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  作者: まころん
第1章
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「むしろ、嫌いです」

一日の勤めを労い(ねぎらい)酒を酌み交わし、その言葉はでた。



日中は、次の季節を感じさせる元気な陽ざしが照りつけるようにはなったが、北に位置する帝都は、そう簡単に次には行かせぬとばかりに陽が姿を隠せば未だ肌寒い。


宮殿の三階にある『黒耀の間』には、皇帝の頭脳といわれ若干三十歳で宰相となったイオリ・ドウエン・タイラと、傭兵から皇帝付親衛隊隊長となったドモン・ハリュウがいた。


「おいイオリ、今日カレンナ姫が、セシリエス殿下の所に押し掛けたそうじゃねえか」

「そうなんです。おかげで、陛下は、評議会を抜け出してしまいまして……。まったく、あの殿下は、本当にご自分では、なにも出来ないんですから」

そう言うと、宰相イオリは、眼鏡を押し上げた。


「でもよ、殿下が、グランに助けを求めたわけでもねえだろ」

カレンナが、皇宮に向かったことは、カレンナの宮から連絡が入った。それを聞いたグランは、イオリに「後は任せた」と言い、すぐさま席を立ち議会室を後にした。

「ええ、ですからなおさら始末におえないのです。自ら救いを求めずとも、周りから自動的に手が差し伸べられる」

「殿下は、人が良くて誰からも好かれるからな」


ドモンの言葉を、イオリは、フンッと鼻先で笑った。

「ただぼうっとしている天然だからとか、人が良いと言うことだけで、何もせずに全てが許されると思ったら大間違いです」

「まあな。でも柿探しの件では、殿下が自分で動いたよなぁ」

「ああいうのは、無謀というのです。先のことを考えず突っ走り、結局、周りのものに迷惑をかけ、周りの者が後始末をしたのです。あの後、私がどれだけ苦労したか」

「……そりゃなぁ」

「いいですか。物事というのは、状況を把握し、何をすべきかを的確に判断し、自ら労を惜しまず行動する。そして、自分の力で解決してこそ一人前というのです。前近侍エカシーらの事件も、最初に皇子として凛とした態度を取るか、誰かに通告すれば済んだ話です。全くもって手の掛るぼんくらです」

「随分ないいようだな。やっぱりお前、セシリエス殿下が好きじゃねえだろ」

「ええ。むしろ嫌いです」

宰相イオリは、手にしていたグラスを一気に呷った。顔色一つ変えず酒を飲む宰相イオリは、弱いわけではないが、好んで酒を飲む方でもない。

ドモンは、お気に入りの椅子に背を預け頭の後ろで手を組んだ。

「ふうん。……んで、お前がイライラしている原因は、なんだ?」

「私が、イライラしていると?」

「おう。お前がそうしてるときは、企みがはずれたか、それとも仕組んだ手筈が狂ったかってときだろ」

「……よくおわかりですね」

「短い付き合いじゃねえからな」

「……この私が立てた予定が、崩れまして……。『蒼の大地』リュイファ帝国の使者の到着が遅れています。多少の遅れは、天候やら諸事情で仕方がありませんが、十日以上遅れております。それも何の報告も良い訳もなしで……」





勤勉なロウダン帝国の民にとって、昼休みは大事な時間だ。1時間半のなかで、食事を取り休息し次の仕事にそなえ、また、家族や友人と語らう憩いの時間でもあった。



皇帝であるグランにとっても、今では、なくてはならない時間だ。以前なら、仕事しながら食事をし、休憩時間の意味も感じなかった。

しかし、兄セシルを迎えてからは、二人でゆっくりと過ごす貴重な時間となっていた。


象嵌細工の施された重厚な長卓が存在感を示している。この長卓の上で、代々の皇帝一家が、食事を囲み団欒した。

食後の茶を口にするグランは、長卓に隣り合う兄を見つめ満足気だ。

「兄上、今日も残さず召し上がられて、最近は体調もよろしいようでなによりです」

「うん。ここんところ、ずっと調子がいいんだ。……だから……」

「兄上、なりません」

グランは、セシルの言葉をバッサリと切り捨てた。一瞬前の甘さも何処かへ消えている。

「……グラン、俺、まだ何も言ってないけど……」

「この前も申しましたが、畑仕事など、以ての外です」

ここ数日、皇宮の居間である『樹冠の間』で繰り返された光景だ。


セシルは、今まで森の畑で様々な野菜を作っていた。いつもなら、そろそろ玉ねぎの収穫の時期だ。それが終わればじゃが芋と、これからの時期は、次々と作物が育ち実り、畑に行くのが楽しみでわくわくした。

今、遥か離れたこの帝都にいる身で、森に残してきた作物をどうすることも出来ないのはわかっているが、毎年行ってきたことだけに、畑のことを思うと気持ちがそわそわしてくる。せめて、ちょっとだけでも何か野菜を植え育てられないか、セシルは、そう思った。

「グラン、庭の隅っこで、これくらいで……、えっと、これくらいでもいいんだ」

セシルは、広げた両手をグランの顔色をうかがい肩幅まで縮めた。

「……兄上、敷地が惜しくて言っているのではない。兄上の体を気遣い言っているのです。それに、外はどうしても警備が手薄になる。散歩程度ならいざ知らず、畑仕事など」

「……」

そう言われたセシルは目を伏せた。


「グラン兄様、許して差し上げなさいよ。セシル兄様のささやかな望みじゃない」

声を上げたのは、セシルを間に挟みグランの反対側の席に座るカレンナだった。

「カレンナ、だからどうしてお前がその席にいる?」

「昼食を頂くためよ。決まってるでしょ」

「そういうこと言っているのではない」

この光景もここ数日続いている。

カレンナは、あの急襲以来、暇さえあれば、セシルを訪ねて来るようになっていた。昼前の茶の時間をセシルと過ごし、なし崩しに昼食も皇宮に居すわる。グランが、歓迎してないのは言うまでもない。


グランは、カレンナを無視しセシルを見据えた。

「兄上、お体の為に少しでも負担を掛けるようなことは避けるべきかと」

「……うん」

セシルは、目を伏せたままうなずいた。

セシルに勝ち目はない。相手は、自分の弟とは言え、鋼と呼ばれ人を従わせることに長けた皇帝グランジウスだ。


「あらグラン兄様、お体の為というなら、許可すべきですわ」

「何」

威圧を掛けるグランに、セシルを挟んだカレンナが、応えた。

「私、侍医長のモーリスに確認しましたの。そうしましたら、適度に体を動かすことは、体調にとってもよろしいのですって。無理をしなければ畑仕事も差し支えないとのこと。これが、モーリスからの書きつけよ」

セシルが思わず顔を上げ、グランが視線を尖らせれば、カレンナの手には、侍医長の印が押された封書があった。


「グラン兄様、駄目なら、うちの宮にセシル兄様の畑を作るわ。そして、毎日二人で手を取り合って畑仕事をするの。素敵だわぁ」

「カレンナ、何を言っている!」

それに、とカレンナは続けた。

「力仕事は、ワンヘイに任せればいいわ。ねえワンヘイ、そうでしょ」

その言葉に、近侍ワンヘイは、胸に手をあて大きな体をかがませた。

「恐れながら陛下。私は、修行時代、畑仕事も一通り学びました。セシリエス殿下のお役にたてれば、これ以上の喜びはございません」


グランは、眉を顰めた。

「体のことばかりではない。警備の問題もある」

「グラン、実はなぁ」

グランの後ろに控え、これまで成り行きを黙って見ていた親衛隊長ドモンが、口を開いた。

「殿下付親衛隊班長のオルゲムントが、警備を増やしたいと言ってきてな。殿下付きを希望する隊員も多くてな。俺も許可したんだ。だから、警備の心配は、いらねえ」

「……ムゥッ」

グランは、唸った。



親衛隊長ドモンは、宰相イオリの言葉を思い出していた。

イオリ、お前の言ったことは、確かに正論で反論する余地もねぇ。

なんの力もないセシリエス殿下が、皇宮で畑仕事をしたいと望めば、多かれ少なかれ誰かに迷惑をかける。確かに、手のかかるぼんくら様だ。


それでも、殿下のその望みをかなえてあげようと、今、周りは勝手に手を差し出している。みんな、この殿下のために何かしてやりたいと思ってる。

でも、まあ、たまには、いいんじゃないか。こういうのも悪くない。


逆に、お前が、殿下を嫌いならそれはそれでいいさ。それでいい。



数日後、皇宮の庭の一角が畑になった。


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