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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
130/223

名実53 {81単独}(188~190 大島逮捕へ 西田の腹案)

「もったいぶらないで教えて下さい」

安村がすぐに口を開かなかったせいか、今度は三谷が要請した。

「是非、驚かないで聞いていただきたい」

この時の安村は、その発言に対してリアクションしたというより、単に自分のペースで喋る気になったような印象を西田は持った。

「実は先程、道警本部より連絡がありまして、大島への逮捕状請求の指示が出ました」

「いや、あ……あ、えっ!?」

西田だけでなく、小藪もしどろもどろな言葉を思わず口にしていた。三谷や松浦は無言だったが、かなり仰天していた様子は窺えた。直接的に、大島に対する逮捕指示が出るとは、思ってもいなかったからだ。大袈裟に言えば、驚天動地という言葉がふさわしい状況だったかもしれない。


「一体どういうことなんでしょうか?」

やっと落ち着きを取り戻した西田が改めて尋ねると、

「先日、捜査状況について(道警)本部より確認を求められたんで、共立病院の件については、『起訴はともかく逮捕までは、十分可能では』と回答した結果、こうなったようです。詳細については、今のところはっきりと聞いたわけではありませんが、道警本部というより、察庁が指示の大元のようですね。ただ、逮捕の日付が指定されてます」

と、「詳細は不明」としながらも、それなりに詳しくは説明してくれた。


「ちょっと待ってください! 確かに、共立病院銃撃事件での逮捕は、中川の直接の自供がないとは言え、中川の関与がはっきりしている以上、人間関係上、大島から中川への指示を推測して、逮捕は可能かと思います。ただ、相手が相手だけに、積極的に逮捕出来る状況かと言われると、それも違うような気がしてましたし、その上いきなり日付を指定されてってのも……。大体、大島は入院中で、逮捕出来る状況じゃないと診断されてるわけですから」

困惑を隠せず、安村に対し苦言を呈した西田だったが、安村の次の言葉は、更に意外なものだった。


「察庁の方からは、その件については、間違いなくクリアー出来ると、どうも道警本部は言われているようです。大島は噂通り、軽い脳梗塞気味ではあるようですが、少なくとも、入院して面会謝絶という状態では、本当のところ、どうもないようです。そういう訳で、医療施設のある札幌拘置支所なら、取り調べは十分可能という判断だそうで……。京葉病院の診断書も、撤回される見通しのようですね。逮捕から勾留決定までの留置場も、琴似留置場を使用する予定です。つまり取り調べは北見ではなく、札幌ということです」

驚くべき内容だったが、安村は淡々と語った。


「逮捕勾留を札幌でやると言うのはともかく、元は察庁から来た命令とは言え、そんな不確かなモンを信じて良いんですか?」

小藪が今度は噛み付いたが、安村は冷静に、

「ここまで明確な指示ですから、道警本部の上も、それについて確信があるんでしょう。はっきりと聞いてはいませんが、この急転ぶりは、どうも(道内では)昨日出た週刊誌の記事が影響してるんじゃないかと」

と語った。


 センスクに、京葉病院絡みの不正糾弾記事が出たことは、西田は言うまでもなく、その意図も含めて、実際に「企画側」に居たのでわかっていたが、今ここに居る他の者で、あの記事が大島海路を院外へと追い立てるための記事だと、明確に理解している人物は居ないはずだった。ただ、安村は前日の週刊誌の記事の存在が、どこまで理解しているかどうかはともかく、どうも捜査に何か影響していることを感じ取っているようだった。一方の西田は、この安村の発言を聞いて、あの週刊誌の記事が、この急変に大きな影響を与えていると確信を持っていた。


「それで何時なんですか、上から言われた逮捕の指定日は」

三谷が痺れを切らしたかのように、しばらくぶりに口を開いた。

「明後日の9月17日です。時間は昼前後の予定です。ですから、東京に行くことも考えると、逮捕状請求はすぐにでもしないと。東京に派遣する捜査員もすぐに決めてください。明日の午後には、東京に向かって発ってもらわないとならない」

相変わらず落ち着いて喋る安村だったが、その口調に反して、内容はかなり切迫したものだった。

「上の指示とは言え、明日までに準備なんて! 日程的に相当めちゃくちゃですねえ……」

三谷はかなり不機嫌になったが、西田としても、その気持ちは十分に理解出来た。ほとんど考えている時間がない。ただ、西田はその9月17日の「指定」が何を意味し、大元の察庁……、否、察庁に指示を出した、真の大元であろう政権側の意図を理解して、何とも言えない気分になっていた。


「何とかならんのですか? 方面本部長!」

北見署の松浦刑事課長が、所轄の上位組織の長相手ということもあったか、遠慮がちに尋ねる。

「そうですね……。確かに皆さんにとっては、簡単に承服しがたいことだと思いますが、チャンスはチャンスであると言うこともまた確かです。わざわざ早期逮捕を可能にしてくれたというのも事実なわけで……。ともかく、この逮捕の決定は、明らかに17日というのがキーポイントになっていると思います。ですから、その日付は動かせない。動かせば、大島を逮捕させるために、病院側に別途働きかけないといけなくなるでしょうね」

そう言うと、下唇を噛んだ。勿論、西田達が率先して、週刊誌を使って情報戦を仕掛けていたとまでは、聡明な上司であっても、まさか思ってもいないだろう。


「キーポイントと言うのは?」

小籔が、発言中の言葉が気になったのか尋ねた。

「小藪部長、そのままですよ。17日という日付がキーポイントです」

こう言われて、一瞬間があったが、おそらく西田と安村以外の全員が、その時やっとその意味を理解した。

「アレにぶつけるってことなんですね……」


 つまり、9月17日に、高松首相が訪朝するのに併せて、大島海路を逮捕させようというわけだ。勿論、その目的は「報道の分散化」であることは、疑う余地もなかった。マスコミ的にも世間的にも、その注目の比重はおそらく、拉致問題もあり、ギリギリで訪朝の方へと向く方が高くなるだろう。勿論、かなりギリギリのラインでの争いになる程、こちらの案件も強烈なインパクトはあるだろうが……。


 つまり、政敵とは言え、同じ民友党・現職有力国会議員の殺人嫌疑での逮捕の影響を、明らかに薄める算段と見て間違いない。


 ただ、それが週刊誌報道の有無を問わず、それ以前から計画されていたようには思えなかった。そうだとすれば、もっと時間に余裕がある段階で、こちらに指示が来たはずだったからだ。明らかに週刊誌報道を契機にして、一気に計画が進んだとしか思えなかった。


 それにしても、事件への大島の関与を、自らを利する為に利用したいと思う一方で、逮捕の悪影響は余り騒がれないようにしたいという、ある意味、政権側の自分勝手な都合に、西田はやりきれなさを感じていた。


 一方で、本来であれば、週刊誌による攻撃を利用し、病院人事を利用するというワンクッション置いた形での大島逮捕という、西田や竹下の計画が、政権側が、後から逮捕されるよりは、混乱時に逮捕させた方が影響が少ないと、直接的に京葉病院側に介入する形になったのは、明らかに想定外ではあった。無論、「急かされている」とは言え、捜査側にとって渡りに船であることもまた否定できず、西田としては内心「シメた」と言う感情を持ち始めてもいた。


 高松内閣とすれば、大島を突き放してはいたものの、わざわざ京葉病院側に「追放」させることまではしていなかった。しかし、週刊誌の騒ぎが長引けば、大島の逮捕に加え、今度は政権と京葉病院とのスキャンダルまで飛び火することになるかもしれない。それよりは、ドサクサに紛れて、多少でも騒ぎを小さくしておきたかったのだろう。相反する思いを抱えたまま、西田は安村の話を聞いていた。


「とにかく、松浦(北見署)刑事課長は、北見支部に逮捕状の請求をすぐにお願いします。西田課長補佐も、東京に派遣する捜査員の人選について、三谷一課長や松浦刑事課長と一緒に頼みます!」

安村は改めて指示を与え、全員が仕方ないとは言え、概ね納得した上でそれを聞き終えた。


 全員でそのま方面本部長室を出て、改めて全員で打ち合わせようという話になって、小会議室へと向かい掛けた時、西田が不意に立ち止まり、他の3名に、

「すいません、ちょっと忘れ物したんで、先に行っててもらえますか?」

と一言言い残し、方面本部長室へと戻った。


※※※※※※※


「すいません」

そう言いながら、ノックもせず部屋に入ると、立ったまま外を見ていた安村が、何事かと振り向いて、西田の姿を確認した。

「何か忘れ物でもあったんですか?」

探るような目付きで聴いてきた。

「はい。ちょっと確認したいんですが、この逮捕の情報は、事前にマスコミに流すんでしょうか? 常識的には、どう考えても事前に通告すべき案件だとは思いますが、どうも隠したい節が見えるんで……」

忘れ物と言っても、「聞き忘れ」の意味だったが、流れで肯定したまま、話を続けた。


「なかなか良い読みですね……。東館の時の様に、逮捕してからもマスコミに黙っておくという選択肢は、さすがに存在しないにせよ、逮捕前に教えておくと言うのも、おそらく無いと思います。札幌に着いてから正式発表する手はずかと」

「やっぱりそうですか……。となると、後は逮捕の時間帯ですが、さっきのお話通り昼前後で?」

「警視庁の方にも協力要請してるようですから、最終的にはどうなるかはっきりはしていませんが、予定ではそれくらいと聞いています。訪朝関連の報道が、昼過ぎ以降に活発になるはずですから、ある意味当然の予定ですね。札幌に着くのは夕方でしょう。丁度、訪朝関係の報道がピークになっている辺りでしょうか。そして、当日の夕刊にも間に合わない」

そう言われた西田は、

「まあそうなりますよね」

と苦笑しながら言うと、

「わかりました。お手間取らせてすいません」

とだけ言って、一礼をすると部屋を出ようとした。


 しかし、ふと足を止め、

「やっぱり、方面本部長にはちゃんと言っておいた方が良いかな……」

と独り言を呟き、

「申し訳ないんですが、道報にリークしちゃっても良いですか?」

と、自身が信じられない程、軽い調子で一気に喋ってしまった。言うまでも無く、軽い内容だと考えていたわけではない。おそらく、そういう聞き方でもしないと、場の雰囲気に耐え難いと、無意識に判断した結果だろう


「リークって……、大島の逮捕についてですか?」

安村は西田の真意を再確認した。

「ええ。道報の記者に知り合いがいます。佐田実殺害事件の捜査でも、95年当時は勿論最近も、具体的には、中川が、事件当時に北見駅において、本橋と会っていたという件の情報提供で、大変世話になりました。どうせなら今回の件で、それらの恩に7年目で初めて報いておきたいんです。スッパ抜かせることで……。政治権力の都合で、警察の捜査が右往左往してるのも腹が立ちますから、一矢報いておきたいという思いで一杯でして……。でも、ソース元はかなり絞られてしまいますよね、現時点では。迷惑をお掛けすることになってしまうかも」

「その言い方だと、リーク相手は、退職した竹下元刑事ではないんですね」

西田に、北見への赴任を倉野を通じて要請する際に、しっかり過去の捜査について調査していた情報を元にした安村の発言だった。

「そうです。ただ、その記者は竹下の知り合いでもありますが」

「そうですか……」

そう言うと、安村はそっと目を閉じた。2人の間をしばらく沈黙が支配するかと西田は思ったが、それほど間を置かずに安村が口を開いた。


「そもそも、東日本(新聞)にヤラセ質問をさせた私が、西田課長補佐にとやかく言う資格などあるはずもないんですよ。だから……、今回は聞かなかったことにさせてもらいます。ただ、あくまで逮捕してからの報道にしてください。速報だとしても当日の夕刊で。それなら、道報で北海道限定ですし、逮捕にも影響しませんし、最終的には大した問題にはならないと思います。いや、まあ多少はあるかもしれませんが、私が西田課長補佐の責任を問えるような状況にはないです。捜査の責任者でもありますし、熟知もしてますからね。万が一責任問題になったら……。そうですね、私が引き受けますよ」

まさかの責任論に言及したことで、

「さすがに私の問題を、方面本部長に押し付けるわけには……」

と、西田はひたすら恐縮したが、

「まあ、毒を食らわば皿までって奴ですよ。それに逮捕が済んでからなら、北朝鮮問題もありますし、リークごときでゴチャゴチャ文句言われることは、おそらく無いと思いますよ?」

と、あっけらかんと言った。そして、

「とにかく重要なのは、具体的に報道される時間帯です。それが一番問題で、それさえクリアー出来れば、大したことにはならないでしょう!」

と念を押してきた。


「勿論それはわかっています。だからこそ逮捕の時間を確認させていただいたんです!」

西田は安村の「満額」回答に喜んだ。そして西田の計画は、本橋の佐田実殺害関与発覚を、95年当時、竹下が五十嵐にリークして、記者会見後では本来間に合わないギリギリのタイミングで、当日の道報・夕刊に載せさせた時のことを模倣したモノだった。つまり確認する前から、結果的に安村の意向に沿うリーク方針だった。


「そうでしたか……。それならば、思う存分やってください。あっちがこっちをあれこれ利用するなら、こっちも多少相手の気に食わないことをするぐらいは、当然許されるでしょう。私もその論理で行動したんですから」

そう言った安村の顔は、大変満足そうだった。


「正直、組織の意向に沿わないリークは今までしたことがなかった……、否、そもそもマスコミにリークしたこと自体なかったか……」

西田は自分に言うように、そう補足した上で、

「そういうわけで、方面本部長のように割り切れない、何となく後ろめたい気持ちがあるというか……。別に警察組織に忠誠誓ってるようなタイプの警官でもないんですがね」

と胸中を吐露した。それに対し安村は、

「ちょっと待って下さい! 私の意向は組織の意向じゃないんですか? 一応は北見方面本部ここのトップなんですが?」

とわざとらしく真顔を作って、偽りの抗議をしてみせた。


「その点については、方面本部長が一番良くおわかりと思いますが」

西田は笑いながら受け流した。

「まあそりゃそうです。でもね、我々が忠誠を誓うのは警察組織ではなく、その先にあるもののはずですから。極論するなら、目的さえしっかりしてれば、過程の逸脱は、お天道さんからは大目に見てもらえるんじゃないでしょうか」

この発言をした時の安村の真顔は、先程のそれとは明らかに違って、強い意志を含んでいるように思えた。

「そうですね。本来はそうありたいものです。でも、自分について言えば、所詮はちっぽけな、ただの組織人ですから、小さな反抗が限界です」

西田は情けなさそうに小声で白状した。


「それはどうでしょう。このヤマにおける課長補佐のこれまでの態度は、小さいものとは思えない。卑屈になる必要はないと思いますが」

フォローする言葉に、

「そう言っていただけると光栄です」

と、西田は襟を正した。


「問題は、他の報道陣が、どれだけ病院に居るかですね。先日のこちらの記者会見直後は、結構張ってたって話が出てますが、再び進展しなくなったので、大方消えてるんじゃないかとは思うんですけどね。それにおそらく、そういう連中のことも考えて、裏口か何かから出るような手はずになるとは思いますけど」

安村は西田を横目にしながらそう言った。

「それはそうですが、時間的には、紙媒体はバレても間に合わんでしょう。テレビが居ると厄介かもしれませんが……。編集も北朝鮮で行くことは決めてるはずですし、そうなると記事自体も間に合わないはずです」

「なるほど。それもそうですね」

安村は小さく頷いた。

「じゃあ、油売ってる暇もないですから、そういうことで。今度こそ失礼します!」

西田は早口でそう付け加えると、急ぎ足で部屋を出た。



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