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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
126/223

名実49 {77単独}(175~178 竹下の突然の登場)

「ただ、想定外のことが起きたんですよ、実は」

「想定外……。想定外ってのは?」

「仕込んだ質問をした記者が、その後時間を置いて、再度質問してきたんで、ちょっとびっくりちゃって」

この話を聞いて、西田は記者会見の最中のことを思い起こしていた。東日本新聞の記者の最初の質問では、安村が隣の小藪と違い反応しなかったにも拘らず、2度目の質問では、確かに驚いたような様子を見せていた。


「それで、質問を受けた後、時間を置いてから答えたわけですか?」

「あら、バレてましたか。さすがに現場の刑事は観察眼は鋭い」

安村はちょっと大袈裟な反応を示したが、単なるお世辞だけというわけでもなさそうだった。しかし西田は、

「そんな社交辞令はどうでもいいんで! 2度目の質問は、確か佐田殺害の件だったと思うんですが?」

と、安村の発言を遮るように、その先を求めた。


「端的に言えば、あの2つ目の質問は、私があの場でするように、事前に求めてはいなかったということです。それでちょっと焦りまして……」

この時ばかりは、あの場面を思い返したか、安村はかなり困ったような口ぶりだった。

「伊坂政光と佐田実殺害の件を結び付けるってのは、病院銃撃事件と伊坂政光の関係以上に、当時の捜査情報に詳しい人間じゃないと無理だと思います、実際のところ。自分も吉村と聞いていて驚いたぐらいですから。でもさっきの件と違って、こっちは本部長とは無関係だったんですか……。となると、かなり不思議な展開ですね……」

西田は首を捻るばかりだったが、安村もまた同じ様子だった。


「正直気持ち悪いですね。あの急に質問を求めた辺りも含めて」

西田の続けた台詞に、

「まあ、こうなってしまっては、バレてもいいやという状況ですから、私もああいう回答をしましたし、それほど気にする必要はないように思いますよ」

と、開き直ったような口ぶりだったが、西田としては、やはり釈然としないのは気味が悪かった。


※※※※※※※


「どうでした?」

捜査本部に戻ると、ドア付近で待っていた吉村から小声で状況を聴かれた。

「やはり、上の意向を汲んだ上で、更にそこに方面本部長が意図的に上乗せした形だったらしい」

西田も小さく耳打ちすると、

「やっぱりそうでしたか」

さもありなんという表情を浮かべたが、

「その上、伊坂の絡みの質問は、安村方面本部長の仕込みだったらしい」

と付け加えると、さすがにこの時ばかりは、眉を八の字にして、意味がわからないと言う意識を隠せなかった。

「えっと……ちょっと理解出来ないんですが?」

「つまり、方面本部長が東日本の記者に、ああいう質問をするように、事前に頼んでおいたってことだ」

それを聞くや否や、

「ああ、ああ!」

とでも言いたかったのだろうが、声に出さず口だけ開いて、大袈裟に2度頷き、

「あの人がそこまでやるとはねえ!」

と、今度は割と大きな声で口にしてから、再びしばし無言になった。


 西田と吉村はそのまま、自分達の席に着くまで黙ったままだったが、席に座ると、

「ただな、伊坂政光と佐田実の事件についての質問は、本部長は全く知らないらしい」

と、西田は新たな事実を吉村に突き付けた。この時の吉村は表情にすら出さず、

「ええっ? 更に訳がわからないんですが?」

と、上司に突っかかるような姿勢で詳細を求めた。

「分からないも何も、今した話のまんまで、そんな状況だから、方面本部長も俺も訳がわからんのよ。だから説明しようがない」

吉村の気持ちはよく理解出来ていたが、西田本人もまた、その理由について知りたいぐらいだったのだから仕方ない。しかし、2つ目の質問が唐突に発せられた原因は、ほとんど時間を置かずにわかることとなる。


※※※※※※※


 中川が病院から退院して、再び留置場へ戻り、監視が強化されたのを確認し、西田と吉村は本日は帰宅しようかと考えていた。すると突然、西田の携帯が鳴った。画面を確認すると相手は竹下だった。


「もしもし? 竹下か?」

「あ、今電話しても大丈夫でした? かなり忙しいかと思って、取り敢えず伝言だけ残しとこうかと思ったんですが……」

「忙しいことは忙しいが、現状、泊まり込みでどうという状況までは行ってない。これから帰宅するつもりだ、今日は夜勤もないし」

そう言いながら時間を確認すると、午後9時を回った段階だった。

「そうでしたか……。だったら、出来れば今日会えませんかね?」

「今日!? おまえ今紋別なんだろ?」

西田が思いもしない竹下の提案に、あからさまに素っ頓狂な声を上げると、

「それがですね、今北見に来てるんですよ。取材の応援で」

と言い出した。

「応援?」

「ええ。今日北見で記者会見あったでしょ? それで、当初捜査に動きがあったものと思って、俺に札幌の道報の社会部から応援要請が来ましてね。元刑事ってのもあったっし、紋別で近いってのもあって。ところが、着いてから、被疑者の自殺未遂絡みの会見だってんで、ちょっと肩透かしくらいまして」

ここまで聞いて、不可解な東日本新聞の2度目の質問の理由を、何となく推測出来ていたが、敢えて黙ったまま会話を続ける。


「そうか。応援で北見入りしてたのか。わかった。会うのは構わんが、あんまり人目に付かない所が良いな」

西田自身が聴きたいこともあり、竹下が何を理由に会いたいのか確認する前の段階で、声を潜めてそう伝えると、

「そりゃ勿論わかってますが、どうしましょうか……」

と悩んでいる様子だ。北見はある程度知ってはいるが、「人目に付かない」という設定となると、そこら中にありそうとは言え、具体的にココと言い切れない部分がある。


「ウチは……」

西田が言いかけたところで、

「今住んでる所、官舎のアパートでしょ? そこは止めたほうが良いと思いますが」

と、元部下の適格な忠告を得た。確かにバレなければ良いとは言え、万が一の場合には、報道関係の人間と裏で会っていたことがわかれば、警察内部に良い心証は得られないだろう。「だから何だ」と開き直ることが出来ないわけでもないが、避けられるなら避けるべきだ。


 その時、隣に居て、会話の相手が竹下だと理解していた吉村から、

「ウチなら問題ないでしょ? 多分大丈夫だと思います」

と、大変ありがたい提案があった。確かに吉村の住まいは、一般の賃貸マンションだから、刑事とマスコミ関係者が会っていた等と、外にバレることはまずあるまい。西田は吉村に手で感謝の意を伝えると、

「吉村んでどうだ?」

と切り出した。

「ああ、吉村がそれで良いなら構いません」

竹下はそれを受け入れた。

「わかった、じゃあ吉村のところで……。えっと住所は?」

「直接行ったことはないですが、住所は携帯に入ってますから」

「あ、それなら大丈夫だな。タクシーで向かえば問題無いだろ」

「何時頃行けば良いですかね?」

「そうだな。俺達が先に入ってから待ってた方が良いと思うから……」

西田はそう言って、隣に居た吉村の方を見ると、どうも家の奥さんに電話して、既に了解を取っていたようで、西田の視線を感じた瞬間、指でOKサインを作った。

「じゃあ、俺達が今から吉村の車で戻るから、15分後ぐらいには着くようにしてくれ」

と伝えると、

「わかりました。じゃあまた後で」

と電話は切れた。


※※※※※※※


 西田と吉村が、吉村宅で待っていると、インターホンが鳴った。竹下であることを吉村が確認し、エントランスのオートロックを解除して、竹下が部屋へと上がってきた。吉村の妻の陽子とは、2人の結婚式以来らしく、社交辞令的挨拶を交わしてから、西田と吉村に向けて、

「どうも」

と軽く頭を下げた。


 竹下は、西田の好きな銘柄の缶ビールと、幾つかのツマミを自分で用意してきたらしく、ダイニングテーブルの上にそれらを置いて、2人にも勧めた。7年前、道報の喜多川関連の批判記事で、竹下のリークを疑った時、西田のアパートで似たような状況が繰り広げられたことが脳裏をよぎった。


「今晩は北見こっちに泊まってくんだろ?」

西田が遠慮無く缶ビールを開けながら尋ねると、

「そのつもりです。このまま道報うちの北見支社の仮眠室で寝て、明日早朝戻ろうかと思ってますよ。今日中に戻っても良かったんですが、ちょっと話しておきたいことがあったもんですから」

と言いながら、上着を脱いでリビングの椅子に座った。


「記者会見の件だが、具体的には、捜査の何だと思ってたんだ?」

「いや、重要な話だというから、大島相手に逮捕状の請求でもしたのかと。何しろ応援で北見まで行けと命令されたぐらいですし。ところが、紋別出る直前になって、どうも中川が、留置場で自殺未遂したらしいと言う話になって……」

「まあ、確かに自殺未遂で、しかもピンピンしてるとなると、あれですよね」

吉村は苦笑いしながらYシャツの襟元を緩めた。

「しかし、逆に言えば、何故それで記者会見するのかちょっと不思議には思って、北見支社の担当と一緒に会見場へ行くと、突然声を掛けられたんですよ」

「それが、東日本新聞の記者だったってことですか? 課長補佐が、帰宅するまでの間に俺に持論を語ってくれましたけど」

間髪入れずに吉村が口を挟むと、

「参ったな、そこまでお見通しか……」

と顎を手で擦った。


「お見通したって、まだほとんど言ってないだろ? だから最初からちゃんと話してくれ」

推理が当たりそうで、口ぶりとは違い、何だかんだ言いつつ満足そうな西田に促され、

「じゃあ遠慮無く。札幌勤務時代に記者クラブで一緒だった、正木っていう東日本新聞の中堅記者が居て、声を掛けてきたのはその記者でした。それでしばらく世間話していると、『今日の記者会見での質問内容が、東京から指示されて、どうにもやってられん』という話になって」

と語り出した。しかしその途中で吉村が、

「記者会見の時の質問とかってのは、事前に打ち合わせとかするもんなんですか?」

と質問を入れた。


「記者個人に任せられる場合もあれば、社内で打ち合わせする場合もあるし、記者クラブ全体で、質問を割り振る場合もあるし。ただ、地方の支局や支社を通り越して、本社とかから、事前に質問内容を直に具体的に指示されるってのは、ほとんどないね」

そう竹下が答えた上で、

「それで、正木から内容を聞くと、『銃撃事件とは直接関係ない伊坂政光の逮捕が、銃撃事件と関係してるかどうかという質問をしろ』という話で、自分は正直驚きましてね」

と続けた。


「でも、それって全く話が出てないわけでもないんじゃないの?」

西田が疑問を呈すると、

「確かに、少なくとも道報うちや他の道内の記者なら、そういう認識はあっておかしくはないと思いますが、今回はわざわざ東京からの指示ですから、ちょっとこれはおかしいかなと……」

と返してきた。

「なるほど。それは違和感あるな」

西田も思わず頷いた。

「そんなわけで、大袈裟な記者会見といい、東日本が用意してきた質問内容といい、これは何か意図があるんじゃないかと踏んだんです。言うまでもなく、ウチの北見の記者は勿論、他社の記者連中も『何かおかしい』とは口々に言ってました。何かあると思わない記者はいないでしょう」

竹下はそう言うと、ビールで口を潤した。


「記者会見が実際始まってから、やっぱり確信に変わったんですか?」

「吉村の言う通り、警察側の落ち度は見えてこなかったし、中川秘書も一命を取り留めたというだけじゃなく、普通に元気そうで……。やっぱりこの会見は、いつもの警察にしてはおかしいなって感じでした。そして、いよいよ中川のボスの件に暗に触れ始めて、『これは』と確信したわけで」

竹下の言う通り、安村はわざわざ他の被疑者の存在をチラつかせた上に、中川絡みの人間だとボカしつつも暴露していた。


「ただ、隣りに居た刑事部長の様子が色々言いたげで、ひょっとして方面本部長が好き勝手にやってるのかと言う疑問もあって、そこを見極めたいと思いましてね。そこで丁度、政権寄りの東西新聞の記者が質疑に絡んでくれた。しかも、大島海路を意識した内容のやりとり交わした段階で、なるほど、警察組織全体や政権側も『許したんだな』と確信するに至ったわけですよ」


 ここまでの竹下の推理は核心を突いていた。問題はここから先だ。今度は西田の推理の妥当性が問われる。無論、これまでのやり取りから、それが当たっていると確信していたし、竹下もそれを認めているようではあった。

「そして、いよいよ東日本新聞の用意された質問があったわけだ。こっちとしては、その後の質問内容に竹下が介在したと見てる。これが俺の予想だ」

「そうです。西田さんの予想で合ってます! おそらく、捜査の方も、病院銃撃事件までは粗方目処が付いたのではないかと、それまでの質疑内容から考えたんです。しかし、一番難しいのは、佐田実の事件での大島の関与を、しっかりと立証出来るか否か。これは自分が捜査していた以上、西田さんや吉村に負けないぐらい……、否、さすがに今はもうそれは言い過ぎでしょうが、それなりにはわかってるつもりです。そこについて、どう捜査が進んでいるか居ないのか、あの場を借りて思わず確認したくなった。そして、この方面本部長ひとなら、何か示唆してくれるんじゃないか、そういう期待があったんです」


 これまで、西田や吉村と会っている時ですら、外部の人間として、一定の距離感を保つことに努めていた竹下だったが、やはりあの事件が心残りだったろうことは、西田もその胸の内を推察してわかっているつもりだった。その思いが抑えられなかったのだろう。

「それで、あの東日本新聞の記者に質問させたわけだな?」

「ご明察です」

この回答に吉村が、

「だったら、質疑してた、同僚というか同じ所属である、道報の記者でも良かったんじゃないですか?」

と不可解そうに尋ねた。それに対する竹下の回答はシンプルだった。

「確かに同僚ではあるが、会社の先輩で、しかも面識はそれまでほとんどないに等しい。だったら、札幌の記者クラブで一緒にやってた、同業他社よその記者の方が頼みやすかったんだ。だから、会見場で立って、後ろで見ていた自分からも丁度近く、会見場の後ろに座っていた、東日とうじつの正木記者に、殴り書きしたメモを渡して、これを質問してくれと頼んだんだ」


「しょれで、あのバタバタちた質問になったわけでちゅか」

吉村がつまみのビーフジャーキーをしゃぶりながら、赤ちゃん言葉のように確認すると、

「そういうことだね」

と笑いを我慢しながら竹下は答えた。


「で、肝心の安村本部長の回答についてどう思った? 本人にさっき確認したら、やっぱりあの質問にはびっくりしたらしいぞ。それで一瞬躊躇したみたいだな、答弁するのを」

西田はそのやり取りに構わず真顔で確認すると、

「ちょっと迷った様子はありましたが、『現状答えられない』というニュアンスに、捜査自体は進んでいるように考えました。先日の五十嵐さんから西田さんへの、本橋と中川の件は、自分も結果を聞いてるのもありましたし、中川が自殺を図ったというのも、かなり追い詰められている末のように考えれば、納得がいきます」

と、竹下も、今度は神妙に自身の考察を述べた。


 ここで西田は、中川と本橋が会っていたという事実を五十嵐から得るのに、仲介してくれたのが竹下だったことを思い出し、

「あ! そう言えば『あの』件は、捜査上大変助かったよ! うっかり礼を言うのを忘れてた。すまんかった!」

と、ポンと両手を叩きながら謝った。

「いやいや! 自分は五十嵐さんから話を聞いて、西田さんに話すように言っただけですので」

そう謙遜してみせたが、あの、中川と本橋が会っていたという事実確認は、直接の犯罪を立証するわけではなかったが、筋立てには大きな意味があったのは間違いない。


「でも、中川の殺人幇助などの立証までは、出来てないんですよねえ、残念ながら」

吉村が苦虫を噛み潰したように、顔の片側だけ歪めてみせたが、事件の全体像を見せるのに役立っても、起訴と言う面では、色々足りないのは否定出来なかった。

「正直、そこは自分としても残念でならないよ。それで、今日西田さん達に確認したかったのは、伊坂政光は落ちたんですか? 完落ちか半落ちかはわかりませんが、ああいう質問を東日本新聞にさせたということは、伊坂の件でも多少動いたようにしか思えないんですが? こんなことを聞ける立場にないのはわかってます。あくまで記者ではなく、元部下と同僚として、そして元刑事として教えてもらいたい。正直、我慢出来なくなってしまって……」

西田は竹下の鋭さと同時に、これまでの「我慢」が揺らいだという、脆さをしばらくぶりに感じて、竹下も人間味があるなと、むしろ内心少し嬉しくなってさえいた。


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