最終話 ゼロの楽園
地下プラントを抜け、僕たちは最後の扉の前に立っていた。
今までで一番大きく、重厚な金属の扉。
「……行くよ、エマ」
「うん……」
エマの震える手をぎゅっと握りしめ、僕は冷たい取っ手に手をかけた。
プシュゥゥゥッ……!
重い排気音とともに、巨大な扉がゆっくりと左右に開いていく。
その先にあったのは、真っ白でドーム状になった、だだっ広い空間だった。
「なにも、ない……?」
魔物もいない。プラントのチューブもない。
部屋の中央に、ポツンと小さな機械の台座が置かれているだけだった。
僕たちが恐る恐るその台座に近づいた、その時だ。
ピィンッ!
突然、台座から青白い光が上に向かって照射された。
「わっ!?」
エマが驚いて、僕の腕にぎゅっとしがみつく。
むにゅん。
腕に柔らかいふくらみが当たる。
でも、僕の意識は、目の前に現れた『光の幻影』に完全に釘付けになっていた。
青白い光が集まり、二人の人間の姿を作り出したのだ。
一人は、立派な剣を腰に下げた、威厳のある初老の男性。
もう一人は、美しい大人の女性。
(あの女性……図書館にあった肖像画の!)
『大賢者エマニエル』と刻まれていた、エマにそっくりな女性だ。
『――よくここまで辿り着きましたね。フェル、エマ』
「!!」
女性のホログラムが口を開いた瞬間、僕は全身に鳥肌が立った。
間違いない。
僕がこの島で目覚めた時から、頭の中でずっと聞こえていた『ガイドの声』だ。
「あなたは……誰なの?」
エマが震える声で尋ねる。
『私たちは、かつてこの世界にあった王国の人間です。私は大賢者と呼ばれたエマニエル。そしてこちらは、剣聖フェリクス』
「フェリクス……僕と、同じ名前……」
『ええ。あなたたち二人は、私たちの遺伝子から作られた分身……ホムンクルスなのですから』
ホログラムのエマニエルが、優しく、けれど残酷な真実を告げる。
『私たちの世界は、大洪水によって滅亡しました。あっという間に王国は飲み込まれ、人も、魔物も、動物も、この世のすべてが海の底へと消えたのです』
「すべてが、海の底に……」
『ええ。この方舟に避難できたのは、あらかじめ選ばれていた私たち二人だけでした。でも、何十年待っても、洪水が引く気配はなかった』
エマニエルは悲しそうに目を伏せた。
『このままでは、私たち人類は完全に滅びてしまう。洪水が引いた未来で、人類を再興しなければならない』
隣に立つ剣聖フェリクスが、静かに頷く。
『しかし、仮に私たちが子供を作ったとしても、いずれ近親相姦による血の弊害が起こってしまう。体の弱い世代が生まれ、結局は滅びてしまう運命でした』
「だから……遺伝子の研究を?」
『そうです。近親交配を行っても問題が起きないよう、遺伝子を調整した『新たな人類の祖』を作る必要があった。……それが、君たち二人の役割だ』
ホログラムのフェリクスが、初めて口を開いた。
低くて、威厳のある声だった。
『君たち二人が、新たな人類の【アダムとイブ】なのだ』
「僕たちが……アダムと、イブ……」
あまりにも大きすぎる使命に、僕は言葉を失った。
『しかし、初期に生成されたホムンクルスは、人間と呼ぶには程遠い存在だった』
フェリクスの顔が、苦痛に歪む。
『知能や道徳がなく、まるで獣のようだった。初期のフェルはエマを傷つけて殺し、初期のエマもまた、フェルを殺した。本能のままに殺し合いを繰り返したのだ』
「ひっ……!」
エマが短く悲鳴を上げ、僕の背中に隠れるようにして震え出した。
(僕が、エマを……殺した……?)
信じられない。
でも、それが『遺伝子だけを受け継いだ獣』のリアルな姿だったんだ。
『人間としての道徳や愛を備えていなければ、それはただの動物です。私たちは、あなたたちを【本物の人間】として完成させなければならなかった』
エマニエルが、慈愛に満ちた目で僕たちを見つめる。
『だから、記憶を消し、試練を与えました。何度も何度も繰り返し、より人間に近くなるように』
『エマ。あなたは、井戸の前でフェルに声をかけられた瞬間に起動するように設定されていました』
「……あっ」
エマがハッとして顔を上げる。
僕も思い出した。
初めて出会った時、エマはピクリとも動かず、電源の切れた人形のようだった。
僕が話しかけた瞬間に、ビクンッ!とスイッチが入ったように動き出したんだ。
『そしてフェル。あなたは浜辺で一人で目覚め、頭の中のガイド音声に従ってエマと出会うように設定されていました』
(だから、僕の頭の中に……!)
『この方舟のダンジョンは、あなたたちが人間になるための試練。二人で協力し、手を取り合い、尊重し、愛し合わなければ、決してここまで辿り着けないように作りました』
「じゃあ……僕たちは、今まで何度も……」
『ええ。あなたたちはすでに過去、何十回も出会い……その度に、ここまで辿り着けずに死んでいます』
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
地下一階にあった、サイズがぴったりすぎる装備。
各階層に用意されていた、都合の良い丸太小屋。
僕の字で書かれた手紙。
そして、机の上に置かれていた『ふたつのコップ』。
(全部……過去に死んだ『僕たち』の痕跡だったんだ)
エマが耐えきれず、わあっと声を上げて泣き出した。
「いやだ……! あたしたち、作り物で……ただの実験動物だったんだ……っ!」
エマが崩れ落ちそうになるのを、僕は必死に抱きしめて支えた。
「泣かないで、エマ!」
「だって、フェル……あたしたち、人間じゃない……!」
「そんなことない!」
僕はホログラムの二人を真っ直ぐに睨みつけた。
「僕たちは、自分で考えて、ここまで来たんだ! エマの作ったご飯を美味しいって笑って、寒い雪山で励まし合って……っ。この想いは、絶対に偽物なんかじゃない!」
僕が叫ぶと、ホログラムのエマニエルとフェリクスが、ふふっと優しく微笑んだ。
『ええ、その通りです。君たちは二人で人間らしく手を取り合い、見事にこの最下層へ辿り着いた』
『プロジェクト・ノアの最終段階は、君たちが人間として愛し合い、子を成して、人類の再興を果たすことだ』
光の粒子が、少しずつ薄れ始めていく。
ホログラムの投影時間が終わりに近づいているようだった。
『誇りなさい、フェル、エマ。……もう君たちは、作られたホムンクルスなんかじゃない』
最後に、二人は本当に嬉しそうに笑って、こう言った。
『君たちは、立派な【人間】です』
スゥッ……。
青白い光の粒子が完全に消え去り、ホログラムが消滅した。
真っ白で無機質な部屋に、僕たち二人が残される。
「……」
「世界に、あたしたち二人だけだって……」
ポロポロと涙をこぼし、エマがその場に泣き崩れた。
僕はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、ゆっくりとしゃがみ込み、彼女の震える体をぎゅっと抱きしめた。
むにゅん。
胸に、女の子らしい柔らかい感触が伝わってくる。
温かい体温。
作られたホムンクルスだとか、アダムとイブだとか。
そんなの、今の僕たちにはどうでもよかった。
「フェル……」
エマが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を僕の胸に押し付けてくる。
「あたし、一人じゃなくてよかった。……もう一人が、フェルでよかったよぉ……っ」
僕の服を強く握りしめ、エマが声を上げて泣きじゃくる。
「僕だって、そうだよ」
エマの背中に腕を回し、優しく撫でる。
どれくらい、そうして泣いていただろうか。
やがてエマはゆっくりと顔を上げ、目を真っ赤にしながらへへっと笑った。
「ねえ、フェル」
「ん?」
「あたし……お腹すいちゃった」
(……こんな状況でも、やっぱり食欲が勝つのか)
僕は思わず、吹き出してしまった。
「あははっ! エマらしいや」
「もうっ、笑わないでよぉ!」
エマが涙を拭いながら、ぽかぽかと僕の胸を叩く。
「よし。上に戻ったら、またあのおいしい巨大牛のお肉を焼こう。鉄の鍋でスープも作ってさ」
「うんっ! 大きなベッドで寝て、ぽっかぽかのお風呂にも入る!」
僕たちは立ち上がり、ぎゅっと手を繋いだ。
女の子の、柔らかくて小さな手。
「帰ろう、エマ。僕たちの拠点に」
「うんっ!」
繋いだ手から、確かな命の温もりが伝わってくる。
僕たちは顔を見合わせて笑い合った。
人類の再興なんて、そんなデカい使命、正直どうでもいい。
ただ、僕はこの先もずっと、エマと一緒に生きていくんだ。
この何もない、『ゼロの楽園』で。
最後まで『ゼロの楽園〜二人ぼっちの無人島生活〜』をお読みいただき、本当にありがとうございました!
明るい無人島サバイバルやドキドキのクラフト生活から始まり、後半の「プロジェクト・ノア」や世界の真実に迫る展開まで、フェルとエマの長い旅を最後まで見届けてくださり感謝の気持ちでいっぱいです。
本作はこれで完結となりますが、『面白かった』『最後まで読んでよかった』と思っていただけましたら、ぜひページ下部にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします!
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