③カイルへの報告、そしてアクエリアへ
歴史学者ギルバートのボイスメッセージが途切れた瞬間、古書肆「黒梟の灯」の地下書庫には、再び重苦しい静寂が戻ってきた。
しかし、その静寂は長くは続かない。
庵の地上から這い寄ってくるノクスの異形たちの無数の足音、そして大気をねっとりと汚す邪悪な魔力の濃度が、急速に跳ね上がっていく。
それと同時に、リガルド一帯を包み込む通信妨害の圧力もまた、彼らの脱出や連絡を完全に阻まんと、二人の感覚を物理的に麻痺させようと収縮を始めていた。
「アレン、ノクスのジャミングが強くなっているわ! このままだと、リガルドの地下から一歩も出られないまま包囲される!」
エルザが大剣を構え、周囲の闇を睨みつける。
彼女の放つ『気高き烈火』が不快な気配を焼き払おうとするが、外部への魔力的接触を遮断するノクスの結術は強固だった。
「――なら、力ずくでこじ開けるだけだ」
アレンの赤眼が、フードの隙間から鋭く尖る。
彼は懐から『竜王の紋章』を取り出し、さらに衣服の包帯が巻かれた左手をかばいながら、右腕の『白竜の聖鱗』へと体内の『ドラグニルの心臓・炉心』の絶対的な熱量を一気に集中させた。
パチパチ、と臨界点を超えた純白の魔力と紅蓮の熱源が混ざり合い、アレンの右腕から凄まじい雷光のような衝撃波が放たれる。
アレンはその臨界魔力を、エルザが懐から取り出した緊急用の通信石へと直接叩き込んだ。
ドッ!!!
アレンの圧倒的な熱量が、リガルドの空間を支配していたノクスの通信妨害の数式を物理的にではなく、熱量そのもので強引に焼き切った。
「今よ、カイルに繋げて!!」
エルザが叫ぶと同時に、通信石が翡翠色にカッと明滅し、ノイズの向こうから聞き慣れた理知的な声が響き渡った。
『――アレン!? エルザか!? 繋がった、リガルドの通信途絶を自力で突破したんだね!』
テンペストのラボで一睡もせずに『白竜の翼』の監視と防衛網の再構築にあたっていたカイルの声だった。
「カイル、時間が無いから手短に話すわ! ギルバートさんは不在だった。でも、ここに小さな記憶結晶が遺されていたの。師匠はノクスの目を引きつけるために、一足先に東部:碧海の竜王国『アクエリア』へ向かったわ!」
エルザが現状を素早く、的確に報告する。
「それだけじゃない。ギルバートさんのメッセージによると、アレンの『左手の聖鱗』は、高度な結界魔術が使える誰かの強力な魔力によって『偽装・封印』されているから炉心が反応しなかったの。そしてノクスはその場所を特定して動き出している。奴らの次の狙いは、アクエリアにある白竜の【眼】よ!」
通信の向こうで、カイルが紙の束をめくるような音と、魔導端末のキーボードを凄まじい速度で叩く音を響かせた。
数秒の沈黙の後、魔導科学者としての冷徹な分析とロジックが、通信石を通じて弾き出される。
『……なるほど、すべてが繋がったよ。アレン、今の君の歪な器の状態で、白竜の【眼】という次の巨大な遺産を直接その肉体に取り込みにいくのは、過負荷の観点から絶対に不可能(無理)だ。また左半身から灰になる。……でも、アクエリアの【眼】そのものを手に入れる必要はないんだ』
「どういうことだ、カイル」
アレンが低い声で問いかける。
『白竜の【眼】が持つ、世界のすべてを見通すと言われた圧倒的な「探知能力(視界)」。そのシステムを、外付けの魔導媒体を介して一時的に「借りる」ことができれば……アレン、君の炉心の熱量を最大探知レーダーへと変換できる。そうすれば、世界中どこに隠されていようが、君の「左手の聖鱗」に施された「高度な結界の綻び(位置情報)」を完全に暴くことができるはずだ!』
カイルの導き出した完璧なロジック。
それは、アレンが自滅することなく、失われた左半身の防壁を突き止めるための、唯一無二の勝利の方程式だった。
「アクエリアの【眼】の視界を借りて、左の鱗の封印を暴く……。計算は成り立ったな」
アレンの口元に、かすかに冷徹な、しかし確信に満ちた笑みが浮かぶ。
『ああ。だけど、ノクスに先を越されたらその数式は崩壊する。二人とも、今すぐ東へ走れ! ギルバート師匠と合流し、アクエリアの【眼】を死守するんだ!』
「待ってろよカイル。必ず左手の鱗の謎を解き明かして、本当の器になってみせる!」
アレンの力強い宣言と共に、パツンと通信の魔力結晶が砕け、緊急連絡が切れた。
周囲の森からは、すでにノクスの竜神族たちの異形の咆哮がすぐ近くまで迫っている。
「エルザ、行くぞ」
「ええ!」
アレンはカウンターの奥から回収した、ギルバート
の研究手記の写しを懐へと深く収めた。
アレンの白銀の髪が逆立ち、フードの隙間から赤眼がリガルドの暗い路地裏の先を睨みつける。
その隣で、エルザの宿す『気高き烈火』が、二人の行く道を阻む包囲網の闇を力ずくで焼き払い、最短の退路を拓いた。
ドッ!!!
二人の姿が、リガルドの古書肆の地下から閃光となって消え去る。
目指すは、東の国境にそびえ立つ、碧海の国へと続く唯一の関所――「東の大竜門」。
ノクスの残党に先を越される前に、自らを囮にした智者を救い出し、完全なる器の土台を完成させるための大急行が始まった。
そして物語は、荒れ狂う激濤と失われた遺産の謎が待ち受ける「碧海のアクエリア」へと、今まさにその幕を開けるのだった。
突然ですが、一旦白竜の物語は毎日更新ストップします。ストーリーのプロット整理出来次第また更新再開します!他作品は引き続き毎日更新するのでよろしくお願いします!




