表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
156/223

名実79 {107単独}(254~255 本橋の犯行ノート5)

「トゥルトゥルトゥル トゥル、ガチャ…… ワシや」

「親父ですか? 本橋ですが」

「おう幸夫か! お前、あれから今まで何やっとったんや! 何度も電話したんやぞ! その度に留守電やったわ! ったく面倒掛けよってからに!」

「いやあ、大変スンマセン……。北見からの帰りに、仙台やら東京やら伊勢やら、ちょっと回ってたんですわ」

「はあ? 行きだけやのうて帰りもか!? あんな後にゆったり観光とは、悠長なやっちゃな……。まあエエ! 幸夫のおかげで、箱崎の連中とのつながりも更に深められたさかい、今回は許したるわ! 大島からも再度礼言っといてくれと伝えられとる。何だかんだ言うても、ホンマに助かったんは確かやからな!」

「こっちとしても、親父のお役に立てて幸いですわ」

「うむ。ほんで、俺からもボーナスってことで、更に500追加させてもらうことにしたわ。既に用意してあるよって、前と同じで、武井骨董で掛け軸買って、寺崎堂で売ってくれ」

「そいつは、大変助かりますわ」

「お前も色々入り用やろう……。お前自身が下手打ったっちゅうより、子分に裏切られたわけやから、結果的に責任を無理に取る形になったわけやし……、そういう意味じゃ、俺も何とかしてやりたいと思うとる……。まあ、しばらくはこんな感じで頼むわ」

「……わかりました」

「ほな。用事はそれだけや。そんなところで。またな」

「失礼します」


※※※※※※※


 佐田実殺害の件に関するテープを聴き終えた3名は、手付の200万に、大島からの直接の成功報酬800万に加え、更に瀧川からも別途500万支給されたとわかり、さすが1986年は、バブル時代の先駆けで、政治家もヤクザも金満だったと、改めて思わされた。ただ、人殺しについての汚れた報酬だと捉えれば、むしろ安いのかもしれない。


 ただ、95年の大阪の取り調べでは、本橋は500万の臨時ボーナスについては言及していなかった。わざとなのか、失念したのかは不明だが、本橋の記憶力と頭脳からして、敢えて言わなかったという方が正解に近いだろうと、竹下は推測していた。その理由ははっきりしないが、隠したいというよりは、あくまで「予定外」の収入だったことから、言う必要がないと判断したか、後付での支給のため、一定の連絡を事後にも取れる関係性を推測されると面倒だと思ったのかもしれない。ただ、その点について、今となっては、正確な答えを出すことはかなり難しいというのが現実だった。


「こいつらの会話を聞いとると、堅気の感覚からは、相当かけ離れ過ぎやな……」

黒田がため息混じりに口走った言葉に、

「ああいう世界にれば、自ずと麻痺してしまうんですわ……。金だけの問題やのうて、あくまで身内だけの、狭い価値観の世界になりますよって……」

と、久保山は、おそらく自戒を込めて返した。


 しかし、内輪や内部の論理というものは、必ずしも、あからさまな犯罪集団である暴力団に限った問題ではない。竹下が今関わっているマスコミや、以前関わった、法の執行者である警察は勿論、他の行政機関、各種業界団体や会社など、あらゆる組織にとって、多かれ少なかれ付いて回る弊害だ。時に表沙汰になり社会問題化することはあっても、沈静化すれば、再び悪い芽が出て来るのが常である。竹下は他人事ではないと、内心強く思っていた。


 本橋が留守中の留守電内容については、記録されていなかったが、この会話については、わざわざ外部装置に記録させていたので、そっちの方は、電話本体に付いていただろうマイクロテープに入っていて、ダビングしていなかったと思われた。とは言え、おそらく重要な内容でもなかったろう。


 そして、丁度その頃、大変タイミング良く、頼んでいたうな重が届いたので、ひとまず3名は休憩することにした。特に竹下は、集中して聞いていたので、ドッと疲れが出たこともあり、ベストな休憩時間でもあった。ついでと言っては何だが、この間を利用して、一度西田に報告を入れることにした。


※※※※※※※


「どうだ! 何か判明わかったか?」」

誰が掛けて来たか判明っていた為、いきなり本題を突き付けられたが、竹下は冷静に、「瀧川と本橋の佐田殺害の電話謀議が、やはりテープの中に録音されていました。瀧川について、殺人の共謀共同正犯もしくは教唆として行けそうです!」

と伝えた。言うまでもなく、

「おおお! ホントか! 瀧川の関与を立証出来るか!! よくやってくれた!!!」

と、西田は電話の向こうで、明らかに叫んでいた。西田がそういう気持ちや反応になるのは、竹下も伝える前から、ある程度予測は出来ていたこともあり、既に携帯から耳を若干離していたため、鼓膜に害はなかった。

 

「一応、大島からの殺害依頼であることも、2人の会話の中に入っていましたが、あくまで伝聞ですので、大島の殺人間接教唆犯、或いは共謀共同正犯の立証は、この会話を証拠とするだけでは、残念ながらまず無理ですね。大島の自供が必要じゃないかと思います」

「おう! しかし、伝聞になるのは、電話の会話じゃ仕方ないだろ」

やっと落ち着いたか、竹下の続答にも、最後は静かな言い方だった。一方で

「ただ、例の中川と本橋が北見で会ってた件。会話内容では、佐田を殺害後、大島の代理の相手として成功の報告をし、中川から成功報酬を受け取ることが、手はずとして事前に決まっていた模様です。中川が佐田殺害において、明確に殺人幇助が適用出来ますから、大島と中川の関係性を考慮すれば、そこに大島の殺人幇助の教唆もしくは共謀共同正犯が、少なくとも成立する可能性は高いんじゃないでしょうか?」

と伝えられると、再び大いに喜んだ。


「それに、北見駅ホームでの本橋と中川秘書が落ち合っていた件で、鳴尾記者の証言と証拠があれば、受け渡しの事実だけでなく、会話全体の信憑性もかなり高くなるはずです。録音だけでなく、本橋の犯行ノートもありますし。そこで、大島の名前が元の殺人依頼者として出てきて、更に忠実な下僕しもべの中川が事件に協力しているとなると、仮に大島が会話内容について否認しても、公判上、全体として殺人関与の状況証拠に認定される可能性はあるんじゃないでしょうか?」

「うんうん。楽観は出来ないが、本橋の遺産のおかげで、かなり見えてきたな!」

西田は、更なる竹下の考えに、非常に満足そうだった。


「後、まだ全部聞き終えてないんですけど、既に本橋が最初にやらかした殺しの方も、瀧川からの依頼だったことが、バッチリ音声とノートで残ってましたので、府警も喜びますよこれは。今から残りも聞きますが、この調子なら、どうも本橋が殺った件全部の会話が残ってそうです。テープも、佐田の件含め、全部で5本ありますから、死刑が出た方の4件分と合致します」

吉村はそう続けて喋った。

「ほう、そっちもか! そりゃ大阪府警の1課も組対も喜ぶだろうなあ。あの瀧川を殺しで挙げるとなれば、悲願成就だ」

西田はますます上機嫌になった。


「まあ、必ずしも全員にとっての悲願かはわかりませんが……」

竹下は、本橋が、府警に葵一家の協力者がいることを気にしていた点を考慮して呟いた。しかし、西田はそれは気にもせず、

「しかし、本橋ってのは、死んでからも俺達をやきもきさせてくれるわ! 『死せる本橋、生ける俺達を使い走らす』ってか」

と、気分が良かったか、諸葛亮孔明と司馬懿仲達しばいちゅうたつが絡んだ中国の故事を使った洒落を口走った。


「『死せる孔明、生ける仲達を走らす』のもじりですか……。なかなか良いじゃないですか」

多少お世辞もあったが、実際にそこそこの出来ではあったと、竹下も思っていた。

「何点だ?」

西田が調子に乗って、採点を聞いてきたので、

「90点ですね」

と言うと、

「うんうん、なかなかいい点数だな!」

と、この期に及んではかなり増長していた。


「でも、どうなんでしょう。自分からすれば、西田さんと沢井さんの合作とも言える、『辺境の墓標』のフレーズの方が、案外、傑作だったんじゃないかと思うんですか?」

「ちょっと待て!? 7年前の記憶だと、お前らは、『この程度の山中を辺境と言うのは、道民からすりゃオーバー』と不評だったはずだよな? 竹下もその『一味』だったろ?」

竹下の思わぬ言葉に、西田は記憶を頼りにして、訝しげに反論した。


「確かにあの時は、自分も実際そう思ってましたよ……。でも、数年前から、あれは実際には、かなりベストな言い回しだったと思い直してるんです」

返ってきた言葉は、やけに意味ありげに西田には聞こえた。

「そう考え直した理由わけは?」

言うまでも無く、西田はその翻意の根源を問う。

「この場で説明しても面倒なだけですよ。今度暇があったら言います」

あたかもはぐらかす様な口ぶりだった。

「ふーん。それで、そっちは何点なんだよ?」

不満そうに聞き直すと、

「そうですね、60点かな……。及第点ってところじゃないかと」

と言い出した。さすがに西田も全く意味が理解出来ず、

「出来はそっちの方が良いんだろ!? 何でむしろ点数が低いんだよ! おまけに及第点ギリギリって」

と、大人気なく声を荒げてしまった。


「はっきり言ってしまえば、西田さんが言った『辺境』の意味とは、違う意味で評価してるからですよ」

「?? 何が何だかさっぱりわからんのだが?」

ここに至っては、理不尽な回答に対して、真剣に悩み始めた西田だったが、それを察知したかは別にして、

「いやいや! まあ、そんな些細なことは、本当にどうでもいいんです! それより、少なくとも最初の件だけでも、十分に瀧川を挙げられますから、すぐに大阪府警と連絡取ってください。瀧川確保するのに、どう考えても府警の協力が必要ですからね。それに、声紋分析やら、会話内容のデジタルデータ化とか、こっちで今スグやってもらわないといけないでしょう? 大島をこっちが挙げるためにも」

と、竹下は強く西田に要請した。


「それもそうだな! そっちをまずは何とかせにゃならん! よし、今からすぐに共助課に頼む……、とは言っても、この時間じゃ結局明日になるかもなあ……」

竜頭蛇尾のように、弱々しい言葉尻になったが、

「取り敢えず、自分の方の時間の問題は、たった2日でここまで辿り着いたわけですから、まだ十分ありますんで」

と、西田を励ますように伝えた


「その点は助かるが……。しかし、そっちに着いてから、思ったより核心に辿り着くのが早くて、変な話だけど、やや拍子抜けしたよ」

改めて感想を竹下に漏らすと、

「そういう部分は、自分にも正直ありますよ。でも、さすがに本橋がギリギリになってから、送りつけてきただけの破壊力はありました。まさに、こっちは使いっ走りにされただけかもしれませんが、恩恵も実際に大きかった」

と、西田の先程の発言を引用して答えた。


「本橋サマサマか……。翻弄されっぱなしだったな、7年前同様……」

そう西田が言った直後、2人の脳裏に、当時の記憶が鮮明且つ同時に蘇っていた。しかし、その僅か数秒のフラッシュバックこそが、7年に渡る歳月の重みをむしろ背負っていたと言っても過言ではなかったろう。


「……とにかく、府警への連絡お願いします。で、自分がこの後何をすれば良いかの指示も、はっきりしてからで構いませんからお願いします」

ハッと気付いたように、竹下が用件を伝えたのに対し、

「ああ。後のテープについてもちゃんと聞いといてくれ。それについては、すぐに連絡しなくても良いから」

と返し、2人は会話を終えた。


※※※※※※※


「竹下はん、美味いで! 冷めない内に、はよ食えや!」

会話の一部始終を見ていた久保山が、うな重を勧めたので、

「じゃあ。遠慮なく」と言って、早速口に運んだ。確かに、よく脂の乗ったプリプリのうなぎが口の中で弾け、そして溶けた。


「ところで、何やらずっとくっちゃべっとったな。相手は、例の西田って刑事デカやったな?」

そんな竹下の様子を窺いながら、久保山が話しかけてきた時、電話で本橋と呼び捨てにしていたことをハッと思い出したが、今更取り繕っても無意味だ。そこは世話になった弟分と言えども、理解はしてくれるだろうと気にせず、

「はい。西田の方も、本橋さんや皆さんのおかげで、捜査が進展しそうで大変喜んでました。感謝の言葉を代わりに伝えておいてくれと言われました」

と、喜び過ぎて、すっかりそんなことは眼中になかっただろう西田のことも考えて、わざわざ付け加えてみせた。


「あんたの元の上司は、『普通の刑事やけど、信頼できる上司だ』と、さっき言っとったな」

神戸に行く途中の車中での会話を、久保山は思い出した様だった。

「ええ。普通……、勿論、優秀な部類の刑事ですが、加えて信頼出来る上司でもありました……。ただ、普通の優秀な刑事とは言っても、今回我々が追っている、本橋さんが絡んだ事件に対する執念は、並大抵じゃありません。刑事でもない私を、過去の捜査に精通しているというだけで、こっちに派遣よこすぐらいですから、それだけでもおわかりでしょう?」

「確かにそういうところは、刑事のかがみやろな……」

既にうな重を食べ終わり、肝吸いに手を付けながら、久保山はそう口にすると、

「それにしても、何故、取り調べですら、それ程の時間喋っとらんかったらしいアンタらに、兄貴がこんな大事だいじを頼んだのか、正直、ワシとしては、兄貴から信頼されとらんかった様で、ちいと情けなかったところがあったんや。おまけに、ワシにすら、暗号でタダノってな具合で、わざわざ偽名にしといた黒田はんにも、どうも直接会わせたい節まであったからな……。ほんでも、今日、竹下はんと半日以上一緒に居って、その理由が、少しはわかったような気がしとる」

と、続けて言い出した。


 確かに、河内長野に向かう車中、おそらくそれを理由として、久保山はやや不機嫌だったような雰囲気が、隣の竹下にもはっきりと感じられていた。そして、久保山は一区切り置くと、

「兄貴が信頼したのは、付き合いの長さや関係性やら、そんなことやのうて、あんたらの捜査に懸ける思いの強さを、短い時間とは言え、その場で強く感じ取ったんやと思う。ワシですら、それを何となくやが、半日程度で感じられた訳やからな……。ワシも、今はあんたらに任せた兄貴が正解やったと、心から思うわ」

と、竹下を真っ直ぐ見て言った。


「捜査に対する執念って奴か……。幸夫が、日向子の墓にあった久保山への手紙の中で、こっちの警察への不信を書いとったが、北海道のあんたらには、それと違うもんを感じ取れた。そこに幸夫は賭けたっちゅうことやろな……」

黒田も、久保山の考察に納得した様だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ