追いかけるもの、追いかけられるもの(岩)[盗賊団サイド]
空に浮かぶいくつもの雲で途切れつつもその存在がはっきり分かるほど強い光を放つ月が出ている夜、月見をするならこれ以上ない日だが、とある洞窟の奥から男たちの様々な憎まれ口が聞こえてくる。
「しかし一昨日の狩りは何だったんだ?あいつらはどこに行ったのか、リナはなぜここに戻ってこないのか、謎が多すぎる…」
「確かにあの男女と妖精一匹がどうやってあの場から消えたのかは謎だが、リナのことはそんなに心配しなくていいだろ。後数日しても戻ってこなかったらその時は村を襲えばいいからな、文字通り有言実行してやるだけだ」
「だけどリナがいないと狩りがしにくいのも事実だろ?あれほど便利なものはそうないだろう。もしかしてリナの奴、戻らないのではなく戻れないんじゃないか?」
「それってあの男たちに捕まってるかもしれないってことか?もしそうならかなりやばくないか!?俺たちの情報が漏れるのは時間の問題じゃねえか!またギルドとかにちくられて、討伐隊がやって来るかも…」
「バーカ!その時はまた上から撃ちまくって全滅させてやりゃいいんだよ!それでもくたばらなければあの大岩でつぶせばいい」
盗賊たちのなかには慎重な性格の者もいたが、その大半は酒の勢いにまかせ大声を出して騒いでいた。そのなかでもやはり話題になっていたのは翔太たちとリナのこと。その理由は何時間捜索しても結局翔太たちを見つけられなかったことで団長に散々嫌味を言われた団員たちがその鬱憤を酒で紛らわそうと思ったからだ。もちろんその宴会の建前は団長を労おうというもの、決して団長に知られてはいけない。
だがいくら酒を飲もうと彼らの会話からは翔太たち(と団長)への怒りは消えない。イライラして酒を一気に飲み干し、雑にコップをテーブルに置いた。それでも何が起ころうとこの場所にいれば自分たちが負けることはないという自信が彼らの言葉からひしひしと伝わってくる。
しかし襲撃とは元来、予期せぬ時にやって来る――
突然洞窟内の明かりが誰かに優しく吹き消されたかのように順々と消えていき、盗賊たちは月明かりが出ている夜にもかかわらず暗黒に包まれた。当然彼らには何が起こったのか分からず、動揺の声が至る所から聞こえてきた。そんななか明らかに雰囲気が異なる声が洞窟内に反響する。
「この山から出ていけ」
大男の声をさらに低くしたような、聞いた者に恐怖を感じさせる声が盗賊たち全員の耳に入る。しかし彼らは意外にも恐怖よりも先に驚きを感じていた。
それは聞こえてきた声の内容。「この山から出ていけ」というのは少なくとも自分たちが生きていないと成立しない言葉、つまりこの声の主は自分たちを殺そうとまでは思っていないということだ。だがこの山から自分たちを追い出そうとしているということは捕まえる、もしくは討伐するという捉え方もある、詰まる所、この言い方は曖昧な表現なのだ。そのため盗賊たちはこの声の主の目的が全く分からないという疑問が先に頭の中に浮かんだのだ。
しかしそんな彼らでも分かることがあった。それは言葉の内容からではなく、その声から伝わってきた強い感情。すなわち自分たちに対する明らかな敵意、武力行使も厭わないというような気概すら感じる。
「てめぇ、何者だ!?」
盗賊の一人が大声で叫ぶが、いくら待ってもそれに対する返答どころか何かをする気配も感じられない。痺れを切らした盗賊たちは全員出口に向かい外に出てみると、そこには闇夜に隠れるために作られたような黒いローブで全身を覆っていた者がいた。しかし盗賊たちには目の前にいるのがいったい誰なのかということとは別の驚きがあった。
それは自分たちの目の前にいるのが、聞こえてきた声には似合わないような小柄な者だったからだ。全員は周りに目を遣るがそれらしい影もない、つまりはそういうことだろう。
「私はこの山の神に仕える者。汝らはこの山を汚した、その罪は決して軽いものではない。即刻ここから出て行き、二度とこの地に足を踏み入れるな。これを忘れた者にはこの山を守護する獣が無惨な死を与えるだろう」
先ほど洞窟内に響き渡っていた声と同じ声で語りかけてくるその者を見て、盗賊たちは畏怖するどころか全員が吹き出し大声で笑いだした。
何せ目の前に現れた謎の人物が「神に仕える者」などそんな話誰が信じるのか、しかも草食動物しかいないこの地で何が自分たちを喰い殺すというのか、自分たちはこんな頭がいかれているやつにびびっていたのかと思うと心底馬鹿らしいと思ったからだ。それに加え声に似合わないその体で偉そうに話している姿を目の当たりにするとさらに笑いがこみあげてくる。
「布教活動ならよそでやりな。それかただの酔っ払いなら、特別に見逃してやるからさっさとどっか行け!」
「…愚かな。これは我らの最大の譲歩だ、これを無視するなら汝らに災いが降りかかるだろう」
「…何だと?お前、頭のネジが飛んでるぜ。そんなに言うならその神様とやらをここに連れてきてみろよ!」
「そうだ!それができたら俺も神様がいるって信じてやるよ!」
夜風に当たりすっかり酒の酔いが冷め、早くこの茶番を終わらせようと盗賊たちの何人かが警告を発するが、目の前の男の態度は以前変わらない。そのため痺れを切らした何人かが喧嘩口調で絡んでいる。しかし彼らが予想していた言葉とは違うものが返ってきた。
「ここに神を連れてくるのは不可能だが…神はいるぜ」
急に口調が変わったその男はローブで隠れていて顔全体を見ることはできなかったが、ほんのちらっとだが確かに優越感に浸ったような不気味な笑みが見えた。
それを見た盗賊たちはついに我慢の限界を超えた。自分たちの警告を無視し、さらには自分たちを挑発する言動をとるような、あの頭がいかれているとしか思えない男を捕まえてその面を確かめてやろうと近づいたときだった。その者が折れ上がりの道がある方向に移動しつつ手を前に出した。
ついに謎の人物が何か仕掛けてくると感じた盗賊たちはあらゆる出来事を想定し身構えていると突然謎の地響きが起きたかと思うと、その者とは逆方向からありえないことが起きていた、というよりやって来ていた。
「…嘘だろ」
誰かがそうつぶやいた。しかしそれも仕方ないだろう、何せ自分たちが想定をはるかに超えることであり、その中でも間違いなく最悪なものだったからだ。
それは絶対に人力では動かないと思っていたものが一人でに動き出し、その進路にあるものを例外なく全て圧殺するように轟音をあげながら盗賊たちがいる方に向かって来ていた。
自分たちの切り札であるあの大岩がなぜという疑問が思い浮かぶなか、盗賊たちが最初に考えついたのは目の前の男が魔法を使ったというものだが、魔法に必要な詠唱をしていないのは見ていた。とすると目の前にいる男ではない誰かが魔法を使ったということになるが、周囲に人がいないのは確認済みであり、それらしい声も聞こえてこない。魔石なら声が聞こえてこなくとも不思議ではないが、仮に使ったならば何らかの発光があるはずだがそれらしい発行は見ていなかった。いくら月明かりが出ているとはいえ夜目に秀でた自分たちがその光を見逃すはずがないと思った盗賊たちの頭の中は「ではなぜ?」という言葉で埋め尽くされていた。
脳の処理機能が容量オーバーで止まりかけていたが、そんな彼らでも今何をするべきなのかははっきり分かっていた。それは――
「逃げろ!」
誰かが大声で叫ぶと全員は迷うことなく道の方へ走り出した。仮にこれで洞窟に向かっていたら、その者たちはおそらくお見せできない姿になっていただろう。
その声で走り出した盗賊たちの目の前には既にあの布教野郎がいた。逃げ足の速い野郎だと思った彼らだが折れ上がりの道を曲がり切った途端、全員が急激に速度を落とし最後にはその足を止めた。
それはこのまま大岩が向かって来たとしても曲がり角を超えさえすれば後は重力に従って下に落ちるだけ、なぜあの大岩が動いたのかは分からないが曲がってしまえばもう安全だと思ったからだ。
しかし次に起こった出来事は彼らが考えていた物理的にも常識的にもおかしいところがない、ごく当たり前の想定とは全く異なるものだった。
なぜかあの大岩が下に落ちる手前で彼らと同じように道に沿って曲がり、再び彼らの元へやって来ていたのだ。その場にいた盗賊団全員は声にもならない悲鳴をあげ再び走り出した。盗賊たち全員はきっと今起こったことは奇跡に近い偶然が起こったからだと信じて足をひたすら動かしていた。
その動きが一回だけならあのタイミングで偶然大岩をも持ち上げる強靭な突風が吹いたためなど考えるだろう。しかしそれが何度も続き、もはや岩が人のような意志を持っているかのように角を曲がり追ってくる姿はまさに死神の巨大な戦槌。思わず涙が出てきそうなこの状況のなか、盗賊たちは死に物狂いで道を下るがその後をついてくるように大岩がやって来る。
「なんでこっちに来るんだ!?あれが噂の自動追尾ってやつか!?」
「馬鹿言ってないで足を動かせ、ひき殺されるぞ!」
「でもどうするんだよこれ!?団長~!」
泣き言を漏らす者もいたが、なんとか道を下り終えた彼らは思考が追いつかないこの状況をどうするか団長に指示を求めていた、というよりも縋っていた。自分たちより頭が良くて、的確な指示を出してくれる団長ならこの状況をどうにかしてくれるはずだと思ったからだ。
もちろん団長本人もこの状況でどうするべきか頭をフル回転させていた。しかし将棋のように自分たちの最強の駒が取られ、逃げの一手という圧倒的に不利な状況で次に打つ手立てがあるのかと半ば諦めかけていた。
ひとまず駄目元で魔法を撃ってあの岩を破壊しろと指示を出すが、あれは元々魔法を使われても破壊できない代物だからこそ用意したもの。何人かが振り返りつつ火球や土球を何発も撃ち込むが、小さなひびができるくらいで壊れるはずがない。
「団長、どうすれば!?」
「くそ、仕方ない!お前ら脇に…」
「このまま全力で走れ、一か八かこの先にある崖に飛び込むぞ!」
その声に一人を除いて全員が納得した。ここまで来たらもう団長の指示に従うしかないと理解していたからだが、これに納得していない一人とは団長本人であった。その理由は簡単、その指示を出したのが団長ではなかったからである。
団長は確かに別のことを言おうとしたのだがどこからか自分と似たような声が聞こえ、その声に自分の声がかき消されてしまっているのに誰もそのことに気づかず、疑うこともしていない。何が起きたのか全く分からなかったが、ひとまず自分の本当の指示を言おうとするが、その度にそれに重ねるように自分の声が聞こえてくる。
もはや何がなんだか分からなくなった団長の情報処理能力はその限界を優に超え、何からすればいいのかも分からなくなり思考が止まりかけていたとき、目の前に崖が見えてきた。
「下は川だ、飛び込むぞ!」
再度指示を出す団長の声を聞いた団長はこれ以上その声の主の思い通りにさせまいと崖に着く前に止まろうとしたが後ろにいた者がその指示に従っていたため、たった一人では押し寄せてくる者たちが作り出した勢いを止められず結局押されるように崖から川に飛び込んでいった。
この時前を走っていた数人が、先頭を走っていたはずのあの男がいつの間にか姿を消していたことに気が付いたのは崖下の川に落ちる直前だった。
読んでいただきありがとうございます。2週間以上投稿が遅れてすみません、私事でできませんでした。
タイトル見てすぐに察しがついたと思いますが、次回は[翔太サイド]と、視点を変えたものを投稿したいと思っています。これからもよろしくお願いします。