72話
そこに立っていたのはクロイツェフ=サーベルグその人だった。
「お久しぶりですねクロ殿。それに初めてお会いする方もいるようだ。私はクロイツェフ=サーベルグ。魔王皇が1人、謀略のサーベルグの腹心を務めさせて頂いております。……表向きは、ですが」
「え?」
「どういう事だ?」
クロイツェフの言葉にクロと片目は困惑した。表向き、とはどういう事なのか。それではまるで本当は違うと言っているようなものではないかと。
クロイツェフの後ろからゆっくりと影が現れクロイツェフの体にしだれかかるように身体を寄せた。それは先に入口に入っていったコーデリックだった。
「ホントの事まだ話してなかったの? サーちゃん」
「ええ、前にお会いした時はゆっくりお話できるような状況ではありませんでしたから」
コーデリックは今クロイツェフを「サーちゃん」と呼んだ。そして過去にコーデリックは魔王皇サーベルグを「サーちゃん」と呼んでいた。これらの事実が示すものは一つしかなかった。
「まさか、実は貴様が魔王皇だとでも抜かすつもりか? 淫乱吸血鬼」
「……まあ概ねそのような感じです」
片目の挑発じみた質問にもやり返す事はなく、淡々と返してくるクロイツェフは以前とは印象が違って見えた。
「まあ、あれこれ説明するよりも見てもらった方が早いでしょう」
そう言って身体を翻し奥へと歩いていく。慌ててクロ達も付いていく。
やがて、ドアの前で立ち止まると設置されていたタッチパネルを押す。チン、というユータの故郷では聞きなれた音と共にドアが開いて2人は中に入る。
「エレベーターか……」
ユータが感心したように言う。やはりここの科学技術は相当高いらしい。
クロ達も中に入るとドアが閉まり、エレベーターが動き出す。上下に動く未知の感覚にクロ達はおっかなびっくりだ。片目も多少動揺したようだが相変わらず厳しい目でクロイツェフを睨んでいる。
再び音がしてエレベーターが停止すると、ドアが開きクロ達は外に進んだ。部屋の中は真っ暗で何も見えない。クロイツェフとコーデリックは躊躇する事も無くスタスタと先へ進んでいく。その歩みに合わせるように照明が次々とライトアップされていく。
そして、露わになった物を見てクロイツェフとコーデリック以外の全員が絶句する。
「こ、これって……何?」
「脳味噌だな。最もこんなデカいものは見た事もないが」
そう、ユータの言う通り姿を現したのは透明のガラスケースのような物に包まれた1メートル程もある規格外のサイズの巨大な脳だった。
「何だこの趣味の悪いオブジェは。まさかこれが貴様の本体だとでも言うつもりか?」
「……先に言わないでくれませんかねえ。そうです。この巨大な脳こそが魔王皇が一人、謀略のサーベルグの『本体』です」
「本体? じゃあお前は何なんだよ」
「まあ私も本体と言えば本体なんですがね。肥大化して頭蓋骨に収まりきらなくなった脳を摘出して保護してあるのですよ。脳波を魔導技術……科学技術と魔法を組み合わせた物ですが、で飛ばして肉体を遠隔操作しているのですよ」
「「「………………」」」
あまりの事実に全員開いた口が塞がらなかった。
「ああ、ついでに言っておきますと私が今のような事になったのは今から百年前くらいの事ですから。隠していた訳でも騙していた訳でもありませんよ。片目殿」
「『殿』だなんてつけるな気色悪い。騙すも何も貴様が何を抱えて何を秘密にしていようと貴様の勝手だろうが。馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように言った片目だったがクロイツェフはどこか安堵したように笑っていた。
「そうですか」
「サーちゃんはね、とっても頭が良いんだよ。ユータ君が着けられていた爆弾を外せたのも彼のお陰なんだ」
ユータが視線を向けると、
「ああ、あの非人道兵器ですか。あれは女神信仰者の常套手段なのでね。撃退した女神信仰者から回収して研究解析したのです。その時はコーちゃんにも手伝って頂きましたね」
ねー♪ などと言って顔を見合わせている。2人が仲がいいというのは本当らしい。
「コーちゃんから話は伺いました。ここなら絶対に女神信仰者達の侵攻は届きません。しばらくはここに身を寄せるのがよろしいでしょう」
そうクロイツェフ、いやサーベルグは進言した。




