表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
137/223

名実60 {88単独}(209~210 本橋からの手紙の中身)

1通目の本文と暗号文極一部改定並びに2通目の短歌は、先行している本編より大幅改定いたしました。ご了承下さい。

 10月2日の午後、西田は道警本部で、遠軽からの速達が届くのを待っていた。それまでに、札幌拘置支所での大島海路の取り調べを、途中までチェックしてからの移動だったが、そちらでの進展は、残念ながらというか、やはり無かった。


 既に、7年前に札幌で本橋を取り調べた際の供述調書の本人サインを入手しており、場合によっては、筆跡鑑定もする準備を整えていた。本来であれば、遠軽郵便局で出されたのが、前日の夕方だったこともあり、本日中の到着は微妙だったが、札幌中央郵便局にわざわざ電話して、当日中の配達を確約させていた。


 午後4時前に郵便局員が持ってきた速達を、警務部・警務課の女性職員が刑事部の西田の元へと持ってきて、早速封筒を確認した。指示通り、中には送られてきたままの封筒が入っていて、その封筒には、遠軽署の住所に加え、「遠軽署刑事課」と書かれた後、「西田様」「竹下様」と2つに分けて、確かに連名で記載されていた。ただ、この時点で、西田は本橋の自署の筆跡と比較して、癖が明らかに違うように思えた。そして裏側を確認すると、住所は一切記載なく、ただ「本橋 幸夫」の名前が記載されていた。


 しかし、西田はその名前の筆跡を見た瞬間、自署の本橋の筆跡とは別だとすぐにわかった。筆跡鑑定に掛けるまでもなく、別の筆記だと丸わかりだったのである。やはり、宛先の字を見た時点で覚えた違和感は間違いなかったようだ。


 西田としては、そう期待していたわけではないが、正直言って、落胆が無かったとは言えなかった。ただ、遠軽署に送られてきた封筒自体には、更に何か中身が入っているのは明らかだったので、念のため封筒をハサミで慎重に切って開いた。するとその中に、更に一回り小さい封筒が入っているのを確認した。そして西田はそれを視認した瞬間、念のため用意していた手袋をはめて、その中の封筒を取り出し確認することにした。


 そこには郵便番号の記載も無く、住所は「北海道」のみで、「えんがる署刑事課 西田様 竹下様」と記載されていた。この時点で、西田は筆跡がさっきの封筒とは別だと気付き、そして裏の「本橋 幸夫」の字面で、いよいよ自署の可能性があると色めき立った。


 後で鑑識に正式に自署かどうか鑑定してもらう必要はあるが、取り敢えず先を急いだ。そして、その封筒を再びハサミで切って開くと、便箋が数枚まとめて折りたたまれた、割と厚いものと、薄く、おそらく1枚か2枚が折りたたまれたものが入っていた。西田は一度深呼吸すると、先にまとめて折りたたまれた方をゆっくりと開いた。(作者注・縦書きで書かれているという前提でお読みください。また画面が大きいパソコンからでないと、色々とわかり辛いと思います。横37文字以上、1行で表示出来る環境が必要です)


※※※※※※※


拝啓


 この手紙をあんたらが受け取った時期は、二〇〇二年の十月初旬辺り

やないかな?俺の生前に、手紙を出すように頼んでおいた奴には、あんたらの

今現在の所属がわからんので、取り敢えず「えんがる署」宛で出させたんや。

 ひょっとすると、何処かでたらい回しされて、予定の時期よりもっと後に

受け取った羽目になっとるかもしれんが、それはこちらの責任やない。

 運が悪けりゃ、どっかで紛失なんてことも、なくはないやろうが、これを

今読んでいるんやとすれば、そんなことは自ずとあり得んわな。

 因みに俺が頼んだ相手は、あんたらは封筒に付いた指紋を調べるやろうから

判るはずやが、殺人未遂の前がある久保山や。死刑の執行は、当日にいきなり

告げられるようやし、そもそも俺の場合には、親族との縁も切れとるんで、面会

もさせてもらえんから、世話になった教誨師に、この手紙を久保山に手渡す

ように頼んだ上で、そこから更に久保山へと渡って、久保山が後から差し出して

今あんたらが、二〇〇二年の秋に読んどることになっとる手はずやった。

 前もって、久保山に差し出しておく方法もあったんやが、死刑直前に書く遺書

と一緒に渡した方が良いだろうと思ってこうなった、いや、なっとるやろうな。

 さて、手紙があんたらへ届いた経緯は説明した。で、その久保山は二〇〇二年

から見て、十八年前に出所した後、カタギになるため組に戻らなかった。そして

奴は俺の直近の子分ではないもんの、弟分的な存在でもあるんや。

 俺が死刑確定まで棄却を二度食らったのに対して、奴は一審の判決が出てから

弁護士の控訴の進言を無視して、控訴せず刑が確定。一審の判決通りに豚箱に

入ったわけよ。俺が破門された時も、直接関係ない久保山がすぐに俺に義理立て

して、助けてくれた程真面目な奴や。まあ殺人未遂しといて真面目もないわな。

 ただ、そんな奴は打算がないから、上の連中に使われる側で終わっちまう。

鉄砲玉として相手先の若頭を銃撃した時も、結局そういう所を利用されたんやな。

気の毒と言えば、その通りやけど、ヤクザも所詮は会社組織と一緒やからね。

しかし、久保山は幸い年齢もやり直せる若さやったから良かった。もし、出所

して組に戻ったら本末転倒やったかもしれんが、すぐに堅気になれたわけやしね。

 それはともかくや!佐田実の事件を起こしたのは、一九八七年九月二十六日。

当然、既に時効にかかっとるやろ?これを見てる頃には。解決は無理やったな!

つまり、事件の捜査からは、結局事実がよくわからんままで終結ってことやな。

言うまでもなく、当然、捜査が上手く行かなかったやろうという前提であって、

ひょっとすると、全部暴いてしまっとるかも知れんが、考えたらまあ無いわな。

 正直俺の中では破門されて以降、碌な事がなかったもんやから、そっちの捜査が

上手く行ってない事が大きな喜びにすらなっていたんや。俺の言動に惑わされて

右往左往する姿を見ながら、ストレス解消していたもんや……。特に堅物そうな

竹下が頭を抱えている姿は、俺からすれば最高のご褒美だったってわけや。

 ただ、一方で竹下は、俺が知る中でもかなりの切れ者や。そういう意味で、死ぬ

前に竹下とやり合えてなによりやったと思う。この手紙を竹下が見ているなら、

それが俺の偽らざる真意だとわかってもらいたいもんや。人生の最後にオモロイ

ゲームに勝てて、相当嬉しいわけよ。一方の竹下はおもろないやろうけどな。

 さて、この手紙では、持ち出し時に検閲されることも考えて、何か具体的に書く

つもりはないが、あんたらも時効で捜査権限がなくなる以上、既に諦めてるやろ?

俺も勝利宣言をするだけにしとくわ。時効があっても、最後までなんにも言わん

方が良いわな。誰のことも裏切れんし、このまま墓場まで持ってくつもりや。

 ところで、精神的に余裕が出来てから、俺は最近勉強に目覚めとるところや。

元々学校のお勉強も出来た方やが、悪さばかりに注力しとったからな、中高と。

やっと、勉強をする気になったってのは、遅すぎるっちゃあ遅すぎるが、教誨師

が言うには、やる気があれば、年齢なんか関係ないそうや。

 そりゃ教誨師も、一から十まで本気でそう考えてるわけないやろが、全くの嘘

だけであんなこと言うわけないからな。多少は真に受けて、気持ち入れ替えて

三十数年以上前に、一度は捨てた教科書の類を改めて色々と見とるところや。

 ただ、さすがにど根性だけで、これだけの年数、勉強してこなかったツケを

取り返すのは、そうは簡単じゃなかったわ。特に数学辺りはさっぱりやった。

仕方ないから、小学校六年生辺りからやり直したが、高校一年辺りでアウトや。

 一方で、国語なら高校でも余裕やったから、それを特に頑張っとる。英語は元々

割と出来た、おっと、余計なことを言うと詮索されそうや。そういうわけで

国語と英語を中心に日々勉強しながら、暇を見つけてこれを書いとるわけや。

 いつか来る執行前になんとか書き終えんとならんからな。死刑直前にはそんな

余裕が、絶対に無いことは、その日が来る前から、さすがに想像出来るわ。

 さて、長々とどや顔で書いておいて、腹立ててるやろうが、あんたらとは

えらく短い期間でしか関わらなかったもんの、楽しい時間やったことは事実や。

そういう意味であんたらにはほんまに感謝しとる。ほな。   


※※※※※※※


 手紙の長々とした文章は、この手紙が本橋が死んだ後に差し出されて、西田の元に今届けられた理由並びに経緯と、その依頼を受けた人物について冒頭書かれていた。そしてその後は、とりとめもないような、警察、否、直接的に西田や竹下へのと言うべきか、佐田実事件の真相が、時効でわからなくなったと言う勘違いを前提にした勝利宣言やら、当時の心境のようなことが記述されていた。


 最後には感謝?されているとは言え、馬鹿にされた腹いせもあったが、西田は、「おめえは時効について、間違って認識してんじゃねえか」と、周囲に気を使いながら小さく悪態を吐きつつ、そのことが少なからず、溜飲を下げていたのは事実だった。更に文面の筆跡も、これが入っていた封筒と同じように見えた。こちらも本橋の自筆の可能性が高いと西田は考えていた。


 しかし、西田はこの手紙をしっかりと読み込む前の段階で、この手紙に書かれていること自体が、仮に本当のことを含んでいるのだとしても、更に別の中身が隠されているだろうことを、既に見切っていた。


 と言うのも、95年の椎野から獄中の本橋へ向けて出された暗号文と同様に、この手紙も、便箋の縦罫線しかなかったにもかかわらず、文字の横の高さも、それぞれまるでマス目でもあるかのように、割ときちんと並んでいたからだった。それ故、「これは、あの時と同じような方法で書かれた暗号に違いない」と、竹下の当時の苦闘を踏まえた上で、すぐに理解していたのだった。


 そして、もう一方の薄く折りたたまれた便箋を開いた。


※※※※※※※


拝啓


 この文を書いている日は、一九九七年の十月十七日や。朝、執行を刑務官から

告げられたわ……。そのうち来るのはわかっていたが、全くせわしない連中や。

今、連れて行かれた部屋で、遺書代わりにこの手紙を書いてるところや。しかし

書いておくべき相手がほとんどおらんから、仕方なく、あんたらにまで書いてる

っちゅう始末なのは、我ながら情けない限りやね……。

 遺書を書く程度の時間があることは、何となく伝え聞いとったが、それにしても

この慌ただしさは、ホンマ何とかならんのかとしか思えんな。幸い、先に用意

しとった手紙の方は、こんなこともあろうかと、常に持ち歩いとったから良かった

もんの、執行を伝えた直後、いきなり刑場の方まで連れて行かれたもんで、持っと

らんかったら、そのまま独房に置き去りや。ほんま危ないとこやったで。

 そんな話はともかくや、こういう状況でグダグダになって悪いが、これは

遺書代わりの手紙やから。ここ最近俺が一生懸命学んどった短歌で、辞世の句でも

読ましてもらうことにするわ。ある意味二人に捧げる歌やからな。しっかり見て

俺の最後の思いでも感じてや。


やけの末 踏み抜かめども 黄泉の方 見れば翻意へ 波立つ心地


                           檻折の歌  省恥  



 どや?時間がない割によう出来た歌やろ?歌の意味は、「当日の刑の執行を突然

伝えられて、色々とヤケになった。しかし最終的には絞首刑を受けいれて、落ちる

床を踏み抜く覚悟を決めたのだが、あの世が目の前にちらつくと、やはり、どうも

その覚悟が揺らいでしまって、落ち着かない心境である」という意味やで。


 ただ、この慌ただしい中で思い付いたもんやから、やけの部分の漢字がよう

わからんままで、そこが何とも締まりが悪いのが玉にきずやな。

独房に居たなら、そこに辞書があったんやけど、ここじゃ調べようもないわ。

その点が非常に残念やが、しゃあない。その他は会心の出来なんやが……。

おっと、そう書いてる間に、最後の晩さんの菓子食う時間すらなくなりそうや。

俺の分まで長生きしてや!ほな、ホンマにさいなら!


※※※※※※※


 昔の刑事モノのドラマや映画で、死刑執行前に、家族などが会いに来て別れを告げると言ったシーンがあるが、実際の死刑は、刑執行の当日の朝9時頃、いきなり執行を告げられる上、そのまま刑場の傍にある仏間に連れて行かれるという、相当慌ただしいものである。


 そこで人生最後の、菓子などの軽食を食べたり、タバコを吸ったり、遺書を書いたりする短い時間が与えられ、教誨師(教誨師は神父や牧師など、死刑囚の信仰によって、仏教以外も選択選択可能)が読経したり聖書を読んだりし、死刑囚の魂の救済を形ばかり行うものとされている。


 その後、死刑囚は刑場に連行され、検察官や検察事務官、拘置所長、拘置所職員が10名程(死刑執行のボタンを押すのは3~5名。東京拘置所は3つのボタン、大阪拘置所は5つのボタンがあると見られる。当然その誰が本当の執行ボタンを押したかはわからない)、他に教誨師や医師が立ち会う中、絞首刑が執行される。


 因みにボタンが押されて床が開いた後、30分は吊るしたままというのだから、極悪人とは言え、何とも言いがたい最期の光景である。その後医師が死亡を確認して、死刑執行完了となる。


 最初の部分で、「刑事ドラマのようなことはない」と書いたが、正確には、「現在は」とするべきであろう。昭和50(1975)年に、福岡拘置所で、執行を前もって伝えていた死刑囚が、執行前日に自殺して以来、このような形になったとされており、それまではドラマのようなシーンも普通に見られたという。


※※※※※※※


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ