は間違っていた。


厨房に入った瞬間に例の気持ち悪さを感じた私は、焦って周囲を見回した。


料理長やジャンは無表情で


「お嬢様。何かありましたか?」


と抑揚のない声で話しかける。


ダメだ。彼らも誰かに操られている。


私は恐怖で泣きたくなった。


お守り代わりにいつも襟につけているテントウムシに触れると、少し勇気が湧いてきた。


・・・大丈夫。何かあっても、きっとまたテントウムシが助けてくれるはず。


自分に言い聞かせて、厨房から出ようとした時にパトリック・・いや、ジェフリーとぶつかった。


「ソフィア様!ここから逃げましょう!早く!」


と言って私の手を引いて走り出す。


良かった。ジェフリー(旧パトリック)は正常だ。


私たちは息を切らせながら公爵邸の長い廊下を全力で走った。


しかし、外に出ようと正面玄関の扉を開けた途端に、トーマスがにこやかな笑顔を浮かべて立っていて、私は絶望感に座り込みたくなった。膝がガクガクして力が入らない。


助けを求めようにも、その場にいた執事や侍女たちは無表情で屋敷の奥に入って行ってしまった。


「ソフィア様、下がっていてください。私が奴の動きを止めます。その隙に逃げて下さい」


そう言うジェフリーは拳に魔力を集めているようだ。徐々に感じる威力が大きくなる。


そして、ジェフリーの掌からトーマスに向かって眩しい一筋の光芒が発せられた。


強い光とともに大きな衝撃がトーマスを襲う。屋敷の玄関が粉々に吹き飛んだ。


す、すごい・・・。ジェフリーってこんなに強いの?


しかし、衝撃が収まった時もトーマスは全く無傷でその場に立っている。


効かない・・・?信じられない・・・。あんなに破壊力があったのに?


ジェフリーは更に攻撃を仕掛けようとするが、トーマスは指一本でその動きを止めた。


そして、指で弾くような動作をするのに合わせて、ジェフリーの体が吹っ飛んだ。


壁にぶち当たって、そのままずるずると床に倒れ込むジェフリー。


つ、つよい・・・。なんていうの?もうレベルが違う。


でも、でも、トーマスってノーフォーク子爵家の息子の一人だよね?


私たちと同じ年くらいの?


こんな超人的な力があるなんて・・・信じられない。


トーマスは穏やかな微笑みを浮かべながら、私に近づいて来る。


いや!怖い!怖い!怖い!


その時、小さな機械音がして、私の襟元からテントウムシが飛び立った。


テントウムシ!頑張れ!


しかし、トーマスは呆れた口調で


「こんなおもちゃが役に立つとでも?」


と言いながら指を鳴らし、その瞬間にテントウムシがバラバラに解体されて地面に落ちた。


壊れたテントウムシの部品が地面に散らばるのをみて、私はまさに絶体絶命だということを実感した。



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