幼なじみとのお茶会
昼食後、カイはまた寝ると言って自分の部屋に戻っていった。次に起こすのは夕飯時だ。
カイが寝ている間、俺はステラに会いに行くことにした。その前に着替えようとした。しかし部屋にいつもの服が見当たらない。かわりに女性用の服が置かれていた。見てみると赤や白が多い。ついで淡い色合いのものだ。
ウィステリアに聞いてみるとリヒトが用意したのだという。普段の服は全部洗濯してくれているそうだ。ありがたいが一着は残して欲しかった。
そんなわけで仕方なくワンピースのままだ。さすがに寝巻きで外出はできないから普段着のものに着替えたが。
外に出ると祭の名残の活気と気だるさが同居した独特の雰囲気が漂っていた。案外この寂しい閑散とした空気もいいものだ。
翼を広げる。向かうはステラが泊まる宿屋だ。
ステラが泊まる宿屋は『蜜藤の庵』の向かいから3番めの場所だ。本当に近い。
煉瓦造りのこじんまりとした建物だ。だがプランターには色とりどりの花が咲き、玄関には花を象ったステンドグラスが嵌め込まれている。店主のこだわりがよくわかる洒落た宿屋だった。
扉を開ける。ふわりと花の匂いが漂う。
「あら、いらっしゃい」
品の良い老婆が受付でにこりと笑った。
「ここに泊まっている人を訪ねて来たんだが、通してくれるだろうか?」
伺いを立てるのは、宿屋によってはお客を守るために合言葉か何かを言ったり、揃いの装飾品を持っていないと通してもらえないこともあるからだ。
果たして老婆は俺の顔を見て柔らかく笑った。
「ステラさんの言ってた幼なじみね。ちょっと待っていらして」
老婆はそう言い残すと奥に入って行った。
待つ間することがない。あたりを見回しているととあるチラシが目に入った。火と水の国合作の注意喚起のチラシだ。
なんとはなしに見てみる。『謎のモンストロ出現!注意せよ!』と大きく見出しが書かれている。…最近火と水の国の国境付近で空を覆うほど大きなモンストロが次々と村や町を襲っているらしい。注意した方が良いかもしれないな。
しばらくすると奥から軽やかな足音が聞こえて来た。
「ソル、目が覚めたんだ、ね…え?」
ステラが満面の笑みで出てきた。しかし俺を目にした途端動きを止める。
「…今日も女の子の格好なの?」
「ああ、他の服は洗濯だそうだ」
「でも、それ…」
「…?何か変か?」
月の国でよくルナやステラがしていた格好を参考にしたのだが、俺には似合わなかっただろうか。
白いブラウスとくるぶしまでの緋色のスカートを見下ろす。こういう格好は慣れない。リヒトはウィステリアの次に可愛いと褒めていたが。男として生きてきた俺にはやはりいつもの格好の方が似合うのだろう。
「…服が乾いたらいつもの格好に戻る。ステラ、一緒に行くという話だが…」
「…あ、そうだったね!話長くなると思うから部屋で話そ。おばあちゃん、ありがとね!」
「ありがとう」
戻ってきた老婆に礼を言う。老婆はゆっくりしておいでと笑った。
ステラに促されて宿屋の奥に入る。ステラの部屋に招き入れられた。部屋の中は散らかっていた。昔よく入っていた彼女の研究室と同じだ。足の踏み場もない。
「…片付けるか?」
「いいの⁈」
「…いつものことだからな」
掃除の魔法を指先で操る。床に散らばっていた服は畳まれてクローゼットの中に。放りっぱなしの化粧品やアクセサリーは整理して鞄の中に。魔導書や呪術の道具は整頓して机の上に並べられていく。
「…俺に言われたくないかもしれないが、仕事道具くらいは片付けたらどうだ」
「ぶー。ソルみたいに几帳面にはできませんー!」
「異空間使えばいいだろう」
「異空間はモノなくすからいやなのー!」
「…異空間で物がなくなることはないはずなんだが」
幼なじみの相変わらずの散らかし癖にため息が落ちる。最後の仕上げに埃をまとめ上げてゴミ箱に入れた。
もう一度指を振るい茶を淹れた。カップをふたつ取り出し、温かいお茶をテーブルに並べる。
「相変わらずソルは器用だねー」
「…これくらい誰でもできる」
「いーや、それできるの城の侍女さんとソルくらいだからね!」
ステラはやれやれと首を振ると席に着いた。そしてテーブルに肘をつき、
「お菓子はないの?」
と尋ねてくる。
「…用意している」
リヒトに持たされたクッキーを皿に並べる。モノクロのボックスクッキーはシンプルだが目に楽しい。他にも真ん中にジャムを埋めた花の形のものやマーブルのものもある。さすがシェフをやっているだけのことはある。
「わあ、可愛いー!それにこれ、なんだか魔力が込められてるみたい」
「ローズマリーを入れてるそうだ」
「あー、魔除けのハーブね。誰が作ったの?」
「リヒトだ」
「…なるほどねー」
ステラがクッキーをひとつつまつ。じっと観察するように見つめて口に入れた。
「うん、おいしー!ソルも食べなよ」
「…ああ。いただきます」
手を合わせ、クッキーを頬張る。
美味い。小麦粉の自然な甘みとバターの香ばしい風味が絶妙にマッチしている。あとから香るローズマリー独特の香りも好きな部類に入る。
「それで、本題なんだが」
「…あー、そのことなんだけどね」
ステラは困ったように眉を下げて笑った。
「ソルを連れてくのは無理」
「…は」
「だってソル連れてこうとしたらあのでかい男も付いてくるじゃん。他人と旅とか無理ー!」
「カイは俺なんかよりもずっと旅に慣れてるぞ」
「そういうことじゃないんだなー」
まさかカイを理由に嫌がられるとは思わなかった。幼なじみは唇を尖らせる。
「それに私も相棒見つけちゃったんだよねー」
「…そうなのか?」
いつのまに。…俺が寝こけていた2日間にか。
「そうなの!もー、すっごくかっこよくて強い人!」
拳を握って力説する。よほど良い相棒を見つけたのだろう。2日という短期間で相棒が見つかるというのも破天荒なこの幼なじみらしい。
「…どんな人なんだ。騎士とか槍使いか?それとも同職か?」
「そーだよ。騎士の人っ!」
「そうか。よかったな」
自然と笑みが浮かぶ。幼なじみに頼もしい相棒ができて俺も安心だ。
「ということはまた別々になるのか」
「そーだね。…でも、このままバイバイっていうのは寂しいから連絡取り合わない?」
「そうだな。『遠話』でいいか?」
「それ地味に魔力食われるからなぁ。私からはテレパシー送るわ。ソルはちゃんとお手紙ちょうだいね」
「わかった」
頷くとステラは少し寂しげに笑った。今まで見たことがない笑みだ。瞬く。どうかしたのか。問いかける前にステラが口を開いた。
「ね、ソル。私たちはずっと一緒だよね?」
いつか聞いた言葉。…そうだ。これはステラが隠れて泣いていた夜の言葉であり、約束だ。
あの時俺はどう答えたか。確かずっと一緒にいると指切りしたはずだ。
だが、今は。
自分とステラの立場を考える。
今の俺は勝手に祖国の姫の呪いを改変して亡命した冒険者だ。そしてカイの相棒でありつ、番であり、そして竜だ。もう祖国に戻れるかすらわからない。
そしてステラは祖国の逃亡者である以前に公爵令嬢で、天才で、人間だ。
立場が違いすぎる。
「……ずっと一緒にはいられない」
「………そっか」
ステラが目を伏せる。黙っていれば儚げな容姿の為か、貴族社会で身につけたものなのか、こうしたちょっとした仕草は様になっている。
「…うん、そうだね。ね、ソル」
「なんだ」
「私たちはずっと友だちだよね?」
「…そうだな」
小さく笑う。ステラの青の瞳が柔らかく細められた。祖国では見ることのなかった大人びた笑みだ。
しばらく見ない間に成長したのだと。遠い存在になっていくん幼なじみが眩しく見えた。
「…うん、それで十分」
さ、食べよ食べよ!明るい調子に戻ってクッキーを頬張る。いつもの変わらない幼なじみにほっとする。
「…ああ。花形のクッキーはリヒトの自信作だそうだ」
「そうなの?じゃあ残り全部私のものね!」
「あ!」
久しぶりのステラとのお菓子を巡っての喧嘩だ。喧嘩に懐かしさと楽しさを感じる。その喧嘩に嗜める姉貴分の幼なじみがいないことに寂しさを感じた。




