第73話 生まれし恋は■■となった
(……あれ?)
怖さからしきりに周囲を探っていたら、ふいに地面に違和感を覚えた。
一部が、線状に微かに盛り上がっている。
(あそこだけ……ふかふかに見える)
不思議に思ってジッと見つめていると、幾分離れた場所がぼこりと盛り上がり、それが線状に走った。後退ると、急速に向きを変えてわたしへと一直線に駆けて来る。
「!!」
身体が浮いた。その瞬間、真下の地面から盛大な土埃と共に大きな花が飛び出した。
ーーーいや、違う、あれは口……花のように広がった口だ。
赤い肉肉しいそこには無数の牙が並び、花びらの先の牙は一際鋭く、獲物を捕らえたら離さないだろう。
「何だこいつは…!?」
わたしを抱き上げてくれたらしいウラヌスが焦燥の声を上げる。
獲物を逃したソレは口を閉じて、ずるりと再び地中に帰って行く。一瞬だけ確認出来た口の周囲には複数の目のような、あるいは鉱石のような物が点々と並んでいた。
着地したウラヌス。全員が臨戦態勢を取っていて、でもこちらの緊張とは裏腹に……静けさが訪れる。
「……」
微かに鳴った、ローダーが土を踏みしめるざらついた音。
直後飛び退いた彼のいた場所へ、餌に掛かった魚のように、地中より軀が現れた。その全貌は見えず正体が掴めない。ソレは大口に固い地面を飲み込んだ後、吐き出して地中へ潜り込んだ。
「音に反応するようだな!」
ローダーは今度はわざと、大胆に地面を鳴らした。
その音に反応したか、地中の生き物は彼に喰らい付かんと再び襲来する。
夥しい歯が並ぶ花は、上手くかわされ空振りに終わると蕾へ戻って。けれど今までにない勢いで現れた軀は、みるみる地中よりその全貌をあらわにして、太く、長い姿を知らしめた。
「これは……」
薄らと、どこか水面様を思わせる白斑の入った銀色の肌が、陽を反射する。
豪快に頭から土へ潜り込んで行った先、尾は発光しているかのように鮮烈な青。まるで豊かなヒレ。ここが水場であれば、水中へ消える魚のようだった。
「思ったより美しいな」
ウラヌスが緊張をほぐすように、軽口を叩いた。
確かに、あの殺意の高い口腔からは想像しにくい。でも姿ばかり美しくて、凶暴が過ぎる。
「遭遇しちゃったら、やるしかないよなァ!」
オージェが意気込んだのを皮切りにみんなが動き出す。散開して動き回る彼らに、地中の生物も激しい線を描いた。
飛び出した巨体へいくつもの攻撃が打ち込まれるけど、表面は硬いようで傷が付かない。さすがにこの固い地を自由自在に動けるだけのことはあるようだ。
「あちゃ〜、効かないねぇ」
「武器は駄目か! じゃあ星術だ!!」
ルジーが地の星術を放っても、ソレは上手く地中へ潜り込んで避けてしまう。最低でも地上付近へ出てくれなければ他の星術は届かない。それどころか、地中深くに潜られては居場所が全く分からなかった。
「何だよコイツ!!」
苛立つルジーの怒声の後、ノーヴが自らの口元へ人差し指を立てる。それに気付いたみんなは動きを止めた。
彼は慎重に腕を伸ばすと、少し離れた場所へ星弾を打ち込んだ。
「今です!!」
釣れた魚に一斉に星術が撃ち込まれる。さすがに効いたか、ソレは苦しむような鳴き声を上げながら地中へ戻っていった。だけど……。
(傷が、付かなかった。あんなにたくさん攻撃されたのに。……ありえない……)
アザーでもない、人でもない生き物にそんなことが起こるなんて。
常識の通じない未知の生物を前に、わたしはつい動揺してしまい、身を固くする。その真後ろから大地の割れる音が聞こえた。
(あ……)
花が、その中へわたしを取り込まんと満開に咲いていた。
「エイコ!!」
差し迫る牙。逃げろと鳴る警鐘をどこか遠くに聞いた時ーー目の前のソレが、真っ二つに割れて吹き飛んでいった。
猫、だ。
赤毛に黒と黄で、毒々しいしましま模様の猫。中型犬程の大きさで、前方へ差し出し曲げられた脚は、今しがた巨体を吹き飛ばしたのだと語っていた。
無表情なソレは退屈そうに欠伸を漏らすと、一鳴きした。
「な〜お」
瞬間、ズェリーザ廃坑で鳴き真似をしたオージェの姿がよみがえる。
ーーマオ、だ。
「!」
誰かに腕を引かれる。振り向くとウラヌスがすごく緊張した顔で、わたしの口元へ人差し指を立てる。
そろりとうかがったみんなは武器さえ構えず後退りを始めていた。マオ討伐を掲げていたルジーさえ、オージェに腕を引かれるまま呆然と従っている。
(これには、勝てないんだ)
謎の生き物にさえ歯が立たなかった。それを一瞬で散らしたマオというもの。この荒地に平然と存在しているだけで、異常さがうかがえる。
ウラヌスの背に庇われながら、さっきまでの生き物よりもずっと細心の注意を払って、丁寧にその場から離れて行った。
障害となる壁がそこかしこにあるのが不幸中の幸いだ。最後に見たマオはこちらに見向きもせず、その場で毛繕いに精を出していたのだった。
「マオの危険さが、少しは解ったかよ」
休まず逃げ続けたわたし達が足を止め、オージェがルジーへと言葉を投げ掛けたのは、あれからずっと経ってからのことだった。
「とんでもない怪力だ……。噂に違わず、化け物のようですね」
そう毒づいたのはノーヴ。いつもどこか俯瞰している眼差しは、珍しく焦燥の名残りを灯し、来た道へ視線をやっている。整ったオールバックの下には汗が流れていた。
当のルジーといえば、しゃがみ込んで一言も喋らない。
(ショックだったのかな……ずっと追っていたマオに、手も足も出なかったもんね……)
でも、あれは無理だ。多分…格が違う。
警告色の派手な体毛。桁違いの怪力。強者の余裕。
……だけど、マオはあの生き物だけを殺して、わたし達には見向きもしなかった。
わたしはドッと息を吐いているみんなに訊く。




