タイトル未定2025/11/19 08:55
年が明け、三が日が過ぎた夜。
若菜の両親が、旅行先から帰国してきた。
リビングでテレビを見ている若菜に父親が近寄って来た。
「若ちゃん、お土産」
「わぁ、パパありがとう」
若菜は、父親からお土産を受け取った。
袋を開けている若菜に、父親はもうひとつ包みを差し出した。
「これは?」
不思議そうな顔をする若菜に、父親は自慢げに若菜に言った。
「マスターのお土産だよ。私の代わりに、若ちゃんがマスターに渡すと良い」
「パパ……」
「マスターに会う口実が、出来ただろ」
「パパありがとう!」
若菜は喜びのあまり、父親に抱き付いた。
年末年始の休みが終わり、秘書室はいつもの活気を取り戻していた。
二月のバレンタインに向けたこの時期、会社は忙しさを増していた。
社長室から足早に出てきた亮は、秘書室に入ると自分の机の椅子に座り、パソコンに向かった。
一人でbarジェシカに行って以来、店には行っていない。
店には、行きづらくなっていた。
……所詮私は、barの客でしかないんだわ……。
携帯のマナーモードの音で、亮は我に返った。
携帯を取り出し画面を眺めると、一通のメールが、届いていた。
受信ボックスを開けると、若菜からのメールだった。
メールは、「マスターにお土産を渡したいので、一緒にbarに行ってほしい」とのことだった。
携帯をしまった亮は、小さくため息をついた。
……まったく、親子そろって……。
断ってしまえば良いことだが、断れば今度は、父親が黙ってはいないだろう。
例の「業務命令」の言葉を使って、亮を動かすのは目に見えている。
公私混同も、いいところだ。
……お土産を渡したところで、何もならないのに。私も、若菜さんも。それから、友光さんも……。
パソコンのキーを打つ手を止め、しばらくぼんやりしていた亮は、パソコンをスリープ状態にして席を立った。
秘書室を出た亮は、総務部に出かけた。
部内に入り、一番奥の席の総務部長の席に行き、総務部長にスケジュール表をもらう。
スケジュール表をもらうと、その足で亮は営業部に出かけた。
営業から戻って来た社員たちが、部内に入っていく。
その中に、ちはるもいた。
亮を見つけたちはるは、亮の方へ近寄って来た。
「此処に来るなんて、珍しいじゃない」
「ちはるさんに、話があって」
「話って何?」
「今夜、マスターの店に若菜さんと行くんだけど、友光さんもどうかなって思って」
「マスターの店に行くの?」
「若菜さんが、マスターにお土産を渡したいから、一緒に来てほしいって」
「あぁ、前に会った女子高生ね。でも、なんでアタシを誘うの?」
「若菜さんと二人だけじゃ、間が持ちそうにないから」
「確かにね。マスターの店、最近行っていないし。良いよ!アタシも行く」
「六時半ロビーに、集合です」
「わかったわ」
ちはるが部内に入ると、亮は歩き出した。
亮は約束の時間に、ロビーに行った。
既に、ちはると若菜が亮を待っていた。
亮を待っている間、ちはると若菜はすっかり打ち解けていて、ちはるは若菜のことを「スイ」と呼んでいた。
「お待たせしました」
「じゃあ、行きましょう!」
ちはると若菜は並んで歩き出し、亮は二人の背中を見ながら歩いた。
Barジェシカの店の前に着くと、亮たちは店の前で立ち尽くしていた。
いつもなら、ほのかな明かりが灯っているのに、今夜は店の中は真っ暗だった。
目の前の三段ある階段を上がって、テラス風作りの店のドアをちはるは、試しに開けようとしたが、ドアは開かなかった。
「今日は、休みなのぉ?」
若菜の悲鳴に近い叫びに、亮は店のドアの前に立っているちはるを見上げた。
ちはるは軽く両手を上げた。
ドアの前から離れ、ちはるは階段を降りた。
「どうする?」
ちはるは若菜に聞いたが、若菜は何も答えず、うつむいていた。
しばらく、亮たちの間に沈黙が流れた。
その沈黙を、亮が破った。
「此処にいても仕方がないから、今夜は諦めませんか?」
「そうね。店が休みじゃね。ねぇ、どっかで何か食べない?」
「そうですね。若菜さん、行きましょう」
それでも、若菜は黙ったまま立ち尽くしていた。
「ショックなのは、スイだけじゃないの!アタシだって、ショックなんだから。嫌なことは忘れて、美味しいもの食べよう!」
そう言ったちはるは、若菜の肩を抱いて歩き出した。
亮は、真っ暗な店をそっと見上げたのだった。
ちはるが亮と若菜を連れて行った店は、アジア料理の店だった。
店内は、異国モードを醸し出していた。
テーブルに、ちはるがオーダーした料理がずらりと並び、アルコールで気分が良くなったちはるが笑い、それまで落ち込んでいた若菜も笑顔になっていた。
「お土産は、また今度渡せば良いの!私がまた、つきあってあげるから」
「ちはるさん、つきああってくれるんですか?」
「あったりまえじゃない!だって、マスターに会えるんだもん」
「良かったぁ!私、未成年だから、お店には入れないし」
「フェアじゃないからね。スイでも、マスターは渡さない!」
「私だって!」
ちはると若菜は、顔を見合わせて、笑いあった。
それまで、黙ったまま料理を食べていた亮の方を、ちはるは向いた。
「ぱっつんにだって、マスターを渡さないからね!」
「えっ?」
亮は顔を上げて、ちはるをみつめた。
「澄ましていてもダメよ。ぱっつんが、マスターに気があるのは、全てお見通しよ!」
「そうなの?」
若菜が、声を上げた。
「おとなしそうな顔をして、やることがずる賢いんだから。ここまできたら、白状しちゃいなよ」
「そんな……私は……」
亮は耳まで真っ赤になり、何も言わず料理を食べ続けた。
ナプキンで口元を拭うと、ちはると若菜を真っ直ぐみつめた。
「でも、一番大事なことは、マスターの気持ちです。どんなにマスターのことを想っていても、マスターは振り向いてくれません」
「確かにね……私たちが見ているマスターは、あくまでも表向きの顔だもんね」
ビールを飲みながら、ちはるは苦々しげに言った。
「携帯の番号を聞こうとしたら、持っていないって言われた」
若菜の言葉に、ちはるは驚き声を上げた。
「番号、聞こうとしたの?」
「うん。持っていないって言われた。なんか、迷惑そうだった」
ちはるは、目を見開いて、ため息をついた。そんなちはるに、亮は言った。
「店を出しているんですよ。携帯を、持っていないはずがないわ」
「ぱっつん……急にマジになって、どうしたの?」
「くやしいんですよ。ほんの少しでも良いから、マスターのことを知りたいのに。マスターは、何も教えてくれない!」
「そう!そうなのよ!」
ちはると若菜は、思い切り声を上げた。亮とちはるの意見が一致したのは、初めてのことかもしれない。
更に亮は、語気を強めた。
「それどころか、マスターはあの子のことばかり見てる!」
ちはると若菜は、お互いをみつめあった。
そんな二人にお構いなしに、亮は続けていた。
「知り合いに似ていたって、ナニソレ?嘘ばっかり!」
亮はグラスを掴むと、ビールを飲みほし、長い息をついた。
「大丈夫?」
さすがに不安気に、ちはるが亮に聞いた。
亮は、黙ったまま頷いた。
そんな亮に、若菜が聞いた。
「北神さん……あの子って、誰ですか?」
亮は、ゆっくり顔を上げ、若菜をみつめた。
今まで見たことがない亮の表情に、若菜は驚き、亮の言葉を聞くのが怖くなっていた。
「わからないの?若菜さんが、一番親しい子よ」




