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4話

「そんなの無理に決まってるでしょうが!」

 思わずそう叫んだ。

 私がそう言うのを予測していたのか、エルバーさんは分かっているというように頷いた。分かってるなら言うなって話だ。

「確かに、あなたにはあなたの生活があるだろう。いきなりここで働けと言われて、はいと答える者はそう多くないとも思う」

「えー、でもそれじゃあ俺が困るじゃないですか」

「お前はちょっと黙っていろ」

 きっとエルバーさんがフリールスを睨む。もうちょっと雰囲気が柔らかかったら、この二人は良い漫才コンビになれるんじゃないかと思うけど、そんなこと思ってる場合じゃなかった。

「ハヤノさん、と言ったな。あなたは今何をしている?学生か?それとも働いているのか?」

「学生ですけど」

「卒業は?」

「3年後です」

「3年か・・・」

 長いな、と呟いたのが聞こえた。いや、まさか。

「俺、3年も待つのは嫌ですよ」

「黙っていろと言ったばかりだろう」

「だって、サホの卒業を待って、それからここで働かせたら良いとか考えてんでしょ?」

 やっぱりそうなのか。でも私が困るっていうのは、そういう問題じゃないんだけど。

「いや、卒業しても嫌ですって」

「え?何でだよ」

「だって、親とか友達に何て言えっていうのよ!いろんな世界を飛び回る仕事に就きますとかっていって、いやまあ、それはいいかもしれないけど、じゃあ何て会社なんだって聞かれて、地球上に存在しない会社名答えるわけにいかないでしょ!」

 当たり前のことを主張すると、ああ、なるほど、と言ってフリールスが頷いた。馬鹿にしてるのか。それともあんたが馬鹿なのか。

「心配なのはそれだけか?他に何か懸念は?」

「っていうか、連絡だって取れなくなるし。いくら就職先を誤摩化せたとしても、連絡がつかないのはさすがにマズいでしょ」

「それはそうだな。他には?」

「お給料とか、勤務状況がどういうのかも分からないし、っていうかそもそもどんな仕事かも分からないし」

「確かに。それ以外では?」

 淡々と頷いては促してくるエルバーさんに、なんとも不安になりながら、断るための理由を探す。とりあえず思いつく懸念はもう言ったし、突然言われてもそんなほいほい出てこない。

「大きく障害となるのはその3点くらいか?」

「いや、そんないきなり思いつかないっていうか」

 ごにょごにょと言ったのを無視するように、エルバーさんが真っ直ぐ私を見る。

「今言ったことなら、解決できる。それなら問題はないな?」

「え、いや、ちょっと待って!ありますって!」

「何が問題だ?」

「それは、ほら!その、すぐには出てこないけど」

「問題がないから出てこないんだろう」

「ちょ、決めつけないで!あの、ほら、えっと、あ、そうだ!そう、心の準備が!」

 もう一つくらい何かあっただろう、と言いながら自分で思った。

 エルバーさんは、満足そうに頷く。

「それなら、3年あれば十分だろう」

 言い切られて、言い返せずに項垂れる。勝手に話を決めないでくれ。

「えー、でもじゃあそれまで俺はどうなるんですか?」

 ぷうっと頬を膨らませてフリールスが言う。

「とりあえずしばらくは、第十二世界の調査をしておけ。ちょうど良いのがいくつかあったはずだ」

「しばらくって、3年じゃないっすよね?」

「その問題は、こちらで何とかしよう」

 エルバーさんはさらりと言ったが、なんか聞き流せないことを言わなかっただろうか。

「な、何とかっていうのは?」

 エルバーさんはちらりと私を見て、フリールスに視線を戻した。目を逸らしたわけじゃないだろうな。

「問題ないように手を打つ、という意味だ」

「手を打つ?」

「あなたは心配せずとも良い」

 突き放すような言い方ではなかった。どちらかというと、いたずらっ子が何かを誤摩化すような感じが近い。

 ただ、同時に、これ以上聞いても答えてくれないんだろうなというのも分かった。

「問題ないように、って言いましたよね?」

 ここで大人しく黙っておいて面倒ごとになっても嫌だ。最低限の言質くらいはとっておこうと、念を押すようにエルバーさんに問う。まあ、間違いなく人生経験の浅い私なんかより、エルバーさんの方がずっと上手だろうから無駄なあがきだというのは分かっていたけど。

「ああ。保証しよう」

 それ以上、私に出来ることはなさそうだった。

「とりあえず、詳細は追って知らせる。それまでは好きにしていろ」

 フリールスにそう言って、もう用はないとばかりにエルバーさんは手元の資料に視線を落とした。

 いつものことなのか、それを気にする様子もなく、フリールスはドアの方に踵を返す。

「じゃ、失礼しました」

 出る時にそう言ったフリールスに習って私も一応頭を下げる。

 ドアが閉まった瞬間、思わずため息がこぼれた。

「良かったな、何とかなりそうで」

 私のため息を、安堵からのものだと思ったらしい。フリールスがそんなことをのたまった。

「どこらへんがどう」

「問題ないって言ってたし」

「問題ないの基準は何だ」

「え?そりゃまあ何だ、一般的に見て、とか?」

 そこで疑問系になるところが、ほんとどうしようもない。そこは言い切れ。嘘でも良いから。いや、良くないんだけど。

「っていうか、いろいろ問題ないようにするって言ってたけど、そもそも私、ここで働くことに同意してないんだけど。その前提はどこいったわけ?」

 フリールスというよりは、エルバーさんに言うべきなのは分かってたけど、言ったところで上手く言いくるめられる自信がある。

 また部屋に戻って蒸し返すのもなんだし、まあ、八つ当たりをしたいだけかと聞かれれば、頷かなくちゃいけないだろう。

「いや、良いとこだぞ?きっと働きたくなるって」

「ここが良いところだとして、その良さが分かる前に帰るから!」

 そこは絶対譲らない、という思いを込めてフリールスを睨みつけたけど、あまり効果は見られなかった。

「まあ、なんとかなるって」

「そりゃ何とかはなるでしょうよ!でもその『なんとか』が、しょうもない『なんとか』じゃ困るから言ってるのよ」

「しょうもないって」

 困ったように笑いながらフリールスが手を上げる。肩でも叩いて私を宥めようとしたのかもしれないけれど、その手が目的を達成するより早く、フリールスの手からけたたましい機械音が鳴り響いた。

「な、何!?」

 部屋でも見た、フリールスの手首に付けられた腕時計みたいな機械が、その音の出所だった。

 思いっきり肩がびくっとなった。驚きすぎてちょっと恥ずかしいけど、まあ見たのはフリールスだけだ。ならいいだろう。突然鳴る方が悪い。

 画面を見て、フリールスがうわあ、と呻いた。

「どうしたの?」

「ちょっと呼び出し」

「エルバーさんから?」

「いや、別件。ほら俺優秀だからさ、他のチームの助っ人とか頼まれてんの」

「ああ、雑用ね」

「・・・サホ」

「行かなくていいの?」

「うお、そうだった!じゃ、俺ちょっと行ってくるわ」

 踵を返して走り去るフリールスを見送ろうとして、肝心なことに気付く。

「ちょっと待った!待て、フリールス!」

 思ったより足の速いフリールスは先の角を曲がろうとしてるところで、でも私の声はちゃんと聞こえたらしい。ちょっと一瞬なんかすごい動きをした気もするけど、とにかく振り向いて止まってくれた。

「どしたー?」

「あのさ、私ここがどこか分からないんだけど」

 ここに来る道なんてもう忘れてしまった。というか、そもそも覚える気もなかった。一人でフリールスに割り当てられた部屋まで帰れるわけもない。

 人に聞くって手もあるけど、その前に私の存在を怪しまれるだろう。っていうか、道が分かったところで私は一人でふらふらしてて良いんだろうか。

 まあ、それは私のせいじゃないから、いいんだけど。なんかあったら全部フリールスの責任にしてやろう。

「あー、そっか。じゃ、はい、これ」

 少し手前まで戻ってきたフリールスが、内ポケットから取り出したカード型のものをちょっといじってから投げてよこした。落としそうになったけど、なんとか受け取る。

「これは?」

「いろいろ使えるやつなんだけど、とりあえず今俺の部屋登録しといたから、そこに道順が表示されてる。その通りに行けば着くからさ。じゃ、また後でな」

「え、使い方とか」

「見りゃ分かるってー」

 そう言い残して、今度こそフリールスはダッシュで去ってしまった。私は手元に視線を落とす。

 クレジットカードとかと同じくらいのサイズで、厚さはもっとある。1センチとかそんなもんだろうか。側面にいくつかボタンが付いてて、表面にはない。画面があって、そこに見取り図みたいなものが表示されてて、赤い線が折れ曲がっている。その始点と終点が点滅中だ。

 ざっと画面を見る。真ん中より少し下の始点が、どうやら現在地らしい。横にさっきまでいた部屋と思われる空間があるし、目の前に伸びる廊下から左右に分かれる道の位置も一致する。

 この赤い線に従って歩いていけば、フリールスの部屋に着くようだ。

 ため息を一つ吐いて、私はゆっくり歩き出した。

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