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星聖エステレア皇国  作者:
星聖エステレア皇国編
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第39話 欠けたもの

 神話に出てきそうな様式の儀式の間。白い空間を彩るのは青や藍の敷布や花々。

 わたしの立つ場所の周囲は円形の水路が通っていて、陽の光を柔く取り込む柱と柱の間、その遠くからは清涼な水音が耳に届く。

 後ろには両陛下と皇子、騎士団や側近に星詠み達が控えていた。誰もが固唾を飲んで沈黙を貫く緊張の中、わたしは言われた通り星へ語り掛けてみる。

 知りたいのはエステレアの危機と皇子の死、その二つの具体性。

 目を閉じて応えを願い待つ。

 けれどいつまで経っても、何かがわたしの中に流れ込んで来ることは……なかった。


「……何も、見えません」


 一気に場がどよめいた。訳が分からなくてわたしも混乱する。


(まさか、結局わたしも星詠みではなかったの?)


 一気に不安で満たされたところに、イスカヤさんという星詠みのおじいさまがゆっくりと近付いて来た。彼はわたしの手を取ると、目を閉じて何事かを考えるように静止する。

 その挙動を全員で見守った。やがて目蓋を上げた彼は……彼自身が戸惑った様子で口を開く。


「……足りませぬ」


 足りない? わたしに何かが、足りない。


「強いお力を感じる。誰よりも星と繋がる縁を。このお方が異界の星詠みさまであることに間違いはございません。しかし……欠けている」

「どういう事だ? イスカヤ。何が欠けていると言うのだ」

 

 イスカヤさんの言葉に反応したのは陛下だった。でもイスカヤさんは首を降る。


「申し訳ありません。そこまでは分からぬのです。ただ、何かが欠けていると感じます。星詠みさまが意図して詠えない理由は、そこにあるかと」

「何だと……」


 わたしは、異界の星詠みとして出来損ないということ?

 思わずウラヌスを見た。気付いた彼は立ち上がって、傍へ来ると庇うように肩を抱いてくれた。それから陛下とイスカヤさんの話に驚きの仮説を投じる。


「レンが関係してはいないか?」


 彼の一言に場の全員がハッとした表情を浮かべた。

 さわさわと話し出したみんなに、ウラヌスは続ける。


「レンからも確かに力を感じるのだったな、イスカヤ。まさか同時召喚された弊害であったりは……しないか」

「皇子……まさか。召喚時にあの娘にエイコ様のお力が分けられてしまったと……? あり得る。おお、何と言う事じゃ……」

「だとしたら、エイコに戻す必要があるな」


 でも、そんな方法は多分誰も知らない。みんなの顔がそう言っていた。

 期待されていたのに。詠えなかった。

 そのショックから身体が震え始める。するとウラヌスがわたしの手を握ってくれて。見上げると、わたしを安心させるように笑ってくれていた。その顔にわたしを疑う色はない。

 こうなってもまだ、彼はわたしを信じてくれているんだ。その信頼に胸がいっぱいになる。


「ごめんなさい……わたし、何も出来ないなんて」

「君は何も悪くない。我が国が密偵なぞに機密を掴ませてしまったせいだ」

「でも! エステレアが、ウラヌスがあんな事になるかもしれないのに! どうしてわたし……!」


 自分の不甲斐なさが悔しくて顔を覆う。今度はウラヌスも何も言わなかった。

 でも、少しして、わたしの両肩にそっと手を置かれた感触があった。それから酷く気を配られた声色がすぐ近くから掛けられる。


「エイコーーあんな事、とは何の話だ?」


 ーー思わず顔を上げると、わたしの顔の高さに合わせてくれたウラヌスがとても真剣な表情で見ていた。

 そういえば……言ってない。滅亡や死が詠われているくらいだから既知の情報だとばかり思って、新しく詠うことばかりにかまけて。


「……満天の星空の下、この宮殿に真っ黒い影が迫るのを見たの」


 また場がどよめいた。困惑に周りを見ると、誰もが初耳とばかりの表情を浮かべていた。


「え……もう、詠われてる事なんだよね?」

「続けてくれ、エイコ。頼む」


 瞬きもしない青が祈るように見えて、しどろもどろにわたしは続ける。


「お、お城が崩れて、大地は割れて、空は翳って。星明かりの届かない世界に成り果てて、そうしたら……」


 ウラヌスを見つめる。彼は察した様子で、目を見開いた。


「お城に在った唯一の光ーーウラヌスが、影に呑まれていくのを……見たの」


 長い沈黙が流れる。その異様な空気に息を詰めた時、ウラヌスの微かに震える腕が……わたしを掻き抱いた。


「私の乙女ーー」


 振り絞るように吐かれた息。救いを求める声が、鼓膜を震わせた。


「なんと……異界の星詠みは既に滅亡の時を視ていたのか!!」


 陛下が驚愕の声を上げる。事態が理解出来なくてウラヌスの背を懸命に叩くと、彼は身を離して訳を話し始めてくれた。


「……星詠みが今回授かった記憶は君とは違う。彼等が視たのは滅亡し荒廃したエステレアとおれの亡骸、つまり結果だ。そして君が視たのは過程。それも、おそらく滅亡のその時だろう」

「……!」

「エイコ殿。他に何か視てはおらぬか」


 陛下の問い掛けに記憶を探る。


「……ふ、二つ、気になるのが。でも、夢かもしれません……」

「構わん。聞かせてくれ」


 そこまで言うならと、わたしは話し始めた。まず一つ目の光景を思い起こす。

 <おびただしいアザーの群勢が地を、空を駆ける。嵐のような砂埃が空を覆う。奴らの進む先に在る木々や岩、川や花、どんな物も意に介さず平等に、無慈悲に踏みつけてアザーは走る。

 次第に森が見えた。白い幹から青い葉が枝垂れる、幻想的な樹々の森。

 アザーが向かうのはその場所ーー>。

 そしてもう一つ。

 <燃え盛る炎、吹き荒ぶ風、押し寄せる水、鳴り響く雷……厄災の中を人種も性別も年齢も様々な人達が逃げ惑っている。街を、野を、森を川を。安全な所なんて何処にもない様子で。

 人々の足元には事切れた者達が横たわり、けれど走っている人々も次々と彼らに続いていった。

 まるで終末。

 そうして駆ける者の全てが過ぎ去った後、次に現れたのはーー争う人々>。

 これらがただの夢と流すには引っ掛かる記憶だった。


「……眠ってる時に見たのもあります」


 わたしの話に真剣に耳を傾けてくれていたみんなは、話し終えても考えるように黙り込んでいた。でも陛下やウラヌス、イスカヤさんを始めとする星詠みの人達は目を見合わせて頷き合う。

 それから陛下がわたしに向き直った。


「心から礼を言う。エイコ殿。そなたの視たものはこのイスカヤ達とよく話し合わせてもらう」

「あ……そんな、少しでもお役に立てたのなら……」

「謙遜する必要はない。我が息子、ウラヌスの見込んだ通りそなたは異界の星詠みであった。どうかこれからも我が国の力となってくれ」

「も、もちろんです。陛下」

「欠けたものとやらについては、今後考えよう」


 戸惑いながらも頷くと、陛下も力強く頷いてくださった。詠うことは出来なかったけれど、何か情報は差し上げられたみたいだ。

 それに少し安心して胸を撫で下ろす。


「星詠みさま……」


 どこからか聞こえた声に控える人達へ視線を向けると、まるで尊いものを見るような瞳を向けられていたと気付く。わたしへ注がれる、救いを求めるたくさんの眼差し。

 このままでは彼らは滅びる。わたしが記憶を授かることだけが、それを避けるみちしるべになる。


(足りないものを、取り戻さなくちゃ)


 自分に誓ったその帰り道、わたしは件の女の子と二度目の邂逅を果たしてしまうことになった。

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