名実33 {60・61合併}(139~141・142~143 伊坂政光と初対決 道報記者五十嵐からの思わぬ電話)
そんなことを考えながらも、自分の席で捜査状況の報告を受けて、まとめていた西田に、三谷が声を掛けた。
「西田! 二課の高田主任から、『伊坂政光の所から押収したブツに変なものがある』と言われて確認したんだが、どうも古い書面と砂金と札束みたいなんだ。例の砂金と証文じゃないかと思ってな。お前自信の目で確認しといてくれ!」
「え?」
思わぬ言葉に、西田は席を立つと、三谷の元へと駆け寄って確認する。
「だから証文と砂金と札束だって! 鑑識に成分分析依頼したら、間違いなく金だと、さっき結果が出たらしい。佐田実の事件で、確か砂金が絡んでたよな? ひょっとしたらと思ってさ」
その言葉を聞き終わる前に、西田は捜査二課の部屋へと駆け出していた。
室内に入るなり、高田主任を探す西田に、
「西田課長補佐! こっちですよ、こっち!」
と、高田が奥から声を掛けてきた。西田が高田の机の前に立つと、すぐに押収物を西田に見せてきた。西田は、かぶりつくようにまず証文を読み、その後砂金を確認した。
札束は北央銀行の帯封で4つ。つまり400万で、しかも全てが聖徳太子の1万円札だった。福沢諭吉ではないので、かなり前に引き出したモノと思われた。証文については、伊坂大吉が自分で持っていたモノなのか、それとも佐田実から、資金提供の契約書と引き換えに受け取った、佐田が作成した偽の証文なのかはわからなかった。これは鑑識に血判が本物かルミノール反応で調べてもらうしかない。
「なんでもっと早く言ってくれなかった? ガサ入れから1週間近く経ってるんだぞ!」
確認し終わるなり、いきなり西田から苦言を呈された高田は、
「いやあ、申し訳ない……。何か犯罪に絡んだ証拠を見つけることに精一杯で、うっかり若手が別の所に、昨日まで置き忘れてたみたいで……」
と言い訳した。しかし、
「わかった。そんなことはどうでもいい! 伊坂の家から押収したんだな? どこだ、具体的に!」
と、今度は襲いかからんばかりに、西田は問い詰めた。
「ちょっ、ちょっと待ってください。えっと……、おい有村!」
焦ったようにそう言うと、高田は有村という若手刑事を呼んだ。
「これ、何処にあったんだ?」
有村が来るなり、確認する高田。
「はい。えっと、確か伊坂家の2階の伊坂の書斎でした。書類なんかが入った書棚に小引き出しみたいなのがあって、その中に、紙と薬包紙みたいなのに包まれた砂金と帯封4つ……。関係ないとは思っていたんですが、念のため……」
西田はこの時、感情に任せて高田を責めた自分を恥じた。元々捜査情報を完全にオープンにしないままで、二課どころか自分達の捜査一課にすら協力を要請していたわけだから、証文や砂金などは重要視しなくて当然だ。
むしろ有村という若手刑事が、何の関係もなさそうなモノを押収してくれていたと言う偶然に、十分に感謝すべきですらあった。我に返った西田は、
「すまん……。実は札束以外は、重要な証拠になるかもしれないんだ。だから思わず興奮してしまった。悪かった」
と素直に謝った。
「ああ、そういうことだったんですか」
高田はすぐに謝罪を受け入れてくれた。
「押収したのも君自身なんだな?」
わかってはいたが、西田は念のため、というより、バツの悪さを隠すために有村に再確認すると、
「はい。そうです」
と答えたので、
「いや、ホントによくやってくれた。見逃してもおかしくない。助かったよ!」
と、やや大げさに褒めた。すると、
「いえ。取り敢えず、関係する可能性がゼロでない限り、全て持っていくことが捜査の基本と理解していますので」
と、先程までとは違い、自信を持ったような顔付きでそう胸を張った。なかなか頼りがいのある若手のようだ。
「ところで、伊坂は、今の時間は二課で取り調べてるんだよな?」
そう西田に問われた高田が軽く頷くと、
「申し訳ないが、今すぐオレに聴取させてもらえないか?」
と頼みこんだ。
「そりゃ元々一課の捜査ですから、それは自分は一切構わないですが……。ちょっと待ってもらえますか? 課長に許可してもらわないとならないんで」
高田はそう言うと、二課長の来栖のデスクへと向かった。西田も自分からも頼むべきと思い、後を付いて行った。
話を聞いた来栖・二課長は、
「西田がそういうなら、それは仕方ないだろ。わかった。高田、聴いてる正田達に打ち切るように言っておいてくれ。俺の指示だとな」
と高田に指示し、
「じゃあ、西田課長補佐はここで待っててください」
と高田は言うと、そのまま取調室へと向かった。
「ところで、どうなんだ、行けそうなのか? ターゲットまで」
それを見届けた後、来栖はおそらくわざと軽目に西田に尋ねてきた。
「それは、現時点では何とも……。本来ならば、見切り発車ではあったんですが、このタイミングを逃すと、完全にチャンスを逃すと思って踏み切りましたから。やるしかないですよ」
それを聞いた来栖は一言、
「まあ、やるしかないよな、やるしか……。後、伊坂の余罪についてだが、何とか行けるかもしれん。今確認中だ」
と、西田を直視せず言った。
「そうですか! そいつは期待してますよ」
対照的に来栖をしっかりと見ながら言った。
※※※※※※※
既に日は落ちていたが、西田は伊坂と初めて直接に面と向かい合った。本来ならば、2人体制で聴取すべきだが、書記役すら置かず、まさに一対一での聴取だ。
供述調書を全く取るつもりがない時点で、手続き的なものはともかく、実態としては正式な聴取とは言えないモノだった。本来ならば、到底許されないだろうが、来栖が気を利かせてくれた。さすがに伊坂政光は、これまでのマジックミラーから見ていた姿より疲労して見えた。
「これまでとは違う刑事さんだな」
ポツリとこぼすように言った伊坂に、
「ちょっと聴きたいことがあったもんだから」
とだけ告げた。
そして西田は、札束を除いた2つの証拠物件である、砂金と証文を机の上に置いた。既に鑑識で、証文の血判が本物の血痕であることは簡易的に確認済みだった。つまり、佐田実が、資金融通の契約書と引き換えに渡したと見られる、偽造証文ではなかったことはほぼ確かだった。
また、血判の指紋の内、伊坂、北条の分が、間違いなく警察の保有する情報と合っているか。そして、証文に伊坂か大島の指紋がないか、この後チェックを頼むことにもしていた。
証文は、計4枚あったはずで、佐田徹が佐田家に残したもの、北条正人の分を受け継いだ弟の正治が佐田家に置いて行ったもの(最終的に、佐田実殺害後、その遺体から喜多川と篠田の、後の伊坂組・両専務が奪って、おそらく伊坂大吉を脅すため、銀行の貸し金庫に喜多川が保管)の2枚が既に見つかっていた。
そうなると、残りの分は、伊坂本人が持って「いる」或いは「いた」もの、もしくは桑野欣也から受け継いで、大島こと小野寺道利が持って「いる」或いは「いた」もののどちらかのはずだ。おそらく、今、目の前にある証文は、伊坂本人のモノであるとは考えていたが、念のためのチェック依頼だ。
西田は、その2枚の証文については、これまで残存の確率はかなり低いと見ていた(証拠隠滅のため)が、少なくとも1枚は残っていたのだから、それでも十分驚きだった。
そして、砂金は約375グラム。証文に記されていた、まさに1人分の量である「百匁」だった。つまり、相続1人分がまるまる残されていたことになる。まさか伊坂が、おそらく自分の証文と、誰か1人分の砂金をそのまま持っていたとは、これもまた大きな驚きだった。
「これ、親父さんの大吉のモンだろ?」
その質問に対し伊坂は、特に何か反応を示すことはなかった。西田もそれに構わず話を進める。
西田は、伊坂政光が、現時点で何か答えることはないだろうと聞く前から考えていた。反応が見れれば良い程度の感覚で尋問していたことも、そのような「進行」につながっていた。
「あんたは、おそらく親父さんから聞いて知ってると思うが、この紙……、証文と砂金……。どっちも、親父さんが戦前に生田原で砂金掘ってた際に、そこの雇い主から相続した時に作った証文と、戦後掘り出した砂金だと思う。否、本来この証文に載ってる、他の受け取るべき人物の分かもしれないな……」
そう言うと、政光に見えるように証文の向きを変えた。
「あんたは、1992年の秋、親父さんに何か打ち明けられただろ? 7年前の95年11月、本橋の自供から、親父さんが佐田実という人物の殺害について、本人死亡により書類送検された。あんたもそれについて事情聴取されたはずだ。その殺人の件で、92年の夏辺りに、親父さんは、真相を知っていた誰かに脅されたってのが、俺達の当時の見方だった。そしてあんたは、その頃、東京の大黒建設でサラリーマンやってたが、丁度92年の秋頃に荒れていたという証言も既に得ている。当時、親父さんは夏場以降急激に体調を崩していたな? 確か心臓が急に悪くなったはずだ。そして、翌年お前に経営を譲り死亡した。その一連の流れが、さっきも言ったように、事件や脅迫について、あんたが親父さんから、打ち明けられたと示唆してるようにしか思えないんだよな」
一対一の独特の空気感の中でも、政光は特に大きく動揺したようには見えなかった。さすがに逮捕時に比較すれば、腹も据わってきたのかもしれない。尚も西田の独白に近い聴取は続く。
「この証文と砂金は、その佐田実の殺人において、根本的原因となったモノのはずだ。親父さんは、この証文に書かれていた、親父さん含め4名の人物が、本来受け取るべきだった砂金を、ある人物と共謀して2人で全部取ったと見ている。それを、兄である佐田徹絡みで、証文の存在を知った佐田実に色々と嗅ぎつけられ、おそらく当時の非行を理由にして脅迫された。そして、親父さんは、邪魔になった佐田実を、本橋……、知ってるな? 死刑になった本橋については? で、そいつや喜多川や篠田に殺害させた。しかし、その後、喜多川や篠田に逆に脅され、最終的に重役にまで引っ張り上げることを余儀なくされてしまったんだろう。あんたもまた、その負の遺産を、会社と共に引き継がざるを得なくなったのは気の毒だったが……」
チラリと政光の表情を窺うと、目をつむったままだったが、西田の独り語りはしっかりと聞いているようではあった。
「おそらくだが、親父さんが佐田から一番脅迫されて痛かったのは、砂金の横取りというセコい犯罪のことではなく、この証文からではわからない、生田原の砂金を掘っていた時の仲間を、相手に問題があったとは言え、殺めたことのはずだと思ってる。あんたも聞いているんじゃないか? この『免出重吉の遺児』と書かれている部分を見てみろ。この免出を殺した男を、この北条と共に親父さんは殺した。義憤であったのは間違いないし、モロに時効だったにせよ、『私の死刑』が許されるわけがない。それが世間にバラされれば、オホーツク地域の有力経済人である親父さんとしては痛いはずだ。手紙の中身を裏付ける証文には、あんたの親父さんの血判まで残っているのだから、『荒唐無稽』な話などとは言えないしな……。この話は、佐田徹がしっかり経緯を手紙にして残してたということも、親父さんにとっては痛かったな……。無論、その手紙があったからこそ、佐田実は昔の話を知ることが出来たんだが……」
西田は、そう一方的に喋りながら、佐田徹の手紙の原本かコピーを、捜査一課の資料キャビネットから持ってこなかったことを後悔した。しかし、仮にあったところで、うんともすんとも言わない政光に見せつけても、大した意味はないだろうと思い直してもいた。
「話を元に戻すが、特にこの砂金は一体誰の分なんだ? こちらとしては、親父さんは、取った砂金で伊坂組を興したと見てるんだ。しかし、証文に記された丸ごと1人分の砂金が、こうしてあんたの家に残されていた。おそらく、あんたもその経緯について知ってるはずだ? 一切手を付けてないんだからな。一体何があった? 教えてくれないか?」
こう言いながらも、これについて反応した時点で、15年前の殺人事件について、色々と突っ込まれるのは、政光もわかっているだろうから、現時点では、無反応なのは予測していた。これに反応すれば、今はまだ「世話」になっている大島を裏切ることにも繋がりかねない。そして、政光はまだ目を閉じたままだったが、腕組みを始めていた点が、先程までとは違っていた。
「これは、保険のような感じで取っておいたのか? しかし、わざわざ他の奴の取り分まで、一度は横取りしておいた癖に、一体何で取っておいたんだろうな。そして、あんたもまた、おそらく親父さんの意向を酌んで、亡くなった後も保管していた。一連の流れが、どうなってるかも解せないんだよなあ」
一方通行の会話ではあったが、西田はもうそれでいいと達観したか、いや半分諦めたか、政光の様子を見ることすらせずに喋り続ける。
「親父さんは、ある人物……。もう隠しても仕方ないから言ってしまうが、あの大島海路と一緒に戦後砂金を掘り出したはずだ。そして、他の証文に載っている連中の分まで取ってしまった。それは、病院で銃殺された松島孝太郎にも自白してる」
西田は、北村のテープに残されていた松島の証言を元に発言した。しかしその直後、政光がふいに口を開いた。
「親父はね……、確かにクズかもしれない……。でも、ただの鬼畜ではない」
思わぬ言葉に政光を凝視した。それは決して強い言葉ではなかったが、魂のこもった言葉のように西田は受け取った。
「どういうことだ、ちゃんと説明してみろ!」
その意味を聴き出したいが故、この聴取で初めて凄んで見せたが
再び政光は口をつぐんだ。そしてそのまま、政光が西田の話に何か反応することはなかった。
西田も1時間で聴取を諦め、鑑識に証文を提出して指紋の検出のチェックを依頼した。
※※※※※※※
「それにしても、親父の悪口を言われ続け、さすがにキレたか……」
捜査本部に戻りながら、西田は政光が唯一反応した時のことを思い出していた。
ただ、実際にはキレた口調でもなく、淡々とした口ぶりだったし、他には一切反応しなかった。その意味を西田は読み切れないでいた。捜査本部に戻ると、三谷一課長に、
「西田! どうだった?」
と尋ねられた。西田は黙って首を横に振ると、
「そうか……。まあこの件は、真相究明には役立つかもしれんが、立件に必要なモンではないだろう。忘れて次に移ろう」
と、ある意味慰められた。
「ええ……。切り替えて行きます」
西田はそう言うしかなかった。
「今俺達が出来るのは、周辺の人間からの証言での証拠固めだ。伊坂については二課に任せるとして、例の坂本と板垣の幇助固めと建設会社銃撃事件への関与の立件だ。そこで、政光からの指示があったとなれば、更に政光にも波及させられる」
三谷は西田を鼓舞するように「理想論」を言ったが、そんな簡単なことではないことはわかっているはずだ。
「ところで双龍会はどうなんです?」
伊坂組自体とも、坂本・板垣の2人とも関連の強い地元の暴力団である双龍会が、建設会社銃撃の際に2人を「教育」したと捜査本部は睨んでいた。
しかし、別件で色々と組員を逮捕して事情を探ってはいたが、なかなか核心に迫るようなモノは、まだ出て来てはいなかった。7年という時間の壁もある。伊坂組の所有する、山中の資材置き場などで、処分したという、射撃練習で使用したコンパネや、2人が射撃訓練していたという痕跡がないか、捜査員が連日調べてはいたが、なかなか該当するものは見つからなかった。特にコンパネについては、焼却したと言う東館の証言が事実ならば、探し出すのはかなり厳しいだろう。
東館も、起訴された後も、任意という形で取り調べに応じていたが、起訴前に自供した以上の新たな証言は出て来てはいなかった。兄貴分の大原のために警察を利用して敵討ちをしようとしただけに、既に本人に出来る限りの「協力」はしてくれていたに違いない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
8月6日、57年前に広島に原爆が落とされたこの日は、当日の広島のように北見は蒸し暑くなっていた。そして、黒い雨が降った広島同様、北見でも一時夕立のような雨が降っていた。
午前中に西田の元へ、鑑識より、証文から伊坂の指紋が大量に検出されたと報告があった。やはり、証文は大吉のモノだったらしい。そうなると、何故、大吉は自分の証文と砂金1人分を丸ごと遺したまま死んだのか……。そして、どうして政光は、それをそのまま取っておいたのか……。
気になることは確かだったが、今はそれを追及するために、時間を費やす時ではない。西田は、その思いを胸の奥に取り敢えずしまうことにした。言うまでもなく、真相は突き止めたいと考えてはいたが……。
そして、昼過ぎには、今度は二課から良い知らせが入った。どうやら、昨年の伊坂組の決算が粉飾だった疑いが強いという。おそらく、来栖が西田に前日言っていたことは、この嫌疑を意味していたのだろう。その粉飾の目的は、主要取引銀行である、北央銀行からの融資を受けるためではないかと見ているようだった。
というのも、伊坂組は伊坂家で、全て株式を保有する同族会社であり、ここ数年は経営の見通しが暗く配当も見送っていたので、不当な配当などで会社の財産を減らすという目的はあり得なかった。つまり、言い換えるならば、会社法絡みの違法配当や背任罪での立件は厳しいということでもあった。
ただ、北央銀行が、経営が傾きつつあった伊坂組への大型融資を引き上げるという話が数年前からあり、伊坂組としては、何とかそれを避けるため粉飾決算に手を染めたという見立てだ。
既に、取引していた北央銀行・北見支店側に確認を取ったところ、やはり昨年の決算次第では、低下していた売上高と近年の慢性的な赤字体質、将来的な土木・建設産業の縮小を見据え、融資の一部引き上げを考慮していたと明言された。その上で、伊坂組にもそれを通告していたと言う報告を得た。
但し、支店長の話では、大島海路と縁の深い伊坂組から融資を引き上げるということは、実は一部の引き上げであっても、それほど簡単ではなかったようだ。実際にこの通告の後、おそらく社長の伊坂から泣きつかれた大島海路より、北央銀行中枢部に介入があったという。北央銀行は大島の影響が長年それなりにあるらしい。
一方で、今回の一連の逮捕劇を受け、北央銀行側もさすがに、色々と大島周辺の影響を排除しなくてはならないと考え始めたとも告げられていた。
粉飾以前は、白紙の領収書などで経費を水増しして、資金確保の動きをしていたが、銀行の融資を繋ぎとめるために、今度は、むしろ業績を無理やり上げる必要が生じたということになる。如何にも、バブル崩壊から、特に98年以降、不安定になりつつあった中堅ゼネコンの経営状態を示していたとも言えた。
高松総理の前の民友党政権では、急死した久米総理が、消費税5%増税後の急激な不況に対応するため、公共事業にかなり公的資金を突っ込んでいた。しかし、北海道の不況は、それでもカバーし切れなかった。更に、後を受けた高松が、今度は構造改革路線と財政再建を打ち出したため、銀行側としても、中堅ゼネコンに多額の融資を続けることを不安視していたと見られる。
二課としては、これを以って、伊坂を北央銀行に対する詐欺で立件する方針を固めたということだった。これにより、伊坂の現時点での勾留事由である「有印私文書偽造」容疑についての勾留延長請求が、彼が取り調べに素直に応じていることで、証拠隠滅や逃亡の恐れがないとされて認められなかったとしても、別件の詐欺による再逮捕で、更なる勾留は継続出来ることが確実になった。捜査本部としても、これはひとまず安心出来る材料にはなる。
ところで、詐欺は親告罪ではないので、北央銀行側の告訴は必要とはしていなかったものの、伊坂に与えるダメージ効果を狙い、2課では北央銀行・北見支店に告訴を頼んでいた。
このことは、北央銀行側が伊坂組と完全に「手を切る」ということを明確にしてもらう意図があり、警察側としては、伊坂組の経営危機から伊坂自身への揺さぶりの材料として使用したかった。しかし、北央銀行側からは、現時点で余り良い返事はもらえなかったのは、二課としては残念なことだったようだ。勿論、西田達にとっても残念なことに変わりはない。
伊坂の逮捕もあって、銀行側としては、警察への協力並びに融資引き上げを再考せざるを得なくなったとしても、やはり、その部分は大島に気を使ったのではないかと二課では見ているようだった。
いずれにせよ、これまでは、伊坂政光が留辺蘂・温根湯温泉の研修施設に東館達が潜伏していたことを知っていたという、当時の施設担当の杉村の証言を元にして、その施設で東館達の世話をしていた坂本と板垣への、伊坂による殺人幇助教唆での再逮捕を、捜査本部では最悪考えていた。
だが、逮捕容疑としては、そこそこ無理筋の類でもあり、幾ら裁判所が警察の言いなり気味とは言え、多少不安があったこともあり、二課が新たな犯罪を見つけてきたのは大いに助かったわけだ。
一方で、中川秘書と坂本、板垣は、未だ容疑を認めずにいた。中川の殺人容疑や板垣の自動車窃盗容疑(場合によっては殺人幇助へと切り替える)については、物証も出てきており、まず問題なかったが、坂本の自動車窃盗並びに坂本・板垣両名の殺人幇助については、未だ東館の証言頼みという側面が大きく、物証か最低でも自供が欲しいところではあった。また、建設会社銃撃での立件も、今のところは厳しい状態であった。
※※※※※※※
8月7日、前日の30度超えが嘘のように、雨が降った上に最高気温が20度に満たないという、北見らしい気温変動の中、昼過ぎに西田達に再び朗報があった。
伊坂組の留辺蘂の資材置き場の地面から、1センチ程埋まった土中に、1発の銃弾が発見されたというのだ。捜査員が、何日も血眼になって、地面を這いつくばって探しまわった甲斐があったというものだ。この日も降雨の中大変だったろう。おそらく坂本達が射撃練習で使用して回収しきれなかった分と見られた。
早速鑑識に、建設会社銃撃事件で使用されたモノと共通のモノがあるか、そして線条痕が同じモノがあるか、チェックに回された。回収しきれなかった銃弾があると見込んで捜索させていたが、努力が実った形だ。
この物証だけで、2人の犯行に直接結び付けることは無理があるが、東館の証言と併せると、何とかいけるとも言えた。これで、先々には、銃刀法絡みでの再逮捕が可能となったわけだ。
※※※※※※※※※※※※※※
8月8日木曜。逮捕された4名は、一度担当検事の取り調べを受けていた。勾留期限が11日までで、しかも10日と11日が土日のため、金曜である翌9日午前までに、担当検事に勾留延長を請求してもらう必要があったからだ。
捜査本部では、担当検事のアドバイスもあり、中川と坂本、板垣はそれぞれ殺人、殺人幇助でまず勾留延長請求して、伊坂においては、私文書偽造での勾留延長を前提としつつ、認められなかった場合に備え、詐欺での再逮捕を画策していた。
場合によっては、坂本と板垣への殺人幇助教唆容疑も控えてはいたが、現状としては逮捕まで出来るか疑問の状態だ。そのため、まずは詐欺での立件を優先すべきなのは当然だった。
既に起訴していた東館も、まだ拘置所へは移送されておらず、留置されたまま、板垣の自白とのすり合わせなど、検察官からの簡単な聴取は続いていた。ただ、東館は素直に自供していたので、取り調べにそれほど時間が割かれることもないようだった。
さて、そんな中で忙しくしていた西田に、思わぬ人物から連絡が入ったのは、外が闇に覆われ始めた、午後7時過ぎのことだった。
※※※※※※※
「もしもし? あの、どうも初めまして。北海道新報の五十嵐というモノですが」
そう切り出されて、一瞬誰だかわからなかったが、「北海道新報」というフレーズで、竹下の大学のサークルの先輩であり、勤務先の先輩でもある五十嵐だとわかった。95年から間接的には絡んではいたが、直接会話するのは初めてだった。
「ちょ、ちょっと待って下さいね! 今外に出ますから」
西田は、捜査本部の部屋から出て、小走りで休憩室へと向かった。さすがに誰と会話してるかはわからないだろうが、こちらの喋る内容は、他の捜査員には聞かれたくはない。何しろ相手はマスコミだ。大体聞かれそうなことは思い当たっていた。都合の良いことに、休憩室には誰も居なかった。
「待たせてどうも! こちらこそ。直接話すのは初めてですが、三友金属鉱業の件始め、竹下通じてこれまでかなりお世話になりまして」
「ありがたいな、そいつは話が早い!」
西田の挨拶を聞くなり、相手の声が幾分高くなったのがわかった。感謝しているからと言って、相手の要求を飲むということではなかったのだが、やや勘違いされているように西田は不安を覚えた。
「こっちの番号、竹下に聞いたんですか?」
「お察しの通りで」
「何か事件の関係での取材ですか? それなら申し訳ないんですけど、現段階でそっちを喜ばせるような、話せるモノはないんですよねえ」
西田としては、五十嵐が事件絡みで、何か探りを入れてきたのではないかと疑っていたので、先手のジャブを打っておいたわけだ。
「いや、警戒されるのは仕方ないけど、残念ながら、自分は今東京の社会部なんでね。大島が逮捕でもされない限りは、取材しても担当外ということで、今現在は書くことがないんですよ……。それに、そもそもそっちのウチの記者が色々取材してるでしょ?」
五十嵐も、警察が大島を最終ターゲットにしていることは理解していた。そもそも、そのことについては、今マスコミが騒いでいるより、はるか前の95年秋には、竹下を通じて五十嵐は大方把握していたのだから、言うまでもないことだったが……。
「言われてみりゃ、五十嵐さんは今東京でしたよね。そいつは失礼しました!」
西田も、この発言で相手へのガードが多少緩んだ。
「でも、そうだとすれば、尚更、一体何の用ですか? 直接掛けてこられるような、思い当たる節が無いんですがねえ」
「まあそうかもね……。どうも最近、捜査情報がマスコミ通じて出てこない。こういう時は、捜査が進んで慎重になってるか、捜査が行き詰まってるかのどっちかで、大抵は後者というわけですよねえ? 思い当たる節がないってのは、逆に言えば、正直思うように捜査が進んでないってことですよね?」
愚弄するような表現をしたが、それなりに当たっている以上仕方ない。その上で、五十嵐は話を続ける。
「だったら、ちょっと面白い情報が、こっちの知り合いから手に入ったんで、お伝えした方が良いかと思いましてね……。本来なら、警察から情報を取ることがあっても、こっちから流すような真似は、ブン屋で飯食ってる人間としては、到底やりたかないんですけどね……」
五十嵐は思わせぶりな言い方をした。西田はそれを察し、
「報酬は? 現時点で、捜査情報が欲しいということではないようですが」
とシンプルに尋ねた。すると、
「報酬ってのは、もしよければ、そちらさんが大島を逮捕してから、他じゃ知り得ない詳しい情報を、道報に提供して貰えれば十分ですよ。言い換えれば、そんなことは、元々余り期待してるわけじゃないんでね。自分が担当出来る話かもわからないし……」
と、多少嫌味な返しをしてきた。どうもそういう意図は元々なかったので、痛くもない腹を探られて気分が悪かったようだ。
「そいつは失礼しました……。では何故?」
西田は形式的に謝ったが、未だ相手の真意を計りかねていた。
「そこは大した理由なんてないんでね……。そもそも北海道でブン屋やってて、利権屋の大島を気に入ってる奴なんて、まあ『取り巻き』でもなけりゃ、そうは居るわけないんだから。大方の同業は、出来ればさっさと逮捕してくれと思ってるぐらい。そういう意味で、不本意ながら、警察にわざわざ情報提供しようって気持ちになってるわけですよ。これまでも、竹下との関係で、そちらさんのために色々動いてきたけれど、竹下が絡んでない以上は、本来なら余り協力したくはないぐらいですから」
この発言を聞くだけでも、高垣同様、余り警察に好意的な人物ではないことは確かなようだ。その辺については、喜多川専務が取り調べ中に倒れた際の、道報の報道介入の時にも、竹下を通じて何となく伝わって来てはいたのを、西田はこの時、ふと思い起こしていた。
「つまり、ほぼ純粋な意味でこちらに協力してくれると……。そういうことなんですか?」
「まあ平たく言えば。そういうことなんで、前置きが長くなったけど、そろそろ話して良いですかね?」
痺れを切らしたように、本筋に戻るように話の軌道修正を迫ってきた。
「あ、こいつはすみません。余計な勘ぐりで遠回りさせてしまって……。どうぞ情報をお教え願いたい」
敢えてやけに丁重に頼んでみた。
「まあ、どれくらいそちらさんにとって重要かどうかわからんけど、それなりに面白い情報だと思いますよ」
早く言いたそうな割には、回りくどい前置きをしてきたので、西田は「下手にでてやったのに」と心中で舌打ちしていた。
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