表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/171

最終話 伊織&佑

 不倫って?

 佑さんがまさか、誰かと…ってこと?!


 待って。そんなわけないよ。絶対にそんなわけ…。

 頭がぐるぐるする。目の前もぐるぐるしてきた。


 みんなの言っていることも良く聞こえなくなってきた。どうしよう。


「中山さん、不倫じゃないですよ。れっきとした僕は伊織の夫です。自分の妻を抱きしめてもセクハラにも不倫にもならないですよね?」

 今、なんて佑さん言ったの?自分の妻をって言った?

 あ、そうか。この前のコピー室で佑さんと抱き合っているところを、中山さんに見られたんだっけ。


 そうか。それを中山さんが勘違いして。

「そうそう。社内でいちゃついていたってだけでね~~~?い、お、り」

「……」

「伊織?どうした?」

 真広が私の顔を見て目を丸くしている。


「び、び、び、びっくりして」

 なんとか声を出したけど、言葉が続かないよ~。

「え?」

「佑さんが浮気するわけないって思ったけど、思ったけど…」

 やばい。私、泣きそう。


「するわけないだろう。他の女性になんてまったく興味も無い。まさか、一瞬でも僕が不倫していると思ったのかい?」

「ごめんなさい」

 ボロッと我慢していたのに涙が出てしまった。


「ほらほらほら~~。中山さんが変なこと言うから~。伊織、泣く事ないって」

 そんなこと言ったって、真広…。本当にびっくりして。

「いや、主任が社内でいちゃついたのが悪い」

 ああ、塩谷さんが佑さんを怒ってくれた。


「ごめんなさい。お二人が結婚しているって知らなかったから。だ、だって、苗字も違うし」

「戸籍上では伊織は魚住伊織。職場では魚住が二人いるとやっかいだから、旧姓を名乗っているだけですよ」

 佑さんは、泣いている私の頭をなでなでしてくれた。ああ、やっとこほっとできた。


「中山さん、主任が浮気するわけないじゃない」

「そうだよ、自分の奥さんに激甘な人が」

「奥さんをエコヒイキしている人が」

 うひゃあ。真広も野田さんも塩谷さんも、何を言い出したんだ。激甘って何、激甘って。


「溝口さん、野田さん、塩谷、変なことを言ってないでください」

 ほら、珍しく佑さんが照れている。私も顔が熱いよ。

「桜川さんにだけは優しいのよ」

 塩谷さん、まだそんなこと言って~。


「いつも主任怖いんですけど、優しい主任素敵ですもんね。羨ましいなあ、桜川さん」

「え?」

 今なんて中山さん言った?


 優しい主任、素敵ですもんね?!


 そして、中山さんはとろんとした目で佑さんを見ている。


 まさか、

 まさかと思うけど。


 佑さんを好きになっていたりしないよね?!


 中山さんのことが、すっごく気になって、マンションに帰ってからも私は暗かった。

 ベッドに入り、もんもんと中山さんのことを考えた。


 私も、佑さんの最初の印象は悪かった。最悪だった。

 これから毎日、佑さんと顔を合わすのかと思うと憂鬱だった。


 だけど、いつからだったかな。

 ああ、きっと映画の話をしてからかな。ううん。佑さんのくすっと笑った顔を見てからかな。

 佑さんの印象が変わって、どんどん気になる存在になって、話をするのが嬉しくて、また笑顔が見たくなって。


 佑さんに何か仕事を頼まれると嬉しくて、佑さんに会えるだけで嬉しいから、会社に行くのが楽しみになって。どんどん、どんどん、佑さんが好きになった。


 中山さんも、そうなるかもしれないよね。


 そして、佑さんも最初は部下として見ていた中山さんが、だんだんと大事になって一人の女性として見るようになって。

 なんてことに…。


 うわ~~~~~~~~~。思考がどんどん暗くなっていく。


 中山さんのほうが私よりも可愛いし…。でも、ちょっと頼りなげなところなんて、守ってあげたくなる感じだし。 

 私なんてまったく、魅力ないし。いつ、佑さんに飽きられるかわかんないし。


 とめどなく落ち込んでいってる。


「伊織?」

 布団の中で丸くなっていると、佑さんが寝室に来て掛け布団をめくった。

「あ…。丸くなってる」

 ぼそっと佑さんの呟きが聞こえた。


「どうした?」

 隣に寝転がり、佑さんが私の髪を優しく撫でた。

 なんでもないと言いつつ、思わず佑さんに抱きついてしまった。


 佑さんの腕の中は安心する。そして、お酒の力も加わり、佑さんに本音を話した。

 中山さんのことが不安なんだって…。

 でも、佑さんは優しく、私を安心させてくれた。


「伊織は特別だよ」

 出会った時は、お互い最悪の印象。

 いつ、佑さんは私を好きになってくれたんだろうか。


 わかんない。だけど、夢の中で私は佑さんと出会ってからを思い返していた。


 映画の話。いつも盛り上がった。

 一緒にカラオケに行ってくれた。


 フラワーアレンジメントに興味を持ってくれて、佑さんのマンションで一緒にアレンジした。

 佑さんは、真剣な顔や、優しい笑顔や、いろんな表情を見せてくれた。そのたび、私は胸キュンしていた。


 酔った時も、風邪で寝込んだ時も、いつだって佑さんは心配して世話してくれた。

 そうだ。佑さんは、いっつも優しかった。

 会社では、クールでそっけなくって、周りの事務の子達からは嫌われたりもしていたのに、私にだけは優しかったよなあ。


「伊織は特別だよ」

 その言葉が木霊のようにずっと聞こえてくる。


 私も、佑さんは特別なの。

 

 翌朝、目が覚めると目の前に佑さんの優しい顔があった。そして、

「おはよう、伊織。朝ごはんできているよ」

と、おでこにキスしてくれた。


 わあ。朝から胸キュン!

 優しすぎる。激甘って言葉、ぴったりかも。


 こんなに佑さんが優しくするのは私だけ?じゃあ、ど~~んと自信持っていたらいいのかな。


 その後、中山さんは仕事に対して意欲的になった。そして、佑さんに褒められると嬉しそうにしている。

 それが、時々気になったが、そのたび、自分に自信を持って。大丈夫。と自分自身に言い聞かせた。


 佑さんは、中山さんがしっかり仕事をするとちゃんと評価し、褒めていた。でも、けっこう厳しくて、細かいことまで注意をした。その時の佑さんは怖かった。

 

 結局、中山さんは、

「主任って、やっぱり怖いです。桜川さんは、なんであんな怖い人が良かったんですか?」

と、佑さんに対して一線を引き、怖い上司としてしか認識しなくなった。

 

 中山さんには同期に好きな人がいるらしく、とても優しい明るい人のようで、

「私、優しい人がいいですよ」

と、一緒にランチをしたときに言っていた。


「主任も伊織には十分優しいみたいだけど、伊織にだけなんだよね」

 真広にそう言われ、困ってしまったが、中山さんが佑さんを好きになることもなく安心した。


 そんなこんなで、2週間はあっという間に過ぎ、私の辞める日が来てしまった。

 3時までは仕事をした。月末なので、けっこう忙しかった。でも、その後は、社内に挨拶に行き、最後には営業部のみんなに挨拶をした。


 5時半を過ぎると同期に呼ばれ、会議室で花束を貰った。真広も、鴫野ちゃんも目に涙を浮かべているから、私まで涙がこみ上げてきた。


「幸せにね」

「寿退社おめでとう」

 みんなに祝福してもらい、会議室を出た。自分のデスクに戻ると、2課のみんなからも花束を貰った。


 真広とロッカールームに行き、私がぐずぐず泣いていると、真広に一喝された。

「泣くなってば。まだまだ、アレンジ教室でも会社来るんでしょ?」

「うん」

「結婚退職なんだから、おめでたいんだから笑ってよ、伊織」


 そう言いつつ、真広も目を真っ赤にしている。

「真広が辞めるときには、来るからね」

「うん。そうだ。披露宴での友人挨拶、任せてね!鴫野ちゃんと盛り上げるから」

「うん」


 真広とはそこで別れ、佑さんに花束を一つ持ってもらって、会社を出た。

 もう、佑さんと一緒に出社することも、こうやって帰ることも無いんだな。


 あの私の席には、今後中山さんが座る。佑さんに頼まれてコピーをすることも、会社で佑さんにコーヒーを入れることもない。

 会議室で抱きしめられたり、資料室でキスをされたり…、そんなドキドキすることもなくなる。


 ああ、なんだか、寂しい。心にぽっかりと穴が開いたみたいだ。


 佑さんが、マンション近くのレストランで夕飯を食べようと言ってくれた。そこでついつい、お酒を飲んですっかり私は酔ってしまった。

 帰ってからも佑さんに甘えた。私って、こんなに甘えん坊だったのかなって、自分で呆れるくらいに。


 でも、いっつも、そんな私にも佑さんは優しい。今日もまた、佑さんの優しい腕の中で私は眠るんだ。


 翌週の月曜日、朝食は佑さんが作った。洗濯物は私が干した。それから、佑さんを玄関まで見送りに行き、キスをしてハグをして、いってらっしゃいをした。

 あ~~~~。後ろからついていきたいよ~~~。


 数日は、マンションで寂しく過ごした。でも、結婚式の準備で忙しくなり、そうそう寂しさを味わってもいられなくなった。

 

 6月。真広が退職した。花束を作り、会社に持っていくと、真広は私のときよりも派手に泣いた。


 7月。梅雨の季節ど真ん中。でも、結婚式のその日、見事に晴れた。

  

 佑さんは私のウェディングドレス姿を見て、にやけていた。私も、佑さんのタキシード姿を見てキュンキュンしていた。


 結婚式は、身内だけ。チャペルで厳かに挙げた。

 披露宴はホテルのレストラン。親戚、2課のみんな。同期。大学時代の友人を呼んだ。佑さんも大学時代の友人が3人来ていて、そのうちの一人は東佐野さんだ。


 友人代表では、私側は真広と鴫野ちゃんのスピーチ。佑さんが、私だけエコヒイキしていたとか、私にだけ優しいとか、そんな話を披露し、佑さんはおでこから汗をかいていた。

 私も恥ずかしくて顔を赤くしていた。


 佑さん側の友人代表は東佐野さん。私と佑さんの共通の友人としてスピーチをした。どんな話をするか、ドキドキしていたが、けっこうまとも。どうやら、佑さんからへんなことを言うなと釘を刺されていたらしい。


 私のブーケも、各テーブルの花も私がアレンジした。それは、誰よりも佑さんのお母様に喜ばれ、自分の会社でフラワーアレンジの仕事をしてくれないかとあとで頼まれた。

「ごめんなさい。そんな大それたことできないです」

と、断ったが、ゆっくりでいいから考えてと言われてしまった。


「母さん、人使い荒いよ。下手したら、毎週土日に仕事入れられるかもしれない」

 新婚旅行に行く飛行機の中、佑さんがそう言ってきた。

「それは嫌だ。佑さんとの時間がまったくなくなっちゃう」

「うん。でも、もしやってみたいって言うなら応援するけど」


 佑さんは、私との時間がなくなってもいいの?と一瞬思ったけど、

「ただし、土日のどっちかは家にいてもらうとか条件付で」

と、真面目な顔でそう付け加えた。


「やらない。私がしてみたいのは、アレンジの教室だから。みんなとわいわい楽しくアレンジしたいんだ」

「うん。伊織にあってると思うよ。それにしても、お義父さん、大丈夫かな。かなり酔っていたよね」

「恥ずかしい。あんなに泣いちゃって」

「僕も、もし娘が嫁ぐってなったら、泣くのかなあ」


「え、想像つかない。そんなの」

「うん。僕も」

 そう言って佑さんは、くすっと笑った。


 私の父は、途中からお酒を飲み始め、披露宴が終わる頃にはべろべろに酔っていた。花束贈呈の時なんて、ぼろぼろと泣き出すわ、私に抱きつくわで大変だった。母と美晴がなんとか慰めてはいたが。

 美晴も母も、父がそんなだったから、感動も何も無かったわ。とあとで愚痴を言っていた。


「伊織、そろそろ着陸するよ。シートベルを閉めて」

「はい!」

 わくわく。もうすぐハワイに着く。


 思い切り佑さんといちゃつくぞ~~!きゃ~~~。楽しみ!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 結婚式も無事に終わり、ハワイのホテルに着いた。オーシャンビューの部屋の窓から見える景色は、最高だった。

 伊織は僕の腕にしがみつき、

「何しようか。買い物?海?プール?」

と、僕の顔を覗き込んだ。


「とりあえず、疲れたからプールサイドの長いすでのんびりっていうのはどう?」

「いいかも。それで、トロピカルなジュースを頼んでもいい?」

「いいよ?」

 でも、なんなんだ。その、トロピカルなジュースって言うのは。


 まあ、伊織が上機嫌だからよしとするか。


 僕らは水着に着替え、Tシャツや短パンをその上から着ると、プールサイドに向かった。プールでは数人泳いでいるだけで、静かだった。

 プライベートビーチもあるんだから、きっとみんなそっちに行っているんだろう。


「のんびるできるね」

 長いすに寝転がりそう言うと、伊織はトロピカルジュースを嬉しそうに飲みながら、頷いた。

 そこに、外人の親子が来た。子供はまだ5歳くらいだろうか。大きな浮き輪を持ってやってきた。


「可愛いね、あの男の子」

「うん」

 確かに。金髪で真っ青な目の可愛らしい男の子だ。


「いつか、子供が生まれたら旅行行きたいなあ」

 ぼそっと伊織が呟いた。それを聞き、僕はまた容易に子連れで旅行に行くところを想像できた。

 

 これから、きっと僕の生活はどんどん賑やかになっていくんだろうな。独り身でいようと思っていた頃には、想像もつかなかった生活がやってくるんだろう。


 そして僕は、きっと結婚したことも、家族を持ったことも、賑やかな生活にも後悔しないだろう。いつでも隣にいる伊織に感謝することはあっても。

 きっと、伊織との出会いは僕の人生を変えた奇跡なんだ。と、そんなふうに思うことはあったとしても。



               ~おわり~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しんで、一気に読ませて頂きました。 ずっとこの二人の人生を追いかけていきたいなと思ってしまいました。^^
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ