「引き継ぎと覚悟」
「これ以降は出来レースというのか何というか、まあいろいろ理由つけて追い出されましたよね。」
山口総一は苦笑いした。
「まあでもこれでよかったんですよ。」
あれから山口は一時的に夜勤と日勤をたくさん入れられた。ある日、日勤中に事務所にいた際、急に咳が止まらなくなり、耐え切れなくなった。職場の同僚が気づき、その後病院で検査したところ、持病の喘息が悪化したとわかり、しばらく仕事ができなくなった。
それで今の職場に不適格と判断され、別の部署を打診されたが、それでは意味がない。そして転職する覚悟を決めた。ほどなくして次の職場が決まり、静かに気持ちを切り替えていくように準備を始めていた。
実は、辞める前に大野さんに一言だけあいさつしようと思い、夜勤中にこっそり会いに伺ったことがあります。
大野さんはとても喜んでくれ、これまでどういう思いでこの会社とやり取りしてきたか話してくれました。そして「君の判断を尊重する。応援してる。」と言って、私の背中を押してくれました。それで「お前がしてきた仕事は俺がちゃんと遺すようにしていくから。」と力強く言ってくれました。
話終わった時にはもう日が昇ってきていた。
山口は息を大きく吸い込んだ後、ゆっくり吐き、静かな足取りで職場を去っていった。
「山口の仕事を遺すのは俺のこの会社での使命だと思ったね。」
大野宗治にとって山口の仕事は自分が成し得なかったものの究極系であった。遺さない手はない。では、どう遺していくか。
「山口さん、マニュアル作ってる?」
「はい。まだまだ作りかけですがすでに各設備については一通り流れは作れています。」
そうか。山口には未来がある。俺はこの職場に残り、遺していくんだ。
「それ、俺が引き継ぐから。山口さんは次の職場の準備を整えていくといいよ。」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですか?」
「ああ。というより今までありがとう。山口さんがいなかったら俺もまだ悩むことがきっと多かったと思う。だから、むしろやらせてくれ。」
「あいつがにこり、と笑うのを見て、俺は自分の選択がきっと間違っていない、と確信したんだよな。」
大野は手を強く握って頷いていた。
それから大野は自分のことについて山口に話していった。
もともとは機械のエンジニアだったこと。不況で職に溢れ苦労したこと。今の職場に拾われたこと。感謝して職場を良い方向に整えようとすればするほど、窓際に追いやられていったこと。
そして最初はお前のことは面倒臭い教え子のように感じていたが、次第に少し嫉妬や扱い方がわからなくなってしまい、匙を投げてしまったこと。それで、俺はお前を守り切れなかった、という後悔と、だからこそお前の仕事を遺していきたいんだ、という気持ちも伝えた。
山口は終始丁寧に聞いていたが、最後に。
「大野さんならきっと、遺せますよ。」
と力強く言ってくれたんだよな。
「で、俺も腹を括った、という訳だ。」
大野は深く息を吐いた後、そう語った。




