黒騎士が寝たあとで
「…いやあ、カイ坊が可愛い寝顔を他人に晒すなんていつぶりだろうなぁ」
クレインが弟を見守るように愛おしげに目を細める。
相棒は俺の胸にしがみついて寝ている。鎧が容赦なく締め付けてくる。かがんだ腰が痛い。そして重い。三重苦だ。
「…見てないで助けてくれ」
「いやいや、それはできんな。カイ坊が人に甘えるなんて珍しいんだ。俺は甘えさせておきたい」
「なら代わってくれ。腰が痛い…」
「竜は番が離れたらすぐ気付く。原因が俺とばれたら怒られるだろう?カイ坊に怒られるのはお断りだな」
「…相棒だ」
何度番じゃないといえばわかるのか。それともからかわれているのか?
ため息を落とす。仕方ない。背中の翼を伸ばす。息を飲む音が背中から聞こえた。
翼でカイを包み込む。安心したのか腕の力が緩んだ。その隙に囲われた腕から逃げ出した。
「これで我慢してくれ」
膝に頭を乗せてやり、翼を布団がわりに伏せる。抱きついているよりこっちの方が休めるだろう。
薪を挟んだ向こう側でふたりが目を見開く。
「…驚いた。君は天使だったのかい?」
「いや、人間だ」
「でも、その翼…」
「人間だ」
言い切りすっかりいつもの癖になったおやすみのおまじないをする。
「幸せな夢を」
銀の魔力におやすみのキス。月の国の、父上から引き継いだ心を癒す白魔法だ。体を癒すのは金、心を癒すのは銀と言われている。
「仲が良いんですね。そのおまじない、私もよく弟たちにやってやりました」
「弟がいるのか?」
「ええ、故郷に十数人ほど」
「多いな」
「ああ、イチゴの家族は一夫多妻制なんだ。腹違いの兄弟ってやつだな!」
「そうなのか。俺も腹違いの兄弟がふたりいるんだ」
「私とお揃いですな」
「お揃い…お揃いなのか?」
首をかしげる。イチゴはふわりと柔らかく笑って頷いた。
ずいぶん穏やかな女性だと思う。だが、武家の出で弱いままは嫌だと飛び出してきたと言っていた。穏やかなだけではないのだろう。
「…なあ、ソラ」
「ん?なんだ?」
クレインの瞳に真剣な光が宿る。カイの目が琥珀だとしたら、この人の目はトパーズだ。同じ金色なのに色味が違うのだと今気づいた。
「お前さんはこいつに最期まで付き合ってくれるか?」
「…?ああ、最後まで一緒にいるつもりだぞ」
今さらだろう。さっきまで神竜への復讐までついていくと宣言したばかりだというのに。おかしなことを聞く。
クレインは俺が返事した瞬間ホッとしたように笑った。もしかして確証が持てなかったのだろうか。…神竜相手の復讐だ、口からのでまかせだと思われても仕方ないか。
「…そうか。カイ坊をよろしく頼むな」
「ああ。任せてくれ」
誓ってもいい。必ずこいつを生かしてあんたの前に連れて行こう。
どうやらこいつの身内は心配性らしい。無理もないな。馴れ合うつもりはないとひとりで敵陣に突っ込んでいくこの戦闘狂は危なっかしい。
俺よりもこいつのことを知っている奴が心配しないはずがない。…これだけ心配しているんだ。定期的に無事を知らせてやれたらいいのだが…。
何か方法はないか。記憶の海を漁り、そういえば、と思い出す。
魔力がある者同士でしかできないが『遠話』の魔法があったはずだ。『遠話』は離れた位置にいる術者に自分の魔力で文を作り、術者の魔力を辿って文を届ける魔法だ。
魔法の構成自体は簡単なのだが、相手も辿れるほどの魔力持ちでなければいけないという条件が付くため、あまり使われていない。
…一部月の国の魔導師同士では生活魔法のひとつとして組み込まれていたがな。
「…心配なら定期的に連絡するか?」
「できるのか?」
「ああ。あんたの魔力は真っ白で強いから辿りやすい。あんたの魔力を辿ることができれば、それを辿って文を届けられる」
「そんな便利な魔法があるんですね」
「ああ。…教えるか?」
「教えてくれ!」
「私もお願いします!」
クレインとイチゴのふたりに頭を下げられる。
「あ、頭を上げてくれ!そんなに難しい魔法でもない!」
慌ててお願いする。その声でカイが小さく唸る。起こしたか。口を噤む。
…眉間に寄ったしわがふにゃりと解けた。ほっと息を吐く。
そういえば、鎧を着たまま横になって痛くないのだろうか。昔馴染みの龍がいるのだから脱いでもいいだろうに。
呆れつつ、体が痛くならないよう鎧で外せるところを外す。その間にふたりは揃って顔を上げていた。
「…甲斐甲斐しいな」
「あんたに言われたくない。…が、こいつは戦闘面担当だ。最善を保ってやりたいだろう」
「良い相棒ですな」
イチゴが微笑ましそうにこちらを見る。思わず視線を逸らした。
「…そんなことはない。当たり前だろう。それより『遠話』だ。やり方教えるぞ」
無理矢理話題をそらす。
難しい理論は省いて、使い方を中心に。少し練習すれば、イチゴはすぐにできるようになった。
「慣れてしまえば簡単ですな」
「そうだろう」
「…なんで俺はできないんだ?」
不思議そうにクレインが首をかしげる。その周りで明らかに多すぎる魔力が発光していた。
「魔力の操作が大雑把すぎるんだ」
「そうか?魔力は多い方が扱いやすいだろう」
「…ああ、あんたは竜だったな。これが竜の魔法の使い方か」
なるほど。俺たち人間は魔力を繊細に操ることで、最小の魔力で最大の威力を出せるよう努力する。
だが、魔力が無限大に近いくらいある竜は違うのだろう。魔力をたっぷり使って威力の高い魔法を使う。
だから古代魔法は威力が高い代わりに莫大な魔力を消費するものが多いのか。…母から受け継いだ魔導書に書かれた白魔法も含めて。
「俺は一応人側なんだがなぁ」
「千年も生きてるくせに何言ってるんですか」
クレインが呆れたように呟く。直後イチゴが呆れたように突っ込んだ。テンポの良い会話が心地よい。
「千年はまだまだ若いぞ!」
「そんなこと言う人は私の周りではあなただけですな」
「…君は俺がじじいだって言いたいのかい?」
「…私はじじいの老いらくの恋人でしょう?」
「一生に!唯一の!恋人だ!」
クレインが両手で顔を覆う。イチゴがおかしそうに笑う。賑やかなのに穏やかな時間が流れる。
これが竜の夫婦というやつか。案外普通なんだな。…竜がそもそも人と変わらないのなら当たり前か。
膝の上で気持ちよさそうに眠る男を見下ろす。そういえばこいつも竜人だったな。まさかこんなに近くに竜の血を引く者がいるとは思わなかった。
だが、竜の血を引いているからといってこの男に対する認識が変わるものでもない。ただの人より丈夫そうだな、とは思うがそれだけだ。
「…そういや、あんたが竜になったところは見たことないな」
この男が竜となったらどんな竜になるのだろうか。相棒が竜となった姿を想像する。いつも凪いでいる綺麗な琥珀色はきっと変わらないだろう。鱗はこの鎧みたいに黒なのだろうか。それとも光が当たると色が変わる綺麗な髪の色だろうか。
きっと翼は立派だろう。人の姿でも強いのだ。竜になったらもっと強いかもしれない。
想像していると男の体がもぞりと動いた。暖を求めて翼に擦り寄る仕草は竜というよりは猫のようだ。
「…ソラはカイ坊が竜でも構わないのか?」
「それこそ今さらだろう。俺が生まれた国にはペガサスも悪魔の末裔もいた。竜人がなんだ」
「…ちょっと待て。それはどこの国だ」
「月の国だ」
「…月の国はいつからそんな魔境になったんだ?」
何がだ。魔導師にはよくある血筋だろう。
「そんなに珍しいことでもないでしょう。私だって妖狐ですし」
イチゴが柔らかく笑う。ヨウコ…ああ、遠い東の国の魔族か。遠い東の国はまだ魔族が生きてるんだな。
「そりゃそうだが」
「そうでしょう」
イチゴとクレインのゆるい会話がまた始まる。イチゴとクレインの楽しげな会話を聞きながら。ゆっくりと過ぎていく夜の時間を穏やかに楽しむのだった。




