名実110 {138単独}(329~330 大島海路の遺言4 官僚の劣化)
そこまで言うと更に大島は、当時を思い起こしたか、悔しそうな口ぶりで、
「高松の奴は、更に道路公団も民営化する方針(作者注1・後述)らしいが、民営化それ自体を許すとしても、あの様な馬鹿げた分割はしてはならん」
と語気を強めた(作者注2・後述)。
「とにかく小野寺さんとしては、大きな民営化や規制緩和の流れは許せないという結論なんですね?」
長々とした話を聞いて、西田はそれをまとめに掛かった。しかし、大島はそれを許さなかった。
「まだ話は終わっとらん! 規制緩和がもたらす国民の生活安全保障の破壊において、私が最も危惧しているのは派遣労働の緩和だ。これまた中根の行革(作者注・いわゆる第一次行革審)から始まったが、バブル崩壊から一気に加速して、3年前にはほぼ全面自由化し、高松のお仲間共が今度は製造業での派遣まで目論んどるらしい(作者注・資料http://hrog.net/2016072637596.html)。このまま行けば、それこそヤクザ紛いの手配師や請負師(作者注・参照 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E9%85%8D%E5%B8%AB)のような不届き者が跋扈し、日雇い人夫のような人間が社会に溢れかねない。すぐに戦前のタコ部屋労働の様なことが起きるとは言わんが、東京の山谷やら大阪の釜ヶ崎(作者注・いわゆる「西成区・あいりん地区」)の様な場所が、全国に出来るようなことがあってはならん! 企業が労働者に金を回さない為の派遣労働の解禁は、社会にとって害悪にしかならんのだ! 自分の経験含め、労働族として利権だ何だと言われようが、これは特に許してはいけない!」
大島は拳を振り上げんばかりの勢いで主張した。
「ただ、我々公務員が言うべき資格があるかどうかは別にして、日本の企業はクビに簡単に出来ないですから、このご時勢、そういう方向に行くのは仕方ないのかもしれません」
西田は勢いに押されつつも、その「流れ」に敢えて一定の理解を示した。それに対し、
「西田君の言う通り、金融危機以降の日本企業の収益体制は急激に悪化し、人件費がそれに拍車を掛けたことで派遣労働が拡大した。これは与党側だけでなく野党の多くもそれを認めた。ただ日本の雇用関係で、これだけ正社員の新卒採用至上主義でやってきた以上、首切りを安易に認めれば、社会不安として将来とんでもないことになる。入り口を狭くして出口だけ広く開けることは、労働政策上不適当極まりない。企業の経営と雇用を解決する為には、労働政策と社会保障を全て一体化して改革する必要があるし、企業側も意識と社会的責任感を改善しないとならん側面が大きい。それが出来ないから、今度は安易な派遣労働解禁では、これまた危険が大き過ぎるのだ! 大手の企業が社会全体への影響を無視し、自分勝手なことをし始めれば、表向きの景気が良くなろうが、多くの人間が豊かになることもなく、企業栄て国滅ぶということに成りかねん」
と自説を並べた。
「確かに日本の就職は、新卒が圧倒的に有利だなあ。自分の従兄弟も氷河期にぶちあたって、卒業してフリーターになってましたが、就職はかなり厳しいみたいですね。一度卒業しちゃうとね……」
吉村はここでは、身内の実例から大島の話に納得していた。大島はそれを聞き、
「ついでだが、もう1つ話しておこう。日本人は、つい最近まで中流意識が高かったと言われている。しかし現実には年収が1000万近くの人間から500万程度の人間まで、倍近い幅があったにも拘わらずだ。それはどうしてかわかるかね?」
と質問してきた。
「さあ? 日本人が横並び意識が高いせいですか? よく言われますよね」
西田はよくわからなかったので、取り敢えずはありがちな理由を適当に答えた。吉村も首を捻るだけだった。大島は少し残念そうな顔をすると、
「それは部分的には言えるかもしれないが、本質ではないと見ている」
と言うと、具体的な解説を始める。
「1つの典型的な生活設計が、それだけ年収に幅があっても可能だったからではないかと私は考えている。つまり高卒か大卒で就職し、その後家庭を持つ。そして子供が2人程度生まれ、子ども達も高卒か勉学が出来れば大学へ行き、親と同じ様に社会人となる。親は退職後、退職金で慎ましくも気楽に過ごし、孫が会いに来れば可愛がるというものだ。これが年収に拘わらず可能だったことで、人々は『自分達は中流だ』という意識を強く持っていた。おそらくこういうことだろう。そしてそれが日本の社会の治安の良さや安定に繋がっていたのではないか? しかしその流れが、今氷河期の発生でもろくも崩れようとしている。そしてそれに加え派遣労働が拍車を掛ける恐れも加わる。1度崩れた流れはそう簡単に元には戻らないどころか、悪循環に繋がる可能性も多々あるだろう。何度も言うが、日本人は革命や維新と言った大層な言葉上は大型の変化に憧れる割に、日常生活では小さな変化すら余り好まない。例えそれが悪化している原因を排除しようとする、明らかに良質なものであれだ。そしてどうにもならなくなった時に、再び改革という大テーマに取り憑かれ、今度はそれで悪化しようが何となく受け入れてしまう。これまで頑なに守られてきた正社員の牙城が、改革という名の改悪でもろくも崩れ、一旦派遣労働が拡大してしまえば、今度は経済状況が改善しても、そう簡単に元に戻ることもなく、戻す『小さな』手立ても受け入れず、これまでの流れとは逆の悪循環に陥る可能性もある」
この様に大島は持論をとうとうと述べた。西田と吉村も、彼の発言にはかなり説得力があると思っていた。それは論理構成以上に、大島のこれまでの人生の重みから来るものだったかもしれない。
「色々意見や相違点があることは間違いない。だが民営化や規制緩和万々歳という話には、大きな落とし穴があるということだけは、これまでの私の話で君らにもある程度は理解してもらえたはずだと思う。それに加えて、単純に民営化や規制緩和が行われるだけならまだしも、それ以上にそれらの悪影響を更に拡大させる様な危険な背景が、残念ながら私には見える。だからこそ高松のやり方に尚更危機感があるのだ」
更に大島は付け加えた。無論2人共、
「危険な背景とは?」
と質したことは言うまでもないし、それはこれまで同様、大島が自説を広げる為の仕掛けだともわかっていた。
「君らは警察という組織に居る以上、上層部、つまり警察官僚について、常日頃から思う所があるだろう。私も政治家として何十年も官僚と付き合って、時にやり合い、時に助けられて来た。おそらく彼らにとって、私の様な政治家は煙たい存在ではあるだろうが、まあそれは良い。彼らは難関の国家試験を突破して来た、相当のエリートであるからして、知力の高さは言うまでもない。また長年の各省庁のデータの蓄積は勿論、情報網についてもかなりのものがある。昨今は野党の批判やマスコミの批判含め、官僚支配がよく俎上に載せられるが、どれ程政治家が優秀だったとしても、まず官僚の数と国会議員の数の絶対数の比較からして、彼らに対しては勝ち目がないというのが現実だ。国会の答弁1つ取っても、全ての案件を大臣の自力だけでこなすことなど、不可能に近い訳だからな。これは個々の能力の差というより、それ以前に数の力の時点で大差が付いていると言える。そこで官僚に借りが出来るし、官僚もまたそれを利用する。それぞれの族議員や国会の部会所属の議員は、確かに各政策の勉強もするが、やはりどうしても限界はある。少なくとも現状のやり方のままで、野党の言う通り官僚政治を変えるというのは、明らかに机上の空論に過ぎん。変えるなら、各大臣に強力な実務型の応援体制を付けるなどの方法が必要だろうが、なかなか難しいだろう」
大島はそこまで指摘すると、西田達の様子を探った。それに呼応するかのように、
「正直言って、警察の捜査ってのは、官僚的な優秀さとは別の能力が問われると思ってますから、あの人達の頭の良さってのは、自分から見て警察には直接的に必要なものだとは思いません。そりゃ、警察の組織をどう国家の中に組み込んでいくかという部分の政治力には必要なんでしょうが」
と、西田は遠慮がちに主張した。
※※※※※※※作者注・後述
◯作者注1
日本道路公団は、小泉内閣発足後に民営化の検討が始まり、2005年にNEXCO東日本・中日本・西日本に分割民営化します。
◯作者注2
現状では、分割されたNEXCOは各社ともそう悪い状況ではありませんし、道路公団はかなりいい加減な経営をしていたので、将来的にはともかく、現時点でも民営化そのものは悪くない選択だったと思います
※※※※※※※
「警察の現場の人間からすると、警察庁の官僚はただの邪魔なのかもしれんな……」
大島が、大島自身やその周りに指示されて、西田達の捜査現場に圧力が掛かったことまで頭が回っているのかについては、正直な所やや疑問ではあったが、それなりに理解を示した。そして、
「しかし、それはともかくとしてだ。私は議員になってから長年の間、様々な官僚との付き合いがあったことは今言ったそのままだが、その中で彼らの意識に変化が見て取れる様になってきた。元々官僚の連中は、どんな時代でも非常に強い選民意識の塊ではあるが、私が議員になった直後は、やはり戦後の焼け野原から何とかして立ち上がろうという意識の下に、日本全体を底上げしていこうという気概のある連中が、上から下まで多かったように思う。その政策観や主義主張には各々違いがあったとしてもだ。そして戦前の国家の暴走について、それなりの経験してきた以上、思う所があった連中もやはり多かった」
と振り返った。
「やはり、戦前の反省という部分が念頭にあったということですか?」
吉村がそう質問すると、
「吉村君。官僚には、戦前からのエスタブリッシュメント(支配階級・上流階級)層に属した連中が一定数居て、そういうタイプには、必ずしも戦前の体制そのものについて批判的である訳ではないが、さすがにああいう破局を迎えた以上、何らかの問題意識は持っていた連中が多かったんだ。そこに、いわゆる庶民階層から入ってきた官僚は、体制自体についても問題意識は持っている連中はそれなりに居たな。いずれにせよ、各々が何らかの問題意識は持った上で、国家或いは国民全体を、何とかしようという意識が高い連中がほとんどだった」
と答えた。
「それがどう変わってきたんですか?」
西田が改めて尋ねると、
「日本が高度経済成長を経て、表向きは一流の経済国家となってから官僚になった人間には、どうも国民全般に目を向ける意識が乏しいと感じる。おそらく彼らの多くがエリートとして、極端な言い方をすれば、幼稚園から大学まで歩んで来たことで、社会の根本的な問題に、直接向き合うことがないまま成人して、そのまま入省したからではないかと思う」
と答えた。
「しかし、それこそさっきの話じゃないですが、昔から官僚になる様な家庭の出身者は、社会の暗部や底辺と向き合うことは、どう考えても少なかったのでは?」
西田は当然の疑問を呈した。
「確かにそれは部分的には正しい。しかし、どんなに上流の家庭に育ったとしても、余程の特権階級でもなければ(作者注・後述)、戦中から戦後の混乱期に掛けては、自らも体験せざるを得なかった苦労があるだろうし、仮にそれが無かったとしても、街中を歩けば、戦争の爪痕や困窮する人々を嫌でも目にする機会は、戦後から10年以上、20年近くは確実にあった。そこで何らかの問題意識は、各自の中に醸成されていたとしてもおかしくはない。しかし高度経済成長を経た後の日本、特に都市部しか見なければ、場合によってはそういった問題を一切見ることもなく、純粋培養のようなエリート街道を突き進んできた連中も多いだろう。とりわけ都市部の中高一貫の様な名門校から東大出身者の中にはな……。そして高度経済成長期やそれからしばらくの間のように、国自体がどんどん成長していける時代ではなくなると、全体を底上げしようということは、現実として難しくなってくる。そうなると、彼らにとって、言葉は悪いが平凡な庶民は、せいぜい踏み台という認識にしかならんのだ。無能や税金食い虫だとレッテルを貼られた者達については、国家やエリートや上流階級の為には、消えてもらいたいとすら考えているかもしれない。今の官僚のエリート意識とは、単に自分と自分の周囲さえ良くなれば良いというモノに、ドンドン近づきつつある様に思えてならない。当然その考えが、官僚全員に該当するものではないが、風潮としてドンドン強くなっているのは実感として確実にある。特にバブル以降は拝金主義も官僚間にはびこり始めた。金子堅太郎の様な、独善的な情のない、倫理観に欠けるエリートが増えてくれば、国家が成長したとしても、自ずと国民全体や社会全体は確実に疲弊するだろう。まさに戦前、特に昭和の敗戦までの日本の姿がそこに見えてくる」
大島はそこまで言うと、溜息を吐いた。
西田や吉村は、警察官僚ですらほとんど付き合いがある訳ではないので、その大島の感想についてとやかく言える程の根拠は持っていなかった。だが、これまでの大島の規制緩和批判が、その官僚の偏ったエリート意識と結びついた場合の危険性について言及していることは、よく理解出来ていた。
※※※※※※※作者注
敗戦直後の混乱においては、一般的な上流階級や資産家程度では、ハイパーインフレや食糧難、場合によっては空襲などで、かなりの経済的損失を受けた場合が多いのは確かですが、「NHKスペシャル・戦後ゼロ年 東京ブラックホール」
動画 https://www.youtube.com/watch?v=qbnCTrJmkeg
でも明らかな様に、ガチの特権階級はかなりの「ズル」でむしろ儲かっていたというのが現実です。
私も多少はそういう認識はありましたが、放送で見たような、「国が持っていた食料の横流し」という事実については残念ながら完全な認識不足で、「随分酷いことをやらかしてたな」というのが正直な感想です。大陸で、国ぐるみでアヘン売って儲けた「里見 甫」の資金が戦後ゴニョゴニョ……みたいな話もよく言われており、当時の特権階級が政治思想とは無関係に色々クソだったことも事実です。小説上、ちょっとそこら辺に突っ込む余地がないので、特に記述はしませんが……。
里見甫(里見については、今でもベールに包まれた部分も多く、まあ話半分で)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E7%94%AB
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「そういう選民意識の強い官僚が主導する、規制緩和やら民営化やらは、尚更、極一部の人間の利権へと変貌しやすいということですね?」
西田が確認すると、
「うむ。まさにそこに私の大きな危惧が存在している。しかし、まだ官僚は知力のある連中だから、最低限の倫理を擁している人間も実際まだそこそこは居る。残念ながらそうではない連中もバブル以降増えて来たが……。とにかく彼らだけならば、暴走にも限度があると言っても良いかもしれない」
と付け加え、
「ある意味真の問題は、我々政治家の側に強くある」
と述べた。この時の大島の顔付きは、これまでの会話の中でもっとも険しいものだった。




