2
「ひ、人のせいにしないでよ!」
叫んだせいで声が裏返った。恥ずかしいけど、この際そこは無視だ。
「人のせいになんてしてねえよ。事実だ、事実」
ふふん、と笑うように言ったフリールスを睨む。さっきまでの殊勝な顔はどこへやった。
「だって私、何もしてないし!」
「いや、まあそりゃそうだろうけど」
「でしょ?」
「そういうのは無意識っつーか、どうにも出来ないことらしくてさ」
サホのせいっつーわけじゃないんだけど、とフリールスが曖昧な笑みを浮かべた。
「それはこっちも一緒で、俺にもどうしようもないんだわ、これが」
私は引っ張ってしまうし、フリールスはそれに抗えない、ということらしい。どちらにも、どうにも出来ないという。
「・・・どうにかならないの?」
「どうにかならない、わけじゃあない」
否定の否定。つまりはどうにかなるらしい。ただ、その言い方が非常に気にはなる。
「その微妙な言い回しはなんなの」
「俺がどっかに行こうとしても、サホに引っ張られて移動出来ない。ってことは、だ」
フリールスがこっちに身を乗り出すようにして上体を傾けてきた。私は反射的に後ろにのけぞる。
なんで逃げるんだ、とその目が言ったけど、脊髄反射ってやつだ。
「解決方法はだな」
こほん、とわざとらしい咳をする。うわあ、嫌な予感。聞かない方が良かったか、と考えるのとフリールスが口を開くのとはほぼ同時だった。
「サホも一緒に移動すりゃ良いわけだ」
「・・・はあ?」
「・・・さっきから思ってたが、もう少し色気っつーか、女らしい言い方はねえのかよ。ちょっとひどいぞ」
「そんなことはどうでもいいのよ!一緒にって、どういうことよ!」
「だからそのままだよ。サホが一緒に移動すりゃ、サホに引っ張られることもない。俺はこれまでみたく、行きたいとこに行けるようになる」
「それくらい分かる!私が言ってるのはそうじゃなくて!」
叫びながら、私の頭の中は案外冷静だった。まあ、冷静かどうかは分からないが、別のことを考える余裕はひとまずあったわけだ。
それは何かっていうと、一緒に行かなかった場合の話。
フリールスの言葉を信じるのなら、他に解決方法が分からない限り、フリールスはここから動けないってことになる。
「・・・ちなみに、フリールスが戻らなくちゃいけない場所って、日本にある?」
「日本っつーのは?」
「私が住んでる国のこと。ここなんだけど」
「んなわけねーだろ。うちの本部があるのは第三世界だ」
そう言ってから、腕に付けてる何かの機械を見る。
「ちなみにここは、第十二世界だ」
「・・・あ、そう」
フリールスは、ここの人間じゃない。つまり、フリールスがここにいると困るのは私だ。追い出したところで大人しく追い出されてくれそうな感じじゃないし、何ていうか、今更警察だなんだと騒ぐ気分でもない。かといって、しがない学生の一人暮らし真っ最中に、大の大人、しかも男を一人養う余裕があるかっていったら、そりゃ無理だ。
「・・・私が一緒に行ったとして、ちゃんとここに帰って来れるんでしょうね」
脅しのような低い声が出た。フリールスが引きつった、というか若干引いてるような表情をしたけど、そこは譲れないところなんだから仕方ない。
「あー、うん、大丈夫だと思うけど」
「思う?」
「いや、えっと、大丈夫です!」
「本当に?」
「本当に!本当だって!」
なおもじっと視線を向けていると、フリールスは顎に手をあて、苦笑した。
「まー、実際この引きをどうにか出来るかってのはわかんねーけど、いざとなったら一緒に戻ってくりゃ良いし」
「一緒にって」
「あー、だいじょぶ。うちには女の域渡りもたくさんいるから、俺と一緒があれなら戻るのは他のやつでも大丈夫だから」
「そうなの?」
「引っ張られるのは、別に俺限定ってわけじゃないらしいんだよ。こう、空間を繋ごうとするやつ無差別で引っ張り込む感じ」
「・・・無差別犯罪みたいに言うのやめてよ」
私だってしたくてしてるわけじゃないし、っていうかそもそもその実感すらない。
「でも、今までこんなこと無かったんだけど」
「あー、ここらはあんまり行き来がないからなあ。近くで空間を開いた場合じゃないと反応しないんじゃねえの」
「そういうもの?」
「たぶん」
本当にいい加減な話だ。
でも、嘘だと切って捨てるわけにもいかない。実際この目で見たのは本当なわけだし。
「明々後日からまた学校だから、それまでに戻って来たいんだけど」
「余裕、余裕。んじゃ、早速行きますか」
手を差し出されて、その上に左手を置く。
「これだけで良いの?」
「ん、大丈夫」
フリールスが空いてる方の手で、空間を引っかくような動作をする。そこから、別の世界が現れる。
「おー、繋がった、繋がった」
軽い口調で言うけれど、安堵が混じってるのは隠せていなかった。
「さ、そこ跨いで」
「っていうかさ」
手を引っ張られるけど、私は動かずに、当然の質問をした。
「ここで手、離したらどうなるの?繋がったんならもういいんじゃないの?」
フリールスは何度か瞬きをして、それからぎゅっと手が握られた。
「俺ら二人とも、ぐちゃぐちゃになるぞ」
「・・・ぐちゃぐちゃ?」
「っつーか、跡形も無く消える。切れ端くらいは残る場合もあるけど。空間通る時は始点と終点で別物になると反発が起きて正常に移動が出来なくなるんだ。ものすごい勢いでどっか飛ばされるらしいけど、その勢いが凄すぎて人の体じゃ絶えられないとか」
「・・・すみません、分かりました」
切れ端って何だ。一体何の切れ端だ。
想像してしまう前に、さっさと空間を跨ぐ。後ろを振り向いたら、もうそこに私の部屋は無かった。
「出来るだけ早く戻れるようにすっから」
「うん」
返事をして、前を向く。
知らない部屋に、私はいた。
「ここは?」
「あー、俺の控え室。ここは副官と共同のとこで、ほんとは自室に戻んねーといけねえんだけど、俺の部屋今ちょっと狭くて」
今ちょっと狭いっていう言い方はおかしいだろう。
「・・・素直に掃除してないって言えば」
「まあ、そうとも言えるな。でも俺副官いねえし、ここも俺の自室みたいなもんだから」
「そういう問題じゃないでしょうに」
呆れてため息を吐いたけど、フリールスはちょっと肩を竦めただけだった。
「まあいいや。それでこれからどうしたら良いの?」
「ああ、とりあえず仕事の報告に行く。んで、そこでサホのことも相談しようと」
三つあるドアの一つから外に出る。手が繋がれたままだから、一緒に来いということなんだろう。そのまま廊下を進んでいく。いくつもドアが並んでいて、通路もいくつも左右に分かれている。一人で歩いたら、一度も曲がらずに進まない限り確実に迷うなと思いながら、手を引かれるままに歩いていった。それほど距離は進んでないけど、いくつか角を曲がったせいで方向感覚は完全に失われてしまった。方向音痴ではないつもりなんだけど。
「着いたぞ」