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言霊使いの木曜会  作者: 安芸咲良
こころ
2/10

 うちの高校は電車通学の人が多くて、駅からの道は制服姿で溢れていた。

 あたしもその中の一人で、ほのこと並んで学校へと向かう。

「へー、それでその人に惚れた、と」

「そんな話じゃないってば! 人の話聞いてた!?」

 まったく……ほのこはすぐラブコメにしたがるんだから……。

 でもほのこの書く小説は面白いのだ。イベントに出すたびにほとんど完売している。あたしもほのこの小説に惚れ込んで、部誌の表紙を描かせてもらったりしているのだ。文才はないけど、絵心はほのこに認めてもらっている。

 昨日あの後、ほのこにメッセージを送ったら、なんともうほのこはあそこを部室にすることを知っていた。なんでも顧問に聞いたらしい。教えてくれればいいのに……。言霊使いのことは知らなかったみたいだけど。

 先生の存在に、ほのこも驚いていた。当然だよね。まるで小説のようなのだ。ほのこだってなんだかんだ言ってファンタジーが好きだ。まぁ本人曰く、なんでも雑食に読むらしいけど。

「でも会うには一週間待たなきゃいけないのね。残念」

「いやでもあの資料館にはほのこもときめくと思うよー」

 あたしはあの洋館を思い出して、思わずにやけてしまった。あんな場所に住めたら最高だろう。自分の部屋が和室だから、余計にそう思ってしまう。

「放課後が楽しみだわ」

 メガネの奥のほのこの目が、楽しそうな色を映している。あたしも早く放課後が来てほしかった。


「ふむ、外観はなかなか」

 放課後、あたしたちは資料館に訪れていた。ほのこは資料館を眺めてそう呟く。

「でしょーでしょー? 中はもっとすごいんだよ」

 あたしは先陣切ってドアを開ける。

「おや、いらっしゃい」

 館長さんの声があたしたちを出迎えた。今日の館長さんはカウンターの中にいる。そうしていると本当に図書館の先生にしか見えない。まぁ元々図書館ではあるんだけど。

「こんにちは。今日はもう一人の部員を連れてきました」

「初めまして、文芸部部長の吉崎ほのこです」

 館長さんは穏やかな声で「こんにちは」と返す。あ、これはほのこも気に入った顔だ。よしよし、これからここがあたしたちの城になるのだ。首尾は上々!

「上に机と椅子を用意しているからね。お手洗いはこちら。先に二階を案内しようか」

 あたしたちは館長さんの後に続いた。

 階段を上がったところ、ギャラリーのようになっていたところにはモカ色の丸いテーブルと赤いベルベットの椅子が二脚置いてあった。

「館長さん! これ、わざわざ用意してくださったんですか!」

「うちにあった古いものだけどね。クッションは張り替えたばかりだから、座り心地は悪くないと思うんだけど……」

「すっごくいいです! わー最高!」

 早速座ってみたあたしを、ほのこが呆れた目で見ている。ほのこも座ってみればいいんだよー! これ最高だよ!?

 ほのこは丁寧に頭を下げる。

「わざわざありがとうございます」

「どういたしまして」

 館長さんのもの言いに、あたしはどきっとしてしまった。

 館長さんみたいなダンディなおじさまは、今まであたしのまわりにいなかったタイプだ。なるほど、これが枯れ専か……。枯れって言うのも失礼な話かもしれないけど。だって館長さんは、その気になればうちのクラスの女子半分くらいはメロメロにしちゃいそうだ。

「それじゃあ僕は下にいるから、好きに使ってね。閉館時間は下校時間と一緒だから。ここにある資料は自由に使っていいよ」

 そう言って館長さんは一階へ降りて行った。

「あ、ほんとに座り心地のいい椅子ね」

「だから言ったじゃん! ほのこのいけずー」

 まったくほのこは……。中学のときからこんな感じだから、もう慣れちゃったけど。

「それにしても、私も昨日来ればよかった」

「既読無視ってたのは誰だっけー?」

「それはごめんって」

 あたしは頬を膨らませてみるけど、別に本気で怒っているわけじゃない。ほのこだって顧問の先生のところに行ってくれていたそうだ。

「ま、いいけどね。そういやわたるには部室変わったこと言った?」

「まだ。メッセージ送っておいてよ」

「おっけー」

 もう一人の部員、北岡航はサッカー部とのかけもちだ。航は小学生のときからサッカーをやっていて文学少年ってわけじゃないんだけど、部員が足りないって泣きついたら名前だけ貸してくれたのだ。あっちの練習忙しいだろうに、なんで入ってくれたんだろう? まぁこっちはほとんど幽霊部員になっているけど。

 あたしたちは活動を始めた。と言っても、ほのこの小説ができるまであたしはやることがないから、絵を描いたり本を読んだり好きに過ごすだけだ。部誌も春と秋の年二回だけだし。ほのこは一生懸命ポメラを叩いているけど。

「それなんかに出すのー?」

「夏のイベントに出すやつと、秋口に公募に出すやつを同時進行で書いてる。イベントに出すやつは表紙お願いしてもいい?」

「りょうかーい」

 頼まれるとやっぱり嬉しい。マンガ絵しか描けないから美術部に入るつもりはなかったけど、正直うまいかなぁ?と思うレベルだから需要があるというのはモチベーションが上がる。

 なに描こっかなーと落書きしてたら、下でドアの開く音が聞こえた。そうして誰かが階段を上がってくる音がする。

「あれ? 航じゃん。どうしたのー?」

 学ラン姿の航が顔を覗かせた。今日は部活じゃなかったっけ? 航はなぜだか呆れた顔をしている。

「どうしたじゃねーよ。今日はコーチが遠征だからサッカー部は休みって言ったじゃんか。いつもの場所に行ったら覗きに間違えかけられたぞ」

「あ、ごめーん。航あんまり来ないから連絡忘れてた」

 元の部室――女バレの更衣室に行っちゃったのか。それは悪いことをした。

 航はギャラリーを見渡す。

「校内にこんな場所あったんだな」

「ね、驚きだよね」

 笑い合うあたしたちに、ほのこが呆れた顔を浮かべた。

「あんたたちは一年も通っててなんで知らないのよ……」

 む、ほのこは知っていたのか。教えてくれればいいのに。

「そういえば資料館行くって言ったら、この本預けられたんだよな」

 そう言って航は一冊の本を取り出した。一瞬ふわりと見えたものに、あたしの目は釘づけになる。

「あっ! 言霊!」

 一瞬だったけど、本に黒いもやのようなものが絡みつくのが見えた。昨日見たのと一緒だ!

「え? なにどれ?」

「なんの話をしてるんだ?」

 あたしは慌てて身を乗り出した。航の手から本をひったくるけど、もうもやは消えてしまっていた。

「あれー? 確かに見えたと思ったのに……」

 本をひっくり返してみるけれど、もうなんの変哲もない本になってしまっている。

「おいなんだよ。言霊ってなに?」

 そうだ、航にはまだ昨日のことを話していなかった。あたしは航に昨日のできごとを話して聞かせた。

 聞き終えて、航は盛大なため息を吐く。

「おまえ、まじでそんなこと言ってる?」

「あー! 信じてないね!? 館長さん会ったでしょ? あの人も言ってたのに嘘なわけないじゃん!」

「あの人嘘つきそうなタイプじゃないけど、担がれたかもしんないじゃん。ほのこ、おまえ見えた?」

「ううん。でも私は信じるよ」

 ほのこ……!

「だってその方が面白そうだし」

 ほのこ……おまえというやつは……。

 まぁ信じるにせよ信じないにせよ、先生が来る木曜日まで真相は分からないのだ。この本に言霊が憑いているなら、調べておかなければ。

 あたしは改めて本を見た。

「おぉ、なにかと思えば『こころ』じゃん」

 親愛なる夏目先生の超絶有名な著作だ。テンション上がる。

「ナツメソーセキだっけ? 俺、読んだことないや」

「はぁ!? 教科書にも載ってるじゃん! 一部だけど」

「まだやってないところよ、みちる」

 ほのこが冷静につっこんでくるけど、普通国語の教科書ってもらったその日に読んじゃわない?

「いい? 『こころ』の舞台は明治末期。夏休みに主人公の『私』が『先生』と出会うところから物語は始まるの。先生はずっと誰かの墓参りをしている。その理由を知らないまま、私は父親の具合が悪くなって故郷に帰ってしまうの。故郷で看病をしていた私の元に届いたのは、遺書とも取れる先生からの手紙だった」

「そこからが教科書に載ってる部分ね」

 ほのこが注釈を入れてくれる。そこは知ってたんだ。

「うん。手紙に書かれていたのは先生の過去だった。学生時代、下宿先のお嬢さんに先生は恋をしていた。だけど友人のKもお嬢さんを好きだったの。先生はKを出し抜いてお嬢さんに想いを告げてしまった。そして待っていたのはKの自殺だった」

「ちょちょちょっと待って!?」

 航のストップに、あたしは口を閉ざした。

「なに?」

「『こころ』ってタイトルからハートフルストーリーかと思ったらそんなドロッドロな話なの!?」

「ドロドロって言わないでよ、夏目先生の名作を! これは人間の葛藤と明治の倫理観を見事に描いている作品なのよ!」

 そんな昼ドラみたいに! 失礼にも程がある!

 航はそんなあたしに気圧されたようだった。

「で、その名作にどうして言霊なんか憑いてるんだよ」

 もっともな問いかけに、あたしは返事に窮した。

「それは、分かんないけど……。あっ、これ預けられたって言ったよね? 誰から預かったの?」

「ん? サッカー部の先輩だよ。部活休みって連絡を伝えに来てくれたときに頼まれたんだ。ついでに返しといてくれって」

「じゃあその先輩のせいかもしれない」

 あたしはまだ言霊に関して詳しくないけど、一つ一つ辿っていけば原因に辿り着くかもしれない。次の木曜までに粗方調べてしまって、あの先生をぎゃふんと言わせたい。

「ねぇお願い、航。その先輩紹介して!」

「え、あ、おう……」

 やった! 昨日の今日ですっごくいい調子。トントン拍子に事が進んで怖いくらいだ。

 あたしはかばんを引っ掴んで立ち上がる。階段を降りようとしたけど、二人がついてきてないのに気づいて振り返った。

「報われないわねぇ」

「うるせぇほっとけ!」

 なんの話をしてるんだろう? 早く来ないと置いてくよ?

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