25、今思えば、歴史的継承
「サトミさん、貴方に私の調合技術を受け継いでもらいたいの」
「はぁ・・・!えっ?」
サトミは個別にローレシアに呼び出されて戸惑っていたが、彼女の言葉を聞いてさらに困惑した。
エルフ族出身の大賢者として知られているローレシアの事は彼女も知っていた。同じ種族で人々から尊敬を集める憧れの存在である。本来、一般的なエルフでしかないサトミでは 対面する事すら夢のような出来事だ。
そんなローレシアが 技術の継承を申し出るなど、今日が初対面のサトミに対して言うような言葉ではない。
ローレシアが使う薬品の調合技術は 全ての国々が求める垂涎の秘術である。
万能薬と言っても良い彼女の薬は、医療技術の発展を阻害する事を懸念して 毎年決まった数しか世に出ない。その為、場合によっては一本のポーションがオークションで高額売買されるのだ。それを作り出す技術を教えるといえば 各国は国の威信を掛けて一番の知者を送り込んで来るだろう。
「なぜ、そのような事を仰るのですか?。あっちなどが出来る事とは思えないのですが・・」
「そう恐がらないで。それに、貴方にしか出来ないから申し出ているのよ」
「あっちなどよりも頭の良い方たちは沢山居るはずです。この塔にだって居るのではないですか?」
「勿論 塔の子達にも技術は伝えているわ。でも、問題なのは 一番大切なところで地球の知識を理解出来ないと薬が作れないことなの。要するに貴方のような転生者じゃないと全てを受け継ぐのが不可能なのよ」
多くの人を助けられる薬の技術、本当ならローレシアがそれを秘匿するはずなど無いのだ。伝えたくても伝えられない、彼女の長く孤独な もどかしさとの戦いでもあった。
「でも、でも。あっちは頭が良くないから憶えられないよぅ」
「ふふっ。大丈夫よ。必要な知識をコピーできる魔法がこの世界には有るのよ。地球にこんな魔法が有ったらチートだったのにね」 クスクスッ
「そんな魔法が有るなんて聞いたことない・・」
「大魔法使いだった私の友達が 自分の弱点を無くす為に作ったオリジナルだから誰も知らないわ。あ、そうよね、同じエルフだし魔力も多いみたいだから、私の魔法もコピーするわね」
ええーーーーーっ
この後、心の準備も出来ないうちに知識の継承が強引に行われた。そして、調合道具の入ったアイテムポーチをお土産としてサトミに持たせたのだった。
「貴方の大切なレンジ君には魔法が利かないわ。怪我をした彼を助けられるのは貴方が作る薬だけよ。それを意識していれば良い薬が作れるようになるわ。がんばってね」
「レンジにぃちゃんを助けられる・・がんばるよ」
くしくも、サトミは一番欲していた力を手にしていたのだった。
**********
「何で、あたいをこんな部屋に呼んだんだよ」
「貴方の驚く顔が見たいからよ」ふふっ
サトミと入れ替わりに部屋に入って来たペペルナはオドオドしていた。セッケンの材料を採取する植物の壷をダメにした代償は 結局レンジが持ち込んだ未開地の情報料で相殺した。
彼に迷惑をかけたと落ち込む彼女に追い討ちを掛けるように、鍛冶技術でも今のままではレンジの役に立てないと知らされ 心がへとへとに疲れきっていた。
そんな時は何事も消極的に臆病になるというのに、鬼に見えるローレシアから個別に呼び出しを受けたのだ。
「これが何か分かる?」
「何って・・鍛冶道具の槌だよ。あれっ、でも、こんな金属は見たこと無い、えっ、・・・これ何?」
「これは私の夫が晩年に使っていた道具よ。見たこと無いのは当然ね。これ以外に一つも無い金属らしいわ」
それを聞いたペペルナが驚愕の顔でカクカクとアゴを動かしている。
近年、英雄としての華やかな姿が目立っているが ローレシアの夫は鍛冶師である。チートなスキルや材料で作り上げた作品の数々は 再現する事が不可能な品であるため、彼が不世出の職人であることは 全ての国々が認めていた。
鍛冶職人を志すペペルナにとって雲の上の存在そのものなのだ。槌を持つ手が震えるのは無理も無いことである。
「その槌はペペルナさんに貸してあげるわね。もし使わなくなったら塔に返却してくれればいいわ」
「ひどいよ・・あんまりだぁ」
「あら、どうして?」
「こんなの恐れ多くて使える訳無いじゃんか。あたいが未熟だというのに・・いじわるぅ」
とうとう泣きながら抗議するペペルナ。ローレシアのアメとムチはそれほどにキツイのである。
「私が夫と出会ったのは彼が独り立ちしたすぐ後だったわ。大変だったのよ。彼ったら、自分で納得する物が作れないうちは食事もわすれて夜通し槌を叩いていたわ。ほっとくと倒れるまで続けるから強制的に食事とかさせたものよ。あの剣に近づくつもりなら それ位の事をしなくてはダメなの。貴方は彼に無い長い寿命が有るわ。死ぬまでに必ず近くまで行きなさい」
ペペルナの気性はローレシアの親友と良くにている。それゆえに気に入られ、そして見込まれていた。この子ならチート無しの彼を超えるかも知れない・・と。
それもそのはず、ペペルナは彼女の夫の師匠、名工と謳われたググルの孫なのである。純血のサラブレッドは至高の道具とめぐり合えたのだ。
「そうだ、ついでに此れも貸してあげるわね」
「あうっ、それも とんでもない代物だと分かるぞ」
出てきたのは変な形をしたハンマー?である。既に精神的にヘロヘロなペペルナはすっかり腰が引けていた。
「これね、あの人が生涯使ってた武器よ。カムロテンタも此れで倒したの・・・懐かしいわね」ふふっ
見た目より軽いハンマーの由来を知ったペペルナは 生まれて初めて気を失った。
そんなわけで、レンジ達と合流したサトミとペペルナは 主に精神面でクタクタになっていた。
ただし、サトミが深刻な顔をしていたのは単なる疲れが原因ではない。
「レンジにぃちゃん。ちょっといいかな」
「ん?どうした。一緒に風呂に入りたいのか?」
「えっ?」
タイミング悪く、レンジは塔の子達に大浴場の話を聞いていたところだった。突然の提案にサトミの心がグラグラと動いたのは内緒だ。
「ちっ、ちがうもん、いいから、ちょっと来てってば」
「おっ、おう」
広い訓練場のすみに引っ張っていく姿は本当に兄妹のようだ。しかし、彼女の表情は鬼気迫るものがあり、それを感じ取ったレンジも素直に付いて行った。
「おにぃちゃん、大事な話があるわ」




