タイトル未定2025/11/19 08:23
「いらっしゃいませ」と、言ったマスターの顔が、驚いた表情になった。
そのことに気がついた亮は、思わず振り返った。
「マスター来ちゃった~」
明るい女性の声が、店内に響く。
「若菜さん!」
亮が上げた声に、言いあっていたちはるたちも振り返った。
「ちょっと~誰よ?」
ちはるが、亮の肩をつつきながら言った。
「水田若菜さん。社長の娘さんです」
「え~っ!」
これには、ちはるたちは驚きの声を上げた。
そこには長い髪の毛をツインテールにした、水田の娘水田若菜と、背が高くてショートカットの若菜の親友、白田流花がいた。
若菜と流花を見たマスターは、短くため息をつき、カウンターから抜け出した。
ふたりの前に立ち、腕組みをすると、少しだけ困り顔で若菜に言った。
「此処はお酒を出す店ですから、未成年は出入り禁止です」
「初めて入った時、マスターそんなこと言っていなかったわ!」
「あの時は、保護者同伴でしたから」
「だって~マスターに、会いたかったんだもん」
若菜とバーテンダーのやり取りを、若菜の後ろで見ていた流花が、慌てて言った。
「やっぱりお店に迷惑よ!スイ、帰ろう!」
若菜を引っ張って帰ろうとする流花を、マスターは引きとめた。
「食事だけでしたら、良いですよ。食事が終わり次第、すぐお帰りになって下さい」
若菜は振り返ると、目を輝かせた。
「マスターありがとうございます!」
「では、こちらへどうぞ」
マスターはテーブル席に、若菜と流花を案内した。
若菜は椅子に座ると、マスターからメニューを受け取りながら言った。
「シロちゃんに、マスターを見せたくて一緒に来たの」
マスターは苦笑しながら、流花に挨拶をした。
「初めまして」
「初めまして、白田です。突然、すみません」
流花は言いながら頭を下げ、顔を元に戻した。
マスターは、流花をみつめていた。
その表情は、何処かいつもと違うマスターだった。
じっとマスターにみつめられ、流花は言った。
「あの……私の顔に、何かついていますか?」
「あっ、いえ……失礼しました。お決まりですか?」
メニューを広げている若菜に、マスターは言った。
「じゃあ、これで。シロちゃんは?」
「同じので良いよ」
「かしこまりました。では、失礼します」
マスターはメニューを下げ、若菜と流花のテーブル席から離れた。
カウンター席から若菜たちをチラ見していたちはるは、嫉妬が混じった声を上げた。
「あのツインテールの子が、社長の娘なんだ。よく知っているのね。さすが秘書!アタシたちとは、次元が違うわ」
「そんな……私だって、娘さんにお会いしたのは最近です」
「ふ~ん。まぁ、イマドキの女子高生って感じね」
ちはると亮が会話をしていると、赤井がじっと若菜たちをみつめ、馬場にそっと言った。
「可愛いな~ねっ、馬場さん!」
「おっ、おお!赤井、どっちがタイプ?」
「ツインテールの子!」
「俺は、ショートカットの子だな」
「馬場!赤井!あんた達は、なんてこと言ってんの!」
すかさずちはるの罵声が響き、馬場と赤井は慌てて首をすぼめたのだった。
「そろそろ、行きましょうか」
亮の声で、ちはるたちはカウンター席から立ち上がった。
結局会計は全て馬場が持つことになり、馬場は今にも泣きそうだった。
店を出る時、食事中の若菜たちの背後を通りかかる。
その時若菜は初めて、亮達がいることに気がついた。
「北神さん!こんばんは。いたんですね。ちっとも、知りませんでした」
「こんばんは。会社の人たちと、一緒だったの」
「私は、友達とご飯を食べに」
そう言った若菜に、ちはるが口を出した。
「あら、マスターに会いに来たんでしょ」
初めて見るちはるに、若菜はとまどっていた。しかし、そんなことはおかまいなしにちはるは続けた。
「水田若菜さんね。北神さんから、聞いたわ。初めまして。私、友光ちはる。後ろの二人は、同僚の馬場と赤井」
唐突にちはるに紹介され、馬場と赤井は慌てて頭を下げた。
緊張している馬場と赤井の二人とは対照的に、臆することなく、若菜は自分を名乗った。
「初めまして、水田若菜です。こちらは、友達のシロちゃん、白田流花ちゃん。……友光さん」
「あら、ちはるで良いわよ」
「ちはるさんは、この店長いんですか?」
「いいえ、今夜が初めてよ」
「良かった!」
「どうして?」
「私、ここのマスターに一目ぼれをしたの。ちはるさんが常連だったら、手ごわいなって思ったの」
「あら、初めてだろうが、常連だろうが、そんなの関係ないわ」
「凄い、強気!でも、若さに勝てるかしら」
「若さだけでしょ。アタシくらいになると、年相応の魅力ってのがあるのよ」
ちはると若菜は、火花を散らすようにお互いをみつめた。
「ちはるさん、行きましょう!若菜さん、失礼します」
亮は慌ててちはるの背中を押して、店を出たのだった。
「なんなのよ~あの小娘!」
夜空に、ちはるの罵声が響く。
その隣を黙りこんで亮が歩き、少し離れて馬場と赤井がのろのろ歩く。
「やっぱ、若い子は良いよな」
何気なく言う馬場に、赤井はすぐさま反応をした。
「女子高生でしょ!良いよな~女子高生の彼女ほしい!」
「おまえ、彼女いないのか?」
「いませんよ~」
「友光は、マスターを気に入っているみたいだけど」
「ははは……無理無理」
馬場と赤井は笑いあっていたが、ふと慌てて笑うのをやめる。
ちはるが立ち止って、二人を睨んでいたのだ。 たちまち険悪なムードがただよい、そのムードを壊すように亮が切り出した。
「あの、私お先に失礼します。馬場さん、ごちそうさまでした」
「あっ、いや」
唐突に言われたので、引きとめるのを忘れ、誰もが黙ったまま亮をみつめた。
「おやすみなさい」
そう言った亮は、足早に歩き出した。
独りになった亮は、一息ついてゆっくり歩き出した。
ちはるが若菜に対抗意識を燃やしていた姿を思い出し、思わずクスリと笑う。
ふと、若菜の隣にいた若菜の友人、白田流花を思い出す。
ちはると同じように、流花もあの店に来たのは初めてらしい。
気になることがひとつあった。
若菜がマスターに流花を紹介した時、ほんの数秒だけだがマスターは流花をじっとみつめていた。
……なんだったのだろう、あれは……。
気にし出すと、とまらない。
なぜだか亮は、初めて焦りのようなものを感じていた。
若菜と流花がbarジェシカの店内で食事を終えた頃、マスターは二人に声をかけた。
「遅いですし、タクシーを呼びましょうか?」
「……お願いします」
若菜はつまらそうに、渋々言った。
テーブル席を離れようとするマスターに、若菜は聞こえるように言った。
「帰るには、早いよぉ。マスターと、いっぱい話をしたいのにぃ」
マスターは行きかけた足を止め、振り向きざま若菜の言葉をぴしゃりとはねのけた。
「そんなことを言うなら、出入り禁止にしますよ」
「え~やだやだ~!」
駄々をこねる若菜を、流花が止めた。
「スイ、子供みたいなこと言わないの!マスター困ってるでしょ」
「は~い」
少しひねくれたように若菜は返事をしたが、ふと思い立っていつもの口調で言った。
「パパと、一緒なら良いのよね?」
「二十時までなら、良いですよ」
「意地悪ぅ~」
ふたりのやりとりに、思わず流花は笑ったが、笑いはすぐ消えた。
マスターが自分をみつめていることに、気がついたからだ。
それは、とても長かったような気がするし、ほんの数秒のような気もする。
若菜は、全く気がついていなかった。
「マスター。お会計お願いします」
若菜の声で、流花はバックから財布を取り出した。
そんな流花を、若菜が制止した。
「シロちゃん、良いよ!つきあってもらったんだから、アタシが払う」
意地でも、若菜が支払いたいらしい。
そう察した流花が言った。
「ありがとう。じゃあ、ごちそうさま」
流花は、素直に若菜の好意に甘えた。
会計を済ませた若菜は、マスターに言った。
「マスター、携帯のラインを教えて下さい」
「携帯は、持っていません」
「今時?うっそだあ~」
「本当です」
「じゃあ、アタシ携帯プレゼントしちゃう!」
「プレゼント?」
「マスターと電話したり、ラインを送ったりしたいんだもん」
「ボクは機械音痴ですから、携帯をプレゼントされても使いこなせません」
「それって、プレゼントされても迷惑って、遠回しに言いたいの?」
「はい」
マスターは、笑顔で返事をしたのだった。
そんな若菜とマスターを、テーブル席に座っていた流花はぼんやりみつめていた。
いつの間にか、マスターをみつめていたことに気がついた流花は、慌てて視線をそらした。
……やだ、私ったら……。
マスターをみつめていた自分を、流花は恥じていた。
しかし、自分をじっとみつめていたマスターの顔がはなれない。
楽しそうに話をしている若菜を、うらやましく流花は感じていた。




