26
アランは、次の日、夜明け前に起きた。
「おい、起きろ。朝駆けに行くぞ」
そう言って、酒と女の余韻に浸り、だらしなく寝そべる友人たちの布団をはいだ。女たちは、ついさっき、ほくほくと帰って行ったばかりだ。
「アラン、急に何だ。頼むから寝かせてくれ」
「何を言っている。お前たちだけ良い思いをしたんだ。今朝は、私に付き合え」
そう言われれば何も言えず、男たちは、しぶしぶ支度を始めた。
昨夜、アランは、お気に入りの場所から戻ると、誰もいない保養所の帳場に忍び込んだ。幼い頃は、ここも遊び場だった。
宿帳をみつけ、中をめくり、そこにあった東の客の名は、
「 ズシーヨ・ドウエン・タイラ 」
全てが、つながった。
その後、すでに自分たちの居室に引っ込んだ保養所の夫婦を訪ねれば、喜んで迎え入れられ、そこから、東の客が、明日、早く発つという事も知った。
叩き起こした腑抜けの悪友どもを引き連れ、アランは、薄暗いロビーに来た。まだ、待ち人の姿はない。ソファーで一息入れていると、……現れた。
一団は、護衛の男たち三人が前後を囲み、その中に従者、ショールをかぶった男、そして、もう一人 ――。
(変わっていないな。学舎時代から)
腑抜けの一人も気づいたらしく、おもむろに立ち上がった。
「……おい、ズシーヨではないか」
その声に、一団は歩みを止め、呼ばれた本人は、声のした方を向き驚いた顔をしている。
立ち上がった男は、「やはりそうだ」と一団に歩み寄った。それにつられ、他の腑抜けも立ち上がり、よたよた続いていく。アランは、数歩遅れて最後尾につける。
「ズシーヨ、久しぶりだ」「東側の客は、お前だったのか」
「お前たち、……アラン様。どうしてここに」
男たちの後ろにいる形のアランが、流麗な笑みを浮かべる。
「同じ学舎で学んだ仲だ。前にも言ったが、アランでいい。それに、今回は、忍びだ。君も、だろう」
「……はあ」
男の一人が、ズシーヨの肩に手を置いた。
「……噂は、本当だったんだな」
「……噂?」
「ああ。お前が旅に、……自分探しの旅に出たと」
「はっ?……(敬愛する兄上、これはあなたのお望みですか)……ま、まぁ、そんなものだ」
と、ズシーヨは、頷く。
男たちとズシーヨが、言葉を交わしていると、アランは、腑抜けの中でも酒と安い化粧の臭いを人一倍漂わせている男に囁いた。この男は、両刀使いだ。
「あの、ショールの男、なかなかの美形と見るが……」
「……確かにな」
男は、にやりと卑猥な笑みを浮かべた。まだ、色事から離れてさほど経っていない。
一瞬だった。男が、ズシーヨの脇にいたセシルのショールをはぎ取った。
「あっ」
セシルの髪と瞳が、さらされる。
まだ陽が差し込めない空間に、なにものにも属さない崇高な白が、輝きを放った。
「……き、貴様、『色なし』かっ?」
男たちが、気色ばむ。
マヒロは、セシルの前に立った。先頭にいたゲンセイは、警戒を巡らす。しかし、それ以上の事は出来ない。二人は、今、立場上ズシーヨの家臣で、対する男たちは、貴族。うち一人は最高位の公爵家の人間だ。貴族にとって身分の差は、絶対だ。
「なに、『色なし』だと。下賤な『色なし』が、なぜここにいる」
「『色なし』風情が、アランを差し置いて一番良い部屋だと」
「卑しい『白』が、ふざけおって。貴様のせいで」
男の一人が、剣を抜いた。それを見た他の二人も勢いに任せ剣を抜く。
護衛の騎士も、剣に手を掛けるが、ゲンセイが、視線で抑え込む。
「我らに剣を向けるつもりか、護衛ごときがっ。ズシーヨ、どういう訳があるのか知らぬが、この『色なし』も護衛たちもアランに対し、無礼であろう。どう落し前をつける気だ」
貴族の男たちに怖いものはない。公爵家嫡男アランが後ろにいるからだ。
「ズシーヨ、この無礼な『色なし』をよこせ。さもなければ、ただではおかんぞ」
「そうだ。詫びを入れさせてやる」
「ズシーヨさん、俺……」
身じろぐセシルをマヒロが押さえる。
ズシーヨは、動けなかった。ズシーヨは、貴族だが、爵位は子爵だ。貴族の中では、上位ではない。目の前にいる男たちは、級友とは言うが、全員自分より上位の貴族だ。逆らうことは出来ない。
不快な臭いのする腕が、セシルにのばされた。
「おい『色なし』、……その体で許しを請うなら考えても良いが」
両刀使いの男が、色情をやどした瞳で告げた。
怖さと気持ち悪さにセシルの呼吸が止まる。
「やめろっ」
叫んだのは、ズシーヨだった。
「こ、この者は、私の遠縁の者だ。そ、それに、『白の民』への差別は、先代皇帝ダヴィーグ様が、法をもって禁じた。我々も学舎で教育を受けた。忘れたとは言わせないぞ」
「何だとぉ」「たかが子爵がっ」
「お前たち、止めないか。ズシーヨの言うとおりだ」
男たちの後ろにいたアランが、セシルの前に立つ。間にセシルをかばうマヒロがいるが、視界に入ってはいない。視線がとらえるのは、『白の民』のみ。間近に見る『白の民』は、真珠の瞳でアランを見つめ返す。気を付けなければ、その瞳に吸い込まれそうだ。
アランが、すっと手を動かした。その動きに周りに緊張が走るが、アランは、その手を自身の胸に当てた。
そして、
「私の友人が、失礼をした」
と、『白の民』に頭を下げた。
「アラン、何を」
公爵であるアランが頭を下げたことに悪友たち、だけでなくズシーヨも驚いた。
アランは、男たちを見据えた。
「お前たちが悪い。酒が残っているとはいえ、お前たちの言いがかりだ。」
「しかし……」
「私が、止めろと言っているのだ。わかったな」
その言葉に男たちも剣をおさめた。
アランは、もう一度、セシルを向き、手を差し出した。
「私は、アラン・ナンジョウ・ローダンゲン。よろしく」
セシルもその手を遠慮がちにとり名乗った。
「セシル・ア、アモウです」
その返答に、アランに抑え込まれた男たちが、また噛みついた。
「おい、一族名を名乗らぬとは失礼ではないか。アランが名乗っているのだぞ」
「あ、ごめんなさい。……一族名は、えっと……」
セシルは、森の中で、ただのセシルで過ごしてきた。しかし、皇族、貴族は、家名の後に、祖先を同じくする一族の名を持つ。普段、呼び合うときは、使われないが、正式に名乗る時、書する時に示す。
この旅の為に、家名は、バナルから借りた。一族名は、設定上、ズシーヨから借りた。
しかし、この騒動で、飛んでしまった。
「貴様、自分の一族名を知らぬというのか」
「いえ、あの、えっと……」
ズシーヨとマヒロが、やきもきしながらセシルをみる。
「タイラではないのか」
助け船を出したのは、意外にもアランだった。
「ズシーヨの遠縁ならそうだと思うが」
「そうです。それです。あ、ありがとうございます。」
ふ~と、セシルが安堵の息を漏らすと、アランが、華麗なバラと称された笑みをセシルに向けた。その美貌に思わずセシルも頬を染める
「セシル、私は、ズシーヨとは、学舎時代の級友でね。よかったら、君とも友だちなりたいのだが、いいだろうか」
「え、友、だちですか」
「そう。嫌か?」
「そ、そんなことないです。俺、そんなこと、言われたの、初めてで……。よろしくお願いします」
「ふ、ふっふっふっ……。セシル、君はおもしろいね。帝都で、また会おう。ズシーヨ、君にもすまない事をした。こいつらも、悪気はなかったんだ。級友のよしみで許してやってくれ。それでは、失礼」
アランが、その場を離れると、男たちも慌てて後ろに従った。ロビーが、静かになった。
残されたセシル一同が、立ちつくしている中、一番に口を開いたのはゲンセイだった。
「ズシーヨ殿、大丈夫ですか。御役目、御苦労さまでした」
見れば、ズシーヨの膝が震えている。
茫然としていたセシルも、ゲンセイの言葉で我に返る。
「ズシーヨさん、ありがとうございました。俺のこと庇ってくれて……。本当にありがとうございました」
「ふん」
「まあ、ゲンセイ隊長の受け売りですけどね」
「煩いぞ、マヒロ。この件は、私のおかげで解決できたのだ。私に感謝しろ」
「はいはい。どうやら、いつものズシーヨ様も戻ってきたようなので出発しますか、隊長」
歩みを進めながらセシルは、自分の手を見た。さっき、アランが、握ってくれた手だ。セシルは、初めてだった。
あれって、握手って言うんだよな。……優しくて、華麗で……友たちのアラン。
……帝都で会おうって言ってた。
その帝都に自分も向かっている。
帝都は、もうすぐそこだ。
次回から、第2章 帝都編が始まります。よろしくお願いします。




