9、今思えば、・・の子
俺たちのパーティは ペペルナが入った事でさらに安定し、順調に狩りを続けていた。
俺も時間を見つけては自己流だが訓練を続けている。現実問題として一番弱いので 何とかしないと情けない。
全体的な強さがパーティの強さという理屈は分かるが、いざという時に 仲間を助けられない実力では迷惑をかけるだろう。
だが、現実はそんな俺の理想など待ってはくれない。何日か狩りを続けていたある日、俺は空の上に居た。
「おぁっ、何だ、こいつ」
「れ、レンジーぃぃぃ」
「早くて魔法が間に合いませんよー」
硬い鎧のような鱗で覆われた足にガッチリと掴まれて 攫われてしまった。いきなり食われるよりマシだが、鋭い爪がキリキリと皮鎧を圧迫している。
身をよじって犯人を見ると、ライオンとマントヒヒを合わせたような変な顔で、背中に鳥のような羽を持つ異様な魔物である。イメージ的に言えば小説に出てくるマンティコア?が一番近い気がする。
何が出てきても不思議ではないのが異世界なんだし、油断していた自分が悔やまれる。
剣は攫われた瞬間に弾かれて落としてしまった。背に腹は代えられない、命有ってのものだねとも言う。
アイテム袋から極上の剣と言う奴を取り出した。
この体勢からは 足の指しか攻撃できないので、自分を切らないように切り付けると アッサリと2本の指が落ちていった。
グルォオオオオオオォォ
まさかの強烈な反撃に驚いたバケモノは 俺を廃棄処分にしやがった。50メートルほどの上空で。
そんな状況で剣をちゃんと袋に戻していたのは凄いと思う。
(ぬぉああああああ)
声にも出せない叫びをあげながら、落ちて行きましたとさ。
「く、これ以上 未開地に入り込むのは危険すぎるぞ」
「でも・・レンジ君が」
「一度戻ってギルドに相談してみよう」
「せっかく出会えた未来のパートナーが 魔物に食べられちゃったよー」
「ファー、まだ諦めるな」
自分の実力と状況を見て 正確に判断しなくては直ぐに死んでしまうのが冒険者だ。ミャウラ、ファニル、ペペルナの3人は 断腸の思いで引き返す決断をした。
目を開けると知らない・・美少女がいた。ええっ!。
そりゃあ驚くよ。だって、この子、裸だし・・。堂々と一糸纏わぬ裸の姿で俺に寄り添い 心配そうな顔をしている。見た目は15歳くらいかな、カフェオレ色の髪と目をしている。かわいい系の美少女だ。
目のやり場に困って周りを見ると かなり深そうな森の中だとわかる。こんな危険な場所に少女が1人で、しかも何の防御も無しに・・ますます分からない。
「ひょっとして 君が助けてくれたのか?」
「ん。落ちて来たのを受け止めただけだよ。へへっ」
色々聞きたくて話しかけたら 言葉が通じるのは良かったのだが、疑問はさらに大きくなってしまった。
受け止めた?、この子が?ウソだろと言いそうになってしまった。
「どうやって受け止めたのか 聞いても良いか」
「どうって・・お空を飛んで受け止めたんだよ」
そう言うなり 背中から大きな羽を広げて見せた。
えっ、羽の有る人間? 思わず見蕩れてしまった。
色や形は違うが その姿には天使のような荘厳さがあった。
「目が覚めたようだね。人間の男の子」
「!?」
何時の間にか 後ろには大きな存在がいた。強者である事を証明するかのように、堂々とした存在感を持っているのに 気配を感じる事も出来なかった。
「警戒しなくても何もしないよ。私の姿を見たことは無いのかい?人間達が飛獣と呼んでいる種族と同じなんだけどね」
「俺は最近 この辺に来たばかりで まだ見たこと無かった」
「ふふん、やはりそうなのかい。あんたの気配は死んだ あたしの旦那にそっくりでね、彼も他の世界から来た人間だったらしい。
あんたの隣に居る子は その人と私の娘でツツルフル・ピースって名前だよ。人間とのハーフって事に成るらしい。仲良くしておくれ」
俺が転移者なのを知っている?。それより、こんな大きい生き物と結婚した人間がいるだと。
「人間と結婚したんですか?。えーっと・・」
「ははっ、何想像してんだい。私も人の姿に成れるんだよ。でも、変化すると裸に成ってしまうからね、裸は旦那にしか見せたくないから実演はしないよ」
異世界は驚きに満ちている・・。
「かあさま、私 この人・・えっと名前 何?」
「あ、そうだった。助けてくれてありがとう。俺の名前はレンジ。近くの町で冒険者に成った」
「冒険者かい、それで レレンゲクロアに捕まったんだね。まぁ、自力で逃げたのは及第点だけど 落ちたのは詰めが甘いね。ツツルフルが居なかったら死んでた訳だし」
「未熟なのは認めるよ。ツツルフルは命の恩人だ」
「強くなりなさい、レンジ君。魔力を多く持ってて弱い生き物は 魔物達にとって最高のご馳走だからね。
狩りに行くにも細心の注意が必要だろうよ。あたしの旦那だった男は強かったよ。自分では強くないと思ってたらしいけどね。魔力が強くて階位も高いから、森の中で寝てても魔物が近寄れないくらいだった」
そうか、パーティの中で一番 不味そうな俺が攫われた訳が分かった。だが、良いことを聞いた。強くなる為の目標にも成るし、魔物の動向で 俺のレベルがある程度分かる事に成るな。
「あたしの娘をくれてやるんだ、死んだら承知しないからね。ツツルフルも気に入ったんだね。この子なら あたしも認めてあげる。つがいに成って立派な子を産むんだよ」
「ん、かあさま、私はレンジと共に行くよ」
えっ?
**********
「それで、大賢者様はまだ御戻りになりませんか?」
「はい。いかに シンビジウムの実権を全て譲られたとはいえ、あの方でなくては 解決しない問題も多い事でございましょう。この街に滞在されているだけでも 多大な貢献をされる程の方ですので、あちらの街の方々も 一日でも長く逗留される事を望まれるでしょう」
「そうね、領主の集まりでも 賢者様がこの街に居る事を羨んでネチネチ嫌味を言うバカも居りますしね。
まぁ、そんな事は些細なことです。あの方が居るだけで 1千匹近くの魔物が押し寄せて来る危険が無くなり、尚且つ 大量の魔石が流通して街が活気付いているのですから」
ここは、レンジたちが今現在 拠点としている街、ミケルティア。その領主ククルチア・フルーレク・ミケルティアは まだ18歳と若く、相談役で執事のレヨーゼフと協力して領内を切り盛りしていた。
そんな彼女にとって 大賢者と誰もが認めるローレシアが一時的とは言え 街に居を構え逗留している事が、大きな心の支えに成っていたのは無理からぬ事と言える。
「そう言えば、大攻勢を打ち消したのは 2人の冒険者と聞きました。賢者様が作戦を立案され、それを見事に成功に導く実力者なのに 聞いた事の無い名前らしいですね」
「一名はベテランパーティの生き残りです。パーティとしては知られておりましたが、個人的には陰に隠れていたようです。もう一名の方は一切の素姓が知れません。そして、賢者様が気に掛けておられるのも この者だけのようです」
「面白いわね、詳しく聞かせてちょうだい」
「はい、冒険者ギルドに登録しましたのが、実に作戦実行の前日で 賢者様と知り合ったのも恐らくその日と思われます。それ以前の情報は全く手に入りませんでした」
「凄いわね・・。実質 冒険者としては素人と言える人物を、あの大賢者様が信頼するだけでも凄いのに、 多くの人命のかかった計画を任されて 成功させた事になるわ」
「左様でございます」
「賢者様は いずれこの地を離れてしまう。でも、その冒険者には この街に居て欲しい。その者の情報を集めてください。少し様子を見て 危険が無い人物なら直接会って話が聞きたいわ」
「はい、すでに情報を集める為の専門家を 数名配置してございます。ご安心ください、ククルチア様」
年若い領主となったククルチアには、利権目当ての縁談が多数押し寄せていた。そんな話には一切興味が無いとは言え、いい加減ウンザリしていた所に楽しげな情報が入り、少女は年相応にわくわくしていた。
孫のような領主を心配している執事のレヨーゼフは、彼女の笑顔を見て 少しだけ自らも心が休まっていた。