白魔導士の事情
次に目を開いたときには、夕暮れの森にいた。『転移』が成功したのだ。ほっと息をつく。
辺りを見回す。草原を挟んだ向こうに見覚えのある関所と城のシルエットが見えた。どうやらここは王都近くの森の入り口らしい。
「…もう少し遠くまで飛ぶつもりだったんだが」
隣の男の魔法抵抗がある鎧のせいか。そこまで距離が稼げなかった。
「かなり遠くまで来たと思うが」
「本当なら隣町くらいまでは行けたはずなんだ。鎧に邪魔された」
「…これのことか」
「ああ。それ、魔法耐性あるだろう?」
カイが小さく頷く。やはりな。
「…ここまで離れたらすぐには追ってこないんじゃないか?」
「…兄弟は母上…狼の獣人との間の子だ。一晩でここまで駆けるぞ」
「あんたの母親は人間じゃないのか?」
「ああ。母さまだ。母上は弟の生みの母だな。兄上の生みの母は母君様だ」
「あんたの家庭事情はどうなっている」
首をかしげる。父上ひとりに対し母が3人の三兄弟だが何かおかしなところがあっただろうか。
…ああ、母さまたちが娶るなら全員娶れと父上に迫ったと言っていたな。あれは珍しい事例だったと聞いている。ちなみに正妻は弟の母親の母上だ。
いや、そうじゃない。それもだが、さっきの追いかけっこでなんとなく感じた。いつまでも俺の事情を隠しておけることじゃない。
幼なじみたちとの絆の間に誰も入れたくない。それは本音だ。あいつらとの絆は俺にとって宝物で、繊細なものだ。ふたりがいなかったら俺の心は死んでいた。
だが、こいつならいい気がした。こいつならわかってくれる。根拠のない信頼が口を軽くする。
「…それも含めて話す。歩きながらでいいか?」
「…仕方ないな。森には入るなよ」
「感謝する」
例を告げ、話し出す。自分の生い立ち、魔法のこと、旅に出た理由。
「俺の本当の名前はソレイユ・アンジェリカ・フリューゲルというんだ」
「…待て」
「なんだ?」
「アンジェリカは日の国の王族の名だろう」
「…ああ、母さまは日の国唯一の王女だからな」
「は」
「続けるぞ」
俺は月の国、フリューゲル伯爵家三兄弟の次男だ。…女だが。フリューゲル伯爵の父と日の国の姫の母との間に生まれた。日の国との約束で女だとばれると向こうに連れてかれるから男を名乗っている。
「…連れていかれる?」
「男なら月の国の魔導師に、女なら日の国の姫君に。母さまが月の国に嫁ぐときに兄王と約束したと聞いている」
「…あんたが姫」
「似合わんだろう」
俺もそう思う。城でお上品に暮らすなんて無理だ。
まだ子どもの頃、姫として暮らすか、魔導師として生きるか尋ねられたことがある。あの時の母の言葉が耳の奥に蘇る。
「あなたの生きる道は決まった?」
幼かった俺には難しく、そして簡単な問いかけだった。魔導師の子として育てられた俺は迷うことなく、男として生きることを選んだ。
目を閉じる。あの時偽る道を選ばなければ良かったのだろうか、だなんて考えても仕方ないことを時々考える。そして決まって、この生き方じゃなければ出会えない人がいたと、これで良かったのだという思いが浮かんでくるのだ。
…話を戻そう。
国で俺は王女のルクレツィアと公爵令嬢ステラの幼なじみだったんだ。…話が逸れる。質問なら後で答える。
きっかけはそうだな。ルクレツィア…ルナとステラがモンスロトに襲われてるところを助けたことだな。元は黒魔法使いだったんだ。
だがルナが黒魔法使いだからな。被るのは良くない。俺はあくまでルナの家臣だ。俺としてはライバルとして立ちたかったが、周りが許さなかった。ここら辺は権力とか面倒くさい事情があるんだ。
得意な魔法?火炎系だが。…ああ、相性が良いのか。なら今度から使おう。魔法使い並みにしか使えんが。
結局俺は目標を変えざるを得なかったんだ。それで魔法を諦めきれずに白魔法を選んだ。今はもちろん白魔法が一番だな、黒魔法も好きで勉強だけは続けてたんだ。
話を戻すぞ。白魔法使いとして城に上がり、あいつらの幼なじみとして過ごした。俺は月の国では忌まわしき日の国の子だからな。周りから良い目では見られなかったが、ふたりがいたおかげで手を出されることはなかったんだ。
だがつい半年前、ルナが呪いで倒れた。同時にステラが失踪した。
ルナの呪いにはステラの魔法の痕跡があった。あいつがやったとは俺は思ってないが…理由は聞きたい。それにあいつは生活能力が壊滅的だ。早く見つけてやらないと死ぬからな。
ルナにかけられていた呪いは眠りと死の呪いだ。放っておけば1年と保たない。国最高の白魔導士たちが結界を張って死なないように守ってたんだ。
だが、それじゃあ根本的な解決にはならないだろう。なら俺が呪いを引き受けて、それを解く方法を探せばいいと思ったんだ。
「……何の呪いを引き受けたんだ」
「死の呪いだ」
「…っ!あんた!」
「落ち着け、すぐには死なない。魔力が無意識に呪いに抵抗してるからな」
「それのどこに落ち着いていられる要素がある!」
怒られた。…予想はしていたが、この優しい男は俺が死ぬかもしれない呪いにかかっていることが不満らしい。
「言っただろう。俺は簡単にくたばるつもりはない」
「…それは本当だろうな」
兜の奥で金の瞳が強く煌めく。底光りする瞳に射抜かれた。唇の端を上げる。
「当たり前だろう。命を粗末にするつもりはない」
「………信じるぞ」
「ああ」
頷く。目の前と男はひとつため息を落とした。
「…おい、その服の下に隠しているやつ渡せ」
「隠してるやつ?」
「赤い石だ」
言われて目を見開く。隠していたつもりだったが、知られていたのか。
「どうするんだ?」
「…これを預ける」
「?ああ」
カイが兜を外し、首から下げていた何かを俺の手に握らせる。…花びらのような形をしたペンダントだ。指で触れるとつるりとした表面に何か彫り込まれている。
そう認識した瞬間、ものすごい量の魔力が体に流れ込んできた。
「なっ…!」
「それと交換だ。…赤い石を渡せ」
「待て!これは何だ?金属みたいだが…」
「古代竜の逆鱗だ」
「は…?」
耳を疑う。古代竜だと?しかも逆鱗ときた。ならばこのペンダントに込められた有り得ない量の魔力に納得はできるが。
竜の逆鱗には様々な説があるが、どれにしろ人間が手にできる代物ではない。古代竜のものなら言わんをや。そんなものをこの男はどこで手に入れたのか。
「危なくなったら飲め。呪いは消えるかわからんが、命は助かるはずだ」
「え、いや、ちょっと待て。そんなもの貰えん」
「タダでやるとは言っていない」
カイの気配が近づく。避ける前に首元にかけられた革紐を取られた。
長年慣れ親しんできた魔法石の重みが首から消える。気づけば生まれた頃から魔力を貯めていたアミュレットは相棒たる男の手の中にあった。
「それを使う時が来たらこれをもらう」
男がふと笑みを浮かべる。悔しいくらいかっこいい。だが悔しい。俺も男のふりをしてるのだ、大人の男の色気が欲しい。
「…あんた、意味わかってそれを言ってるのか」
「月の国に行った時に教えられた。命を預けてもいいと思った奴に渡すんだろう」
ならそれと使い方は同じだ。
男は俺の手の中の逆鱗を指差す。
「それは俺の村の族長に伝わるものだ。命を共有する奴に渡す決まりになっている」
「命を共有…?」
「相棒なんだろう」
「ああ、それで同じ意味か」
なら問題ないのか?
本来なら結婚する相手に渡すものだ。自分の貯めた魔力が相手を守りますように。そうやって相手にアミュレットを渡す文化もだいぶ廃れてきたが。
「わかった、交換だ」
古代竜の逆鱗を首にかける。魔力に包まれる。温かい。体が軽くなった気がした。呪いを軽減してくれているのか。
「…ありがとう」
「…ああ」
男が赤い石を首から下げる。途端、目を丸くした。
「…これ、疲労回復の効果でもあるのか?」
「…?いや、そんなものはない。それは俺の魔力貯蔵道具だ」
「…ああ、それでか」
唇の端がにっと上がる。カイは嬉しそうに金の目を細めて笑った。
珍しいな。そんなに疲れてたのか?
「白魔法使うか?」
「そこまでしなくていい。それより続きを話せ。追って来た奴らはお前の弟であってるか?」
「あ、ああ。弟のシアンとその相棒、ヴォルフガングだ」
「あんたの弟は黒魔法使いなんだな」
「黒魔術師をベースとした魔法剣士だ。ヴォルフガングも同じだな」
「…月の人間は器用だな」
…そうだろうか。
兄上は白魔法使いで拳闘士。ルナも黒魔術師であり魔獣使いだ。天才と謳われるステラは白魔道士であり黒魔道士でもあり、たぶん呪術師でもある。そして俺は白魔道士で黒魔法も使える。意外と兼業が多いな。
「あんたの兄弟なら早く離れた方がいいだろう」
「ああ。だが、次はどこに行く?」
「そうだな…」
ステラの行き先に心当たりがない。風や月の他に専門的な魔法や知識を得られる国は思い当たらないんだが…。
一か八か、近い木の国に行くか?それとも竜がいる可能性がある水の国か火の国?
…水か火の国の方がいいか。木の国は排他的な国だ。行けば人間の俺たちは目立つだろう。
口を開こうとした時だった。
「クレイン殿!人がいました!」
「本当か、イチゴ!」
森の中から声が聞こえた。
「…なんだ」
杖を掴む。隣で静かにカイが剣を抜いた。銀の月明かりに黒い刀身が煌めく。
がさりと目の前の草むらが揺れる。そこから浅葱色の髪の女性が顔を出した。続いて白金のか目の男が姿を現わす。
「よかった、ちゃんと生きている人ですな。突然騒がしくして申し訳ない、人里への道を教えていただけませんか?」
「おいおい、お姫さん。知らない人間をそうも信じちゃあ危ないぜ」
「…そうですな。すでにあなたに騙されている状態でした」
「ははは、俺はちゃんと驚きにあふれた世界を見せるって約束は守ってるだろう?」
「私の知ってる驚きとあなたの言う驚きは違うようだ。死の危険は驚きではなく危機です」
ふたりは臨戦態勢を取るこちらに構わず漫才を続ける。敵意はなさそうだ。だが対応がわからない。これは話しかけるべきなのか。
カイに視線を向ける。彼は琥珀色の目を見開き、白金色の目の男を見つめていた。
「…クレイン?」
低く呟かれた声に白金の男クレインが反応する。
「その声、カイ坊か?無事だったのか!」
声に喜色が滲む。隣の男が剣を下ろし小さく頷いた。
「あんたも無事だったんだな」
カイの目尻が柔らかく下がる。その目が潤んでいることに気づき目を伏せた。見間違いかもしれないが。黙ってハンカチを押し付ける。
「………」
無言で受け取られた。見間違いではなかったらしい。
「カイ坊、近くに来てくれ!目が見えないんだ」
「…あの時のか」
「…ああ。だがそのおかげでイチゴに拾ってもらえたんだ」
「…はあ。よかったな」
どうやら知り合いらしい。話しながらカイがクレインに近づく。月明かりに白く映るクレインの手に触れた。
その後ろに控えふたりを見守る。カイの知り合いに会ったのはこれが初めてだ。いつもはほとんど動かない表情が、今は母親を見つけた幼い子どものように緩んでいる。涙腺も緩んでいるようで目に薄い膜が張っている。よほど親しい仲だったのだろう。
そんな人間がカイにいたことに安堵した。この男は出会った時からひとりでいたがるきらいがあった。ひとりで死んでいきそうなこの男を引き止める存在がいるなら大歓迎だ。
しかも坊呼び。一匹狼のこいつが。感動の再会のところ悪いが笑いそうになった。
「…本当にカイだ」
クレインの声が震える。
「よかった。生き残りはリヒト坊とウィステリア姫しかいないと思ってたんだ」
その声にカイがピクリと反応した。
「リヒトと姉さんにあったのか?」
「ああ!水の国でたくましく生きていたぞ。お前さんを探しているみたいだったが、まだ会えてないのか?」
「…その話、詳しく話せ」
カイの雰囲気が鋭さを増す。
生き残りに知らないふたり分の名前。気になる単語はいくつも混じっていたが。
「…長くなりそうですな」
「…ああ。座るか」
このまま立ち話をするには体力が削れすぎていた。ついでに腹も減った。休憩するにはちょうどいいだろう。
「…あんた、干しぶどうは食べれるか?」
「ええ」
「ならこれをやる。あいつらの話が終わるまで暇だろう」
「あ、ありがとうございます…」
隣に腰を下ろした女性に異空間にしまい込んでいたカップケーキを渡す。この街でエメラルダとマリーに持たされた土産の残りだ。
ふたりでもそもそとケーキを食べながら、久しぶりに会った相方たちの話が終わるのを待つことにした。




