EP 10
ヤマト・サニタリー ポポロ村支店
「……ホンマに、おおきに。ポポロ村の恩人やで、アンタらは」
村の入り口に設けられた集会所。
ランタンの灯りに照らされる中、ニャングルが金貨の柄の着物の袖を正し、深々と頭を下げていた。その横では、キャルル村長が嬉し涙で目を腫らしながら、何度も何度も頷いている。
聖なる泉の浄化から数時間後。
清らかな水脈が復活したことで、枯れかけていた月見大根やサンライスの畑は息を吹き返し、村中が歓喜の渦に包まれていた。
「これが今回の清掃代と、機材の動力源(魔石)の実費、それに……『特例ボーナス』を含めた全額や。ウチの独自通貨『PG』建てで、アンタのタロウ・ペイ口座に振り込ませてもろた」
ニャングルの持つ魔導通信石と、俺の端末がカチャリと触れ合う。
画面に表示された残高を見て、俺はわずかに目を細めた。
「……随分と弾んだな。事前の見積もりの倍以上だぞ。守銭奴のお前が、こんな景気のいい真似をするとはな」
「勘違いせんといてや。これは『投資』や。……それから、これにサインしてえな」
ニャングルが算盤の下から取り出したのは、一枚の立派な羊皮紙だった。
『ヤマト・サニタリー:ポポロ村 専属環境衛生管理(定期清掃)契約書』
「……ほう」
「ウチらみたいな緩衝地帯の村は、外の脅威に晒されやすい。泉の異常汚染みたいなバイオハザードがまた起きんとも限らん。アンタらみたいな腕利きのプロを、村の『専属』としてキープしときたいんや。……悪い話やないやろ?」
「ええ! ぜひ、これからもポポロ村をよろしくお願いします、尊しゃちょう、リリスちゃん!」
キャルル村長が、ウサギ耳を揺らしてニッコリと笑う。
公爵家の裏仕事の専属に続き、ポポロ村という巨大な食糧利権を持つ自治体との専属契約。清掃会社としての格が、たった数日で劇的に跳ね上がったことになる。
俺は羊皮紙に目を通し、迷いなくサインを書き込んだ。
「契約成立だ。どんな汚れでも、連絡があればすぐに飛んでくる」
「頼もしいわぁ! あと、これはウチらからのささやかなお土産や。帰りの車の中ででも食べてな」
キャルル村長から手渡されたのは、漆黒の重箱だった。ルナミス帝国軍の廃棄装甲板を打ち直して作られたという、絶対に壊れない『ポポロ村特製戦闘糧食・PRO型』。
「ひわぁぁっ……! ごくりっ」
俺の後ろで、すっかり乾いた紫の芋ジャージを着たリリスが、初心者マークを激しく点滅させながら生唾を飲み込んでいた。
「オイ! 清掃屋!」
不意に、背後からドスを利かせた声が響いた。
振り返ると、俺にボコボコにされた竜人族のヤンキー――イグニスが、包帯まみれの姿で立っていた。
「ひぎぃっ! まだやる気ですかぁ!」
リリスが俺の背中に隠れるが、イグニスの様子はさっきまでとは違っていた。
「……テメェらみたいな、スマホ決済しか頭にねェ軟弱な業者かと思ってたが……。泉のヘドロを消し飛ばしたあの魔法……最高にイカしてたぜ」
イグニスは気まずそうに鼻の頭を擦り、それからバッと頭を下げた。
「俺様が間違ってた! テメェらは本物の戦士だ! ……また村に来た時は、ウチの自警団の斧の手入れのやり方、教えてくれや!」
「……重い物を持つ時のフォームから叩き直してやる。覚悟しておけ」
「おうっ!」
どうやら、田舎のヤンキー竜にも現場のルール(プロ意識)が伝わったらしい。
俺は村の面々に片手を上げて別れを告げ、社用車(動く要塞)へと乗り込んだ。
* * *
「わぁぁっ……! すごいですぅ! スイッチを押しただけで、お弁当がホカホカになりましたぁ!」
夜の荒野を走る社用車の助手席。
リリスが、膝の上に置いた『PRO型(ポポロ弁当)』の蓋を開け、歓声を上げていた。
箱の底に組み込まれた魔導オーブン機能が作動し、中の料理がまるで出来立てのように熱々の湯気を立てている。
「見てください尊しゃちょう! ロックバイソンの牛すじがトロトロです! 月見大根にはお出汁が染み込んでて……それに、サンライスの塩むすびまで!」
「あまり騒ぐな。汁をシートにこぼしたら減給だぞ」
「はいぃっ! いただきまぁぁす!!」
はむっ、と月見大根を頬張った瞬間、リリスの顔が蕩けるように緩んだ。
「んんぅぅぅ~っ!! 美味しいですぅ! 泉の浄化でスッカラカンになったカロリーが、細胞の隅々にまで染み渡っていきますぅ~っ!」
ハフハフと幸せそうにおでんを頬張り、塩むすびを齧るポンコツ女神。
さっきまで「もう一歩も動けない」と泣き言を言っていたのが嘘のように、彼女の頭上の初心者マークは元気いっぱいに黄金色の光を放っていた。
「……」
俺はハンドルを握ったまま、バックミラー越しにその後ろ姿を盗み見た。
10億円の借金(金のデッキブラシ代)を背負わせ、半ば強引に雇い入れた見習い女神。
最初は足手まといにしかならないと思っていたが……今日のあいつの現場での働きは、間違いなく一流のそれだった。
(……まあ、しばらくは美味いものを食わせてやるか)
俺はダッシュボードの魔導端末に視線を落とした。
『ヤマト・サニタリー』の口座には、リアンからの報酬とポポロ村からの莫大なPGが振り込まれ、清掃会社としての基盤は完全に固まっていた。
「尊しゃちょう! この牛すじ、はんぶんこしますか!?」
「いらん。俺は運転中だ。お前が全部食え」
「えへへー! じゃあ遠慮なくぅ!」
夜の闇を切り裂いて進む、マットグレーの特装車。
車内に充満する極上のおでんの匂いと、幸せそうな咀嚼音を聞きながら。
俺は誰にも見えないように、口角を小さく上げた。
異世界の厄介な汚れを完全除菌する『ヤマト・サニタリー』の躍進は、まだ始まったばかりだ。
この大陸のすべての汚れを落とし尽くし、コイツが借金を完済するその日まで――俺たちの現場は終わらない。




