趣味の音楽について。
21日で前述した通り、実は趣味で音楽をやっている。親友のひとりだけがこの事実を知っているが、実際にできた曲は1曲のみだ。しかもその1曲もやや未完成なため、実際には0である。ニコニコ動画などで歌ってみたを投稿したこともあったが、それは遠い過去の若い自分だ。すぐに削除もしたしもう目には入らないだろう。今でも歌ってみたの音楽ファイルはパソコンには残っているが、もう何年も手はつけていない。
今作曲しているものは何曲かあるが、必ず完成させたい曲は1曲だけだ。何となくコンセプトを決めて作曲にあたっているが、ほとんどボツになってきた。作曲をしている中で過去に習っていたピアノを思い出すがそれ以外の楽器についてほとんど無知識だということが少し大きい壁ではあるが、この人生でかなり音楽は聴いてきたという自負がある。憧れたアーティストは何組もいるが、みな一流のアーティストで下手くそなりに分析したりしてその人っぽく曲を作ってみたこともあった。まぁ全てボツになっているのは言うまでもない。
ボクはきっと音楽よりも言葉を綴ることの方が慣れているようで、まぁ義務教育を受けている身からしてみればそれは至極当然のことだと感じていた。言葉ばかりが浮かびメモ書きに綴ってあるが、それを表す音楽は全く出来ないままだ。
最近は音楽を作るにあたってインスト曲も沢山聞いてみているが、まずそこまでインストが完成させられず、言葉を吹き込むまでに至らない。そうして気づけば2年程経ってしまった訳だ。
作りたい音楽はもっと複雑なものだが、複雑すぎて手が止まっている事実を受止め、最近は最低限の部分だけ作って言葉を吹き込むようにした方がいいのではと気づいた。でもそのやり方はかなり静かな音楽、バラードほど壮大ではないし聴いてて面白くもなんともない音楽になりそうだと感じている。それはぼくの作りたい音楽ではないから本当はいやだ。作曲の進め方は人により違うが、このやり方は自分に少しあっているのかなと思い数日前から実行してみているという訳だ。
だが、圧倒的に時間が足らない。そう言い訳をして進捗が芳しくないことに諦めを付けようとしている自分も大嫌いだ。普段からゲームをよくする人間ではあるのだが、頭を殺してできる楽な娯楽に流れてしまう意思の弱さが本当に不甲斐ない。もういっそゲームを全て削除して音楽に更に触れようと思ってはいるが、それでは逃げ道が無くなり自分が辛くなることを自覚しているからそれはしない。なんとも怠惰なにんげんだ。
やりたいことをやりきれないのは自分の怠惰のせいだというのに、言い訳を考えてそれを正当化させて頭に認識させようとしてしまう。きっと怠惰な性格は変えられないのだろうが、変えなきゃボクは幸せになれないし、望みも叶わないままだ。こうして言語化することで自分に自覚させ、自分を励まして音楽を明日も作ろうと思う。




