名実105 {133単独}(318~320 犯罪へと3)
95年の松島道議殺害のカムフラージュに「公共事業削減」がキーワードにしていました。建設業界そのもののバブル崩壊以降の建設投資(民間含む)全体は縮小傾向(阪神大震災に直結する建設投資額全体の一時的急増は間違いないものの、それは被災地域に公共事業含め集中したもので例外的)にあるものの、公共事業額そのものは99年度まで本格減となっていないのが現実です。これはプロット上問題がありますので、後から修正版では何らかの形で修正させていただきます
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「それじゃあ、さっきの続きですが、取り調べの最中、喜多川がくも膜下出血で意識不明になって、それ以上は続行不可となりました。その直後、先程触れた圧力があった訳です。更にその後、95年9月の下旬に生命維持装置が外され、喜多川は死亡しました。一方で同時期に、大阪拘置所に居た本橋死刑囚……。正確に言えば、まだ当時は判決が確定はしていなかったので死刑囚ではないですが、彼に、本橋の担当弁護をしていた御堂筋リーガルオフィスという、あなたのところの梅田議員と縁のある法律事務所を通じて、椎野という東西新聞の記者がアプローチを仕掛けてきています。ついでに、ここでまず確認しておきたいんですが、本橋が捕まった際、担当弁護をその事務所が引き受けたのは、あなたの意向があったからですか?」
西田は元気を表向きは取り戻したこともあり、スラスラと質問を再開した。
「それについてはだな。本橋が他の容疑で逮捕されたという一報を、何時だったか、確か瀧川から聞いて……」
「91年の4月ですね」
西田が大島に逮捕時期を補足してやった。
「そうか。それでさっきも言ったが、瀧川は問題はないとは言ったが、私としては念の為、監視も兼ねて担当弁護士を付けてやるべきだと言うと、『じゃあ、あんたのところの梅田の親戚の弁護士事務所がいいんじゃないか?』と向こうから提案されてね。その忠告を受けて梅田に頼むと、『わかりました。担当弁護を引き受けさせましょう』と言ってくれた」
「あなたや本橋がやったことについては、その時から今までの間、梅田議員や御堂筋リーガルオフィスの連中は、事実として知る機会があったんですか?」
大島が言い終わるなり、吉村が食って掛かるように尋ねた。
「こちらとしては、その時から今まで、直接的には一切何も言っとらん。ただ、葵と派閥の関係は、梅田も知っていたはずだから、何かあると感じていたかどうかまでは、私としても何とも言い様がない」
吉村の勢いと比較して、何とも煮え切らない返答だったが、もし具体的に証言すれば、さすがに後輩とその周囲を危険に晒すことになるので、それだけは避けたかったのだろう。無論、本当にその通りだったのかもしれないが、このような曖昧な形にしておく限り、幾ら力が弱まったとは言え、まともな証拠もないまま、梅田派の今の領袖やその周辺を潰せる程、警察も検察も権力に強くはない。西田も吉村も、これについてこれ以上追及したところで、大島が折れるはずもないことは理解していた。
箱崎についてもそうだったが、本人が本気で反省したとしても、それが自分のこと以外の全ての真実を語ることと結び付くかと言えば、残念だがやはり違う側面があるのもまた事実だ。特に殺害そのものに関わっていない様な人物に対しては、言わないという選択肢もあり得るだろう。
そもそも、具体的に言わないまでも、阿吽の呼吸でうまくやる術は、議員同士身に付けていたとしてもおかしくはなかろう。その上で、弁護士連中はおそらく何か怪しいとは気付いていたとしても、実際に殺人事件の隠蔽絡みで利用されているとまでは認識していなかったという推測はしていた。何だかんだ言っても、弁護士はそこまでのリスクは負いたがらないだろうからだ。
また、依頼する側としても、北見の松田弁護士の時の考察同様に、詳細を知らせると、危機回避しておきたい弁護士側から、裏切られる可能性が高まるからには、そこは誤魔化しておきたい部分だったはずだ。
「では話を戻しますが、その椎野は、捜査が段々とあなた方へと近付いて来ていることを察知したあなた方の指示によって、本橋の元へと派遣されたと考えています。万が一の場合には、本橋に、『既に死んでいる伊坂大吉による指示で、佐田実を殺害した』と告白させ、あなた方から目を逸らせる為の工作活動です。勿論その時点では、佐田の遺体は見つかっていませんでしたから、まさかそれが現実になるとは、思っていなかったのではないかと考えていますが……。しかしその工作の準備は、皮肉なことに見事に役に立つことになってしまう訳ですね、9月の頭には」
西田は大島を凝視しながら質した。
「まさしく。その時にはまさか本当に役に立つとは、一切思っても見なかった」
大島は語尾で唸るような言い方で当時の思いを告白したが、
「発案は実際のところ誰なんですか? そして椎野記者は、その目的については知っていたんですか?」
と吉村に突っ込まれた。
「発案は私と瀧川だ。瀧川に、警察の捜査がやや迫って来ていることを相談すると、『いざとなったら、本橋に全部背負わせてしまえばいい。何しろあいつはもう死刑は決まった様なもんだし、どうせ死ぬなら、こっちに最後まで奉公してくれるはずだ』と言ったからね。そしてその為に、私の言うことなら、ほとんど聞き入れてくれる椎野に白羽の矢を立てた。所属している東西新聞の方にも、私と箱崎先生で口を利いておいた。この件についても、先生は詳細については知らなかったが、私からの頼みということで協力してもらった」
相変わらず箱崎については、事実関係を認識した上での関与を否定した。
「と言うことはですよ! 椎野記者は、本橋が死刑確定前から、一連の殺人を本当に犯していることや、表沙汰になっていない佐田の殺害、そしてあなたの関与、及び自分が一体何の役割を演じることになるかまで、詳細に把握していたということでいいんですね?」
吉村がこの発言に対して、かなり厳しく追及した。
「ああ。椎野については、大阪拘置所に出入りさせるため、詳細を明かしていた」
椎野については、他の政治家などと違い、やけにあっさりと認めたので、2人の刑事はかなり驚くと共に、ある意味拍子抜けしていた。ただ、犯人隠避罪(そもそも成立するかかなり微妙な案件)の時効が既に過ぎていたことと、椎野の場合には国会議員でもなければ弁護士でもなく、社会的に影響を受ける度合いが小さいことが、この妙に簡単な自供につながったと西田は捉えていた。
「椎野と本橋のやり取りは、独特の暗号形式で行われていた模様です。具体的には、二人共に英語の素養があったことと、収監されているヤクザとの情報伝達に、古くから使ってるやり方とを合わせた手法だったのですが、どうやって周囲に隠したまま意思疎通を図るかについては、少なくとも椎野はそれまで知らなかったはずです。ということは、誰かにその手法について指示を受けたはずですが、どうですか?」
立件上は、これもまた絶対に聴いておくべきこととまでは言えなかったが、西田の個人的な好奇心からも、事件の全貌把握からも、是非とも知っておきたい箇所だった。
「私はそこについては関わっては居ないが」
そう前置くと、
「何をどうやったかまでは知らないが、梅田の所の弁護士を使って会わせた後については、瀧川と椎野に連絡を取り合うように指示して、その後は2人に任せたから、そこでそういう打ち合わせがあったのだろう」
と、やや無責任に突き放した。
「実際に椎野と瀧川は直接会っていたのですか?」
「さすがに直接ではなく、私と同じ電話のみの連絡だろう。直接顔を会わせることはなかったと思う」
「なるほど。いずれにせよ、瀧川の取り調べは当然、椎野についても参考人聴取はしないとならんだろうな」
西田は、瀧川から回答を得た上で、横の吉村にそう語り掛けた。
「そうですね。ただ任意ですから、椎野側が応じるかどうかは別ですがね」
吉村としては、時効を意識した上での「任意」という言葉だったのだろうが、もし松島孝太郎・道議の殺害にも絡んでいれば、必ずしもこの件だけで聴取という必要はない。
高垣を使った偽記事では、東西新聞系の週刊誌が絡んでいた。そう考えれば、そこに椎野が絡んでいたとして不思議はない。そこで更に、椎野が松島の殺害にその記事が意図隠しに利用されることを知っていたとなれば、殺人幇助などで立件の可能性は残る。今は話の順番も考えてまだ触れないでおくにせよ、西田は僅かな期待をこの時点で捨てないでいた。
「その後95年の8月末に、我々が生田原の山中から、佐田実の遺体をやっとのことで見つけ出し、9月上旬には本人と確定しました。そして、やや遅れたほぼ同時期に、最高裁で上告が棄却されて本橋の死刑が確定しました。佐田の殺害が遺体発見でバレたとあなたが知ったのは、警察からの直接の事前情報だったんですか、それとも椎野側の情報、或いは一般マスコミからの発表まで知らなかった?」
西田のこの質問は、当時の道警と大島の関係が、87年当時とは違っていたと思われることから出ていた。具体的には、95年当時の遠山道警本部・刑事部長が、かなり87年当時の捜査について憤慨していたことや、西田達に協力的な態度だったことからの推測であった。一方で、割と周囲には情報を喋りたがったらしい遠山刑事部長により、彼の番記者であった東西新聞の椎野の後輩である笠原記者から、ある程度情報を得ていた可能性も考慮していた。
「あの頃、道警から直接捜査情報が入って来難い状態で、椎野が先に掴んで来て、私に指示を仰いだはずだ、記憶が合っていればだがね……」
大島の回顧は、西田達のあの時の推測が当たっていたことを示唆していた。
「やはりそうでしたか。そして、いよいよ作戦を実行させたと」
「そういうことだな。本橋は見事にそれを実行した……。というよりは、騙しを仕掛けたという方が正確かな」
そこまで言うと、結末がこうだったせいか力なく笑った。
だがあの本橋は、瀧川や大島にただ利用されるだけで終わる男ではなかった。無論あのまま何も小細工しなければ、おそらく本橋は忠義を誓っていた瀧川や大島を裏切ることはなかったはずだ。結局人を信じず、利用するだけの関係にしてしまったことが、最終的に自らへと返ってきてしまった。西田は事実関係については黙ったままで大島を眺めながら、人間同士の関係性の妙というものに少しの間思いを致していた。だがそんなことに時間を使っている余裕はない。次の質疑に移る。
「それに加え、同じ頃にもう1つの計画が進行していましたね? あなたの抱えている土建業者の切り捨てです。バブル崩壊が実害となって出てきていた頃です。その為にあなたは、業者とそれに関わるケツ持ちのヤクザによる内ゲバを、意図的に起こさせようとしたはずです。伊坂のところの従業員に、それぞれの事務所を銃撃させたり、それをあたかも自然発生的な事象の様に、東西新聞系の週刊誌を利用して、色々と画策したんですよね?」
西田は大島を覗き込むように確認した。
「ああその通りだ。公共事業頼みが何時まで持つか微妙になってきて、子飼いの土建業者の整理が必要になったから、こちらから直接動くよりも自滅させる方策を選んだ。お互いに潰しあえば、こちらが直接整理することで恨まれて、色々過去の行いをバラされる心配もなくなる訳だから」
「まあ理屈上は理解できますが、しかし、なかなか恐ろしい理由ですね」
西田は回答を半ば嘆きつつ、
「具体的なやり方については、小野寺さんが考えたんですか?」
と尋ねた。
「全体の大枠としては私が中川に指示して、詳細については中川が考えた。一方で週刊誌を実際に動かしたのは椎野だが、椎野はその目的までは知らんまま、私の指示に従っただけだ。私はそれを了承したという形だな。具体的な実行犯の選定含め、こちらも詳細は中川に任せた。勿論大元は私だから責任逃れという意味ではない」
「本当ですね?」
吉村は念を押したが、
「ああ本当だ。椎野は目的は知らん」
そう老政治家は断固として否定した。
仮にそれが事実では無かったとすれば、銃撃事件の教唆や共謀共同正犯に該当する可能性があるだけに、椎野も時効を免れる可能性もあった。だがこれ以上押したところで、先程と同様本当のことを白状することはまずなかろう。話を次に移す。
「そうなるとですよ! その後その計画は、病気で死期が迫っていた、あなたの子飼いの道議会議員だった松島が裏切ろうとしたことを察知した際、その業者同士の内ゲバが、殺人にまで発展したという筋書きへと移行したはずなんです。それも中川秘書が企てたんですか? 椎野は全くの無関係なんですか?」
西田の問いは、松島の殺害計画に椎野が関わっているとすれば、今度こそ時効を免れて責任追及が出来るという観点からなされたものだった。しかし、その微かな望みも潰えることとなる。
「そちらについては、私と中川が利用することを考えた。椎野は一切関わってはいない」
大島はかなり強く否定してみせたのだ。
「本当でしょうね?」」
吉村も再びかなり疑っている様だったが、
「絶対に無い! 椎野は本橋との連絡役としての使命を終えた後、10月には東京の政治部に復帰したんだが、箱崎先生の指名で、当時の村岡連立内閣の通産大臣で、箱崎派の橋爪の番記者をやってもらうことになっていたから、私の方に一々構っていられる程暇じゃなかったからな。箱崎先生の中では、次の首相にするのは、間違いなく橋爪だという意識があったんだろう。それでベテランの椎野に、教育係も兼ねて番記者を託したはずだ。事実、橋爪は95年に民友党総裁になり、村岡の後を受けて、96年の年頭に首相となって橋爪内閣を組閣したのだから、その意図は間違ってはいなかった」
大島は当時の政治背景も解説した上で断言した。
「つまり、松島殺害については、あなた方の主導ということで良いんですね?」
西田が念を押した。
「その通り。松島が喋りそうだということで、私と中川で松島を消す計画を立てた。ただ、本橋に自白させたことで、ヤクザにさせるとバレる可能性が高まると私は感じてもいた。だから最初は、全く関係ない人間で何とかしようと、私がその点を主張した」
この大島の発言は、当初、建設会社同士を争わせる為に、銃弾を撃ち込み続けた、伊坂組子会社傘下の坂本と板垣の2名を、そのまま病院銃撃にも利用しようとしていたという、伊坂政光の証言と合致していたので、
「ということは、建設会社銃撃に関わった伊坂組の若手従業員に、松島を銃撃させようとしていたと、政光から証言を得ていますが、それ自体も小野寺さんのアイデアだったんですか?」
と、西田は確認を求めた。
「私がそこまで特定して指示したことはないが、中川から素人の候補に断られたという話が来て、他に思い当たる先もなく、仕方ないので結局は私から瀧川に、『早急に人員を何とかならんか』と助けを求めた。こちらが、『いざとなれば、北海道なら人気の無い場所がいくらでもあるので、人知れず射撃の練習が十分に出来る。足が付きづらいので、出来ればその道のプロでない方が良い』と条件を指定すると、あちらとしても不満はありそうというか、疑問がある様だったが、『だったら、葵の中でも大して重要じゃない組織の、殺しとは無縁の構成員に任せるという手がある』と言われた。だから私もその派遣を了承し、後は中川と詳細を詰めるように頼んだ。瀧川への報酬については、佐田の時と同様のやり方で行うこととしたが、実行犯への報酬は無くて構わんということだった」
東館からも、所属していた組側が、別途報酬を受け取ったという話は出ておらず、この点はほぼ秘密の暴露に近いものがあった。おそらく瀧川は、紫雲会にも駿府組にも直接的に報酬を与えるのではなく、上納金の割に余り待遇が良くなかったことで裏切りへの疑念を持っており、自らへの忠誠心を試した可能性があった。そしてこの時点では、事務所の上の防音設備のある集会場で射撃練習するアイデアは無かったらしい。
「実行のタイミングを図る情報を得る為に、共立病院の理事長の浜名に盗聴させたり、松島の周囲を色々探らせていたのも、当然ご存知ですね?」
続いて畳み掛けた吉村の問いに、
「そのことか……」
と、それまでの割とスラスラとした回答とは違い、ためらうような素振りを見せた。
「彼の名前は仁と言ったんだが、仁君には、本当に申し訳ないことをしたと思っている……。彼は単に情報を集めることだけを、私から直接依頼していたんだが、結果的に殺人に巻き込まれたと知って自ら命を絶ったのだから、私としてもあの時は……。彼のことは、彼の亡くなった親父さんと懇意にしていたこともあって、小さい時から知っていただけに……」
そこまで何とか吐き出すように話すと、目を伏せた。
「病院の不祥事絡みで、あなたが手助けしてあげたことの見返りとして、情報提供を要求したんですね?」
大島の様子にも怯むこと無く、西田はその背景を探ったが、
「それは違う。彼の親父さんは私の良き後援者で、息子である彼ともそれなりの信頼感があった。単なる過去の貸しを利用したというのではなく、普通に頼んだというのが実態だ。こちらの都合で殺めた人間にも詫びる言葉すらないが、仁君やその家族にも多大な迷惑を掛けてしまった。葬儀にも自ら出席すべきだとは思ったが、のうのうと出ていくのも気が引けた」
と返した。
大島としても、さすがにこの期に及んでは、松島や北村、看護婦の百瀬と、被害者にも申し訳ないという強い思いはあったのだろうが、やはり西田や吉村としては、浜名と同じレベルで扱って欲しくないという、沸々とした怒りの感情は流石に隠せなかった。
「いずれにせよ、あなたの身勝手な自己防衛の為に、その場で3名もの人間が殺害された訳ですから、その時点でどうしようもない鬼畜の所業であることは心に刻んで下さい! まして、佐田実殺害に多少は関わった松島を除く3名のうち2名は、完全な無辜の人物だったんですから……」
西田はそこまで言うと、それ以上の言葉を飲み込んだ。その思いを察して、あたかも代弁するように吉村が、
「巻き込まれて殉職した北村という刑事は、この西田課長補佐と一緒に、佐田実殺害事件や篠田に殺害された青年殺害の事件捜査に携わっていたんですよ……。あなたにとって大切な人が、あなたのせいで死んだのと同様、我々にとって大切な人間も死んだんです! 今更言ってもどうしようもないですけどね……。そういう思いを我々も抱きながら、今あなたとこうして自分の感情を殺して向き合っているんです! それだけは理解して下さい」
と、言葉遣いそのものは丁寧だが強い口調で続けた。
「本当に申し訳ない」
大島は振り絞るようにそう言うと、しばらくの間頭を下げたままだった。
その間、取調室は3人の荒い呼吸の音だけが響き、重い空気が支配していたが、西田が気を取り直す様に大きく息を吐き、
「もういいです……。頭を上げて下さい。あなたの反省は事件をしっかりと振り返ってもらうことでしか、もう示せないんですから……」
と振り絞るように伝え、大島もやっと顔を上げた。




