タイトル未定2025/11/19 08:00
赤井が社内のトイレで用を足していると、背後から赤井を覗き込むように、馬場が声を出した。
「赤井~……」
「わわわ……なんですか!馬場さん」
赤井は、慌ててズボンのチャックを上げた。
「今朝、俺見ちゃったんだ」
「見ちゃった?何を?」
「今朝、友光とぱっつんが、話をしてるとこ」
「ちはるさんが、秘書課の北神さんと?珍しい組み合わせですね」
「だろ!」
「あっ!昨夜barの前で、北神さんを見かけたから、そのこと話していたのかも」
「それだけかな~」
「えっ?」
「ぱっつんと、なんの話をしていたのか、聞いても教えてくれないんだよ」
「いつものことじゃないですか」
言いながら赤井が、馬場から離れようとした時だった。
「赤井~……」
また赤井の背後から、馬場が声を出した。
「も~なんですか!」
「男の相談かな~」
「男?誰の」
「友光だよ!好きな男がいるって、ぱっつんに相談していたのかな」
「ちはるさんに好きな男?ありえない!それを、北神さんに相談する?それもありえない!」
「そ……そうかな?そうだよな!」
「馬場さん!俺がついているじゃ、ありませんか!」
「赤井~やっぱ持つべきものは、可愛い部下だよな!」
そう言った馬場は、赤井の両手を握り、思い切り振った。
「いつだって、協力しますよ」
「ありがとう!」
「あの……馬場……さん」
「なんだ?」
「手をまだ、洗っていないんですけど」
水田が娘をマスターに会わせたいと亮に頼んでから、遂にその日が来た。
業務就業時間は既に過ぎていて、会社の玄関ロビーは静まり返っていた。
誰もいないがらんとしたロビーに、亮は独り立ちつくしていた。
……なんで私が、立ち会わなくてはいけないのかしら……。
仕事をしながら、一日中亮はそんなことを思っていた。
でも心の何処かで、マスターに会いたがっている自分がいる。
亮はそのことに、気が付いていた。
正直、こんな形でマスターに会いたくなかった。
大きな自動ドアが開き、水田と若菜がやってきた。
「お待たせ」
にこやかに、水田が亮に言った。
「紹介しよう。娘の若菜だ」
父親に紹介された若菜は、頭を下げた。
ツインテールのロングヘアが揺れ、若菜はにこにこしていた。
お洒落をして来るのかと亮は思っていたが、若菜はジャンパーにジーパンにスニーカーと、意外にも普段着だった。
「秘書の北神君だ」
水田は若菜に亮を紹介し、亮は頭を下げた。
「表で、タクシーを待たせてある。行こうか」
水田は若菜と亮に言って、歩き出した。
barジェシカの前でタクシーが停まり、タクシーから水田と若菜と亮が出てきた。
店の入り口にはスポットライトのほのかな明かりが射していて、営業中を物語っている。
水田はドアを開け、若菜と亮を先に店の中に入れた。
「いらっしゃいませ」
三人が店の中に入ると、マスターの声が聞こえた。
店内には、数名の客しかいなかった。
水田は真っすぐカウンター席に歩いていき、マスターが立っている位置に立ち止った。
「マスター水田です。この前は、失礼をしたね」
マスターは何も言わず、小さく頭を下げた。
「娘の若菜。十八で、高校三年生だ」
マスターに紹介すると、若菜とマスターは、お互い黙ったまま頭を下げた。
簡単な自己紹介が終わり、若菜を真ん中にしてカウンター席に落ち着く。
「ご注文は?」
マスターの言葉に、若菜は父親に言った。
「パパ、お腹すいちゃった!」
マスターは、すぐふたつのメニューを差し出し、水田はメニューを受け取った。
「好きなものを、頼みなさい。北神君も、遠慮しないで」
言いながら水田は、メニューを若菜に手渡した。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げながら、亮は言った。
若菜は、亮にメニューを見せながら言った。
「北神さん!何が好き?あっ、これなんか美味しそうだよ」
「そうですね」
「アタシ、これにしようかな」
「では、私も」
「パパ、アタシと北神さんはこの料理」
若菜は、料理名に指をさしながら言った。
水田は料理を注文し、一緒にカクテルも注文した。
「娘には、オレンジ・ジュースを」
「かしこまりました」
メニューを受け取ったマスターは、店の奥に行った。
「若菜、どうだ?」
マスターがいなくなると、水田はさっそくマスターのことを、若菜に聞いてきた。
「どうって……」
「いい男だろ」
「まぁ……」
若菜のそっけない反応が、水田は面白くなかった。
やがて店の奥からマスターが出てきて、お酒を作り始めた。カウンターの中で、お酒を作るマスターを、亮はじっとみつめていた。
食事を終えた頃、会社関係の水田の知り合いが水田に声をかけてきて、水田は知り合いのテーブル席に移った。
「北神さん、トイレにつきあってほしいんだけど」
「あっ、はい」
トイレは、入口の隣に設置されていた。
若菜は洗面台の前に立つと、大きなためいきをついた。
「お嬢様、どうされたんですか?」
気になって、亮は若菜に声をかけた。
「お嬢様って、そんな呼び方やめて下さい。若菜って、呼んで下さい」
「はい……若菜さん。どうされたんですか?」
「北神さん……」
「はい」
「どうしよう……私……マスターにひとめぼれしちゃった!!」
亮は言葉を失ったまま、若菜をみつめていた。
「パパが勧める相手だから、どうせむさくるしいおっさんだとばかり思っていたの。まさか、あんなにかっこいい人だったなんて!」
「素敵な男性ですよね」
その言葉に、若菜は思わず亮の両腕をつかんだ。
「北神さんも、そう思いますよね!」
「は……はぁ」
若菜は亮から離れると、祈るように両手を胸の前で合わせた。
「理想の男性が、こんな身近にいたなんて!北神さん」
「はい」
「是非、協力して下さい!北神さん、ライン交換してください」
「はぁ……」
亮は若菜に言われるまま、ライン交換をしたのだった。




