古義の突撃とマネ志望⑫
それから日下部は取り繕う事を止めた。宮坂が『おま、なんか入部の頃と違うな……』と顔を引きつらせていたのは、記憶に新しい
『少し生意気なくらいがカワイイじゃない』そう言ったのは風雅で、『でもしのぶんって結構顔に出てたよね?』と笑っていたのは小鳥遊だ。
『ん? 日下部はずっと日下部だろう!』岩動はおそらく、細々とした事は考えていない。
変わらない部の温度。"チーム"の中に、居心地の良さを感じたのは初めてだった。
中学最後の夏、古ぼけた金網のバックネット裏から憧れた情景。今は自身がその一員なのだと、歓喜が背筋を駆け上がった。
入部数日にして、日下部は上級生達への感謝と尊敬を強く抱いていた。特に、救い上げてくれた深間には、多くを返したいと思っていた。
三年生であるこの人にとっては、今年が最後の夏になる。
恩義を返す、最初で最後のチャンスだ。
そう、気持ちを新たに奮起した時に現れたのが、古義だった。
ソフトボールへの情熱がある訳でも、このチームに魅せられた訳でもない。自身の過去を"やり直す"為に、入部してきたという。
ふざけるな。このチームは、お前の為にあるんじゃない。
更に"元野球部"と聞いて、その嫌悪に拍車がかかった。
心の底が冷えていく。なるほど。"アイツら"の、仲間か。
「……俺は、このチームの中で、寂しいと感じた事はないが」
ふいに届いた深間の声に、日下部の思考が浮上する。
心ここにあらずのまま作業的に球を放っていた右手が、ピタリと止まった。
「……同じ位置に立つ人間がいたら、また別の景色が、あったんだとは思う」
「っ、深間さんは、僕に古義と仲良くしろと言いたいんですか」
「……いや。そういった"調和"は不要だと、いっただろ」
(っ、覚えてた)
ならなぜ、こんな話しを。
深間の意図がわからずに、日下部は困惑のまま、ただ深間を見上げる。
その表情が、まるで迷子の子供のようだと、深間は感じた。
「……過去が、全てではない」
「っ!」
それきり、深間は言葉を発する事なく下ろしていたバットを構える。
何かに耐えるように唇を噛み締めた日下部が、再び球を放ってきたのは、ほんの数秒後であった。
この程度の遅れなら、直ぐに取り戻せるだろう。頭の中で算段を立てながら深間はバットを振り続ける。
日下部の表情は依然として曇ったままで、その事は逆に、深間を安心させた。
まだ、迷う余地があるのだ、と。
最後の一振りをネットに叩きこんで、深間は横目で視線を流す。
そこには、高丘の上げた球を必死の形相で振りぬく古義の姿。「そんなに力まなくとも」と高丘に笑われ、「スミマセン!」と顔を赤らめている。
古義なら、おそらく、きっと。
願望に近い思いを抱きながら、深間は叩き込んでいたネットの袋部分を日下部と共に引き上げた。




