切断
風が静かに流れる。
ビル街の影から影へ。
白坂ゆい——ホワイトは、足音を消しながら移動していた。
(……振り切った)
背後の気配はない。
追跡もなし。
(逃げ切れた)
そう判断する。
だが。
足は止めない。
二つ、三つとルートを変える。
意図的に遠回りをしながら、追跡の可能性を潰す。
(念のため)
完全に切る。
それが基本。
やがて。
人気のない路地裏。
ゆいはようやく立ち止まる。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
緊張が、わずかにほどける。
壁にもたれかかる。
目を閉じる。
そして——
思い出す。
(あの人)
狙撃。
精度。
動き。
そして——至近距離での攻防。
(強かった)
間違いなく。
今までの任務の中でも、上位に入る相手。
(ただの排除役じゃない)
それは確信している。
ゆいの指が、わずかに動く。
(あの動き……)
無駄がない。
判断が早い。
迷いがない。
(ノクスの人間……?)
一瞬、浮かぶ考え。
だが——
すぐに消す。
「……まさかね」
小さく呟く。
証拠はない。
ただの違和感。
それでも——
(引っかかる)
完全には切り離せない。
そしてもう一つ。
(……顔)
ほんの一瞬。
見えた輪郭。
(男……だと思う)
確信はない。
光が足りなかった。
だが——
(あの目)
冷静で、無機質な視線。
まるで——
(“任務だけを見てる目”)
ゆいはゆっくりと目を開ける。
「……変なの」
自分でも分かっている。
ただの任務相手。
それ以上でも以下でもない。
なのに——
(妙に残る)
記憶に。
感覚に。
消えない違和感。
しばらく沈黙。
そして——
ゆいはポケットから小型端末を取り出す。
(任務)
そちらに意識を戻す。
データチップを差し込む。
起動。
画面に表示される——
「……」
無言。
ゆいの目が、わずかに細くなる。
(……何もない)
空。
ファイルは存在しない。
もしくは——
最初から入っていない。
「……は?」
小さく、声が漏れる。
再確認。
もう一度読み込む。
だが結果は同じ。
(ダミー……?)
理解が追いつく。
(最初から……)
“機密文書”なんてものは存在しなかった。
「……」
静かに、息を吐く。
(完全に、囮)
自分を“そこに行かせるため”の任務。
そして——
(狙撃)
あの配置。
あの状況。
(……やっぱり)
繋がる。
「……これ」
低く呟く。
(消す気だった?)
ノクスが。
自分を。
一瞬、沈黙。
だが。
取り乱さない。
ゆいはゆっくりと端末を操作する。
(本部に確認)
秘匿回線へアクセス。
送信。
——応答なし。
「……」
もう一度。
送信。
——応答なし。
回線は生きている。
だが——
(無視されてる)
意図的に。
「……はは」
小さく、乾いた笑いが漏れる。
(なるほどね)
すべてが繋がる。
簡単な任務。
断るなという圧力。
単独。
そして——中身のないデータ。
「……切られたか」
静かに呟く。
結論はシンプル。
ノクスは——
ホワイトを“切った”。
理由は分からない。
だが。
(もう、仲間じゃない)
それだけは確定した。
ゆいは端末を閉じる。
ポケットに戻す。
そして——
夜空を見上げる。
「……どうしよっか」
誰に言うでもなく、呟く。
帰る場所はある。
学校。
日常。
だが——
(組織は敵になる)
その現実が、静かにのしかかる。
それでも。
ゆいの表情は、大きくは変わらない。
ただ——
ほんのわずかに。
瞳の奥の色が変わっていた。
「……まあ、いいか」
小さく言う。
(やることは変わらない)
生きる。
それだけ。
そして——
もう一つ。
(さっきの人)
あの暗殺者。
「……また会いそう」
理由はない。
ただの直感。
だが——
その予感は、妙に確信に近かった。
夜の街に、再び静寂が戻る。




