狂獣の止め方(失)
ジューハに攻撃のタイミングを見切られ、劣勢に立たされる翔太。しかし今まで捨てずに持っていたスマホの録音機能に“声質変化”で変化させたメイサの声を入れて流すことでジューハを動揺させ、その隙にジューハの身体をバラバラに刻み、翔太が勝利した。しかしそれはジューハにとって第一ラウンドであって、まだ戦いは終わっていなかった。
その場には、翔太の技によってばらばらになったジューハの身体が散乱していた。
いくらジューハの身体が骨で構成されているとはいえ、首と胴が離れ離れになり、他の部位も粉砕されていては、ジューハとて敗北を認めざるを得ないだろう。
それでも翔太は、念には念をという気持ちでジューハの頭蓋骨を叩き割ろうと彼に近づいていく。
本来ならばもう満足に立つことさえできない状態のジューハに対してこれ以上の攻撃は無意味にも思えるが、翔太の中では違った。この状況とはいえ、いやこの状況だからこそ、翔太はとどめを刺すことが本当の勝利と呼べるものだと考えていたからである。
そう考えていた翔太は疲労した身体に鞭を打つようにしながらジューハの元へと向かっていく。
しかしその時、突然動かなくなっていたジューハの身体から何かふわふわしたものが飛び出し、そのまま空へと飛んで行った。
それを見た翔太は予想していなかった行動が起こったことで、思わず思考が停止しそうになるものの、狂化による冷静さが彼を即座に現実へと引き戻す。
そうしてこの状況を冷静に考察していた翔太はそのふわふわしたものの存在に既視感を覚えていた。
そしてそれをすぐに思い出す。
それはイエローフォレストでは多く確認されているレイスという魔獣とジューハの身体から出てきたものが非常に酷似していたのだ。
そしてこのことに加えてメイサから聞いた十年前の事件での話から、翔太は即座に目の前の謎の物体のことを理解した。
今現在も空に向かって飛んでいるレイスもどきこそが、十年前に自らの大魔法で身体を失ってしまったジューハの精神体であるということを。
その答えに辿り着いた時、翔太はまだジューハを殺しきれていないという事実に気がつき、今度こそとどめを刺そうと空中に飛び出し、ジューハの精神体を短剣で斬りつけた。
しかし確かに捉えたはずの翔太の斬撃はジューハの精神体を傷つけた様子はなく、翔太の手にも斬りつけたような感触はない。何度も斬りつけるが、どれも効果があるようには見えなかった。
そうして地面へと落下していく翔太は猫のように鮮やかに着地すると、悔しそうな目でジューハを睨んだ。
なぜ翔太がそんな表情をしているのか、それは彼が自分の攻撃がジューハに通じなかった理由を既に理解していたからである。
というよりは思い出したと言った方が正しいだろう。
翔太の攻撃がジューハに通じかなかったのは、ジューハの精神体はレイスの身体と同じであること、つまり聖なる武器での攻撃か、特殊な魔法でしかダメージを受けないからである。
確かに、翔太には特質な才能という、他の魔法とは異なる力を持っている。しかし街に到着する前に遭遇したレイスには“反射壁”でも干渉できず、翔太も撤退を余儀なくされている。
つまり、今の翔太にはジューハにダメージを与える手段がなかったのだ。
そのもどかしさが表情に出ている翔太に対して、ジューハはテレパシーにも似た声で彼に向かって叫んだ。
「これで勝ったと思うなよ。次は必ず殺してやる……」
翔太の聞いたその声は抑揚のないような、とにかく無機質な声だった。
しかし彼は気づいていた、そんな声とは裏腹にジューハの感情は間違いなく憎悪と怒りで満ち溢れているということに。
ジューハはその言葉だけで言い残すと翔太がやって来た方向、つまりメイサのいる街の方へと飛んでいった。
その姿を見ていた翔太は最初と何ら変わらない敵意剥き出しの状態だが、攻撃の手段がない以上、これ以上の追撃は不可であるため、諦めるしかない。
「ちっ……しぶとい野郎だな。だが、ひとまず戦闘は終わりか……」
翔太は冷静な声音でそう言うと、鋭い視線で当たりを見渡した。
その行動の意図は無論、次の敵を探すためである。
◇◆◇
翔太は上も下も分からないような暗闇の中で、静かに目を覚ました。
そして今の自分の意識が心の中での出来事だと即座に理解する。
なぜ翔太が即座にここが心の中だと理解できたのか、それは以前にも同じ体験をしたからである。
故に、彼は危機感を覚えていた。
『もういい! もう敵はいない! だからこの力を解除して……』
翔太は心の中でそう叫ぶが、何の変化もない。
翔太が自力での‘狂化’が解除できないことにさらなる焦燥を抱くと、突然耳元で囁かれているかのような感覚に襲われた。
その声の内容は誰に対してなのかはまるで分からないが、その言葉のどれもが他者への憎しみで溢れており、それが翔太の身体に纏わりつくように次々とその数を増やしていく。
そして、翔太はその言葉にどんどん呑み込まれていく。
最初は抵抗をしていた翔太だが、身体は何かに拘束されているかのように動かせず、その声を聞かないようにしてもその声は翔太の頭の中に直接響き、どんどん彼の心を侵食していった。
そして最後に残された理性を消そうと、狂気が翔太を覆い始める。
『くそっ、このままじゃ俺の全部を奪われる……テイル、まだか!?』
その時、彼の目が森の中からひらひらと飛んでくる一匹の妖精を捉えた。
「流石、翔太様。ひとまずジューハっていう奴の無力化には成功したようですね~」
テイルはそんなお気楽そうな声で翔太に話しかける。
しかしそれに対して翔太はそんなテイルに言葉を返すわけもなく、ただ黙って彼女を見ていた。
否、テイルに狙いを定めていた。
今の自分がそう考えていることに気づいた翔太は必死にテイルに向かって叫ぶが、それは彼の心の中だけにしか響かず、外部に漏れることは一切ない。
「……次はお前か」
翔太の本心とは裏腹に静かな声音でそう言うと、翔太は飛んでいるテイルに攻撃を加えようと空中に飛び出した。
それに対してテイルは予想済みだと言わんばかりに、翔太の攻撃をひらりと躱すと、普段の様子からは想像もできないような速度で飛行していく。
本来ならばその速度はテイルの膂力だけでは出せないものだが、彼女は自分の身体を風魔法で包み込むと同時に周囲の気流を操ることで、その高速移動を可能としたのだ。
その速度は如何に翔太の反射速度が上がっているとはいえ、容易に捉えられるものではない。ましてや自由に身動きが取れない空中ならばなおさらである。
しかしその時、翔太は咄嗟に“反射壁”を自分の足元に展開することでそれを足場にして空中にその身をとどまらせ、軌道を修正した。
そしてそこから改めて跳躍すると、“反射壁”を解除して自由になった両手で飛び回るテイルに向かって何かを投げつけた。
その何かとは、周囲にばら撒かれていた小石である。翔太は空中に飛び出す前に予め手に持っていたのだ。幸いにも、適当な所から集めなくてもこの場所にはジューハとの戦闘で使われたものが多くあったため、探すのに苦労はなかった。
そして如何に小石と言えども、‘狂化’によって強化された翔太の放ったそれは、身体の小さなテイルにとっては散弾銃と変わりない。
だから、テイルはその小石を受けようとは思わず、ただひたすら回避に専念していた。
しかし翔太の狙いはその小石でダメージを与えることではない。
ちょこまかするような敵に対して、どうするのが一番手っ取り早いか。
それは敵の動きを止めること、もしくは動きを制限し、誘導することである。
翔太はただ闇雲に小石を投げたわけではない。翔太はあえて投げた小石にある程度の間隔を作ることで、テイルがそこに動くように誘導したのだ。
そして彼の目論見通り、テイルは小石の少ない安全帯に入って行く。
その瞬間、翔太は再び空中に“反射壁”を展開してそれを足場にすると、さながらロケットのようにテイルに突っ込んでいった。
翔太のその行動に対して、テイルはその場から離れようとするものの、既に小石によって逃げ場がなくなっていたため、防御をせざるを得ない状況となっている。
だからこそ、テイルは自身と翔太の間に空気を圧縮して作った、空気の壁を展開した。
しかしそれは翔太がアリスと初めて出会った時に見ているものである。故に、翔太は既にその対処法を心得ていた。
翔太が空気の壁に到達する直前、彼は短剣を進行方向に向けて構えると、そのまま眼前の壁に短剣を突き刺した。
それというのも、テイルの作り出したこの空気の壁はいわば、パンパンに空気の詰まった風船と何ら変わらないもの。
つまり、針のように先端の尖ったものに対しては極端に弱いのだ。
そんな翔太の予想通り、空気の壁にはいとも簡単に穴が開き、中から空気が漏れ出してしぼんでいく。
狙い通りの展開に翔太は笑みを浮かべるも、彼の中に「油断」という文字はない。
即座に足元に“反射壁”を展開してその場で跳躍すると、テイルの逃げ道に先回りするように回り込んだ。
翔太のその行動に対して、テイルは内心で舌打ちをしていた。それは決して逃げ道を先に塞がれたことではない。
テイルにも、防御以外の狙いがあったのだ。
(ちぇっ、翔太様がその場で留まっていたら、空気の壁の中に仕込んでおいた高濃度の酸素を吸わせることができたのに……)
呼吸をする生物にとって、酸素は非常に重要な存在である。しかし酸素単体で体内に取り込めば、それは毒を摂取することと何も変わらない。
翔太はテイルが風や空気を操ることができる事を知っていたからこそ、空気の壁に何かを仕込んでいる可能性を考慮したため、すぐにテイルの作り出した空気から離れたのだ。
これにより翔太は無傷でテイルに接近することに成功。後はこの小さな妖精に短剣を突き立てるのみ。
まさしく勝利を確信した瞬間である。
そうして翔太はテイルに向かって攻撃を加えようとする。
しかしその時、テイルは謎の笑みを浮かべていた。まるでここまでが狙いだったかのように。
それとほぼ同時に、突然翔太は見えない何かが首を締め付けているような感覚に襲われた。
(なんだ!?)
翔太は咄嗟に自身の首元に手を伸ばすと、彼の手には車のタイヤのような分厚い何かに触れたような感触があった。
その正体は空気の壁を応用した、いわば空気のロープである。テイルは強固な空気のロープで翔太の首を絞めていたのだ。
人が頸動脈の圧迫による意識のシャットダウンにかかる時間は約七秒。
つまり、翔太はその短い時間の中でこの危機から脱出しなければならないのだ。
しかし実際には脱出するのに五秒もかからなかった。
何しろ、ロープ以上の強度を持つとはいえ、所詮は圧縮した空気で作られている以上、その弱点は空気の壁と同じなのだ。
つまり、翔太はその空気のロープに短剣で穴を開ければいいだけの話である。もちろん、この時も漏れだした空気を吸わないようにすることも忘れていない。
そうして翔太が、漏れ出した空気を吸わないように片手で口と鼻を覆った。
しかしその行動が彼の命運を分けることになる。
翔太は確かに自身の口と鼻を覆い、テイルの操る空気を吸わないようにしていた。
それにもかかわらず、そんな彼を襲ったのは呼吸困難だった。しかし先ほどとは違うのは、呼吸ができなくなった感覚が、首を絞められているようなものではなく、喉に固形物を詰まらせたかのようなものだったことである。
翔太は手で口と鼻を覆った際、ゆっくりした動作ではなく素早い動きでそうしていた。
つまり、翔太の手が口と鼻を覆う前に、その間にあった空気を自らの手で鼻へと誘導するかのように近づけてしまったのだ。
そして、テイルはそれを見逃さなかった。
たとえ空気を吸わないように手で覆ったり、口を閉じたり、息を止めたりしても、鼻の中に空気が入りさえすれば、テイルの支配下にある空気を口腔内に届けることができる。
そうなれば後は、その侵入させた空気を圧縮して作り出した塊で喉に栓をすれば、翔太は呼吸ができなくなるというわけである。
喉に直接空気の塊を作り出されたことで先ほどのように短剣で穴を開けるということができないため、この攻撃自体を無力化することは現時点の翔太では不可能だろう。
そうして、意識が朦朧としていく翔太に唯一残された活路は、元凶であるテイルを倒すことだが、テイルはそんな翔太の思考を読んでいたかのように、既に翔太から十分すぎるほどの距離を取っていた。
如何に翔太と言えども、全速力で追いかけても僅か数秒で彼女に追いつくことはかなわないだろう。
そして翔太は薄れていく意識の中で必死に頭を回転させるが、それを考える時間も行動に移す余力もなく、ついに意識を失い、地面へと落下していった。
そんな翔太を見ながら、テイルは思っていたことがある。
その事と関係して、今更だが、翔太が狂化を使う前にテイルに教えていた狂化を解く方法は「狂化状態の翔太に戦闘以外の感情を思い出させればいい」というものだった。
しかしそれを見た時、テイルは「思い出させる」という部分を面倒だと思い、なおかつ「いったん気絶させた方が早いのでは?」と考えていたのだ。
故に、その考え通りの行動をしたテイルは、ぼそっと呟く。
「翔太様は私に何を期待していたんですかね?」
主人公、非戦闘職に負ける。
補足ですが、最後のテイルの発言について、翔太はテイルに止め方のアバウトな方法だけ伝え、具体案を丸投げしており、テイルが何か画期的な止め方を見つけるのではないかということと、翔太が初めて暴走した際、アリスはその肌を晒すこと(偶然)で翔太の気を逸らすことに成功しましたが、だからといってテイルがアリスと同じことをしようと思うわけはなかったという二つの意味合いでの発言です。
本当に、翔太は幼女(見た目のみ)に何を期待していたんですかねぇ?
※私事ですが、更新頻度がバラバラになったのは今更だけど、更新が一か月も遅れていたのに気づいた時は思わず驚きの声が上がりました(笑)




