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  作者: まころん
第1章
43/70

42

セシルは、困っていた。

今の気持ちを表すのに、困ったという以外にない。


セシルに新しい近侍がついて数日がたった。

初日に宣言した通り朝の六時半になると、セシルエス付き近侍二人がセシルを起こしに姿を現す。

通常、近侍は、一人の主人を三人で担当し、二人ずつ交替で付く。

今日の担当は、近侍頭エカシーと一番若いニラカスだった。

「セシリエス殿下、御起床願います」

「…………」

「『色なし』殿下、いつまで、寝ていらっしゃるおつもりですか」

「……ん……」

セシルは、なんとか目を開けた。

その後は、初日と同じ光景が、繰り返された。

二人の近侍は、やはり〝色なし〟〝下賤 〟〝 汚らわしい〟と罵詈雑言をセシルに浴びせた。いつのまにか、呼び名も『色なし殿下』になっていた。


朝食も、無理して早く起きる為、余り喉を通らない。必然的にその後の食事も細くなる。

このままいくと、体調を崩し、面倒をかける。そして、グランが、心配する。

困った。


近侍たちの言動は、気にならないと言えば嘘になるが、それより、誰かを煩わせることが、厭だった。

だから、この状況は、困った。


かと言って、セシルは、事を荒立てる気もなかった。

ムロトの一件で、自分が何かをすれば、影響が大きいことが身に染みた。自分が、申し立てなければ誰も気づかない。『新緑の間』も『樹冠の間』も密室だ。

セシルに忠誠を誓う飴玉隊は、扉一つ隔てた廊下にいる。



昼になると、今日も、グランは忙しく皇宮に戻れないと伝えられた。ここ数日、普段の忙しさに加え、皇帝の兄の公布、祝宴の準備が重なり抜けだすこともできなかったのだ。

一人だけの昼食をどうにか終え、日課としている午睡を取った。


目覚めたセシルは、グランが許可してくれた皇宮の庭を散歩して見ることにした。部屋の窓から見える庭は、森に比べれば、小さな自然だが、その中に身を置くことで、心と体を回復したかった。


問題は、近侍たちだ。恐る恐る、近侍頭エカシーに申し出た。

「……あ、あの、……庭に出たいんですけど……」

セシルの言葉に、エカシーは眉を寄せたが、年若い近侍ニラカスと視線をかわすと、「かしこまりました」と了承してくれた。



セシルが外に出る時は、警備の為、親衛隊も付くことになっていた。今日の担当は、髭面ボウスと巨漢デガントだ。デガントは、先日宮殿を訪問した際(訪問と言うには、若干激しかったが……)門兵二人を、宙吊りにした男だ。

親衛隊デカントを先頭に、セシルの前を近侍二人が、後ろを髭面ボウス固めた。


皇宮の敷地は、広い。手前の中庭は、いつも部屋の窓から眺めていた庭だ。小ぢんまりとした池があり、美しい花が整然と並び、中の小道には石畳が引かれている。

セシルは、ゆっくりゆっくりとその道を歩いた。

思いっきり外の空気を吸い込む。爽やかな風が、頬をなでる。池には噴水があり、飛び散るしぶきが陽に照らされ煌めいている。

ああ、気持ちいい。心と体が、喜んでいるのがわかる。いつのまにか胸のもやもやも消えていった。


セシルは、散歩が許されるのは、この中庭だけかと思っていた。しかし、思いも掛けず近侍頭エカシーが、「もう少し、歩きましょう」と提案してくれた。案外、優しいのかもしれない。



エカシーの案内で、敷地の奥へ進み、木々の間の人一人通れる狭い小道を通り抜けて行くと、池があった。湧水を利用した池で、大きく深い。中庭とは違い、鬱蒼とした木々に囲まれ厳かな雰囲気を漂わせていた。

その池は、セシルの胸に森の湖を髣髴させるのに十分だった。



一方、親衛隊は視線をきつくした。

こういう場所は、警備がしづらい。見通しが悪く、剣を木々がさえぎる。

大切な殿下に何かあってはならない。二人は、周囲に目を光らし警戒した。



セシルは、池の淵に佇んだ。

湧きあがってくる彼方にあるアモルエの精霊の湖。

生まれた時から目にしてきたその湖の前では、自分を裸にすることができた。

自身を取り巻く全ての雑音から耳を塞ぎ、目を瞑る。空っぽになった。


惹かれる想いに、自然と足が前に踏み出す。

「殿下、危ないですから御手を」

声に目を開ければ、近侍ニラカスが手を差し伸べていた。

やっぱりこの人も、本当は優しい人だったんだ。セシルは、何の疑いもなく笑顔を添えて手を差し出した。


次の刹那、バシャーンという音と共に水面に大きな水しぶきが上がり、親衛隊デガントが、池に飛び込んだ。



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