73話
サーベルグはメグロボリスへ逗留する事を提案してくれた。それは素直にありがたい。しかし、今はそれよりも気になる事がある。言葉に出さずとも皆の考えている事は同じだった。それを感じ取ってか、サーベルグは問いかけた。
「気になりますか? この脳が」
「そりゃ、まあな……何をすりゃそんな大きくなるんだよ」
ジュレスが全員の代弁をした。
「そうですね……長い話になりますがよろしいですか?」
全員が黙って頷くのを見てゆっくりとサーベルグは語り始めた。
「ご存知の通り私は吸血鬼。吸血鬼の好物と言えば……」
「処女の生き血、か?」
「ご名答。よくご存知で」
「オレの故郷に伝わる吸血鬼と同じだな」
「ほほう、それは興味深い。貴方さえよろしければ後で色々その故郷についてお聞きしたいものです」
ユータが異世界の人間だという事を知ってか知らずか、サーベルグはユータの故郷に強い興味を示した。話が脱線した事に気付いたのかゴホン、と咳払いをして話の続きに戻る。
「若い頃の私はヤンチャで、人里に降りては美女を探し軟派しておりました」
「ナンパ? 襲うんじゃなくてか?」
故郷の吸血鬼とのイメージの違いに思わずユータは声に出してしまう。
「そういう事をする者がいるのは否定しませんが、私は同意の上でほんの少し血を分けて頂いていました。そんな事を繰り返していた時、同じように人里に紛れ込み人間と交わっていたとある魔族とかち合ってしまいました。お互いに正体には気付かず、ね」
サーベルグは名前を出さなかったが、ユータ以外の全員の視線が片目に集まっていた。片目は特に動揺する事もなく平然と視線を受け止めていた。
「その魔族と大喧嘩して挙句に人間の軍隊に追い払われた私は流石に反省し、誰これ構わず誘うのは止めて、真面目に一生の伴侶となる人間を探す事にしました」
「そして私は1人の少女と出会いました。私と彼女は愛し合い、契約を交わしました。私と契約を交わした事により彼女は私と同じく吸血鬼となりました」
「血を吸って、ではなく契約によってか。なるほどな」
ユータが感心したように言った。
「ところが、大きな問題が起きてしまいました。彼女は元々病弱で、不治の病に侵されていたのです。吸血鬼になってもそれは変わらなかった」
思わぬ話の急展開に全員の眉が寄るがサーベルグは構わず語り続ける。
「その時の私はまだまだ若輩者で、青かった。自分達のした行いがどういう結果をもたらすのかまるで分かっていなかったのです。吸血鬼になれば、死なない。生き続ければいつかは治せると信じて疑わなかった」
「それからの数十年間私は懸命に治療法を探し続けました。けれども治療法は見つからず、彼女は日々の苦しみに懸命に耐えながら待ち続けたのです」
「「「………………」」」
「私は諦められなかった。どうしても、元気な彼女の姿が見たかった。それが彼女を苦しめると分かっていて、なお。そうして限界まで耐え続けた彼女は、壊れてしまった」
「壊れた、とは?」
片目の質問にサーベルグは淡々と答えた。
「彼女は私の事も、自分の事も何も分からなくなり、『殺して』それだけしか言わなくなりました」
「そんな……そんな事って……」
「私は彼女を眠らせてあげる事にしました。そしてその後自らも死ぬつもりでした。……ところが、私は死ねなかった」
「不死の吸血鬼と言えども弱点はあるんじゃないのか? 十字架とか、木の杭とか」
ユータの言葉に感心するようにサーベルグは肯定した。
「そうです。吸血鬼といえども弱点はあり、それを突けば死ねる筈でした。ところが、私は死ねなかった」
そう、サーベルグは死ねなかった。十字架を掲げても、木の杭で心臓を貫こうとも、日の光を全身に浴びても死ななかった。
「皮肉な事に彼女を助ける為に行ってきた様々な努力が、自らの体で試してきた数々の実験が吸血鬼の弱点を克服させていたのです。私は真の不死となり、やがて魔王と呼ばれるようになったのです。私の心だけを置き去りにして」
コーデリックがそこでサーベルグにもたれかかり声をかける。
「そこでボクと出会ったんだよねーサーちゃんは」
「そうです。そこで私はコーちゃんに出会った。魔王皇コーデリックに」
「一目見て分かったよ。この人はボクと同じなんだ、寂しくて寂しくてしかたないんだって」
「彼は私の孤独を理解し、そして寄り添ってくれた。時には言葉を交わし、時には身体を重ね、あらゆる方法で対話し、私の苦しみを癒してくれたのです」
「50年くらいかかったよねーあの時は」
「「「ご……!」」」
アッサリとコーデリックが言い放った年月の重さに一同は絶句した。
「そうして立ち直った私に、彼は夢を語ってくれたのです。世界中の皆と仲良くなって、この世から苦しみや争いをなくすーー『世界征服』をしたい。一緒に、目指さないかって」
「コーデリック……君って人は……」
堪らなくなってクロが声をかけるとウフフとコーデリックは笑みを浮かべた。
「凄いでしょ? それからサーちゃんは僕の夢のために全てをかけて動いてくれたんだ」
「そうして新たな人生の目標を手に入れた私は、様々な事に着手しました。人と魔族が平等に暮らせる国家の建設、豊かな国土を作るための土壌改善、国家を危機から守る為の巨大防壁の建設、各地に散らばるオーパーツを解析し科学技術を発展させ、首都メグロボリスを大発展させました。そうする事が、自分が生きている証ーーかつての過ちを償う事になると信じて」
「そうやっていっぱい頭を使ってたくさん努力していくうちに、サーちゃんの脳はどんどん大きくなっていったんだ。内側から膨らんで、頭蓋骨に圧迫されるくらいに」
「あの頃は最悪でしたね。大きくなりすぎた脳が常に圧迫されて頭痛で気が狂う程でした」
「それで、脳を外に出したという事か」
片目が納得したように言うが、コーデリックは首を横に振り、
「それがねえ。その後数十年間頑なに耐え続けたんだよ、サーちゃんは」
「数十年って、まさか……!」
クロが何かに気付いたように叫んだ。
「そうです、彼女が私のために耐え続けたのと同じだけの時間、私は耐え続けました。常に苦痛という刺激を与えられ続けた脳は更に進化していき、私の手がけた事業の発展は留まる事を知らずいつしかマガミネシアは西のザカリクと並び超大国と呼ばれる程にまでなったのです」
「そうしてやっと脳を外に出したらどんどん肥大化していっちゃって、この有様なのさ」
コーデリックが胸を張り指指した先には、直径1メートル程もある脳が鎮座していたのだった。
「脳がこんな有様なのでね。かと言って外部にこの現状を知られたくもない。考えた結果として脳を覗いた身体の部分を『腹心の魔族』と言う事にして遠隔操作して政り事を行う事にしたのです」
「そうして部下に面倒事を全部押し付けて自分は安全な所でコソコソ悪だくみしてるって誤解された挙句についたのが謀略の二つ名なんだよねー」
「全く嘆かわしい事です」
などと言っているが全然堪えているようには見えない。あまりの話のスケールの大きさにクロ達は何も言えなかったのだった。




