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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
132/223

名実55 {83単独}(194~196 大島逮捕に向けて京葉病院へ)

 午後7時前に札幌に着いた3人は、道警本部へとまず向かい、先に付いていた木俣、森に加え、道警本部・刑事部長の五条、捜査一課長の馬場、捜査一課・第二強行犯捜査・殺人犯捜査第一係長の大峰、主任のとどろきと会議に入った。


「正直、急転直下でこっちも戸惑ってるところもあるし、相手が現職の国会議員でしかも大島と来てるから、色々大変なことになりそうだな……」

五条は、率直な感想を吐露した。馬場以下本部のメンバーも黙って頷いた。

「しかし、西田課長補佐は、7年前から大島の関与を疑っていたわけですから、ここは任せるしかないと」

木俣の言葉に、馬場も、

「まあこっちとしても情報は限られてるし、それは当然そういうことになるとは思うが、何かあったら、火の粉はこっちにかかって来るからねえ……」

と、西田をチラリと見ながら、如何にも面倒なことに巻き込まれたという言い方をした。


 ただ、この心境については、西田もわからないではなかった。一応、共立病院銃撃事件においては、客観的に大島の関与を疑わせるだけの、犯人隠匿のための事務所の部屋の長期使用や、大島と中川の主従関係という前提があった。無論、起訴も通例なら十分可能であるはずだ。だが、相手が相手だけに、政治権力の介入による妨害という点で、不安がない訳ではなかったところに、逆に政権側の介入で動かされた上、逮捕日まで一方的に指定されたのだから、「やっかいなことに勝手に巻き込まれた」と言う感覚は、観点が真逆とは言え、西田ですら持っていた。


「西田さんとしては、行けると思ってるわけですよね?」

大峰が探るように尋ねてきたので、西田は、

「共立病院事件については、何とかなるのではないかと思いますが、個人的にと言いますか……、15年前の佐田実殺害事件の方を、何とか立件したいと思っているので、それについてはかなり厳しいかもしれませんね」

と語った。

「例の本橋の事件かな……」

「そうです」

西田は五条の言葉に短く答えた。


「それはそれとしてだ! 病院の事件についてだけは、察庁の指示もあるから、必ず起訴まで持ち込まないとならん。そこだけは、道警の威信に関わる以上譲れん。取り調べがどういうことになるかわからんが、大丈夫ということでいいんだな?」

現状、逮捕には西田に主導権がないにも拘らず、半ば脅迫めいた馬場の言葉に、

「それは担当検事の判断もありますが、大丈夫だと思います」

と、微妙な言い訳を踏まえつつも、西田は今度はそう言い切らざるを得なかった。


※※※※※※※


 その後西田は、五条以外のメンバーと、翌日からの捜査方針の詳細について話し合った。会議が終わったのは、午後10時半を過ぎていたが、西田はタクシーで久しぶりに家に戻った。妻の由香が出迎えてくれたが、少々老けたような見えたのは、自らの疲れからだけではなかろう。かく言う西田も由香から、

「あなた、やっぱり色々大変なせいか、結構老けたわね」

と、言葉としては先制パンチを食らってしまった。一々言い返すのも大人げないと思い、

「うん、そうかもな……」

とだけ言ったまま、背広とYシャツを脱いだ。


「美香は?」

娘の状況を尋ねると、

「部屋だけど、お風呂に入るからそのうち出てくるでしょ」

とぶっきらぼうに言われた。年齢考えれば、色々あることは、これまでの由香との電話の会話でもわかっていたが、今日もそんな感じだったようだ。しかし重要ならともかく、この程度の家庭のことを今問題にしている程、西田には余裕がなかったので、

「じゃあ俺先に入るぞ」

とだけ告げ、タオルを肩に担いで風呂場へと向かった。


※※※※※※※


 9月17日火曜日。札幌は朝から天気は優れず、雨が降ったり止んだりしていたが、西田達は、まず中央区の北海道庁傍の道警本部にある、刑事部・捜査一課の会議室に集合していた。


 東京に派遣した吉村達と、そこで綿密に情報交換しながら、彼らが大島の身柄を確保してから後、琴似の留置場へと向かう予定だ。一方の吉村達も、午前11時ぐらいまでは四谷署に待機していた。東京も札幌と似たような天候らしい。


 ただ、西田としては、吉村とは「別」の打ち合わせをする必要もあり、余り狭い室内に閉じ込められているのは、理想的状態とは言い難かった。それは東京の吉村にとっても同じことを意味していた。


 テレビ報道は、高松首相が午前7時前に、羽田から北朝鮮に向けて旅立ってから、特別報道態勢を敷いており、西田達も暇な時はテレビを見ていた。


 今のところ予定通り、午前11時半過ぎに京葉大学病院で大島を逮捕し、形式上は任意同行と同様、手錠もせずに連行することとなっていた。やはり、大物政治家ということに気を使っているようだ。本来なら絶対にあり得ないやり方だが、逃亡することもないということが大きい。


 西田は頃合いを見計らってから会議室を出て、吉村に電話で連絡を取った。自分達が情報を東京から受けていないということは、相手も手が空いている可能性が高い。やはり、その予想通り吉村はすぐに電話に出ると、向こうも、それから人気の少ないところに移動した。


「今のところ、事前に考えていた通りに進行しているな。一々折り返すのも面倒だから、吉村から、タイミング見て五十嵐さんの方に直で連絡入れてくれ」

「自分もその方がいいと思います」

部下は素直に従った。

「じゃあ、直接話すのは、札幌に戻ってきてからってことにしょう。幸運を祈る!」

「わかりました。じゃあまた後で」

静かに喋っている割に、内実高揚した感じの西田に対し、吉村はいつもと違い遥かに冷静な感じがしていた。おそらく、大物政治家を逮捕する前の緊張感が、西田とは違った形でそうさせたのだろう。会話を終えると、西田は再び会議室に戻り、テレビを凝視していた。


※※※※※※※


 午前11時過ぎ、吉村達と四谷署からの車運転などのための応援捜査員2人、並びに察庁から、刑事局の刑事企画課長である有田、刑事企画課・情報支援室長である星野の2人が、計・車3台で京葉病院へと向かっていた。


 察庁から来ていた「お偉方」の2人は、昨日から逮捕のアドバイザーとして既に参加しており、今回も同行していた。やはり、前例の無い国会議員の警察による殺人容疑での逮捕と言うこともあり、下っ端に任せておくわけにもいかず、万全の態勢を敷いているようだ。羽田空港にも、航空機に乗るまでのガードのための、私服警官が何人か配置されているとのことだった。


 吉村達は、白いミニバンに乗り、有田と星野はそれぞれ黒塗りの公用車だった。京葉大学病院へは、あっという間に到着し、病院の裏にある職員用地下駐車場に駐め、そこから職員用のエレベーターで、大島が入院している個人部屋がある病棟の10階まで上がった。


 逮捕状は日下が携帯していたが、吉村は一度トイレに行くと言って、他のメンバーに断りを入れ、そこで五十嵐に本日2度目の連絡を入れた。


「もしもし吉村ですが。今、京葉病院に入りました。11時半には予定通り逮捕出来ると思います。車も白いエスティマで、今からナンバー言いますので、メモってください。ナンバーが……。一応、病院を出る前、おそらく車に乗り混むギリギリ直前にメールするつもりです。もう電話は無理ですから。ただ、場合によってはメールも微妙な状況なんで……。11時半過ぎたら、いつこっちが出ても良い状態にセットしといてくださいよ」

「了解しました。後でこっちからもメール入れるつもりだけど、西田さんにも札幌着いたらよろしく言っといてくださいよ。こっちも都合で、今日はこれが最後の連絡になっちゃうかもしれないから」

五十嵐がそう返すと、

「ところでカメラマンは本職なんでしょうね? チャンスは1回切りなんだから、逃したらもうそれで終わりですからね」

といきなり、それまでずっと心配していたことに話題を変えた。


「そりゃ当たり前ですわ! ウチのちゃんとしたカメラマンだから。裏の職員駐車場出口正面と、その曲がった後の道路の両側に配置して、どっちに行っても撮れるようにしっかり配置してますから」

さすがにカチンと来たか、吉村の心配を真っ向から否定した。

「すいません。わかりました。それならいいんです。こっちもそれなりにリスク負ってやってる以上は、必ず成功してもらいたいだけなんで。ただ、後部座席はわかってるとは思いますが、ウインドウにスモーク入ってるから、両側の歩道に配置したカメラマンは無駄になると思いますよ」

「勿論、それは想定してますから……。とにかく、気持ちはありがたく頂いてますし、きっちり決めさせてもらいますよ」

五十嵐は、この時は自信ありげに言葉を発した。

「じゃ、もし余裕があればまた後で。なかったら、今回が最後です。よろしく」

「ええ。お互いの成功を祈りましょう」

会話が切れたことを確認して、吉村は急いでトイレから飛び出し、日下達の元へと戻った。


「おい、何やってんだ! 遅いじゃないか!」

戻ってくるなり、日下にどやしつけられたが、言い返す理由もない。

「悪い悪い。緊張でどうも腹の調子が悪くてさ」

そう言うと、わざとらしく腹をさすった。

「まあ緊張は俺もしてるから、それならしゃあないけど……。それはそうと、今大島の病室に、担当医と院長が事情説明しに行ってるところだ。戻って来たら、すぐに逮捕状見せに行くぞ」

状況を説明されて、他の「参加者」を見ると、道警本部から派遣されている2人と、四谷署の応援2人も、何となくそわそわした感じを見せていた。


 ただ、さすがに察庁のエリート2人は、談笑しながら割と平然としていた。相手が大物政治家とは言え、特別気負っている様子は見られない。とは言え、吉村も日下も事前に思っていたよりは案外リラックス出来ていたのは、自分達でも不思議だった。今更アタフタしても仕方ないという思いの方が、今となっては緊張感よりも更に強かったからかもしれないが、明確にその理由を説明することは出来なかった。


 そうこうしていると、向こうから、白衣を来た初老の医師らしき人物がこちらに向かって歩いてくるのがわかった。2人とも顔が明らかに険しい。日下が小声で、

「向かって右が院長の佐久間。左が担当医の諸積もろづみだ」

と吉村に告げた。吉村は吉村で、

「あれが悪徳院長か」

と小さく呟いた。


「今、大島先生と秘書さんに説明させてもらいましたが、秘書からはなじられるし、大島先生からは、昔のことも絡めて嫌味を言われるし、ロクでもない役回りですな……。こういうのは今回で勘弁していただきたいもんですよ!」

佐久間が溜息を吐きながら、他人事のように有田に説明した。とは言え、そういう連中をこれまで匿ってきたことについて、反省する素振りも見せないことに、吉村は「いい加減にしろ」という言葉しか浮かばなかったのだが……。ただ、例の週刊誌沙汰で、病院人事も色々変わってきそうで、佐久間もイライラしていたのかもしれない。


「じゃあ、すぐに病室に行ってもいいですね?」

「ええ、ご自由に。ただ、大島先生を連れ出す時には、穏便にお願いしますよ。駐車場まで行く時は、諸積君が引率しますから」

佐久間は発言した有田に近づくと、念を押すように伝えた。

「わかってます。じゃあ諸積先生お願いします」

そう言った後、有田は他の捜査員に目配せすると、星野と共に諸積の後について、大島の病室へと向かった。


※※※※※※※


 通路のもっとも奥にある個室へと諸積を先頭にして入ると、そこはかなり広い部屋で、如何にも大物議員が駆け込む秘密部屋と言った感を吉村は受けた。既に大島はガウンを着て、ベッドではなく椅子に座っており、かたわらには、50代前後の一番偉そうな秘書を筆頭に、40代から30代らしき秘書2名の合計3名が付き添っていた。


 脳梗塞ということだったが、血色は良く、特に何か症状が出ている様も見受けられなかった。そしてテレビでよく見る、眼光鋭い翁の顔がそこにあった。同時に何となくだが、さすがに「大物政治家のオーラ」と言っては抽象的過ぎるにしても、威圧感のようなものを皆受けていたに違いない。


 諸積が「警察の方達です」と大島に告げると、

「そんなことは見ればわかる!」

と、不機嫌さを隠す様子の欠片もない言動をしてみせた。それに対し、

「大島先生! 大変申し訳無いんですが、本日、札幌までご同行願いたいのですが」

と、有田が下手に出て、大島のご機嫌を取ろうとした。


「あなた方は、ちょっと失礼じゃないですか? 大島先生は病気なんですよ?」

おそらくこの場に居る中では一番偉そうな秘書が、牽制の言葉を口にした。

「わかっておりますが、一時期の悪い状態から脱したとのことでしたので」

有田が白々しく、逮捕しに来た理由を答え、

「日下刑事、逮捕状出して」

と短く命じた。日下は前に出ると、

「東京都中央区……在住、大正4年5月20日生まれ、田所靖『さん』、平成7年11月11日、北見共立病院における、3名に対する殺人容疑で逮捕『させていただきます』」

相手が大物政治家ということもあって、妙な言い回しになり、吉村は思わず吹きそうになったが、そういう言い方をした日下の気持ちは十分に理解できた。更に黙秘権がどうたら、弁護士を付けられるなんたらと言った読み上げが終わると、一番偉そうな秘書が、

「君達、大島先生が殺人などと、よくもくだらないことを言えたもんだな。このままじゃ済まないぞ!」 

と、恫喝するように刑事達に言い放ったが、今更そんなことを言ったところで意味が無い。


「どうせ高松の奴の入れ知恵だろう、こういうやり口は! 党内で対立を煽るあの若造らしい」

忌々しいとばかりの言い方を大島はすると、椅子からスクっと立ち上がった。大島にとってみれば、高松首相ですら若造ということになることが、政界の年齢構造を如実に表わしていた。


 大島海路こと田所靖は、成り済ました従兄弟の「桑野欣也」ではなく「小野寺道利」だとしても、80は十分に超えている年齢だが、その年にしては、立ち上がった姿はかなり身長が高く、175以上はありそうな感じだった。


 伊坂政光が父・大吉から聞いていた話や、旧制中学の後輩だった、宮古の天井老人の話でも、在りし日の桑野欣也自身も背が高かったようだが、従兄弟の小野寺道利も、時代背景を考慮すれば、かなりの高身長というところだろう。

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