名実24 {42・43合併}(92~96・97~98 紫雲会ビル爆破での新展開)
「否、別にそいつは組み抜けにしか関わってないんだろ? だったらいいじゃないか?」
しつこく問い質すが、同時に今回の爆発で死亡している中に、もしかしたらその人物が含まれているのではないかという興味もあった。
「おいおい! どうせあんたら『組』を捜査してんだろ? だとすれば、世話になった兄貴分にも十分迷惑掛けてるだろうよ、既に!」
この発言で西田は重要なことに気が付いた。捜査の方針としては、中途半端な状況で駿府組を調べることは、葵一家含めむしろ隠蔽に動かれると判断していたので、東館の逮捕の情報も極秘にしていた。東館の取り調べで、しっかり上部組織の関与を確信出来るまで動かないつもりだった。しかし、東館は既に、駿府組にも捜査の手が及んでいると勘違いしているようだ。西田はしばらく相手の「誤想」を前提に話をしてみようと思い立った。何か尻尾を出すかもしれないからだ。
「まあそりゃそうだが、兄貴分は事件には関係ないんだから、お前が気にする必要はない」
「だとしても、わざわざ名前出すと、しつこく取り調べとかするだろ、察の連中はよ!」
「そんなもん、お前が言おうが言わまいが大して変わらんよ」
西田はそう言いながら、どうも東館の様子自体に、何か違和感を感じ始めてもいた。兄貴分に対して、やけに敏感に反応しているように思えたからだ。それに直前のことを思い返せば、兄貴分の話を出した直後、一瞬表情が曇ったようにも見えた。それを話したこと自体、「失敗した」とすぐに表情に出たのかもしれない。そして、ひょっとしたらその兄貴分が東館に何か事件の指示をしていたのではないかと考え始めた。更にその兄貴分から、東館が組抜け後に、鏡が死んだことを伝えられたのではないか? そう考えた時、西田はこの取り調べ自体よりも、駿府組の幹部連中が今どうなっているか気になった。爆発でどの程度死んだのか、巻き込まれなかった幹部は居たのか? 東館が反応する兄貴分とやらの生死が更に気になったのだ。すぐに小藪に許可を求め、取り調べを他の捜査員と交代することにした。
※※※※※※※
「どうしたんですか? 大して時間も経たない内から交代だなんて……」
一緒に交代した吉村は、北見方面本部の庁舎へ戻りながら愚痴ったが、西田は一言も答えなかった。ただ、西田が何か思う所があった故の行動だとは、さすがにわかっていたのだろう、それ以上は疑問も呈さず、西田の少し後から黙って付いて来ていた。
捜査一課に戻ると、西田は警察庁・組対係長・須藤の携帯に連絡を入れた。
「駿府組の幹部、爆発事故で1人だけ意識不明だったっけ? 現場に居なくて巻き込まれなかったの幹部は居るの?」
「それね……。当時、紫雲会の事務所には、両方の組の幹部が全員揃ってたみたい。重要な話し合いがあったようだから。行方不明も死者として実質カウントされたから、意識不明の1人以外は全員死んじゃったってことですよ結局」
西田の質問に淡々と答える須藤だった。
「おいおい……。こりゃ東館落として、仮に兄貴分の名前がわかったところで、最低でも意識不明の奴がその兄貴である必要がある上に、そいつが完全に意識回復しないと、そっから辿れなくなっちまったってことか……」
西田は落胆を隠せなかった。
「意識不明の奴も頭部をかなり打ち付けてるようで、まず回復したところで、話を聴けるレベルには……」
ためらいがちだったが、須藤は西田に実質死刑宣告を告げた。
「しかし、重要な話し合いだか何だか知らないが、また何で全員揃ってたんだろうな、このタイミングで!」
改めてやりきれない感情を抑えつつ、疑問を須藤にぶつけると、
「西田課長補佐……。その件なんだけど、まだしっかり裏は取れてないんで、あくまで噂程度で理解しておいて欲しいんだが……」
そう言うと、須藤は電話でも小声になった。
「紫雲会と駿府組、それぞれの構成員に聞いた所、会合はどうも、北朝鮮絡みで何か重要な決定をするためだったとか。出席者全体的に、今まで見たこともないような緊張感があったという話を、重傷の、現場に世話係として居た紫雲会の組員も証言してた。話の中身は室外に出されて聞いてないようだけど、結構揉めてたらしい。しかしそうなると、前に話した警備局が出てきた理由と一致するところがある」
「北朝鮮絡み? シノギのシャブ絡み?」
「それはわからないけど、ただ、シャブ関係だとすれば、今までこういうことは無かったって話もあるし、警備局が出張って来たのが、どうも官邸絡みって情報とも矛盾するように思えるなあ。そうなると、もっと高度な話なんじゃないですか? やっぱり外交関係ってのが有力じゃないかな」
「外交関係ねえ。未だにしっくりこないわ」
西田は率直に感想を述べたが、須藤も、
「いや、こっちも本音はよくわからんのだから、西田さんがわからなくても不思議はないな、申し訳ないけど」
と言った。その発言に、「門外漢」扱いされているという悪意は、別にほとんど感じなかったが、どうにもスッキリしないことには変わりはなかった。
ただ、事故の確率が高い以上は、余り考えても仕方ないと思い、
「それはともかく、結局事故でいいんでしょ? なら異常にタイミングが悪かったってことになるけど……」
と念を押してみた。
「あ、申し訳ない、一番大事なこと忘れてた! それがどうもそれも怪しい雲行きに……」
「は? どういうことよ?」
思いも掛けない悪い知らせに、思わず声を荒げた。
「詳しい捜査の結果、どうもガス管が意図的に切断されていたんじゃないかって話になってるんですよ!」
「おいおい、何でそれ先に言わないの!?」
西田はそれを聞いて、最悪の事態へと向かっていると、まさに頭を抱えた。やはり、銃撃事件の捜査への妨害の意図があったのではないかという不安が、急速に頭をもたげてきたからだ。もしそうだとすれば、その意図はまともに成功したことになる。もはや、東館の兄貴分の何かを探ることなど無意味となってしまいそうだからだ。
「やっぱり葵一家が絡んでるのかな? 今回の爆発も」
西田の嘆きに、
「話が明らかになってくると、そう言う推理も強ち邪推とは言えないかな……。ところで東館の方はどうなんです?」
と逆に聞かれた。
「東館そのものの立件は問題ないレベルかな。東館自身は何も吐いてないけど、物的証拠が揃ってるから。ただ、東館の立件はあくまで入口なんですよ、俺達にとってはさ……」
「その入口入った後の、出口までの通路が無くなっちまったってことか」
須藤なりの直球の比喩だったが、まさにその通りだった。
須藤との会話を終えて、西田は席に着いていた吉村を見ると、椅子に座ったまま、後頭部に両手を当てて、なんとも言えない表情を浮かべていた。西田の会話で大体状況を察していたのだろう。視線に気付くと、
「ダメですか……」
とだけポツリと口にした。
「どうも東館の先が、悪意を以ってぶつ切りにされたみたいだな」
回りくどい言い方だったが、吉村には十分通じていた。
「葵一家がどうたら言ってましたもんね。ここまでですか……。北村さんの敵討ちも、志半ばで潰えちゃったかな」
そう言うと、背もたれに力なく寄り掛かった。西田も老人のようにゆっくりと席に座りながら、
「詰んだのは東館だけじゃなかったってわけだ。滑稽だな我ながら」
と腑抜けた笑いを浮かべた。
「ホントですよね。追い詰めてるつもりがこっちが追い詰められてた……。確かにピエロみたいなもんです。しかし、葵一家の連中は手段選ばねえよなあ……。一体何があったんです?」
「誰かがガス管に細工したらしい」
「何てこった。ガス爆発はそれで……」
吉村はそのまま絶句した。
その後2人は、しばらく目も合わせず宙を見つめたままだった。同じ部屋に居た、無関係の刑事達も、骸と化した2人の様子をチラチラと窺いながらも、ただならぬ気配に何が起きたか敢えて聞くこともなく、自分達の仕事をしていた。
その日は、取り調べ後の捜査会議でも、西田と吉村の落ち込み具合が激しく、小藪に軽く「しっかりしろ」と叱責される程だった。小藪としては、取り敢えず東館の立件が出来れば「体裁」は整う以上、2人程落胆する必要はなかったのだろうが、2人にとっての「その先」の重みが違っていたのだから仕方ない。
いずれにせよ、捜査本部としては、ガス爆発の件は、そのまま東館には伏せておくことにした。勿論このままにしておいたところで、東館が何か自分で喋ることはないのだろうが、「大元」がこの世から消えたと知れば、東館はこのまま事件に関して発言しない意志をより固めることになりかねない。
幾ら物的証拠で、東館の殺害関与を証明出来るとは言え、事件背景を東館以外から導き出す手段が失われたとなると、黙っていることが、東館以外の人間のメリットになる恐れが普通にあったからだ。
そのメリットは、東館本人や死んだか意識不明になっているだろう兄弟分には「還元」されないだろうが、何らかの周辺人物には「お返し」が来るかもしれない。
とは言え、兄貴分が誰かはわからないが、意識不明の幹部含めて、全員が死んだかまともな状況ではないとすれば、そのメリットがもしあるとすれば、それは葵一家に直接結びつく可能性が高いとしか、今の西田と吉村からは言いようがなかった。そして、西田が当初考えていた、東館が何故か気にしていた兄貴分絡みの聴取は、爆破事故で駿府の幹部全員が死んだということもあって、尋問していくと、伏せておきたいガス爆破事件の話を、どうしてもせざるを得なくなる公算が強いため、棚上げするしかなくなった。
※※※※※※※
6月29日土曜日、再び東館への取り調べを部下達に任せ、西田はその様子を監視していたが、やはりこの捜査への手応えは、認めたくはなかったがやや失われていた。先が見えなくなった捜査、否、違う意味で先が見えてきた捜査は、ある意味酷でしかなかったのだ。北村への弔いも中途半端な結末で終止符を打つことを、そのうち墓前で詫びなくてはならないのかとぼんやり考えながら、向坂にもどう報告すべきか考え始めていた。
昼食時に見たニュースでも、既に爆発事故としてではなく、殺人事件として扱われ始めたのを確認しながら、相変わらず思案に暮れている上司を見て、さすがに回復は西田より早い吉村に、
「しっかりしてくださいよ! もう切り替えましょう、切り替え切り替え! 悩んだ所で何も変わりませんって!」
と励まされる始末だった。
「そうは言ってもなあ……」
「何か他のアプローチはないんですか、葵一家や『あいつ』に辿り着くアプローチは」
と、文句を言うかのように聞いてくる。あいつとは勿論、大島海路のことだろう。
「あるならこんな思いはしてないわ!」
西田もキレ気味に応酬すると、
「あ、その元気があるなら大丈夫かな」
と返してきた。正直言って、いつもなら頭を小突くレベルの吉村のおふざけだったが、そこまで怒る元気も無かった。しかし、急転直下、事態はあらぬ方向から激しく動き出すことになる。
※※※※※※※※※※※※※※
取り調べを監視していた、その日の午後6時過ぎ、須藤から突然電話連絡が入った。なんと紫雲会事務所爆破の件で、玉山と君原という男が2人、新宿署に午後4時半ば自首してきたというのだ。2人は何も言及してはいないが、葵一家2次団体「巴会」との関係性があるチンピラと確認されており、実際に犯行に関与したかどうか取り調べ中だという。
チンピラとは言え、ほぼ準構成員として認識されているような立場の人間で、組対から見れば、今回の犯行がある種の「見せしめ」だった可能性を示唆しているという。
「それはどういうこと?」
ある程度理解はしていたが、確認を兼ねて理由を尋ねた西田に、
「つまり、わざわざ葵一家系列のチンピラが自首したということは、『こいつらは葵一家に楯突いたから、鉄砲玉にやられました』ということを、ヤクザ界隈に宣言するということなんですよ。それにより威嚇の意味が出てくるわけ。今回の犯行がどういう理由からされたか、まだはっきりとはわからないけれども、おそらく紫雲会と駿府組という、昵懇の組織まとめて殺ってしまおうという意図が感じられる以上は、両組織が結託して葵一家と対立するようなことをやったんではないか? そう考えるのが筋かな……。西田課長補佐達が追ってる事件の、単なる口封じ目的だけだとすれば、こういう自首みたいのは考えにくい。まあ、死刑確実の事件で、こう簡単に自首するのも異例だけど」
と答えた。
「しかし、そこまでして見せしめする意味があるって、一体どんだけのことなんだ?」
西田は信じられないという反応を示したが、
「でもねえ、客観的事実から見ると、それがわかりやすいんだからしょうがない」
と須藤は困ったような返答をした。西田もこれ以上困らせるわけにも行かず、
「正直よくわからないけど、ということは、こっちの事件に紫雲と駿府が関わっているから口封じってのとは違うのかな、やっぱり」
と尋ねてみた。
昨日の「口封じ」の懸念から、多少自分の都合の良いように解釈した西田だったが、
「何とも言えないけど、さっきも言ったように、少なくとも口封じだけが目的ってことはまずないでしょうな。それに実行犯と言って良い東館が、既に警察に確保されてるから、口封じとしては弱い部分があるかも……」
と部分的に同意された。但し、口封じという説に対しては、須藤なりにかなり懐疑的な部分も感じた。
「うーん、口封じ説は弱いか……。ただ、もし口封じ目的もあったとして、東館が逮捕されている情報が、葵の方に入ってないだけとすれば、『消す』ための動きで、仙台の東館の店や自宅なんかに、葵が絡んだ怪しい動きがあるかもしれないし、あったかもしれないな。ちょっと仙台の方に確認した方がいいかもなあ。まあ、駿府飛び越えて、葵に直接東館が恩を売るような関係が構築されていたなら、そんなことをする必要はないのかもしれないが……」
西田としては、東館が、葵一家のために黙っていることを選択する可能性も視野に入れていたが、爆破事件で口封じも絡んでいるとすれば、葵一家が東館を野放しにしておくことはないかもしれないという、全く別の考えも念頭に置く必要があった。
「それは念のためチェックしておいた方がいいかも。でもどうなんだろう? 基本的には(爆破事件の実行犯が)自首してきた以上、見せしめ目的だとは思うけど、強いて口封じ路線を取るとしたらどうですかね……。東館がパクられた情報が、考えたくないが、どこかから漏れていたとしても、口封じの効果には、さして関係ないんじゃないですかね。極論すれば、葵一家から見て、紫雲会と駿府組の両組織から葵一家の指示ルートが辿れなくなればそれで済んじゃうわけですから。東館なんて末端は無視出来る存在かもしれない。どう考えても命令、指示の伝達は、葵一家と駿府組の幹部ルートで、東館のような鉄砲玉は、葵一家との絡みは直接無かったとは思うんですよ。だから、紫雲会と駿府組の幹部だけ、ピンポイントで殺ったってのは、ある意味口封じとしても筋は通るように思えるなあ。さっきと言ったことが変わっちゃうけど。見せしめと口封じ両方兼ねたって可能性もゼロじゃないかも」
最後に須藤から気になる考えを聞かされた西田としては、電話を切った後もモヤモヤした気分を抱えたままだった。また何かあったらすぐ連絡をくれるとは言われたが、この不安感は余り持ち続けたくないところだ。
その後、捜査一課に戻って7時のニュースを確認すると、確かに犯人が自首した話が報道されていた。西田はすぐに仙台中央署に状況のチェックを入れたが、特に東館の店や自宅に異変があったという話は聞こえては来なかった。
そして、東館の取り調べが終わった午後10時前、また須藤から連絡があり、玉山も君原も、同じ階と下の階のガス管を破損し、ガスを事務所のフロアと、事務所の下の階の空き部屋に充満させた上で、下の階の部屋に時限式の発火装置を放り込んで引火させて、まず下の階の天井、つまり紫雲会の床を破壊し、同時に事務所近辺に充満していたガスに引火させるというやり方で爆破したと証言したらしい。玉山は以前、都市ガスの関東ガスの子会社で、ガス管点検業務に短期間だが従事していたことがあったようだ。その技術を悪い方向に活かしたと見られる。いずれも新宿署の捜査で判明していた事実と合致し、少なくとも、犯行時の様子を知っていたか、知らされていたことは間違いないようだった。
つまり、仮に「身代わり」出頭だったとしても、身代わりさせた人物は間違いなく犯行に関与していたということになる。勿論、ガス関係の会社に勤務歴があったことも含め、本人達が実行犯である確率の方が格段に高いのではあるが……。
※※※※※※※※※※※※※※
西田は自宅に戻った後も、爆破事故、いや事件のことが気になって、東館の取り調べが行き詰まっていることは、この時は頭の片隅の端の端に置き忘れていた。果たして、西田達の事件とは無関係の「見せしめ」なのか、はたまた事件の「口封じ」なのか、両方を兼ねていたのか……。
しかし、現時点での客観的な状況は、おそらく、主目的は「見せしめ」の可能性が高いのは確かであろう。一方で、やはり口封じの可能性も捨てきれないでいた。
「まいったな」
この呟きの一言に、西田の迷いが全て集約されていたと言って良い。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ワールドカップ日韓大会の決勝が、夜に行われる6月30日。西田は捜査の合間を見て、高垣に電話を掛けていた。夜中ずっと考えに考え、考えあぐねた結果、裏社会にも政界報道も人脈がありそうな、高垣が何か知っていないか、藁にもすがる思いで情報を求めた結果だった。
「執筆中ですか? もしそうだったら、忙しい所スイマセンね。あの……」
「紫雲会の事件だろ?」
高垣は、西田のこの行動を半分予期していたかのように、のっけから核心を突いてきた。
「よくわかりましたね?」
「そりゃまあ、昨日から急展開があったからな。例の鏡が所属していた紫雲会で皆殺しがあって、それに葵一家に縁があると見られる鉄砲玉が絡んでた。そりゃ、あんたが何か掴もうと、俺に電話掛けてきて不思議はないわな。どうせ警察庁内部の上層部情報なんてのは、北海道のあんた方まで届くわけがないだろ? なにしろ警備局まで動いてる事件のようだから……。シークレット案件になってるのはこっちにも理解できるわな」
そう高笑いする高垣に、馬鹿にされているというより、何か掴めそうだとむしろ安心した。ただ、話しぶりから見て、さすがに駿府組に居た東館がこっちで確保されていることまでは掴んでいないのも間違いなかった。西田が敷いた情報統制は、高垣レベルまでは上手く行っている証左でもあったが……。
「何か掴んでるんですか?」
「確信とまではいかなかったが、爆発がどうも事故じゃなく事件の可能性があると、こっちに情報が入ってきてから、ちょっと調べてたし、その前から色々あってな」
含みを持たせた言い方に、西田は一も二もなく飛びついた。
「何ですかそれは!?」
「まあ、そう焦るなよ。話はちょっと入り組むから、順を追って説明させてくれ。それから、ちょっと一服してたんで、最後まで吸わせてくれよ」
高垣は西田にそう告げると、1分程悠長にタバコを吹かしていたようだった。そしてやおら、
「首相の高松壮太郎について、江田組がケツ持ちになってることは知ってるか?」
と話し始めた。
「え? いや聞いたことが無いですが?」
改革勢力を標榜する高松と、関東一円で勢力を誇る暴力団組織である江田組との関係が、にわかには想像出来なかった。
「何だ知らないのか」
と、高垣はアテが外れたような言い方をした。そして、
「それはそうと、あの一家は爺さんも議員だったが、その爺さんには、背中にモンモン入ってたってんだから、ケツ持ちどころか、本体自体がヤクザモンだったって落ちだが……」
そう独り言のように続けて言うと、
「まあ知らないなら仕方ない。それはそれで良い。そんな奴が今、愚民共に支持されて、政権基盤も安定しつつあって、前から1つデカイ外交案件を成し遂げようと動いているんだ」
と語った。高松の支持者を愚民と言い切る辺りに、ゴリゴリの反権力・反民友党の高垣らしい毒舌さを感じたが、それにこだわっている場合ではない。そのまま話を聞く。
「外交案件?」
「ああ、外交案件だ。北朝鮮と日本に国交がないのは知ってるな?」
「ええ」
この時点で、須藤の話と高垣の話が絡んできたことが確定した。
「昨年の不審船沈没事件の後、高松筆頭に日本政府が、実は日本と北朝鮮との今年秋ぐらいの国交正常化交渉に向けて裏で動いてるんだ」
更なる言及で、須藤の曖昧な噂話を裏付けると同時に、より詳細な情報が加わり、西田は思わず、
「いや、いや、それ本当なんでしょうねそれ!? あんなことがあったのに?」
と口にしていた。言うまでも無く、「あんなこと」とは、前年末の不審船と海保との「交戦」を意味していた。
「間違いない! 与党に近い記者やら外務省詰めの記者なんかから、数ヶ月前ぐらいから情報がチョクチョク入り始めてる。どうも、北朝鮮に拉致されたらしい人達の引き渡し含めて、色々下交渉してるって話だ。勿論、通常の外交官を通じた交渉『も』やっているわけだが……」
「通常の交渉『も』?」
「ほう、気付くのが早いな。そこら辺は出来る刑事の片鱗を見せたか?」
西田がすぐに指摘したことに、高垣は嫌味も含めて褒めた上で、
「当然保険も兼ねて、同時並行で裏中の裏ルートでも関係構築に動いてたわけだ」
と言った。
「ちょっと待って下さいよ! 北朝鮮と深い関係にある両組織がその裏ルートとして利用されてたかされようとしてた?」
「おいおい! やるじゃねえか西田さんよ! その通り! 両方とも北朝鮮の政権や軍部と強いコネがあるから、それを官邸が裏ルートとして利用しようとしたって話さ。『綺麗』な外交ルートも下交渉のやり方ではあるが、『汚い』ルートも当然重要なルートになり得るってことだ。あらゆる方向性を探ってたってことだろう。しかも表ルートより、裏ルートの方が、シャブという大金がこれまでも直接絡んでいる以上、強いんじゃないか、むしろ」
高垣は再び西田の勘を更に褒めたが、ここで西田は質問してみた。
「ところで、沈没した不審船含め、北朝鮮の工作船はシャブの密輸に関わってるようですが、紫雲会と駿府組も北朝鮮との取引してた以上、不審船事件の方は絡んでなかったんですか?」
「俺が得てる情報では、北朝鮮とシャブの取引してる組織は、ヤクザの中でもかなり多いようで、例の不審船とは、紫雲も駿府も関係なかったみたいだな。あの船は、東和組が絡んでたようだ、記者仲間が公安筋から聞いた情報ではな。でもまあ、結局は紫雲も駿府も船で密輸やってんだから、その差ってのは、表沙汰になってるかなってないかぐらいで、実質意味ないんだ」
「そんな差程度ですか? 事件とは関係なかったにせよ、他の密輸に絡んでるとすれば、少なくとも政府の方は、本来水に流せないはずですよね?」
西田は呆れたが、
「外交ってのは、キレイ事じゃないってのが政治家の論理だから。そういうのは警察も使うロジックだろ? おまえらが言うなよって話だ。俺は言うがな」
と、高垣が自身がどう思っているかはともかく、あっさりと切り捨てつつ高笑いした。一方で西田には更なる疑問が湧いていた。
「しかしそれはそうとして、両組織には、官邸側はどういう接触をしてたんですか? 葵一家の2次団体ですから、箱崎派、あ、今は箱崎が引退した上に死んで、梅田派か……。それが橋渡ししたとか?」
「ははーん、まだそこまでは読めてないようだな」
高垣は少し嬉しそうに含み笑いをした
「梅田派はこの件については、事前に一切聞かされてなかったってのが事実らしい。勿論、葵一家本体もだ。そこをスルーして、一気に高松のケツ持ちの江田組が、官邸と紫雲・駿府の橋渡しをしてたってことらしい」
「いや、それは腑に落ちないなあ……。江田組は関東で一大勢力で、元々関西地盤の葵一家と対立してる組織でしょ? その対立関係を江田組は当然、葵傘下の2つの組織が無視するってのも……」
西田は率直に反論してみせた。
「事実、上同士は対立関係にはある。ただ、紫雲も駿府も東京を拠点とする組だけに、関東拠点の江田組の下部組織の中には、本来兄弟分のような連中も、実は相当いるらしいんだ。だから、江田と紫雲、駿府の間にコネは十分にあったというわけさ。そして、江田組関係には、北朝鮮とのコネがなかったってのも、そっちに頼る理由になったようだな」
「そんなもんですか……」
想像以上に複雑な関係に西田は驚いたが、徐々に見えてくるものがあった(作者注・この全国的暴力団組織の対立関係の話は、事実やら創作やら入り混じっておりますので、どこが本当などは敢えて言いませんが、当然モデル母体とは事実関係が違う場合もありますので、ご了承ください。特に江田と葵の関係は、モデル上はある程度友好関係にあるのが本来の姿です。またちょっと前の山◯組の分裂騒ぎで、傘下の団体が、指定暴力団組織ごとだけでなく、別組織との関係性も維持されていたことがわかったのは、なかなか興味深いところでもありました。この部分を書くに当たり、かなりぶっ飛んだ設定と思い、リアリティに不安がありましたが、着想後それが運良く解消されました)。
「まあ、そういうところは、結局ヤクザ個人と個人の問題に行き着くってこった。そして、かなりの金が、江田を通じて紫雲や駿府に渡り、上前をはねた後北朝鮮に行ったって話。いわゆる官房機密費っていう何でもありの予算を使ってだ! ただ、やはり紫雲や駿府の幹部の中には、葵への義理は通すべきという話もあって軽く揉めてたみたいだな。最終的には、葵の組織の中で、余り厚遇されてないことを理由に、江田に肩入れする意見が大勢だったらしいが……」
高垣は如何にも一言言いたげな言い方だったが、それ以上は言及しなかった。
「そして葵一家は、自分達を通さず、勝手に江田組や高松と話を進めようとしていた紫雲と駿府に業を煮やした結果、こういう制裁に繋がった、そういうことですか!?」
「うん、おそらくそれが今回の爆破事件を引き起こした一番の原因だ! 否、そういうことじゃないかなと、俺や周りは思ってるという方が正確かあ……。多分合ってるだろうがな。わざわざ鉄砲玉を名乗り出させたのも、ヤクザの業界内に、見せしめと力関係を誇示するためということだろうよ。これで、今回の事件背景はある程度理解出来たろ? そして両組織に働きかけしてた、大元の官邸が、事件直後、大慌てで事実関係の把握に、警備局担ぎだして乗り出したってところかな。その時は事故か事件か、事件だとすれば誰がやったかまではわかってなかったろうから。まあ、勿論彼らの目的は、ホシを挙げるための捜査なんかじゃなく、北朝鮮との交渉と、それにヤクザが絡んでるってスキャンダルの情報漏れを心配してたってこった。既に葵一家にそれがバレてたのは、もう間違いないわけだ。そもそも、俺にまで話が回ってきてる時点で、心配したってしゃあないんだがな。まあマスコミ関連は、政治が頼めば、大抵のことは黙ってくれる連中ばかりだから、どうでもいいんだろうが……」
高垣は須藤も言及した「見せしめ」について喋ってきたが、同時に政権と近い警備局が出張ってきた理由も絡めてきた。
「でもそうなると、葵一家はこの件を表沙汰にはしなんですかね?」
「俺の考えじゃ、今回の見せしめでスッパリ終わりだと思うぞ。北朝鮮のシャブってのは、ヤクザにとってみりゃ宝の山だ。むしろこの後、その利権を葵一家がどう受け継ぐか考えてるに違いない」
「え? だとしても北朝鮮からすりゃ1つのルートを葵に潰されたようなもんでしょ? そこと取引するんですか?」
「西田さんよ……。金に困ってる北朝鮮からすりゃ、シャブ買ってもらえりゃどこの組だろうがどこの一派だろうがどうでもいいんだよ! 事実、今までも他の組織にも流すルートは幾つもあるんだから。葵もその点は理解してるだろ。今までより高い金額提示すりゃ一件落着って奴。だから、あくまでヤクザの内部でのケジメがつけられりゃ、それ以上話がデカくする必要はないだろう。そして官邸も葵が絡んでることがわかって、その確信は既に得てると思う。むしろ安心したんじゃないか? 奴らは道理や道義じゃ動かない。金で動くんだから、その点は安心だ。そんなもんだよ、政治もヤクザもこの世界はさ。正義も仁義も、そんなもんはねえんだよ、どっちも端から。まあマスコミも言えた義理じゃないよな……」
高垣は吐き捨てるように言うと、最後は嘆くようなトーンになった。高垣自身が東西新聞を辞めた理由を考えれば、その思いはそれなりに西田にも理解できていた。
「なるほど……。背景はよくわかりました。ただ、それにしてもこれだけの規模の『見せしめ』をする必要があったんですかね。さすがに死んだ人数が半端じゃないですから、鉄砲玉は死刑でしょうし、どうも大げさ過ぎやしませんか? それともここまで死ぬとは思ってなかったんだろうか……。いや、さすがに階下まで爆破してんだから、それはないなあ……」
と、少々裏切りの程度とその対処のバランスが、やけに悪いのではないかと率直に感想を述べた。勿論、ずっと気になっていた、共立病院銃撃事件に対する「口封じ」への疑念も含んでいた。
「うーん、言われてみれば、対立組織と絡んだだけにしては派手は派手だよな……。ただ、他にも目的があったとすれば話は違ってくるな……」
高垣の反応を聞いて、西田はおそらく須藤と同じことを考えているのではないかと思い、
「見せしめにプラスして口封じってのはどうですか?」
と思い切って尋ねてみた。
「ほほう、そう来たか……。そうだな……。口封じ目的も、全くあり得ないことはないかもしれん。そして、それはアンタの所の銃撃事件に関与した鏡に葵一家、そして紫雲会という指示の流れを断ち切る目的を意味するんだろ? これだけ大きな爆破をする意味は、見せしめだけでなく、事件を知っている、または関与した可能性のある幹部丸ごとあの世行きという口封じを狙ったもの……とすれば、中々良い筋書きではある。うん、捜査に関わってるあんたもそう考えていたとのなら、思ったほど突飛な考えでもないんだろう」
と笑った。
しかし、高垣以上に西田も自分の推理に手応えがあった。今回巻き込まれたという駿府もまた、東館と言う実行犯を北見へ派遣していたわけだ。まさに両組織を一網打尽、そして見せしめと、殺害指示伝達経路の口封じという2つの一挙両得が同時に可能になる。この点は、高垣はまだ知らない情報だ。東館の存在という問題はあったが、これまでの口封じ目的への迷いはかなり無くなっていた。
同時に嫌な考えも想起していた。東館の逮捕からそう時間を置かないタイミングで葵一家がこれを引き起こしたという事実は、やはりその情報を葵は掴んでいたのかもしれないという推測を、より強く示唆してしまうということだ。いや、新たに想起したというより、その考えが再浮上したという方が正確だろう。
何か喋られる前に指示命令系統の「中間部」を破壊しようとしたとすれば、警察内部に、葵一家かその周辺にリークした裏切り者が居るということになってしまう。話の流れが見えてきたとしても痛し痒しとはこのことだ。
勿論、ある程度捜査情報が漏れるのは常だが、西田が一番隠しておきたかったことが、葵一家に漏れていたとすれば、これからの捜査で大きな障害になり得る。見せしめに加え、口封じ目的を確信すればするほど、新たな悩みに西田はより苛まれることになる。それに加え、何より、東館の先が遮られたという事実に変わりはない。
電話を切った西田は、片目の視界はすっきりしたと同時に、もう一方は深い霧に覆われたような思いで一杯だった。そしてこの日の東館の取り調べも暗礁に乗り上げたまま、テレビでのブラジルがドイツを破ったという情報すら、上の空で聞く状態だった。
因みにそれから日も経たず、警察の捜査で自首してきた2人は、共にシャブの回し打ちが理由でHIVに感染していたことがわかった。発症の初期段階だったらしい。ある意味、まさに鉄砲玉にふさわしい生け贄だったと言えた。




