第1話 白き腕の目覚め
物心ついたときから、俺の右腕には気味の悪い「鱗」があった。
肌の一部が硬く、透き通るような白さを帯びている。
谷の奴らはそれを不気味な痣だと呼び、俺を「呪われた子」のように煙たがった。
けれど、俺を拾ってくれた育ての親――親父だけは違った。
『気にするなアレン。そいつは男の勲章だ。そんなことより、今日も剣の稽古を始めるぞ。』
ぶっきらぼうだが温かい親父の言葉だけが、俺の支えだった。
大陸南部「ドラグニル」の辺境、深い霧に包まれた「白煙の谷」。
国の支配も届かないこの孤立した集落で、俺は親父から教わった剣をひたむきに振り続け、ただ静かに生きていくのだと、そう思っていた。
あの日、世界が真っ赤に染まるまでは。
地響きと共に霧を裂いて現れたのは、見たこともないほど獰猛な魔獣の大群だった。
谷を守っていたはずの結界はガラスのように容易く砕け散り、平和だった集落は一瞬で燃え盛る地獄へと変わる。
逃げ惑う人々。
崩れ落ちる家々。
俺は必死に剣を構えたが、押し寄せる圧倒的な暴力の前に、身体が恐怖ですくみ上がった。
迫る爪が、俺の喉元を引き裂こうとしたその時――。
「アレン、伏せろ!」
視界をよぎったのは、見慣れた親父の背中だった。
肉を切り裂く鈍い音が響く。
強靱だった親父の身体が、鮮血を撒き散らしながら俺の目の前でゆっくりと崩れ落ちていった。
「――親父!!」
叫びながら駆け寄る。
けれど、親父はもう動かない。嘘だろ、嘘だと言ってくれ。
絶望で頭が真っ白になる俺をあざ笑うように、魔獣たちが血に飢えた目をぎらつかせ、一斉に飛びかかってきた。
終わる。俺も、ここで死ぬんだ。
死を覚悟し、ぎゅっと目を閉じたその刹那――。
――ドクン。
右腕が、激しく脈打った。
肉が焼き切れるかと思うほどの、猛烈な熱。
骨の髄まで突き抜けるような衝撃に、俺は思わず右腕を強く抱え込んだ。
『 ――応えよ、我が半身よ。』
(誰だ……!?)
頭の中に直接、地鳴りのような声が響く。
それは酷く厳かで、なのに、どうしようもないほど懐かしい声だった。
次の瞬間、俺の右腕の白い鱗から、視界を完全に埋め尽くすほどの眩い光が爆発的に溢れ出した。
「う、あ、あああああああッ!!」
身体が引き裂かれそうなほどのエネルギーが全身を駆け巡る。
絶叫する俺の背中から、光の粒子で編まれた巨大な「白き竜の翼」が突き抜けるように顕現した。
その瞬間、世界から音が消えた。
さっきまで俺を貪ろうと牙を剥いていた魔獣たちが、一斉に動きを止め、ガタガタと本能的な恐怖に震えながら、その場に平伏したのだ。
まるで、絶対的な王を前にした奴隷のように。
「これは……俺の、力……?」
呆然と自分の右手を見つめる。
白い鱗は、神聖な銀色の輝きを放っていた。
それと同時に、俺の脳内に「何か」が濁流となって流れ込んでくる。
見たこともない、五百年も前の世界の情景。
大空を舞う強大な五人の竜王たちの姿。
そして、それらをすべて生み出したという絶対的な存在――「白竜」の記憶と、世界を容易く変革させてしまうほどの強大な力の奔流。
『 お前が……世界を繋ぐ者だ。』
再び響いた声と共に光が収まったとき、あれほど獰猛だった魔獣たちは一匹残らず霧の彼方へと逃げ去っていた。
静寂が戻った戦場で、俺は一人、立ち尽くす。
親父はもういない。
そして、俺の右腕に宿ったのは、五百年前に消えたとされる白竜の遺志そのものだった。
この腕に刻まれた宿命が何なのか、俺にはまだ分からなかった。
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