10-5 エモンド商会
エモンド商会の会長が訪ねて来た。
「ヨーヨーさん。戦争のことはご存じかな?」
何と返そうか。
「どこの戦争のことです?」
なんかこの爺さんには、自然と丁寧語になってしまう。
「この国と周辺国の、です」
「……」
「ふむ。いや、申し訳ない、ご存じでしたら話が早いかと、つい気が急いてしまって」
「……はい」
「これはここだけのお話で頼みます」
「人払いは必要ですか?」
俺の左右にはサーシャ、ジグがいるし、背後にはキスティが護衛に立ち、入り口にはイエモンがいる。
「いえ、構いませんよ。ヨーヨーさんの腹心ばかりでしょう?」
「そうですね」
「なら問題ありません。詳しいことはまだ分かりませんが、どうやらズレシオン連合王国、エメルト王国がキュレス帝国へと宣戦布告したようです。今回は国境貴族の小競り合いではなく、本格的な戦争になりそうですよ」
「……」
「ふむ、やはりご存じだったかな? そう、最初に宣戦を布告してきたのはその2国ではなく、ソラグ公国のようです」
「ソラグ公国が」
「ええ。意外ですよね?」
「国際関係には疎くて、すみませんが」
「そうですか。これはかなり意外なことなのですよ、我らの商会としても大いに見誤りました」
「エモンド商会が?」
会長は心痛の至りとばかりに深く息を吐いてみせる。
「まことに見誤りました。我らはキュレス国内だけではなく、他国でも商会設立を支援して拡大してきました。その大半は東西の交易……つまりオーグリキュレスから公国、そして共和国へと至る大動脈に沿っているものです」
「つまりソラグ公国に多くの投資をされていた、と?」
「そうとも言えますな。しかしその投資回収云々を問題にしているわけではないのです。何故ならば、もっと大きな問題がありますから」
「もっと大きな問題?」
「少し前から、ソラグ公国以西の商会からの連絡が途絶えております。タイミングと動きから見て、彼らはソラグ公国側に取り込まれたと見ています」
「……なるほど」
公国の連中からしたら、戦争を仕掛けようという相手国に展開している大商会だ。当然目を付けられるだろう。
どこまで本意であったかは分からないが、ソラグ公国内の商会はテッドたちとの関係を断って協力せざるを得なかったのかもしれない。
「我々には公国のスパイの疑いが生じるでしょう。仮に免れても、ソラグ公国の系列商会を通じて間抜けにも情報を献上していたと見られても仕方ありますまい」
「なるほど」
エモンド全体がスパイ商会なら、開戦前に会長との連絡を絶つ理由がない気もするが。
いやそれもエモンド商会が帝国に潔白を主張するための偽装とも取れるのか。
「我らは無罪の証明をしなければなりません……全面的に帝国に協力することで」
「……なるほど」
今まで中立的な立場を取ってきたエモンド商会だが、いよいよその方針を維持できなくなってくるということか。
「そして、こうなってくると王都で我らを襲ってきた輩の雇い主についても、見えてくる可能性があります。西のエモンド商会の仕業かもしれません」
「!」
「可能性としてはあり得なくはないと、その線も考えて調査はしていたのです。しかしうまく逃げ切られましたな」
「そいつらが東のエモンド商会を潰して、何の得があるってんです?」
「大いにありますとも。彼らが単に取り込まれたのではなく、これを奇貨として我らの権益を奪いに来たのであれば、ね」
もし襲撃が成功していたら、どうなっていたか。会長が亡くなり、混乱するエモンド本家とキュレス国内の系列商会。
そうなれば、これまでキュレス国内の商会が担っていた主導権を奪う大チャンス、ということか。
そしてもし西のエモンド商会が東からの独立を表明したとして、その際に最大の障害となるのはエモンド商会を東から固めている現会長。テッド・エモンドだ。
それをこの機に排除してしまえば、東のエモンド家はまとまって対抗するのが困難になるかもしれない。東のエモンド家の権益を狙う側からすれば、会長を襲うのは得しかない、か。
……もしそうだとしたら、あの帝国宣言の日までに、既にその計画は進んでいた?
「我らはこれより、各地のエモンド商会をまとめ、帝国に協力していくことで忙しくなるでしょう。それだけでも、しがないいち商会には手に余る状況ですよ」
「……依頼したいことがあるのですね?」
「ええ。我らにはその余裕がない。しかし、個人的には、何よりも優先したいとすら考えていることです」
「聞きましょう」
テッド・エモンドは姿勢を正して、それから深く頭を下げた。
「どうか、アアウィンダを救っていただきたい」
アアウィンダ。
救う、とは? 彼女は王都の戦士学校に入ったのではなかったか……。
「残念ながら、アアウィンダは戦士としては上手くいきませんでな。下手をすれば退学になるかもしれませんでした。しかし、優秀ではあったようで軍学校に引き抜かれたのです」
「ほう……」
「そして現在は、僻地に派遣されて魔物狩りの小部隊を指揮しているようです。どこに向かったのかは軍の機密ですから、私にも知らされず、また調べて知るのも困難でした」
「僻地ですか」
「ええ。そして、最近になって分かったのです。アアウィンダが向かったのは南西、カムロパ地方の後方基地だったと」
カムロパ地方。
どこだったか。
「公国との国境地帯ですね?」
サーシャが言う。
「さよう。私が居場所を知った時には、もうアアウィンダとは音信不通でした。そして別の情報によれば……カムロパで軍が駐留していた拠点は多くが陥落し、いくつかの砦では玉砕と言うべき状況だったとか。その後現地の戦士団が軍と連合して何度か戦いを仕掛けたようですが……残念ながら、負けたという以外の情報が入ってきません」
アアウィンダ、そんな最前線に放り込まれていたとは。
「では、アアウィンダの生死も不明ですか?」
「はい。しかし、彼女はきっと生きている。私はそう思っている」
「……そうですね」
「彼女を捜索し、様子を伝えて欲しい。それが依頼です。もちろん、もし生きていたら助力して欲しいが……それはヨーヨーさんにも確約は難しいでしょう」
アアウィンダは軍所属として前線にいるわけだもんな。
その助力をするということは、俺も戦争に正式に参戦することになりかねない。
だからこそ、必ず助力しろとまでは言えないという配慮なのだろう。
「……南西の状況についてはテッド会長は詳しく調べられているのですか?」
「そこまで詳細には調べられていないが、これから情報収集はするつもりです。しかし、肝心の人手を動かすのが難しい」
なるほど。
これは、利用できそうな依頼かもしれないな。
「報酬として、金よりも情報を求めたい。その前提なら考えましょう」
「情報、ですか?」
「そう。この戦争のこともそうだし、南西に参戦している諸部隊の情報。特にソラグ公国側の」
「ヨーヨーさんは、対人の傭兵はそれほど好まれないのだと思っていましたが」
「みみっちい戦いにはそうです。しかし、こんな大戦となれば別だ。この歴史的一戦を、指を銜えて見ているほど枯れてはいない」
会長は眉を寄せて不可解そうにしたが、迷いを吹っ切るように首を振った。
「良いでしょう、その前提で検討しましょう」
「よろしくお願いします」
エモンド商会の情報収集力を使いながら、ソラグ公国相手に暴れるというのは一手だ。
そうなれば、「渡り鳥」とやらを相手に戦う機会もあるだろう。
「加えて確認ですが、この依頼は他の依頼と並行して行ってもよろしいでしょうか?」
「そうですな、現地で傭兵をやるとなれば、契約が走ることもあり得ましょう。できればアアウィンダの捜索を優先していただきたいですが」
「そうですね、なるべく優先的にそちらを進めます」
「それならば、お受けするしかありません。もとより、戦場近くにいる理由は必要ですから」
ヒトを探している、というだけで戦場近くをウロつくのも怪しいもんな。
色々細かい依頼を受けつつ、アアウィンダを探すというのが良いかもしれない。
「そうと決まれば、色々決めなくてはなりません。お渡しする情報のこともそうですが、ヨーヨーさんたちがどこに行くのかをまずは決めなくては」
「どこに行くのか? 目的地はカムロパ地方なのですよね」
「いえ、そうとも限りません。ファミア、お願いします」
会長に呼ばれて、会長と一緒に入って来た老淑女が動く。
机の上には大きな地図が1枚。これは、キュレス帝国南西の地図か。
「ここでこれを見たことは内密にお願いします」
「はい」
会長のお願いに乗る。
いや、地図を広げる前に確認しないといけないのではと思うが、口にはしない。
地図を広げ終えた老淑女が、口を開く。
「これはキュレス南西地域の地図でございます。書き加えているのは商会としての予想を含めた戦況です。黄色い線が公国軍の動き、そして紫の破線が前線です」
「よくこんなことが分かりましたねぇ」
「いえ、正確性は低いものと考えてください。あくまで集めた情報から予測したものに過ぎません」
「なるほど。だとしても、かなり押されているようですね」
「その点は間違いないでしょう。そして、カムロパ地方その他の前線地帯に赴くには、大きく分けて2通りがあります」
「……分断山脈の北廻りのルートと、南廻りのルート?」
「その通りです。北廻りと仰ったルートでは王都から西端のエイゼン地方まで、街道がよく整備されています。何と言っても東西貿易の主柱ですから」
「ならそちらで行くべきと?」
「いえ、そうとは限りません。街道は整備されていますが、少し前まで内戦の舞台となっていたリック地方や、エメルト王国から攻撃されているエイゼン地方を通らざるを得ないというデメリットがあります」
「ふむ」
「南廻りは道こそ整備されていませんが、そういった不測の事態が起きにくいと考えられます。当然、南のズレシオン連合王国の動き次第ではありますが」
「ズレシオンとの前線はどうなってるんです?」
「そちらはまだ日が経っていませんから分かりません。ただし、南部は守りが厚い土地。押されるとしても、ソラグ公国に攻められた場合とは違うでしょう」
南の方が比較的安全に行けそうか。
ただそれも、例の『渡り鳥』の連中がどの辺に居そうか次第で変えるべきかもしれない。
「どちらで行くかは、こちらで決めても?」
「そうですね、しかし出来れば、南廻りをお願いしたいです」
「理由は?」
「北廻りで行く土地には、系列商会が多くございます。そちらにお嬢様が退却した場合、遠からず情報が入るはずです」
なるほど。
自分たちが探せない場所を探して欲しいと。
「なるべくご期待にお応えしたいが、一度仲間内で話し合わせてほしい」
「はい、お願いします」
「行く先がカムロパ地方に限らないというのは……」
「前線が押されている場合、特に南廻りで向かう場合、カムロパ地方は既に敵地かもしれません。その場合、前線近くでお嬢様を探していただく他、ありません」
詳しいルートや向かう場所は一度保留するとして、どうやって向かうかという話になる。
「ヨーヨー様は、馬はお乗りになったことは?」
「乗ったことはあるし、一応乗れる」
「では当家から、馬をお出ししましょう」
なんと。
徒歩を想像していたから、まさかだ。
「あるいは馬車がよろしいですか? やや足が遅くなりますが、持っていく物資が多いのであれば馬車も用意できます」
「それも相談させてほしい」
「構いませんが、なるべく早くしたいと考えています」
「ああ、数日中に必ず」
さて、忙しくなりそうだ。





