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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
120/223

名実43 {71単独}(162~163 政光の、喜多川の95年の行動や病院銃撃についての証言1)

「親父さん程の力があって、大島というバックもあれば、その架空口座の真の持ち主を探ることも出来たんじゃないか? 情報流出には、お堅い銀行とは言え、大島レベルの政治力があったら、何とか出来そうだけどなあ」

吉村が改めて疑問を呈すると、

「その架空口座は、北網銀行の網走支店の普通口座だったから、それは土台無理な話だ」

とキッパリ否定した。

「何故?」

2人の問いに、

「北網銀行と伊坂組ウチ……というか、大島は犬猿の仲なんだよ。元々が北網の創業家は、海東の支援者だったらしいんだが、大島があの調子なんで、当選してから数年で縁を切られたらしい。創業家は代々頭が堅い、如何にも銀行経営者って感じの連中だったから、大島の言うことなんて聞くわけがないし、色々協力してくれるってこともあり得ない。創業家から日銀OBに経営が移った後も、そういう(企業)風土は変わってないようだ」

とわかりやすく説明した。北網銀行の経営は、バブルにすら踊らされなかった程、伝統的に「堅い」のは知っていたが、更にそういう歴史的背景があるとなると尚更だろう。


「大島に対しては、それまでにこの一連の手紙騒動を伝えてたんだろ?」

この西田の質問には、

「金を要求される前には、話はしていたらしいが、この時はかなり冷淡な扱いをされたって話だ。金の払いについても、『気になるなら自分で勝手に払え』と突き放されたらしい。そもそも、外部に具体的に佐田が殺害されたことがバレているなら、5年も経ってから、今更出てくるわけがないという考えが、当時の大島側にはあったようだ。それは、後で秘書の中川から聞いたことがある。親父もその頃には色々弱ってたから、言い返すことも出来なかったようだし、当時は俺も伊坂家のことで精一杯だったから、大島にそこまで要求することはなかった。口座の本当の名義人については、一応調べようという姿勢は見せてくれたようだが、今言ったように、調べる前からこっちも結論はわかってたようなもんだったしな」

と返した。


「篠田が無関係の米田を殺害したことについては、大島に伝えていたのか?」

今度は吉村が西田に代わって質すと、

「それについては、篠田からも親父からも大島からも聞いてないから、言ってはいないと思う」

と淡々と答えた。

「その話は理解出来たよ。……ところで課長補佐!」

吉村が、ここでいきなり西田の方に話を振って来たので、西田は横の吉村を思わず二度見した。

「95年当時の倉野さんは、確か税務署や国税の介入を嫌気して、そっちには連絡しなかったそうですが、架空口座の件は、北網銀行側にも伝えなかったんですかね?」

「それについては明確に聞いているが、銀行にも言ってないだろうなあ……。税務に言わなかったのは、その架空口座から更に慈善団体へ寄付がされていたことを、こう言っちゃなんだが、倉野さんが好感したこともあったはずだから。そうなると、銀行側に伝えることは、倉野さんから見れば『善行の邪魔をする』ことにもなるだろうし」

そう答えた西田に、

「なるほど……」

と口にした。一方で、

「じゃあ倉野さんが架空口座だと知ったのは、逆に銀行からの情報を元にしてだったんでしょうか?」

とも続けた。西田は一瞬、その答えに窮したが、

「それはあり得ない! 俺は2年ぐらい前まで、その口座に金を振り込んでたから。もし銀行が知ってたなら、口座は当時すぐに凍結されてるはずだよな? どう考えても」

と政光が割って入ってきた。


「2年前まで振り込んでたのか!?」

普通に考えれば、架空口座と銀行側が把握していたなら、確かにその時点で口座は凍結されるに決っている。だがそれ以上に、つい数年前まで、振込による提供が続いていたという話の方に気持ちが行って、2人が大層驚いていると、

「毎月15万程度な……。ただそれも、結局は相手の口座が凍結されたとか銀行から連絡が来て、振り込めなくなって終わった。当然、終わったと言っても、相手が何か言ってくるかと思ってたが、それ以降も全く連絡が無かったから、そう思ったという方が正確かもしれん。それ以降、本当に音沙汰無しだ。それから念のために言っておくが、俺の代になってからも、金を要求する手紙も既に処分してるからな。こっちにとっても、脅された内容からして、残しておいて得にはならんから。あんたら警察にとっては残念なんだろうが……」

と、あっさりと詳細を語った。


「手紙の件はまあ仕方ないとしてもだぞ。口座は最近まで存在していて、最終的に凍結されたってことだよな? 一体全体どういうことなんだ?」

西田は訳がわからず混乱したが、

「詳細はわからん。ただ、どうも架空口座だったとか、そういうニュアンスの話を銀行からされたから、その時に初めて銀行側にもバレたんじゃないだろうか」

と返された。


「7年前に警察の捜査ですら、架空口座だと警察側から銀行に伝達しなかったのに、それから数年後に、今度は銀行側から直接架空口座とバレたのか? そんなだったら、警察より先に気付いていても、全然おかしくないような気がするがなあ……」

西田は正直、意味がわからなかった。

「銀行側の何らかのチェックが、おそらくその後働いたんでしょう」

吉村はそうフォローしたが、それにしては、タイムラグがありすぎるように西田には思えていた。勿論、銀行が架空口座だと認識した理由を、ここで推察しても仕方ないが、腑に落ちない点であった。


 そしてもう1つ、西田は当初の想定が、良い意味で崩れたことを把握していた。2年前まで振り込んでいたということは、脅迫、否、正確には恐喝行為が、割と最近まで連続していたことになる。この事実は、米田青年が死ぬ原因になった手紙を差し出したであろう相手を、直接的な殺人加担に対する処罰ではないものの、時効に関係なく恐喝罪で罰することが出来ることを意味した。恐喝の時効は7年だ。十分期限内に収まる。


「それはあくまで、相手の恐喝行為の結果として金を振り込んだんだな?」

西田に念のため確認されると政光は小さく頷いて、

「まあ恐喝と言っても、当初の数回分以降は、20万弱程度の金額だったから、余り脅迫されてるイメージはなかったんだ。逆に言えば、その程度で済んだからこそ、そのまま適当に金を払って有耶無耶にしてたってことでもあるんだよ」

と答えた。

「初期の方について、具体的には?」

更なる西田の質問に、

「最初200万、その1ヶ月後にも200万。次に100万だったか……。金額ははっきりとまでは憶えてないが、そのぐらいの振り込み要求があったはずだと思う。だが、その後は20万を数回要求されて、最後には、月当たり15万に相手から値下げしてきたってこと。正直言って、100万を毎回やられると、何か対応を考え無くてはならないと思っていたが、幾ら不況とは言え、当時のウチの経済力で月20万以下なら、十分余裕があったから、一々気にする必要すらなくなってた。どうして要求額を下げたのかもわからん。こちらからは何も言ってないが、相手から一方的にな……。そういうわけで、もはや単なる習慣ぐらいの意味しかなくなってた。7年前に警察に色々調べられた時も、何も指摘されなかったのでそのままだ」

と答えた。


 伊坂家の財力から考えると、当時はそれ程痛い出費ではなかったのは確かだろう。最初の要求からダラダラと応じてしまった理由としては、それ程わからないでもなかった。本橋の突然の自供絡みでの、95年の捜査の際も、警察は架空口座を、単なる伊坂家のちょっとした脱税分の隠し資金の移動先、それも社会貢献の為に、寄付金を振り込むことにかなり使われていた程度の認識で済ませて、何もアクションを取らなかった。そしてその後も、政光が何かバレるのを恐れて送金を止めることはなかったということなのだろう。脅迫者はなかなか金勘定の相場観があったか、或いは単に、案外欲をかいていなかったかのどちらかということになるかもしれない。


「話を戻しますけど、銀行が後から架空口座だと気付いたらしいって話でしたが、7年前に警察うちが架空口座と見破ったのはどこからの情報だったんでしょうか?」

吉村に再度西田は聞かれ、

「そこは倉野さんに、当時何か具体的に言われた記憶はないが、北条正人の弟を俺達が探し出したように、警察ウチとしては、住所と名前の台帳を独自に持ってるからこそだろうよ。口座情報そのものは、北網銀行に照会した際に提供されていたはずだから、それと照らし合わせたんじゃないか? 親父さんが興信所使って調べたってのと、話の方向性は一緒だろう」

と説明した。

「ああ、その手がありましたか!」

吉村は心の底から納得したように声を上げた。

「そのぐらい自分で気付けよ……。大体話を蒸し返すな」

西田は政光を取り調べている手前、仲間割れと見せたくない意識が働き、余り叱責出来なかったが、通常なら強く小突いていたところだった。


「そっちが喧嘩してどうすんだ……」

案の定、被疑者側に心配されるような展開になったが、

「こっちのことはどうでも良いから、今度は喜多川の話をさせてくれ」

と、半ば誤魔化すように、西田は次の話題に移った。

「奴が95年の5月頃から、仕事そっちのけで動いてたことは知っていたとさっき聞いたが、他の殺人事件絡み、具体的には篠田が殺害した相手の件で、警察が伊坂組に聞き込みに来た時に、喜多川が応対したことは確認出来てる。それはこっちの様子を探る為だったのか? それについて、あんたが把握してるかどうかはわからんが」

「さすがに、はっきりとした記憶はないな、その話については……」

首を傾げながら、政光から具体的な回答は出て来なかった。しかしそうだとしても、西田は向坂と竹下に応対した様子から見て、その方向で間違いないという確信は持っていた。


「ただ、時計やら遺体を探している最中に、全く無関係の人間の死体を発見して、逃げ出したという話をしていた記憶はあるな」

と、急に思い出したように政光が語り出した。この死体は、間違いなくカメラを取った吉見忠幸のことだろう。政光にもこのことについて打ち明けていたようだ。喜多川はかなり正直に、政光に一連のことを話していたと見られる。

「そんなことまで話していたとは。じゃあ、喜多川が奪ったカメラについては?」

吉村が改めて質したが、

「それについては、言っていたという記憶はないな。おそらく聞いても居ないだろう」

と、あっさりと否定された。吉村としては拍子抜けしたか、それ以上質問が出て来る様子もなかったので、西田が質問権を取り返し、

「その後はこっちに喜多川が捕まって、あんたとしてはどう考えたんだ? やはりこれまでの話がバレるかもしれないと思ったか?」

と尋ねた。

「正直、嫌な気分はしてたが、顧問弁護士を付けて何とかしようとは思ったよ。あ! 念のため言っていくが、松田(弁護士)はこの件については詳細は知らんからな。それだけは勘違いするなよ」

そう念を押し、

「ただ、喜多川が最後にはああいうことになったんで、ホッとしたのも事実だ。さっき話したように、金庫に保管されていた奴も含め、遺族も詳細は知らないようだったから、脅迫してきた奴はともかく、これでかなり楽になったはずだったんだが……」

と、残念そうな表情で付け加えた。今の彼の身の上を考えると、そういう表現になって不思議はない。


「その件も絡んで聴きたいことがある。取り調べの際、当初アメリカでのアリバイを主張していなかった喜多川が、米田殺害の嫌疑が掛かった後、やっとそれを主張したんだ。おそらく、すぐに主張すると、じゃあ何故埋められている場所を知っていたのかとか、何故無関係の遺体を探していたのかという話になって、篠田との関係やら佐田の殺害にまで話が及ぶことを恐れたが故、そういう不可解な行動を取っていたんじゃないかと、あの時こっちは考えていた。しかし、松田弁護士と接見した後で、今度はアリバイを主張し始めた。これも含め、詳細は知らんというが、松田弁護士には、一連の事件についてどこまで知ってたんだ?」

西田は今度は松田弁護士との関係を質す。どこまで松田弁護士が知っていたのかは、重要な問題だ。しっかりと把握しておく必要がある。


「それはな……。松田から状況を聞いた俺が、喜多川がその時アメリカに仕事で居たようだから、殺人は、到底無理だと教えてやったんだ。こちらも当時は、北見こっちに居なかった喜多川がどういう意図で黙っていたかまでは、考えてなかったがね。後、松田は一応こっちの顧問みかたとは言え弁護士だからな。余り詳細な話をすれば、松田自身が耐えられなくなる可能性もあるから、必要最小限のことしか教えとらん。無論、何か怪しいものを感じ取っていた可能性までは、俺は否定しないがね。彼がそんなバカではないだろうから」

政光はそう言ってのけたが、確かに顧問弁護士とは言え、凶悪犯罪に絡んでいる人間を放置しておくことは、法曹としての大きなリスクにもなる。場合によっては、松田に裏切られる可能性も無くはないのだから、この判断は適当だろうし、西田達も当時そういう可能性を考慮していた。


 それにしても、松田弁護士は、既に板垣の件で他の被疑者の弁護と「利益相反」状況になっていたため、担当弁護を代わることになる話はあったが、伊坂政光も落ちたとなると、こちらもそれが問題になってくるはずだ。

「ところで、まだ自供してない中川秘書なんかとの関係で、弁護士の担当はどうなるんだ? 板垣とあんたは認めたが……」

そう西田に聞かれると、

「元々、伊坂組の顧問弁護士としてやってもらってたから、関係はウチの方が強いが、どうなるかはわからん。まあ大島側は、おそらくあっちの、東京辺りの顧問弁護士もいるだろうから、松田の弁護は必要はないとは思うが……。松田のやる気次第だな。それを見て決める」

と言葉を濁した。言うまでもなく、松田もまた大変な股裂き状態にはなるだろう。大島を切るか伊坂を切るか。もっとも無難なのは、両者から逃げるという手だが、そこまで西田が考えてやる筋合いもない。


「じゃあ今度は、病院銃撃事件と、その前の土建屋への銃撃事件についての話を聴くぞ! 既に板垣はゲロってるからな、あんたに指示されたと。だからここも正直にな!」

西田は気を取り直して、話を進めることにした。


「言われなくてもちゃんと話してやるよ……。それについては、中川から、確か95年の夏頃だったかなあ……。『邪魔な会社れんちゅうに脅しの意味で、拳銃打ち込める奴が居ないか』と言われたことが発端だったはずだ。『邪魔な会社』の意味がわからないから、当然中川に確認すると、大島の影響下にありながら、大して献金をしてない建設業者のことだってよ……。その時は阪神大震災や景気刺激策なんかもあって数年は大丈夫だろうって話だったが、どうも公共事業の予算枠が税収が減っている関係で、そう遠くない将来、数年後には間違いなく減るだろうってことで、幾つか切り捨てる必要があったらしい。しかし表立って切り捨てられないので、そういう企業同士のケツ持ちのヤクザに争いを起こさせる目的があるような話をしてた。同じ業界の人間として、積極的に加担したいとは思わなかったが、中川は『あんたのところも、そんな甘いこと言ってると業績落ちるぞ』と脅迫染みたことを言われたので仕方なく、『じゃあウチの配下のヤクザにやらせよう』と言ったら、それは困ると」

この回答に、

「ちょっといいか? その仲間割れを狙うという目的があったというが、こっちとしては、松島幸太郎を殺害するのに、その仲間割れの構図を利用して、その『結果』だと見せかけようとしたんじゃないかと見てたんだが、その目的は最初はなかったのか?」

と、西田は7年前の自分達の見立てを踏まえて確認した。

「少なくとも、話を持ちかけられた最初の頃には、俺から見てそういう感じはしなかったな……。ただ、病院での銃撃が実際に行われる直前には、あんたの言う通り、松島を殺すとという話も出て来て、元からあった仲間割れの構図を利用しようということを中川に伝えられたはずだ」


 政光の言うことが事実だとすれば、高垣が週刊「FREE」の偽取材依頼を受けて、記事を書いた時の筋書きは、松島殺害を企てられる前に、おそらく実際に大島側が以前から企てていた話をそのまま書かせたということなのだろう。無論、週刊誌が販売された頃には、高垣の記事も、松島殺害の為の、不正確な表現ではあるが、言わば偽装工作という意味でのアリバイ作りに利用する気は満々だった可能性は十分にある。そして中川秘書が、それにも絡んでいたということも重要だ。


「その指示について、ボスの大島自身が関わっているようなことを、中川は言ったり匂わせたりしてたか?」

「それは直接口にしてはいなかったな……。と言ってもだ、中川がいくら地元を取り仕切っているとは言え、大島の影響力のある土建業者絡みで、中川が独断で重要な決断をしているわけがない。最低でも、大島に暗黙の了解はあったはず」

西田の質問にそう断言した政光だったが、この手の絶対的な力を持った人間と、その配下の人間の指示のあるなしは、かなり裁判上問題になるパターンだ。政光が抱いていた印象は、ある程度事前にわかってはいたが、根拠がありそうな明確な答えが出なかった点は、捜査側としては痛いところでもあった。


「板垣の話じゃ、線条痕という拳銃の指紋みたいなもんが一致しないように、拳銃をしっかり使い分けて、それぞれ別の人間による抗争が起きているかのようにしたというが、その点は誰の入れ知恵だ?」

「それは中川から指示されてたんじゃないか? 俺も中川から計画の段階で聞いていたような気がする。ただ、はっきりと憶えてるわけじゃないがな」

「そこまで中川が指示してたのか……」

西田は自分の質問の答えに、悪い意味で感心しつつ頷いた。


「それからもう1つ。あんたの配下のヤクザってのは、おそらく双龍会だと思うが、それを使うとマズイと言う具体的な理由については、中川は何か言ってたか?」

西田が付け加えて聴くと、

「中川が言うには、『地元のヤクザがやると、結局警察にバレやすいから』って言う単純なものだったと思うな。確かに言われてみれば、地元の双龍会がやってたって話になると、ウチだけじゃなく、色んな方向にしがらみがある連中が多いし、仲間割れを起こす危険性があるどころか、こっちに火の粉が降りかかっちまうかもしれない。それは俺もすぐに納得したよ。で、『どうせなら、ウチの従業員の中で何とかならんか』とまで言われたわけだ。ただ、従業員の中で、すぐに拳銃撃つようなのはちょっと見当たらないから、結局は双龍会の俺に特に近い幹部に相談した。そしたら、そこで坂本と板垣という、不良上がりの子会社の従業員を紹介された。『こいつらなら口も堅いし、社長のあんたがちゃんと身分を保証してやれば大丈夫だ』とな。『訓練は俺らがやる』とも、双龍会の幹部が保証してくれた。ただ、ウチの資材置き場で銃撃の練習させてくれとは頼まれた」

と詳細に説明した。


 確かに当時、警察は地元のヤクザを中心に洗っていたから、この中川の思惑……、勿論、それが大島抜きの中川単独のアイデアの可能性は低いにせよ、その狙いは的中していたことになる。また、銃弾が伊坂組の資材置き場から発見されたこととも証言は一致していた。


「板垣が喋ってるが、その幹部は双龍会の山里じゃないのか?」

西田がこれまでの捜査を踏まえ問い詰めると、

「俺にも一応家族がいるからな……」

という、何とも煮え切らない口ぶりだった。配下のヤクザとは言え、裏切りにうるさい連中である以上、政光が不安になるのは当然のことだ。

「そいつは既に板垣が自白して逮捕してるし、家族については、何なら警護付けるから心配しなくて良いぞ」

西田は不安を和らげるためにそう伝えると、

「しかし、俺がこんな状態な方が、よっぽど迷惑掛けてるよな家族に……」

と情けなそうに呟いた。西田も吉村もそれに対して掛ける言葉は見当たらなかった。余りにもその通りだったからだ。2人は黙ったまま政光の動きを待った。


「……わかった。山里で間違いない」

政光は名前を伝える前に、一度気合を入れるかのように自分の両腿ももを軽く叩いてから喋った。

「よし! その点についてはよくわかった。で、話が一気に飛んだから、もう一度整理しておきたいんだが、当初の土建業者の間の仲間割れを狙った話が、松島の殺害理由のカモフラージュとして、利用されるように変わった経緯について、細かく聴いておきたい。松島を殺すという話を知ったのは、銃撃事件の直前だったということだが、具体的に何時ぐらいだか記憶にあるか?」

西田はもう一段、話を詳細に把握するために質問した。

「多分だが……、10月の中旬、会社の銃撃事件を実際に起こす前には、そういう話が出て来たんじゃなかったかなあ……。既に肺がんで余命宣告もされてたってことは風の噂で聞いてたから、そんなことをする意義がわからなかったが、その前にバラされる可能性があるからという話だったような……。その時に、元は会社の銃撃に使うつもりだった坂本と板垣を、そのまま松島の殺害にも使おうかという話を中川に提案されて、俺もかなり戸惑ったのは憶えてる。さすがに親父と同じ人殺しに、直接加担させられるのは勘弁して欲しいと思った。と言っても、間接的に協力はしたんだから、結局同じと言われればその通りだが……」

この時の政光は、最後の方は何とか絞り出すような言い方になっていた。


 そしてこの回答で、思いがけない事実が判明してもいた。当初、松島の殺害には、坂本と板垣を利用しようというプランがあったというのだ。これは西田達捜査陣も全く想定していなかった話だった。

「最終的に、2人は殺害には加わらず、あくまで力を貸す程度にとどまったが、その理由は?」

畳み掛けるように吉村が確認する。

「俺も嫌だったが、その前に2人が拒否したんだ。さすがにそれは困ると。それに中川、……多分、大島の側も、さすがに素人にやらせることには、かなり不安を覚えたんだろうな。最終的には『バレないような、北見こっちとは縁のないプロに頼む』という話になったのは確かだ」


 政光の発言は、本職プロのヤクザではあるが、殺しにおいては素人である東館と鏡、と言うより、正確には大原が、本来その役割を担うはずだったが、彼らが最終的な実行犯になったことを考えると、大変皮肉ではあった。また、坂本と板垣の2人からは、この事実はまだ聴き取れていなかったので、貴重な証言でもあった。


 ただ、そうなった背景には、おそらく依頼された側、つまり葵一家側の「プロ中のプロより更にバレづらい」という思惑があって、大島や中川の側も、それを尊重したのだろうと推測していた。その結果として、射撃訓練が出来、犯行現場に近い大島の事務所が利用されることに繋がったはずだ。ただ、こればかりは中川の証言がない限り、あくまで推測で終わる話でもあった。そして中川の証言を得られる可能性は、今のところ格段に低いという現実があった。

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