10-31 世界
軍から、南に向かう作戦への参加を打診された。
セラもしばらくは同行することが決まり、皆に改めて相談する。
サーシャとドンも加えて車座になり、いきさつを話す。
話を聞いた後、最初に発言するのはサーシャ。
「つまり、軍と同行して反攻作戦に協力しつつ、南に向かうと。合理的だとは思いますが、情報が足りませんね。具体的にどこに派遣されるのかまでは教えていただけないということですか?」
「ああ。あくまで補助的な作戦ということだから、真っ直ぐ南に向かうわけではないかもしれん」
「なるほど。危険な場所でないかは、なるべく情報を引き出すべきでしょうね……積極的に私達を潰す動機は軍にないはずですが、別にいなくなっても構わない存在ではあるはずですので」
「そうだな……いや、こっちの命を狙っているやつもいなくはないか。あの元聖軍の野郎の仲間が俺たちを潰そうとして、軍に働きかけたとかもなくはない」
「たしかに、可能性はありますか」
あの野郎なら、回りくどいことをせずに潰しに来た方が早いとは思うが。
「だが、これを断ると軍との関係にも響くし、確かに前線を避けて南に向かうのは時間がかかりそうだ」
「ええ、警戒以上のことは難しいでしょう。ひととおりの危険は、想定して手を打っておくしかありません」
「と、すると、軍の作戦に乗ることにサーシャは賛成か?」
「ええ、致し方ないでしょう。私も少しだけここで情報を集めましたが、街道が貧しく、かといって他のルートが未開拓なことは間違いないようです。確かに、軍が南の街道沿いの拠点を解放してくれるなら、私達にとっても好都合です。ただ……」
「ただ?」
「私達が狙われる以前に、そもそも軍の作戦が失敗した場合が心配です」
「思ったより敵が強くて、王弟が負けて逃げ帰ったような場合か」
「はい。そのとき、軍の作戦に協力した私達も敵とみなされるでしょう。ここでやったことを考えれば、今更かもしれませんが」
たしかに。
俺が狙われているかどうかはそもそも可能性がある程度で分からないが、軍が勝つか負けるかは五分の賭けだ。
そこが一番のリスクかもしれない。
俺には何とも言えないので、有識者の意見を聞いてみたいところだが……。
ウチで曲がりなりにもコメントできそうなのはキスティくらいだ。
「キスティ、どう思う?」
「勝つかどうか、か? 正直分からん! キュレスの主力ともなれば、どれだけ強いのか見当もつかないが、相手も未知数だ。そもそも、数百程度の戦いじゃない。数千、下手をすれば万単位の戦士たちが一度に会戦するなど、想像できん」
「そうか」
キスティもお手上げのようだ。
「キュレスの過去の本気の戦争のときって、どうだったんだ? 数的不利でも勝ったりしてるのか?」
「いや、聞いたことはないな……キュレスは常に圧倒的に数的優位を作っている。外交しかり、資金力と傭兵によってだったり」
「ふむ。良い条件にしてでも俺たちを当てがおうとしているのも、その分の兵を決戦に当てるためかな?」
「それはあり得る。特に、奪還に成功してもしなくても良いというような拠点なら、とりあえず傭兵を当てて圧力だけ掛けておくというのは、いかにもありそうだ」
「まあ、俺たちもキュレスが勝ってくれないと今回ばかりは困るしな……それで少しでも有利になるなら、のぞむところだが。問題は、万が一負けた時にどうそれを早期に掴むかだよな。エモンド商会に頼むか……」
「主、エモンド商会といえば、会長だけでなくチェーテッタの会長とも何やら密議しておりましたな。そちらも使うので?」
チェーテッタという都市にいた、エモンド家の辺境交易を仕切っているらしい女性のことだ。
確かに彼女にはお願いしていることがあるが。
「あー、そっちにも話してみるが、戦況の話を届けてくれるかは分からんな」
「では何を……いや、それは任せるが。時にセラには、どこまで話すのだ?」
キスティはセラを見て言う。
どこまで話していいか分からないから、言葉を止めたのかもしれない。
「アアウィンダお嬢様に関することなら別に良いぞ。別のことはまあ、まだ控えてくれ」
もちろん、別のことというのは「渡り鳥」狩りのことだ。
別に知らせる必要もないし、なぜ狙っているのかとか聞かれたら面倒だ。
「まあ、警戒はしつつ、受ける方向ってことで良いな。また血生臭いことにならなきゃ良いが」
「主様が言うと、なんだか想定外の事が起こりそうですね」
ツッコミというほどでもなくポツリと溢したのは横で大人しくしていたルキだった。
誰がフラグ建築士だ。
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「今、時間良い?」
翌朝、朝飯を終えてぼんやりしていた俺たちの部屋を訪ねてきたのは、ピカタだった。
まだ疲れは残っているだろうが、肌艶は良くなって、身につけているローブの汚れも目立たない程度になっている。
「どうぞ。あ、どこか2人で話せる所が良いか?」
「いや、うん……その辺り散歩しながら話しましょ」
デートの呼び出しか?
モテる男は辛いぜ。
最低限の武装をして、砦の中庭を歩く。
ピカタ師匠はローブを被っていて、隣で歩くと表情が分からない。
「前に言ってた話だけど」
「どれのことだ?」
「分かるでしょ!? 仲間になれって、プロポーズみたいなこと」
プロポーズか?
単にパーティへの勧誘だと思うが。
「ああ、すまんな。勢いで言ってしまった」
「勢いだったの?」
「まあまあ。師匠は知的な男が好きだったんだったな」
「うん」
「男としてというより、仲間としてはどうなんだ? 俺みたいなのは」
「……別にあんたが知的じゃないとは思わないわよ」
「ん?」
別に難聴になったわけではない。
単に、リアルツンデレ発言が脳内で即座に処理されなかったのだ。
「師匠、それって?」
「あんな風に助けられて、ちょっとドキッとしないヒトはいないでしょ! もー! ……でも、ダメね。一緒には行けない」
「それは……」
「あたしはやっぱり、自分を一番にしてくれる男じゃなきゃヤダ。だからあんたは魅力的かもだけど、男としてはないし。それに……」
「男としてじゃなくて、メンバーとしてなら良いのか?」
「……ううん。正直、自分たちの力で大陸を巡って、冒険するのってちょっとだけ憧れるけどね。やっぱり、違うのよ。あたしにはあたしの成し遂げたいことがあるし」
「魔法か?」
「そうね。魔法を極めたいし、魔法史に載るような研究もしたい。でも……でも、そうね。あんたと行けない、一番の理由は」
「理由は?」
師匠はいつの間にか、立ち止まっていた。
振り向くと、少し距離の空いた彼女の表情が少し窺えた。
少し紅潮して、しかし唇は真一文字で、どこか悲しいような、複雑な表現をしていた。
「気を悪く、しないでね……あんたとは、生きる世界が違うんだと思う」
「生きる、世界?」
「あたしを救ってくれたこと、一生忘れないわ。あんな、小遣い稼ぎでちょっとだけ魔法を教えたことを律儀に覚えてて……命を掛けて救ってくれた。感謝しても、しきれない」
「……」
「同時に、思ったの……村の中での戦い。そして、セラの敵討ちに付き合って、あの槍使いの男を倒したときの戦い。本当に恐ろしかった。情けないけど、ずっと、手、震えてたわ」
「そう、か」
「あんたは、凄かったわ。勿論、魔法の技術だってすごい。荒削りな部分もあるけど、自分に合った魔法を自分で開発して、上達して。誰も見たことないような使い方もできる、それも実戦で」
「……」
「でも、そこじゃない。それだけじゃないのよ、アンタは。魔法を使いながらも、自分で敵を追って、処理していく。敵を騙して、追い詰め、狩っていく。それを平然とやってのける。その……心臓の強さって言うのかしらね。上手く言えないけど、優れた魔法技術を持ちながらあっさりとやられてしまう魔道局の仲間と、勿論私も含めて。在り方が違うのよ、多分。あんたは……あんたは目の前に倒すべき敵がいるとき、躊躇しないの」
これは、褒められてるんだろうか。
いや、そうではないから、師匠も言いにくそうにしてるんだろうな。
多分、彼女の感謝は本物だろう。
しかし、同時に抱いている別の感情を、なんとか俺を傷つけないように伝えようとしてくれている。
「修羅の道ってやつかね」
「え? シュラ?」
「いや。何となく分かったよ。良い協力者にはなれても、肩を並べるのは難しい。そんなとこだろ?」
「ええ……ごめんね、悪く言うつもりはなかったの。本当に感謝してるし、今度王都ででも会えたら、できることは何でも……」
「ああ。また魔法について教えてくれ」
「も、勿論よ!」
生きている世界が違う、か。
なんだかしんみりしてしまう。
が、ちょっとだけ、カッコいいな。
「それでね。お礼にはならないけど、一個、魔法を教えたいの」
「ほう?」
師匠は腰から細い枝みたいな杖を取って、振る。
救出時のものと違うのは、戦闘用の杖じゃないからか。
師匠の周辺にはキラキラとした粉が舞って、姿が見えにくくなる。そして、気配が乱れた。
これは?
「アイスブラインド。細かくした氷の粒で、視界を奪う魔法よ」
「砂で、似たようなことはしたことがある」
「その方が一般的ね。ただ、氷魔法だからこその利点があるの。わかる?」
ピカタはもう一度、氷の粒を巻き上げて見せる。
また、気配が乱れる。
「もしかして、探知系のスキルにも効果がある?」
「……よく分かったわね」
ピカタはちょっと残念そうに言った。
自分でドヤ顔で説明したかったのかも。
「氷魔法はね、物理と魔法、どちらの性質も付けられるじゃない? それの応用ね。魔法寄りのアイスブラインドは、スキルを弾いたりすんの」
へー。そんなことが出来るのか。
「結構、塩梅が難しいんだけどね! 仲間に気配系のスキル持ちがいたら、試してもらいながら練習すると良いわ」
あ、そうか。
ピカタ師匠は俺の気配探知を知らんのか。
まあ知ってても、こんな常時軽く使ってるとは思わないか。
「やってみよう」
氷を細かくしながら、撒き散らすイメージ?
やってみようとすると……ムズいな。
ぼとぼとと、小さめの氷が落ちるだけだ。
「いくらあんたでも、いきなりは無謀ね! 最初は手の上に氷を創って、それを細かくしていくイメージが良いかも。魔力寄りの話はいったん意識しないで、次のステップにするの」
「なるほど」
ピカタの指導で練習して、少し氷の粉を創り出すまでできた。
「少しずつ練習することね。この魔法にはデメリットもあることは覚えておいて? 味方のスキルも阻害しちゃうからね」
「ああー。なるほど」
これで隠れながら、一方的に探知するとかはダメなのか。
戦闘中も探知を打ったりする俺にとっては、使い所が難しいな。
「あんたの魔法使いとしての強みは、やっぱりその豊富な魔法量と、何してくるか分かんない手数の多さじゃない? この手の目眩しとは相性が良いんじゃないかって!」
ピカタ師匠なりに、俺に役立ちそうな魔法を考えてくれていたわけだ。
「ありがとう、ピカタ師匠」
「いーえ。次会うときまでに、練習しとくのよ」
がってんだ。
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軍には作戦への参加を伝え、エモンド商会からの連絡には勝敗についての情報収集を頼む。
仮に軍の本隊が敗北した場合、なるべく早く俺たちに伝えてくれるように頼んだのだ。
とはいえ、エモンド商会は辺境の地にそれほどツテがあるわけではない。
必ずやってくれるとは思うべきではない。
そして、キスティと二人で出歩いたとき、タイミングを見計らっていたのだろう。言われたことがあった。
「もし、標的が参戦していた場合、どうするのか?」と。
つまり、「渡り鳥」が公国側の主力部隊として、この作戦に関わってきた場合だ。
全然あり得る。
出来ればその情報を探って行動したいところだが……軍の作戦に参加する都合上、あまり自由に動けない。
まあ、作戦に参加していなければ前線にもいられないだろうから、それは仕方ないのだが。
今回は情報を集めるための機会として割り切ろうと思う。
もとより、白ガキの依頼は「渡り鳥の代表を殺し、活動停止させること」だ。下っ端を何人か殺せたところで、何にもなるまい。
白ガキには、そう説明できるはずだ。





