パーティ結成
その人物を色で表すなら黒だ。頭からつま先まで黒い光沢のある頑丈な鎧で覆い、同じく黒の大剣を背中に担いでいる。しかし全身が真っ黒というわけではなく、肩からかけられたマントや大剣に埋め込まれた石は明るい赤だ。そしてその手には唯一黒でも赤でもない、茶色がかった麻袋が握られていた。
目の前に現れた人物は俺を認めると、鎧を着込んでいるわりに静かに歩いてきた。右足が踏み出されるたびに留め具がカチャリと小さく鳴く。そして低い声で一言、
「漆黒の翼、蜂蜜の瞳、蒼の光を纏う竜と藤色の瞳の姫君を知らないか?」
と尋ねてきた。
竜と言われて思い当たる節はない。
いくつか竜が登場する神話やおとぎ話は知っているが、目の前の人物が言うような特徴の竜の話は覚えがない。
ついでに藤色の姫君も知らない。各国の姫君ならそこそこ有名だから話に聞いていてもおかしくないはずだが、さっぱり覚えがなかった。
それに藤色というのも珍しい。各国の王族で受け継がれる色…例えば風なら緑、水なら青、火なら赤というものはあるが、紫というのは聞いたことがない。ちなみに我が祖国、月の国は銀だ。
「…いや、知らないな」
「そうか、すまないな」
鎧を着込んだその人はそれだけ言うと、そのまま受付まで進んだ。そして姐さんの前まで来ると、
「そら、受け取れよ。モンストロ討伐の戦利品だ」
と麻袋をそのまま姐さんに突き出した。
姐さんはあら、おかえり、と軽く返すと麻袋を受け取った。どうやらふたりは知り合いらしい。…いや、会話を聞くとこの鎧人間は冒険者なのか。
「余計な魔物は倒してないわね?」
「…倒してない。そこに入っているのも依頼を受けたモンストロのものだけだろう」
「…そうね。依頼達成、確かに確認したわ。これが報酬よ」
姐さんはそう告げると、カウンターの下から別の麻袋を取り出した。硬貨が入っているのだろう、ジャラリと金属が擦れる音が聞こえた。
「ああ」
鎧人間が麻袋を受け取ろうとした、その時だった。
「…そうだわ!あなたがいたじゃない!」
姐さんはパッと麻袋が入った手を引っ込め、パッと表情を輝かせた。
「…おい」
報酬を受け取り損ねた鎧人間が低く咎めるように声を上げる。が、姐さんは怯むことなくニッと笑うと俺の肩にポンと手を置いた。
「ねえ、聞いてよカイくん。この子、ソラくんね、今大変なの。故郷で悪い人たちに捕まりそうになって、命からがら逃げてきたんだって。それで何も持って来れなくて、生活に困ってるみたいなの。それで自分の魔力を切り売りできないかって相談に来てたのよ」
姐さんの作り話と心底可哀想という表情にぎょっとする。と同時に鎧がギジリと軋む音が響いた。
まさか信じるのか?
冷や汗が背筋を伝う。しかし幸か不幸か、彼は、
「…関係ないな」
と首を横に振った。
ローブの中でほっと息をつく。姐さんの話は大体間違っているが、所々合っている。だが彼の回答は正しい。
関係ない話だ。
そっと姐さんの手を肩から下ろし、口を開く。
「妙なことを言ってすまない。確かにあんた、カイだったか?…カイには関係ない話だ。それにこれは俺の問題だ。他の人に迷惑をかけるわけにはいかない。姐さんにも気を使ってくれたことは感謝するが、自分のことは自分でどうにかするつもりだ」
すまなかったと頭を下げると、姐さんはそう?と困ったように眉を下げ。
「でも、そういう問題じゃないのよ」
とキッとカイの目元と思しき隙間を睨み上げた。
「え」
「あなた、冒険者の義務って知ってるわね?」
「は」
「確か君は冒険者始めて3年だっけ。冒険者に登録してる人はね、3年を越えたら最低でもひとり、新人冒険者の面倒を見なきゃならないってルールがあるのよ」
なんだそのルールは。聞いたことないぞ。
目を丸くする俺の隣で、カイが苦々しく舌打ちする。
「…そのうちやる」
「そう言って忘れるのが世の常よ。それに5年以内にひとり世話しないと、ペナルティが課されるからね、今やっておいた方がお得よ!というわけで、カイくんにはやってもらうわよ」
「は」
え、何をだ。
嫌な予感に思わず後ずさりする。が、姐さんが逃がさないとばかりに俺の手首を掴んだ。
女性とは思えない力強さだ。もともとあまり鍛えていない手首の骨がギリギリと悲鳴をあげている。
「ソラくんはカイくんに面倒を見てもらう!カイくんはソラくんの面倒を見る!その間はふたりとも、食事も宿泊代も無料!お酒だけはちゃんと払ってね!はい、握手!」
無理矢理握らされた鎧の手は、思ったよりも冷えてなかった。むしろ熱い。ものすごく硬いが。素早く手が離される。素早い反応だ。
どうやら冒険者には面倒くさいルールがあるのだろうことは会話でわかった。そのせいで反抗できないのだろう。
ならば俺の方から断るべきだ。
他人には迷惑をかけられないし、それ以前にカイに面倒を見てもらうには俺には問題が多すぎる。
…仕方ない。話をそらすか。
「…あんた、右足、怪我してるだろう」
聞くとガチャリと鎧が大きく音を立てた。
なぜわかった。そう言いたげな雰囲気で、警戒がにじみ出ている。だが、普通気づくだろう。
「………それがどうした」
「回復する」
告げ、返事を待たずにしゃがみこむ。たぶん骨か筋肉がやられているのだろう。血の鉄のような生臭さは感じられないが、歩き方に違和感があった。あれは痛む足を庇って歩く時の仕草だ。
小さく祝福とも祝詞とも言われている回復呪文を唱えれば、淡い金の光が弾けた。光は右足に吸い込まれて消えた。
上出来だろう。さて、カイは勝手に回復されてどう思うか。
顔を上げると、フルアーマーのフェイスに視線がぶつかる。
「…あんた、白魔導士だったのか」
頷く。そんなにこの格好は怪しいだろうか。
…いや、そうじゃない。大事なのはこれで誤魔化されてはくれないか、だ。
「…少し戦闘のやり方を考える」
…誤魔化されてはくれなかったらしい。
いや、今、俺の見た目は怪しいっていうのがわかったところだろう。まだ反抗の余地はある。
「あんた、本当にそれでいいのか。こんな見た目が怪しい魔導師とパーティ組まされようとしてるんだぞ」
もし黙って金を盗られたり、呪いにかけられたりしたらどうする。
問い詰めると、
「ソラくん、そんなことするの⁈」
と姐さんが目を見開いた。…いや、しないが。
怪しい見た目の奴、つまり不審者といったら、物盗りか無差別呪術魔だろう。俺の国では割と多い犯罪だ。
どうだ、そんなことしそうな奴を仲間に入れたくはないだろう。訝しんで、無理だと思ってくれればそれでいい。あとは俺が断る。
そう思ったのだがカイの返答は、
「好きにすればいい」
というすげないものだった。
「あんたが物盗りなら意識奪って放り出すだけだ。それにあんた、魔導師だろう。呪いなんてできるのか?」
あっさり論破されてしまった。
…そもそも、物盗りの意識刈り取るのか。そこは警備隊を呼ぶところじゃないのか。
それに、魔法と呪術にも明るいらしい。どこで知ったのかはわからないが、魔法と呪術は別物だ。あまり知られていないが、どちらもしっかりとした知識と技術、そして理論が確立されていると言っておく。
とはいえ、実際にちゃんと勉強した者でなければ魔法と呪術の違いなんてわからない。素人目には同じように映ることだろう。そして情報は形を変えて伝えられ、やがて内容すら別物になって、偏った知識を人々に植えつけていく。
そうして魔法職の魔導師が、呪術専門の呪術師と間違われて恐れられるのだ。
しかしその違いを知っているのなら、呪いがどうのと言い募っても無駄だろう。
諦めて脱力した。
フードを脱ぐことはしない。人にものを頼む態度ではないだろう。だが行動を変えるつもりはない。そのままで俺は口を開いた。
「すまないが世話になる。ソラだ」
「カイだ。言っておくが馴れ合うつもりも群れるつもりもない」
「カイくん!」
姐さんの咎める声が響く。
「…店主、ひと月の間だ。それくらいがちょうどいい」
カイの言葉に頷く。
一週間だろうが、一年だろうが関係ない。やらなければならないことは思いつくだけでもたくさんある。俺も必要最低限以上に関わるつもりはない。
しかし姐さんのようなお人好しがいる。
正直冒険者の先達に世話になるという話はありがたい。俺は冒険者初心者で、冒険者としてやっていくには知識も技術も足りなさすぎる。しかし何度も言うが、俺の事情に他人を巻き込むのは申し訳ないのだ。
いや、違う。自分と幼なじみたちの関係に誰も入り込んでほしくないというわがままだ。
ルクレツィア・モーント。《月光に咲く薔薇姫》と呼ばれる、ふたつ名にふさわしい華やかで美しい少女。誰よりも俺を理解してくれた、豪胆で懐の深い姉のような幼なじみ。
そしてステラ・エトワール。《流星が零した奇跡》と謳われる天才。誰よりも努力家で、無邪気で、生意気な、妹のようなライバル…のはずだった幼なじみ。
呪われ眠り続ける薔薇姫と、壊れていなくなってしまった奇跡。必ず助けると誓った、俺の大事な姉妹のような幼なじみ。
彼女たちとの関係に誰も入り込んでほしくない。
「最初のうちは私が依頼を紹介するわ。それでいい?」
「ああ。…俺は寝る、適当に起こせ」
カイがくるりと踵を返す。
「わかった。俺は教会に行く」
そう告げ、姐さんに外出の挨拶をするのだった。