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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
104/223

名実27 {48・49合併}(110~112・113~115 東館自供開始3 新たな2人の関与)

「ほんと、頼むわ! こっちは、葵にやられた兄貴の敵討ちのつもりで、一切合切いっさいがっさい明かそうとしてんだよ! 俺に合わせろよ! 昨日から焦りすぎだぜ、特にあんたは!」

正直、日下に向けたと思われるこの東館の発言は、この男に殺された3名のことを思えば、到底許せるものではなかったが、そんな近視眼的な正義感を現時点で振り回したところで、何の根本的な解決にはならない。西田達は勿論、おそらく目の前で対峙している遠賀達も、それなりに強く思う所はあっただろうが、じっと我慢して、話の先を聞き出そうとしている。


「ああ、そうだな……。お前の気持ちは、こっちも重々承知してるつもりだ」

遠賀が、何とか我慢して絞りだすように言うと、

「わかってんならいいけどよ……。じゃあ続きだ続き! それでだ、そいつらの年格好は、高校出てからすぐぐらいの、大体20ぐらいに見えたな。2人組で、見た目は今風というか軽い茶髪だった。事務所で夜会う時は、常に2人共私服だったが、ヤンチャな感じで、まともな大学生やら普通のサラリーマンという感じは受けなかった。ただ、2人の会話を聞く限り、おそらく建築関係の仕事をしてる作業員か何かじゃないかと、俺と兄貴は話してた記憶がある」

と、東館は詳しい情報を喋り出した。


「その判断の理由は、どういう会話からだったんだ?」

日下が如何にも疑問だという調子で尋ねると、

「俺がまだ北見に行ってない頃、おっさんから、最初にそいつらが兄貴達に部屋で紹介受けた時に、『オーバーハングでもないのに、随分部屋が広く感じる』みたいな会話があったらしいんだわ」

という答えが返ってきた。

「オーバーハング?」

目の前の取り調べ担当の2人は、同じ疑問をほぼ同時に口にしていた。


「オーバーハングってのは、建築業界の言葉で、下の階より上の階の方が広く作られてる形のことを言うんだよ。上の階の方がせり出してるような奴だ。わかりやすく言うと、ほら、チョーなんたら銀行ってのがあったろ?」

「長銀? 破綻した銀行の長銀か?」

「そうそうそれだ! あれのビルがよくニュースでテレビに映ってたが、やけにバランスの悪い感じがしたろ? あれがオーバーハングって奴よ!」

日下の確認に東館は大きく頷きながら答えた。


※※※※※※※


 長銀という名前で知られた、日本長期信用銀行は、通常の銀行と違い、集めた預金を貸し出すのではなく、金融債と呼ばれる債権を発行し、その対価として得られた金額を貸し出すという、いわゆる特殊銀行として、戦後の1952年に設立された銀行である。バブル期に、不動産関連融資に積極的に取り組んだため、結果としてバブル崩壊の影響を強く受けることとなった。


 山一證券や北海道拓殖銀行が破綻した97年以降、金融機関の経営状態が悪化する中、長銀も公的資金注入を受け入れたが、経営陣が98年に粉飾決算に手を染め、これをきっかけに株価が急落。経営は迷走状態になり、政府主導で合併などの救済策が模索されるものの合意に至らず、最終的にその年の10月に金融再生法などを利用して実質国有化された。


 更に翌99年には、旧経営陣が粉飾決算を理由に逮捕されることとなった。現在は新生銀行として営業している。


※※※※※※※


「昨日も言ったように、俺が駿府(組)に入ったきっかけもそうだけどよ、駿府は元々土建や建築を正業としてやってた組だから、今でもフロント(企業)はそれに絡んでるわけだ。兄貴もそっち方面の管理をしてたこともあるから、建設関係のことは詳しいんだよ。だから、そいつらの言葉に反応したってわけよ」

4階の集会場である大広間を見て、下の階の全体的なスペースより、広く感じたが故に、そのような表現をしたのだろうが、思わず専門用語が出たことで、2人の素性の一端が明らかになったということなのだろう。


「それに俺が来てからも、いつも食い物や頼んでおいたモノを持ってくる時間帯の、午後8時に間に合わなかったことがあって、その時に、『小間割り舐めちゃって残業する羽目になったんで、遅れて申し訳ない』と謝ってた。『小間割り舐める』って言い方は、現場でよく使う業界用語みたいなもんだ。仕事が所定の時間内に終わらないって意味でな。一般社会じゃ、そう使う言葉じゃないだろ? こっちがそういう言葉に対しての知識があることは知らないはずだから、そいつらが普段日常会話で違和感無く使っていて、普通にそのまま通じると思って口から出たんじゃねえかな? だとすれば、職業経験は、学校出てから建設現場でしかないと見ていいんじゃねえかな?」


 東館は、ここで捜査員よりも先に、やけに鋭い推理を披露してみせた。東館の話が本当なら、確かに建設作業員の若者が、協力者として絡んでる可能性は高いと言えるかもしれない。


「建設作業員……。これは伊坂組絡みですかね……」

横に居た吉村が、視線を東館に向けたまま西田に話し掛けてきた。それに対し西田も顔を微動だにせず、

「十分あり得るだろうな」

と呟いた。かなり重要な役回りを、おそらく大島の懐刀クラスのベテラン秘書であろう人物と共に、若い建設作業員系の2人組がこなしていたとなると、そいつ等はかなり大島に近い、否、信頼出来る筋の人間であることは間違いなかった。その意味では、その2人が伊坂組の人間であると推測することは、1つのセオリーとして合っているように西田も吉村も感じていたのだ。ただ、若い2人組という点が、少々違和感を覚えさせていたが……。


「それでさっきの話に戻るが、その2人組の顔は記憶にある?」

「写真見せられれば、ある程度はわかるとは思うが、断言は出来んぞ」

「いや、現時点ではそれで十分だ。確認は後でやる。それで、他にはそいつらについて何か情報はないか?」

遠賀は穏やかな口調で、更なる情報を引き出そうとしていた。


「情報ねえ……。ああ! そういえば、俺が来る前からあった何枚ものコンパネが、既に穴だらけになったんで、追加で持ってきてもらった時に……」

その言葉を聞いた瞬間、黙っていた日下が思わず声を上げた。

「コンパネってのは合板のことだろ? それが穴だらけってのはどういうことだ!」


だが、その反応は、西田から見ても当然のものだった。それがどれだけ重要な意味を持つかは、明白だったからだ。

拳銃チャカの練習だよ、射撃の練習に使ってたんだ」

いちいち言わせるなと言うばかりの口調だったが、捜査陣にとって重要な情報が飛び出したことは間違いなかった。銃撃と結びつきづらい「経験のない」メンツによる凶行は、それを補うための「訓練」を前提にしていたとなれば、筋が通るようになる。


「その練習のために、防音設備のある4階に潜伏してたんだな?」

遠賀も核心に迫ってきたせいか、早口になった。

「俺が計画したわけじゃないから、そいつは何とも言えないが、そういうこともあったのは確かかもしれん。拳銃チャカも、北見に持ってきていたのは、サイレンサー付きのトカレフだったから、防音もあって、中で射撃訓練やってたなんてことは、下の階に居た連中もわからなかっただろうよ。毎日のように、1人分で20発以上は使ってた。それを結局は、俺ですら10日間ぐらいやってたから、俺が北見に着いてから、1人当たり300発以上は軽く撃ってたんじゃないか? 銃弾たまは相当量、何でも2000発近くは、鏡が用意してたようだったから、無くなる心配は一切なかったな」


 使用されたのは、トカレフ、しかもサイレンサー付きだったのはほぼ確かで、それは報道には出ていない。つまり、東館による秘密の暴露の自供でもある。

「どうやって北見まで運んできたんだ? 当然手荷物チェックがある飛行機じゃないよな?」

日下の追及に、

「拳銃と銃弾は、鏡が自分で手荷物として列車で運んできたって話だ。俺は後から聞いただけだが、2人共別々に北見入りしたみたいだな。帰りは帰りで、3人別行動で帰ったけどよ」

と答えた。聞いてもいない、北見からの出入り時の行動までバラしたのは想定外だったが、これは時系列的に、今は追及する必要はない。取り調べの2人もその点は後回しにしたいと見え、それ以上の追及はしなかった。


「ところで、それまでに、お前は拳銃は撃ったことはあったのか?」

「それはな、まだアメリカの出入国が、ヤクザに今程厳しくなかった80年代前半に、ハワイに行った時に射撃場で撃ったことはあった。ただ、日本じゃ手にしたことはないな。ウチはシャブはやるが、拳銃は基本的にやらんということもある。兄貴も同じだったと思う。鏡の方は当時、国内でも山の中とかで撃ったことはあったみたいだぞ。少なくとも俺が来た頃には、しっかり腕前も仕上がってた。俺とかにも親身に指導してくれたわ。まあ、そんなに難しいモンでもねえし。それより人間相手に撃つ度胸の方が必要だったな……」

日下の問いに、当時を思い返しながら、しみじみと語った。


「4階の広間の面積は、松島の病室より確実にあるはずですから、事前の練習場所としては十分だったはずです」

その様子を裏から見ながら、吉村が西田に情報を改めて伝えた。東館が北見に来たのが10月31日だとすれば、決行日が11月11日で10日以上あったのだから、人に向かって撃つという心理的な壁はともかく、技術自体を習得するのには、確かに十分な期間だったろう。


「しかし、穴だらけってことは、中には貫通したのもあったんじゃないか? その銃弾は部屋の中で壁やらガラスなんかに当たらなかったのか?」

当然の疑問を、遠賀がしっかりと聞いてくれた。

「だから、コンパネを2枚使って、1枚を貫通した後、2枚目で止める形にしたんだ。まあ、最初はさすがに銃弾の力の具合がわからず、数発が1枚しかなかったコンパネを貫通しちまって、兄貴と鏡で『こりゃまずい』って話になったみたいだな。それで2枚使う方法になったようだ。俺が北見に来る前の話だから、それ以上の詳しいことはわからん。俺が来てから、合わせて3回、コンパネを取り替えたはずだ。だから、俺が来る前までのことを考えると、4、5回ぐらい取り替えてたんじゃねえかな」

「なるほど。その点はわかった。それで2人組に話を戻すが、コンパネの持ち込みをそいつらに頼んでたって話だが、使い終わったコンパネの処分はどうしてたかわかるか? 銃弾の処理は?」

「使った銃弾は、2枚目のコンパネに突き刺さった分はペンチで引き抜いて、最終的に鏡が全部持ち帰ったよ。使用済みの奴については、あいつらは山の中で燃やすとか言ってたような……。実際にそうしたかはわからん」


 射撃練習に使われたコンパネが焼却処分されたとなると、証拠としては残っていないということになる。練習に使用した銃弾も自分で持ち帰ったとなると、残っている可能性はほぼないだろう。残念ながら、そちらでの証拠の押収は、厳しいと言わざるを得なかった。しかし、その次に東館が口にしたことは、まさかの展開を意味していた。


「それにしても、あいつらも拳銃については俺より使い手だったな。ちょっと撃たせてくれって話で、見事にコンパネに付けた的の真ん中付近をぶち抜いてたよ。とても素人には見えなかった」

「その2人とも拳銃が撃てたのか?」

いつの間にか再び追及側になった日下が、証言に飛び付いた。

「ああ。はっきりしたことは聞いてねえが、何か拳銃使ってやらかしたこともあったみたいだな。腕を褒めてやったら、そいつらは、山の中で地元のヤクザに射撃訓練受けてたとか言ってたぞ。俺達に協力してたわけだから、単純なカタギではないのはわかってたが、それを聞いて尚更そう思ったな。ただ、自分達は俺達みたいな本職ヤクザではないと言ってたんで、チンピラみたいな扱いだったのか、まあこっちからしてもよくわからん奴らだったな……」


 当然西田としては、この2人が拳銃を使えたという意味の大きさを理解していた。病院での銃撃事件の前に、北見・網走管内の土建業者などに、銃弾が打ち込まれる事件が相次いでいた。そしてそのことが、北見共立病院銃撃事件の布石として利用されたと見ていた西田にとってみれば、この2人がその犯人ホシである可能性が浮上したわけだ。しかも、当時、地元ヤクザの洗い出しでは、実行犯が出なかったことも、この2人のような、おそらく「構成員」ではない人間が絡んだとすれば、納得できる材料の1つだった。


 何より、病院銃撃殺人という大事件に、このような「若造」を協力させるということは、かなり信頼できる関係が大島側と構築できていたはずだが、もし、その前の建設会社への銃撃事件に、既に2人が絡んでいるとすれば、納得出来るものだった。2人が、おそらく伊坂組の人間ではないかという推測を前提にすれば、射撃を教えたのは、伊坂組と関係が深い双龍会の人間である確率が高くなる。東館達と違い、山の中での射撃訓練だったようだ。


 射撃練習場所の違いは、病院銃撃では、事件を起こす決定から実行まで、短い時間で済ます必要があったことや、逃亡の時間など、アジトと病院までの距離が出来るだけ近い位置に潜伏する必要があったことで説明出来るはずだ。それが大島海路の、防音設備を完備した市内中心部の事務所を選択させたのだろう。そしてもっとも大きな理由は、大島海路という「名前」が、実行犯潜伏の蓋然性の低い段階での、警察の捜査を完全にブロックしてくれることを期待出来たからであることは明白だった。


「吉村、この取り調べが終わったら、すぐに大島海路の秘書リストと伊坂組の社員の写真と名簿手配してくれ! 出来れば7年前近辺と今の両方だ! 大島の方は、おそらく番頭クラスの、相当信頼の厚い秘書だろうな」

「わかりました」

西田の言葉に吉村は小さく1度頷いた。これだけの事件に関わらせた人間だ。おそらくまだ伊坂組に居る可能性が高い。言うまでもなく、佐田実殺害時に協力した喜多川と篠田の2人の出世劇よろしく、この2人もそれなりのポジションに居るだろうと西田は事前に踏んでいた。


 一方、取調室では、内容が実行時の状況へと移行していた。遠賀が主導して質問を続ける。

「実行日は、具体的には事前には決まっていなかったそうだが、もし決まった場合には、どういう連絡で伝達されることになってたんだ」

「俺は直接は知らん。兄貴達が事前に聞いていた分には、病院に内通者が居て、その人間から何か情報が入った段階で、おっさんがゴーサインを出す手はずだったそうだ。そして実際にそうなった」

「その内通者についての情報は何もわからない?」

「ああ。詳しいことは兄貴達も聞いてないはずだ。少なくとも俺は知らん」

これは、自殺した病院理事長の浜名であることは、ほぼ明白だったが、遠賀が敢えて聞いてみただけだろう。しかし、やはりこの点についても、内通者と実行犯の双方に詳しい情報は行っていなかったようだ。もし、浜名が松島を殺害する計画そのものを、具体的に前から知っていたなら、少なくとも結果として自殺することもなかったに違いない。


「それで、肝心の実行日が決まったのは何時なんだ?」

「それについてはだな……。(殺しを)実行する最終決定が告げられたのが、実行日の2日前だったはずだ。ただ、実行自体は決まったが、具体的な実行日と時間については、その後、最終的な指示があるまで待てと、おっさんから伝えられていた。だから実際に指示が来たのは、実行の直前も直前だった記憶がある」


 この証言と、殉職した北村刑事の行動を考えると、上申書を提出すると決めた松島と看護師との会話に対する盗聴が、殺害決行の引き金だったのではないかと西田は考えた。そしてその情報が、浜名から大島・中川側へと伝わって、決行が確定したのではないかと。最終的な殺害のゴーサインが出されたのは、北村に上申書を渡すと連絡した時点、つまり、殺害当日の、北村が遠軽に西田達と共にカラオケしに向かっていた時間帯ということになるのではないか。


 ただ、西田にはここで新たな疑問が湧いていた。北村が銃撃に巻き込まれたのは、東館と鏡が上申書を奪う際、たまたまそのタイミングに、あの場に居たからに過ぎなかったという考えを、以前西田は持っていた。しかし、よく考えれば、上申書を奪う目的だけで、且つその存在を北村が知らないタイミングなら、何時でも殺害は決行出来たのではないかと言う疑問が改めて出たのだ。それどころか、奪うだけなら、場合によっては、そもそも松島自体を殺す必要すらなかったかもしれない。


 しかし、実際には状況は違った。殺害決行の決定と具体的な決行日の決定が、2段階の指示だったという東館の証言が出たわけだ。その間に奪える可能性がなかったわけでもなさそうなのに、実際には違った。今になってみると、その点について改めて考えさせられたわけだ。


※※※※※※※※※※※※※※


 ここで西田は遠賀と日下を呼び、具体的に更なる聴取内容について指示を出した。それを受けて、日下が問い質す。

「殺害実行日に、事務所から病院まではどうやって行った? 時間は?」

「時間は、確か夕方の6時前ぐらいだったとは思ったなあ……。そこははっきりしないが、実行よりそんなに前の時間じゃなかったのは間違いないはずだ……。おっさんの指示で、事務所の非常階段を使って外に出た。その時間帯は、まだ事務所に他の職員が居たようだったから、通常の階段は使用出来なかったらしい。静かに下りるようにしつこく言われた。そして、事務所の駐車場にシート被せて駐めてあった車を使ったんだ……。実は、2日前に殺害が決まった直後から、夜中に病院までのルートと逃走経路については、鏡と一緒に何度か車で確認してたわけよ。その時は、おっさんも兄貴も同乗して、道順含め色々俺達におっさんが教えてくれた。そして、実行日もその練習通りに病院まで行った。まあ5分も掛からなかったと思う」


 ここで、犯行グループは、事前に犯行の行き帰りのルート練習していたという証言が出た。おそらく、実行前に下見の類はしていただろうという認識はあったが、具体的な証言が出て来たのだ。聴取する2人の言葉にも熱がこもってきた。


「その練習に使った車は、そのシートの掛かった、犯行当日に使用した車と同じなのか?」

「いや、別の……、確か事務所の車だったはず。ただ練習の日には、既にシートが掛かってた車があったのを憶えてる」

日下の尋問に対するこの証言から、事件に実際に使用した盗難車は、それ以前から大島の事務所に留め置かれていたことがわかった。まさか代議士の事務所の駐車場に盗難車があるとは、警察も考えることはなく、格好の隠し場所でもあったということなのだろう。


「車の盗難については、お前達はやってないんだな?」

「ああ、してない! 捕まった理由はそれだが、それについては完全にシロだ、俺達はな!」

この時の言い方には、さすがに抗議の意味があったか、強い怒気がこもっていた。

「盗ったのは、例の2人か?」

しかし、日下はそれに一々反応せず尋ね続ける。

「そこについては、俺達は何にも聞いてない」

東館の表情を窺う限り、車の窃盗絡みの証言にウソはなさそうだった。

「そして、犯行当日に車で乗り付けて、どこから病棟に?」

「車は非常階段のそばに駐めることは、事前の練習通り。そこから非常階段を登って、ターゲットの居る3階へと入った」

「鏡とお前は、殺害の後、紙? か何かを奪うように言われていたと思うが、その点はどうだ?」

「ああ、その通りだ。よくわかったな? これについては、実行が決まる前から口を酸っぱくして言われてたな、例のおっさんに。『もしやる時は、何枚か字が書かれたノートか便箋のような紙があるはずだから、それを必ず奪え』と。病院に入ったのが、殺る前の1時間弱前ぐらいだったか……。だから、事務所で実行指示が来たのも、入る前より、更に30分ぐらい前だったはずだ。その後、同じ階の病院の院長室? だったか何かの大きな部屋に入りこんで、相手がいる病室の様子を盗聴器で探ってた。紙に書かれた内容について、それを見ながら喋っていると確実にわかるタイミングで、目出し帽被って踏み込めと言われてたんだ。『目的はその紙だから、何が何でも回収しろ、そして中にいる女含め、3名全員確実に仕留めろ! その紙の存在を知っているのは、そいつらだけのはずだから』と、そこは、実行日の直前にも強く言われてたはずだ」


 ここで東館は新情報を口にした。実行犯は、殺害直前に乗り込んできたのではなく、病院内でタイミングを図っていたということだ。しかも、おそらくは院長室ではなく理事長室、つまり自殺した浜名理事長の部屋ということになる。


 理事長室は、入院患者の個人部屋と同じ階にあり、松島が入院していた病室からも、そう遠くなかったはずだった。あのフロアは、人の出入りが、あの時間帯的にほとんどなかったので、理事長室に誰にも見られず入り込むことは、そう難しくはなかっただろうし、それを前提にした犯行でもあったろう。


 また、直接の犯人ではないことは当然としても、当時その部屋に浜名が居なかったことは、病院関係者の聴取や捜査で7年前既に確認されていた。看護婦(作者注・当時は看護師表記はなかったための表記)の百瀬まで殺害指示が出ていたのは、彼女がその上申書の存在について、詳細に内容まで含め知っていたからだろう。指示内容が本当であれば、大島サイドは、上申書について知っていたのは、その場に居た、北村刑事を含めた3名だけだったと確信があったようだ。事前の盗聴で分析済みだったと見て良い。


 そして、殺害の指示が2段階だったのは、おそらく、上申書の在処がはっきりしなかったので、北村に渡すというこの日が、確実に上申書が出てくるタイミングだと確信出来たが故に、現実の実行指示として具体化したのだろう。


 実際に上申書を渡すタイミングまで待ってから踏み込み、上申書だけ奪うどころか、その場に居た全員の殺害まで事前に考え、それを実行せざるを得なかったのは、具体的な上申書の存在を知っていた人間を一度に始末し、確実に上申書を回収する目的が理由だとすれば、納得が行った。指示するまでもなく、日下は更に続けて尋問を継続する。


「理事長室には他に誰か居たか? 鍵は掛かってなかったのか?」

「おっさんから事前に聞いた限りでは、中には誰も居ないと言われてたし、実際に誰も居なかった。鍵も掛かってなかった。『机の上に、病室の様子を聞ける盗聴器とイヤホンがあるから、それで様子を探ってタイミングを図れ』とも言われてたように思う。理事長室の盗聴器は乱入する前に、病室の盗聴器は殺った後回収しろと言われてた。イヤホンは鏡が付けて聞いてた」


 病室の盗聴器については、北村の録音テープの音声から回収したのはわかっていたが、それを聞くのに使用したレシーバーの方も、しっかり事前に回収していたとは、西田は考えていなかった。後から浜名が回収したと考えていたからだ。ただ、こういう証言を今になって聞くと、仮に事件直後に理事長室にガサ入れしたとしても、既にその証拠はなかったことになる。なかなか計算された犯行だったわけだ。


 ここで吉村が鋭い指摘をした。

「さっきから思ってたんですが、やっぱりおかしいですね。捜査記録では、下足痕げそこんは非常階段から病室までの直線的な往復でしかなかったはずです。理事長室は、ちょっと途中で別の通路に行かないと行けませんから、その痕跡がなかったのは、どう考えても納得できない!」

西田もハッとして、すぐに日下を呼び出し、それについて尋問するように指示した。

 

 すると、

「それなら、おっさんの指示で、途中で靴を脱いで理事長室まで行くように言われてたのさ。だから理事長室に潜伏していたことは、あんた方の捜査じゃわからなかったんだろ?」

とあっけらかんと答えた。相手の方が警察より相当上手うわてだったということになる。西田はこれを聞いて、正直苦笑いするしかなかった。


「それについては良くわかった。で、回収指示がされてた紙だったが、どんな内容が書かれたモノか確認したか? そして事前に、内容については具体的に聞いてたのか?」

「いや、一切聞いてないし中身も見てない。そもそも直接回収したのも鏡だからよ。ただ、事前にはノートか便箋かわからないが、それなりに色々書き込まれたモノだとは言われてた。いずれにせよ、それが確実に手に取られた状況で踏み込むように言われてたから、中身を確認する必要はなかったわけだ。後、殺った若い方の男が何かメモを取ってたようだから、それも鏡が回収しておいた。それについては、おっさんからは『よく気が回った』と褒められたよ」

この発言を聞くまでもなく、もし北村が気を利かせて会話を録音していなかったら、未だに事件に真相ははっきりしていなかったに違いない。


「女まで殺ることに抵抗はなかったのか?」

ここで、日下は突如、東館の当時の心理に踏み込んだ。その意図は西田にはわからなかったが、捜査資料を読んで、許せない部分だったのかもしれない。

「女どころか男であれ、殺 《ばら》すってのは、相当の覚悟はいったに決まってるだろ! 俺は傷害事件を起こしたことはあるが、あくまで素手だからな。ドスも突き刺したことすらない。だが、そこは仕事と割りきった。それだけだ……」

日下の尋問に、一瞬気色ばんだ東館だったが、最後には溜息をつくようにトーンダウンした。どんなに正当化したところで、さすがに、看護婦の百瀬まで巻き込んだことについては、かなり胸が痛んだのかもしれない。


「そして、病室内の盗聴器の回収をお前がしたわけだ。同時にアベと訛りが思わず出たと」

「悔しいが明らかに下手打ったな……。まあ悪いことは出来ねえってことか……」

東館は苦々しい表情を浮かべた。ただ、その『下手』は、むしろ捜査を撹乱することに役立っていたのは、東館自身も気付いてはいないようだった。


 アベを姓と考えたため、捜査はかなり遠回りになっていた。あれが無かったとしても、東北訛とうほくなまりと判断して、すぐに東館にたどり着いたかどうかはともかく、大きな間違いだったことは否定出来ない。もし、西田と吉村が、岩手の田老でアベが方言だと気づかなかったら、未だに東館はこの場には居なかった可能性が高いだろう。


 そしてこの部分は、本来盗聴器のコンセント状の形状含め、秘密の暴露をさせる場面でもあったが、既に東館に録音された音声を聞かせて反応を見ていたため、秘密の暴露としては無理があった。この点は、西田はそれこそ「下手を打った」のかもしれないと少々後悔していた。


「わかった……。実行当時のことについては、また詳しく聞くと思うが、今はその直後の逃亡について聞く。当時、病室から逃げ出すところを、他の人間に見られたことはわかってたか?」

日下が再び問い詰めると、

「いや、それは知らん。非常階段目掛けて一目散だったから、それは感じなかったぞ」

と答えた。当時、隣の部屋の患者に目撃されていたことは知らなかったらしい。


「非常階段から車に飛び乗り、そこから空き地までは練習通りか?」

「その通り」

「その空き地からはどうやって逃亡した?」

「そこには、時間を置かずに、おっさんと兄貴の乗った車が来て、俺達はそれにすぐに乗り込んだ。これも事前の練習通りだった。そこからは普通の同乗者として、大島の事務所まで戻った」


 西田はこの発言に率直に驚いた。ここまで大島の秘書と思われる男が、実行時に直接的に関与していたとは思わなかったからだ。ただ、万が一検問に引っかかるような事態があったとして、大島の地元秘書クラスならば、顔パスの可能性が現実には高く、それへの保険でもあったのだろうと思った。


 一方で、事務所をアジトとして提供し、銃撃の練習をさせ、逃亡にも関わったとなると、大島の秘書を殺人教唆や幇助どころか、殺人の共同正犯として問えることは確実とも言えた。




 日下はここで何を思ったか、遠賀に、

「遠賀係長、続きお願いします」

と突然尋問権を譲った。しかし、その直後に、日下が肩を2度3度肩を大きく揺すったのを見て、何だかんだ言いつつも、緊張感で相当の精神的疲労があったのだろうと、西田は推測した。


「じゃあ、大島の事務所に戻って以降について聞くが……」

ゆったりとした口調で遠賀が喋り始めたが、東館は自分で勝手に喋り始めた。

「事件から1週間は、元から居た部屋にずっと居て、それまでと同じ状態だ。勿論、起こした事件について、色々と報道されたのもテレビで見てた。パトカーが周囲を走り回ってる音も、防音の部屋とは言え、小さい音ながらよく聞こえていたし、防音のための二重の窓を開けりゃ、それこそよく聞こえた。まあおっさんの話から、ここまでは来ないと高をくくってはいたけどよ……」

東館は、窓が二重になっていることを防音のためと思っていたようだったが、北海道の住宅や建物の窓は防寒のため、そもそも通常二重になっていることは知らないようだった(作者注・現在の岩手県の大半の建築物は、大抵二重窓かと思いますが、若くして東京に出てきていることもあり、こういう形にしておきます)。


「1週間? その程度なら、まだ大島の事務所辺りの中心部は、警察がかなり厳重態勢で捜査していたと思うが、大丈夫だったのか?」

遠賀が、当時の捜査資料からの情報を前提に尋ねた。当然だが、西田もまた、それを実際に捜査で担当していたのだから知ってはいた。


「そこから、おっさんに車に乗せられて、北見を出て郊外? の変な建物に連れて行かれた。そこには、あの2人の若者が待ってた。何でも、使ってない会社の宿舎だか保養所とか言ってたな……。そこに更に数日居て、やっとおっさんから帰っていいという許可を得て、3人バラバラに戻った。鏡が一番最初。兄貴が2番目、俺が最後に帰った」

「戻るってのは、交通機関は何だ? 車か、列車か、飛行機か?」

「いや、あんた。俺や兄貴はともかく、鏡は飛行機は無理だろ? 奴は拳銃や練習に使った銃弾や残弾を持ち帰ったから。手荷物検査に引っかかるからな。宅配便に任せるのも危険だしな」

「なるほど、それもそうだな。それでどうやって帰ったんだ?」

「3人ともJRだ。ルベなんちゃら? とか言う駅から乗った。3人共、当日2人から切符もらって、そこに書いてあった駅から乗ったんで間違いない。何でも、例のおっさんから2人もそれを貰って、渡すように指示されたって話だった。鏡が早朝、兄貴が昼前、俺が昼過ぎの特急で戻ったんだ。建物から駅までは、連中にそれぞれ車で送ってもらった」


これを聞いた直後、西田は吉村に指示を出した。

「伊坂組関係で、過去現在に至るまで、宿舎か研修施設か何か、留辺蘂の近辺になかったかどうか、さっきの件同様、洗い出しておいてくれ」


 本来ならば、頼むのは主任クラスではなく、もっと下の部下でも良いが、やはり西田の腹心として、事件を知るものとして頼みやすいということもあった。それに、わざわざその場にいない部下に指示を出すのも面倒だったということもあった。ただ、頼み過ぎで申し訳ないという思いも多少は抱いていたが……。

「職員関係のリストアップの他にもですか?」

吉村がやはりそれに対し、不満を口にした。

「どっちも大事だから、おまえに任せたいんだ」

そう説明すると、、

「そこまで言われちゃうと……」

と、満更でもなかったか、すぐに部屋を出た。そういう単純な所が吉村の良い面でも悪い面でもある。


 そして西田は、午前の取り調べを止め、早目の昼休憩に入ることを三谷課長に提案すると、三谷もそれを受け入れ、尋問は一時中断することになった。時計は午前11時過ぎを指していた。


※※※※※※※


 昼休憩中も、西田始め首脳陣は署内に残り昼食を取った。直接取り調べに参加しない部下達も待機状態なので、北見方面本部と北見署のそれぞれの持場に居たが、首脳陣の様子が、かなり緊迫した状態だったのを見て、彼ら自身も落ち着かない様子だった。


 西田が、配達の天ぷら蕎麦をすすりながら、これからについて思案していると、吉村が、留辺蘂町役場(2006年の北見市との合併により、現・北見市留辺蘂総合支所)からFAXで送ってもらった資料を抱えてやって来た。

「ありました。温根湯温泉の近くに研修施設が! ただ、既に2年前には売却してるようです。土建業界も昨今は不況ですからね……。今は」

「それはいいから、どこに売ったんだ?」

西田に急かされ、

「ええっと……、今は、網走の大塚水産の保養所になってるみたいですね」

と答えた。

「間取りはわかるか?」

「設計図が建築確認時に出てたようで、これですね(作者注・設計図の保管義務が役所にあるか、あるとして期限等はどうかの確認はしておりませんので、リアリティがない可能性があります。すみません)」

そう言うと、机の上に置いてあった資料からピックアップして見せた。

「これか! よしよし、よくやってくれた! ついでに、おごってやるからうなぎでも取って食えよ」

「そいつはゴチになります。そういえばもう土用の丑の日(作者注・2002年は7月20日と8月1日)ですか……」

食い意地の張ったタイプだが、何だかんだ言いつつも捜査で頭が一杯だったのか、暦にまで頭が行っていないようだった。


 西田は財布から千円札を3枚吉村に手渡して、そのまま満足そうに天ぷらを口にした。吉村の資料で、東館の証言がほぼ裏付けられ、珍しくじっくりと味わう余裕につながった。これからは、潜伏先の間取りなどから、実際に事件関係者しか知り得ない情報を東館が持っている可能性がある以上、更に捜査状況が良化するかもしれない。午後の取り調べ前に、色々と重要な情報を既に得られたのも良い兆候だった。


※※※※※※※


 午後からの取り調べは、日下と遠賀に代わり、西田と吉村が担当することになった。直前までは、遠賀と日下にそのまま任せるつもりだったが、詳細を詰めるのに、当時の捜査状況を逐一知っている2人の方が良いと、遠賀と日下から譲ってもらったこともあったし、三谷もそれを勧めたこともあった。


※※※※※※※


「あら、午後はあんたらに交代か?」

取調室に連れてこられた東館は、席につく前に2人をマジマジと見てから、ゆっくりと座った。


「ちょっと直で聴きたいことが色々あったんで、替わらせてもらった」

西田が東館と目線をしっかり合わせたまま返すと、

「そうか……。まあ今となっては何を聞かれても答えてやるさ……」

と、投げやりに言った。


「じゃあ遠慮無く行かせてもらうとしようかな。先程の聴取と重なる部分もあるだろうが、その点は我慢してくれ」

そう言うと、西田は資料に目を落としながら尋問を始める。


「じゃあ、まずは3人が潜んでいた大島の事務所についてだが、当時、必ずその部屋に居たことを証明出来るモンを何か思い出せないか? 居ないとわからないような情報とか」

「そんなことをいきなり言われてもな……」

西田も、最初からやや無茶な振りだとは思ったが、どうしても直接的な秘密の暴露のようなものがもっと欲しかったことがあった。国会議員である大島の事務所にガサ入れするとなると、具体的な捜査の必要性が肝要だからだ。


 通常のガサ入れならば、曖昧な情報で足りるが、相手が影響力のある大島の事務所となると、かなり具体的な疑いがなくてはならない。単なる間取り程度の証言では、明確な秘密の暴露とまではいかないので、部屋に居た具体的な証拠が出来れば欲しかった。

「何かないか? 5分ぐらい時間やるから考えてくれ」

吉村もあまり期待出来ないと思ったか、中途半端な時間を与えた。そして、西田としては、その間に先の話を聞いておこうと思い始めた矢先、唐突に東館が口を開いた。


「証拠と言えるかどうかわからねえが、兄貴達が練習してた時に、壁に銃弾が刺さって、穴が空いた痕が2箇所ぐらい出来てたように思う。元々防音の為の穴が空いてる壁だから、注意しないと余り目立つようなもんじゃなかったけどな。出来たばかりの7年前でもそう目立つもんじゃなかった。ただ、今でもそれがあるならの話だが……」

言われてみれば、コンパネがどうこうという話の時に、弾丸が1枚分を貫通したと語っていたことがあったのを西田達も思い出した。


「そう言えば、さっきそんな話をしてたな! 確かに証言通りそれが見つかれば、お前達がそこに実際に潜んでいたという大きな証拠になる。使った銃弾も事件で実際に使った奴と同じなのか? そこら辺詳しく教えてくれ!」

銃弾が同じかどうか聞いたのは、もし銃痕に銃弾の外装成分が残っていた場合に、犯行に使用された銃弾とそれが一致すれば、秘密の暴露だけでなく、実行犯が潜んでいたというより科学的な立証になるからだ。


「ああ。勿論同じ奴だったはずだ。穴は俺がこっちに着いた時にはもう空いてたが、そうだな、あれは……。何か書くモノあるか?」

吉村がそれを受けて、自分のメモ帳を破りボールペンと共に渡すと、何やら書き始めた。どうやら、当時の4階の大まかな間取りやモノの配置と、銃弾の痕が出来た場所の位置についてだった。


「憶えてる範囲だとこんな感じかな。細かい点は忘れちまってるから許せ」

そう言うと、吉村にペンを返しながら、2人に紙を差し出して説明し始めた。


「ここに、どでかいテレビとカラオケの機械やら設備があったな。そしてこっちに机や椅子を仕舞う収納のスペースがあって、こっちが窓だ……」

順番に説明する東館は、記憶が曖昧という割には、そこそこ具体的でしっかりしていた。当時潜んでいたのは間違いないと思わせるものであり、供述により信憑性が高くなった。


「銃弾の痕、つまり銃痕が出来たのは、ここの壁の高さが1mぐらいのところでいいんだな?」

吉村が記された内容から念を押すと、

「大体俺の腰の付近だったから、そんなもんだろう。大した穴じゃなかったが、他の壁の穴と相まってより目立たなくなってた」

と淡々と答えた。


「7年前か……。リフォームというか改装やら修繕してる可能性はどうだろう?」

それを受けて、顔を向けた西田に問われた吉村は、

「実際に調べてみるしかないんじゃないですかねえ……。直接事務所に聞くってのは、そりゃ無理がありますから、出入りしてる人間にでも当たってみるとか……。ただ、関係者や支援者もしくは支持者となると、聞き出すってのも相当危険がありますね……。どっちにせよ、情報が相手に伝わりやすい人間に、こっちの狙いがバレないようにしないと。先回りされたら元も子もないんで……」

と、如何にも「難しい」という感じで返してきた。


「すぐにでも調べたほうが良いが、やはり問題はどう調べるかだな……」

西田も、さすがに具体的な捜査方法については思案に暮れた。相手に何か警察が動いていると悟られないようにするとなると、色々と難題が多い。


 7年前の捜査でもそうだったが、相手に動きをできるだけ悟られないようにしようとすれば、かなり頭を使わないといけない。しかし、今ここで結論を出すだけのアイデアが、すぐに浮かぶとは思えなかったので、別のことを取り調べることにした。


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