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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
122/223

名実45 {73単独}(166~167 思いもしない展開)

 8月16日。ついに坂本も完落ちし、北見共立病院銃撃事件の本筋に関わる、4名中3名が完落ちするという状況になった。いよいよ残されたのは、直接的に関与した中では本丸の中川秘書だけだ。捜査本部も中川の取り調べに集中し始めた。


 しかし、翌17日に思わぬ情報が西田達の元へと届いた。東京の京葉大学医学部附属病院(通称京葉病院)に大島海路が緊急入院したというのだ。ただ、真の意味で「思わぬ展開」と言うのは若干正確ではなく、過去の政治家絡みの事件やスキャンダルにおいて、よくあるパターンだけに、捜査陣も全く考慮していなかったわけではなかった。


 元々京葉病院は、政治家や経済人などが入院する御用病院ではあったが、以前にも収賄容疑を掛けられたり、スキャンダルが発覚した政治家が何人も入院するなど、「駆け込み寺」的な側面もある病院だった。


 明らかに大島は、「駆け込んだ」のだろうが、病院側の説明では、1年程前から脳梗塞の兆候があり、症状が悪化したための緊急入院したということだった。お決まりの「面会謝絶」まで付いて、誰の目からも籠城を決め込んだと見て間違いない状態だった。だが、さすがに「診断書」が出ているとなると、警察側としても、そうは無茶が出来ないのも事実だ。


「先手打たれたな……」

急遽開かれた捜査会議において、捜査本部の事件主任官である三谷課長は、はっきりと悔しさを滲ませた。佐田実の事件はともかく、病院銃撃事件については、伊坂の証言も出て来て、すぐに逮捕とまでは行かずとも、外堀は埋めつつあった。それ故、想定こそすれ、先手を打たれた感が強いのは否定出来なかった。中川らの弁護を引き受けている、北見の松田弁護士からも、おそらく色々と状況報告は受けていたに違いない。


 しかし松田弁護士は、板垣に続き伊坂が完落ちしたことで、中川秘書との利益相反の問題もあり、既に中川の弁護を降りていた。既に中川の弁護は、東京の弁護士が担当することになっていた。本橋の時と同様、大島の所属する梅田派と関係が深い御堂筋リーガルオフィスが出張ってくるかもしれないと思われたが、それはなかった。


「共立病院銃撃事件はともかく、この籠城は佐田殺害事件の時効を狙ってるんですかね?」

日下が疑問を首脳陣にぶつけた。

「現時点で、大島が本橋に殺害を依頼した関係性があるのなら、本橋の起訴から判決確定期間分が、まるごと時効停止期間として、共犯である大島の通常の時効に加算されるのは間違いない。それなら、12月一杯までは時効を気にしないでも大丈夫なはずだ。そこは検事の確認もあるし」

西田がわかりやすいように解説してみせた。


「まあ、それはそうなんでしょうけど、持久戦に持ち込まれたら嫌だなと」

「日下の不安も理解出来ないことはない。こちらも、大島を確実に追い詰めるだけの手段として、現状は中川の証言に頼らざるを得ないわけだから、そう考えると、期間はまだあるように見えて、そんなに余裕があるとも思えんしな」

小籔は日下の発言に対し、部分的に理解を示した。一方で、

「中川の分も、もし佐田殺害での共犯関係が証明出来れば、本橋分同様、大島に時効が加算されますから、自分は、日下程は心配していません」

と、西田は敢えて口を挟んだ。無論、西田にとってみても、決して余裕があるという意味ではなかったが。


「しかし、中川と本橋が佐田の殺害当日の午後に、北見駅で会っていたという以上のことは、まだ何も証明出来てないからな……。時効延長のためには、その部分を、本橋の殺人幇助としての共犯としてまず立件した上で、更に大島と中川の主従関係を含めて立証していく必要がある以上、事は簡単じゃないだろ?」

「小藪捜査本部長! いざとなれば、無理にでも佐田殺害関与で中川を起訴してもらって……」

西田は、首脳の強い決断を要求した。それに対し、

「西田! 検事が公判維持出来ると見るか? 銃撃事件はともかく、佐田実の件は難しいんじゃないか? 一時期よりはかなりわかってきたとは言え、今言ったように、現時点で、佐田殺害絡みで中川について立証出来そうなのが、単に『本橋と犯行当日会っていた』ことだけだろ?」

と反論した。小藪がこのように言ったのは、中川が大島の忠実なる下僕しもべで、大島に不利になるような証言が、中川から出ることは期待出来ないからだろう。一方で、一般市民相手であれば、この程度の立証レベルでも、犯行関与を検察・警察の主張通り受け入れる裁判官も腐る程居る現実がある。そして警察もまたそれに「甘える」ことも多々ある。


 しかし刑事裁判の原則とも言える、「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」というルールに徹すれば、小藪が懸念する結果になる可能性が高い典型的事案だ。権力者に迎合した結果として「法的にまともな判決」が出るとすれば、何とも言えない効果と言える。西田も小藪に明確に再反論する言葉を持ち得なかった。


「取り敢えず、佐田殺害事件については、今のところ保留ということで。ところで病院銃撃事件の方では、中川は起訴は問題ないと思われますが、問題の大島についてはどうなんでしょうか?」

様子を見ていた日下だったが、再び議題を提示した。

「そっちも佐田の件よりはマシだが、大島の直接の関与が、中川と大島の関係性を前提にした話だから、相手が相手だけに……。普通なら行けると思うが……」

三谷課長は口をパクパクとしながら、見通しは万全とまではいかないと暗に示した。

「しかし、さすがにこの件は起訴しないと示しが付かないわな」

小藪は三谷を一瞬ギロっと睨むと、今度は強い口調で言い切った。

「ええ。さすがにこれは無理にでも、起訴に持って行かないとならないですよ」

西田も、小藪の今回の言動には安堵しつつ、完全に同調してみせた。


「問題は察庁と本社だが、さすがに表立って反対は出来んと思うし、させられん」

急に珍しく頼りがいのある小籔の発言の連続に、三谷は小藪から見えないようにおどけた表情を浮かべた。

「まあどっちにしろ、相手が逃げ込んでるからな……。病院から診断書を出されれば、手出しは出来んだろ、残念ながら……」

「いつまで籠城決め込むつもりかなあ。それこそ、日下の言う通り年末まで粘るつもりじゃ……」

小藪が現実を語ったとは言え、再び前言撤回に近い弱気な発言をした後、更に三谷はネガティブな発言を加えた。


「そこは好き勝手させないようにしないとダメですよ!」

小籔がトーンダウンしたせいもあり、ここでは敢えて強い決意を見せるため、西田は上司2人に強くアピールした。


※※※※※※※


 8月18日。この日は日曜日だったが、当然捜査本部に休みはない。起訴や再逮捕に向けた取り調べは着々と進んでいた。察庁からは、京葉病院前には、既にテレビ局などのマスコミ関係の人間と見られる数人が、監視体制に入っているという情報も入ってきているようだった。


 さすがに、秘書が殺人容疑で逮捕された上に、本人の突然の入院と来れば、マスコミの中にも、動き出す輩が居て当然だ。しかし、北見に居る捜査陣からすれば、「まだ気が早過ぎる!」と言いたくなる段階であり、しばらくは空振りに終わる可能性を考えれば、「お気の毒に」という言葉しか出てこなかった。大物政治家に診断書が出ているとなれば、仮に立証の可能性が高まったとしても、そう簡単に逮捕というわけにもいかないだろう。ここからはお互いに腹の探り合いになるのは必至だ。


※※※※※※※


 8月19日未明。自宅の官舎で寝ていた西田は、突然の電話連絡に飛び起きた。この時間帯に連絡が来るということは、余り良い知らせではないと思いつつ、西田は携帯を取った。

「もしもし! 課長補佐ですね?」

声は真田だった。本日は夜勤担当のはずだ。

「何かあったか!」

すぐにシャキッと目が覚めたこともあり、口調はしっかりしていた。

「中川が自殺を図りました!」

「!?」

この言葉を聞いた時に、すぐにはピンとこなかったが、10秒後には、北見共立病院の理事長であった浜名の件が頭をよぎった。重要参考人となっていた浜名の死亡は、95年時の捜査において、かなりの損失だったのは確かだ。もしここで、大島と直接且つ今のところ唯一リンクしている中川に死なれれば、相当の失態となる。事実、捜査本部でも、中川と伊坂については、特に自殺などの事態を招かないように、北見署の留置担当に厳しく注意していたところだった。


「何やってんだ!!」

思わず深夜にも関わらず怒鳴り散らしたが、中川の居る留置場の管理は、そもそも北見方面本部でもなく、所轄の北見署であり、且つ担当も刑事課ではなく、警務部の留置担当係である。よって、北見方面本部・刑事課所属の真田に怒りをぶつけたところで、何の意味もないことは、西田も内心よくわかっていた。


「それでどうなんだ! 中川の状況は!?」

怒りを取り敢えず抑え、仕切り直そうと現状を把握することに務める。

「一命はとりとめまして、意識もはっきりと戻っています」

その言葉にホッとする西田ではあったが、すぐに、

「とにかく、今からそっち行くから!」

と伝え、パジャマから急いで着替えて部屋を飛び出した。


※※※※※※※


 タクシーを降りて北見署の建物に駆け込み、警務課に一度寄ると、既に留置場の方へ関係者が集まっているということを、宿直の職員から伝えられ、西田は留置場へと懸命に走った。


「どうなってるんですか!」

既に見慣れた顔の、北見署や方面本部の責任者達が集まっていたので、西田が挨拶兼ねて声を掛けると、

「念のため病院へやったが、意識もあるし問題ない。心配しなくて良いぞ」

と、振り返った三谷課長が言った。

「ハーッ」

西田はタクシーから降りた後、走って息が切れていたので、一度深呼吸した。そして、

「それにしても、しっかり監視しておいてくれと言っておいたじゃないですか!」

と、北見署の警務課長である津山に対して弱めにキレかかった。

「いや、大変申し訳無い……」

津山と北見署長の竹田は、当直だったと見られる2人の職員と共に頭を下げたが、それを見ながら三谷が、

「西田! 言葉が過ぎるぞ! こちらさんがしっかり見張っていたからこそ、自殺が未遂で防げたんだから!」

と叱責した。


 確かに、留置場や拘置所及び刑務所での自殺というものは、それなりに監視していても、年に何度かは全国的に発生しているものだ。意識に問題ないレベルで阻止出来たのなら、怒鳴り散らかすべきではなかったかもしれない。西田は少々反省して、

「それは確かに……。いきり立って申し訳ない」

と謝罪した。そして、

「それにしても、しっかり監視してるのにどうやって?」

と、自殺方法を確認すると、

「下着のシャツを紐状にして、自分の首に結び、結び目を強く締め付けたみたいです。布団の中でやられたもんで、その動作過程が全くわかりませんでした。布団を妙に深く掛けているので、こいつがおかしいと気付いて、声を掛けても反応がなかったので、中に入ったらあの有様でして……」

と、2人居るうちのベテランの看守担当が、隣の若手を指差しながら説明した。


 西田も以前から知っていたことだが、留置場や刑務所では、自殺を防ぐための手段がかなり構築されていて、首を吊るなども本来は出来ないレベルだ。しかしながら、多くの自殺者が、かなり「あり得ない」手段を用いて首を吊ったりして自殺している。まして今回の手法は、自分で自分の首を締めるという、かなりの荒業だったが、結び目を作ることで、一気に首を締めた際に気絶して、そのまま首が締まったままだった可能性があったようだ(作者注・現実に留置者や収監者の『アクロバット自殺』が1年に何度かあり、有名なところでは、尼崎の監禁殺人の首謀者とされる女性が、まさにこの手法で自殺しています。まあ、正直「何かあった」可能性は排除出来ないんですが……)。


「そういう意味じゃ、本当にすぐ気が付いたからこそ、この程度で済んだんだ。むしろよく気付いてくれて感謝すべき次元だ」

三谷が再び北見署を擁護したが、余り所轄と対立しておかないほうが良いという、三谷の配慮があったと西田は理解して、それ以上は文句を言わずに引き下がった。


「ところで、中川は意識もしっかりあるということですが、状態は全く問題ない?」

改めて西田が確認すると、

「ええ、普通に喋れますから、大丈夫のはずです」

と津山が答えた。


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