第32話彼には簡単な戦いだった
ルーナを背中に背負いながら一切姿勢がぶれることも無く森を紫苑は走る。木々から月の光が漏れることもなく森はその全貌を閉ざしている。そんな光が一切ない、暗い中でも紫苑の目は闇の中を全て見透かす。
走っているとやはり魔物がいるのだが全て無視して進む。紫苑達を獲物として追ってくるもの、自身の領域に踏み込んできた侵入者として追ってくるもの達がいたが1匹も追いつくことなく途中で諦めていった。
時には咆哮するものもいたが背中で寝ているルーナが起きることは無かった。今、この森に入ってから初めて彼女は安眠できている。魔物に襲われることも無く、危険を感じていない。だからこそ紫苑の背中でぐっすりだ。
そうして夜を走っていると巨大な何かとすれ違った。それも他の魔物と同じで迫って来るのだが特に気にした様子もなく紫苑は走った。
そうして走って過ぎたはずなのだが一向に諦める気配がない。今までは諦めていた魔物と違いすれ違ってからずっと後ろに気配を感じていた。
(しつこい。いつまで追ってくる気だ?)
流石にどうしたものかと思っていると突然その魔物が急加速してきた。
そのまま紫苑達の方へ突っ込んできたもののなんなく避けられ魔物は木へと突っ込んだ。
ドゴーンと大きな音が鳴り響き葉っぱが大量に落ちる。
「ん?あれ?なに?」
紫苑の避けた拍子に大きく揺れたルーナは騒音もあって目を覚ましてしまった。状況がよくわかっていないルーナは紫苑の背中をつかみながら目線を動かしてこの場の情報を得ようとしている。
「すまぬな。起こしたか?」
「あっ私、寝てたんだ。それにもう夜になってる…」
「ぐっすり寝ておったな」
紫苑の言葉に恥ずかしそうに顔を赤めながら顔を背ける。
「ごめんなさい。シオンさんずっと背負っててくれたんだよね?なのにずっと寝ちゃってて。申し訳ないよ」
「気にするでない。特に疲れたわけでもないでな。」
「あはは。多分それで疲れないのはシオンさんだけだよ」
苦笑いを浮かべながらルーナは口に出す。一日中走り続けるなんて普通ならできない。しかも人1人を背負って走っていたのに息すら切れていない。まあ彼女自身が小さいのもあるのだが。
「シオンさん。あれはなに?」
そう言ってルーナは後ろの闇を指さした。
暗闇の中に黒い大きな影があった。先程木にぶつかった魔物だろう。それがこちらを観察するように見ていた。不確かな黒い影が形を帯び始める。体は大きくも長い。そして何より顔あたりにある大きな黄色く光る目玉。その黄色い目からは何か不気味なもの、と言うよりは不吉な物を感じる。幸いにもルーナは黒い影しか見ていないようで特に何も無いようだった。なのですぐに紫苑はルーナを後ろに下がらした。
「シオンさん?どうかした?」
紫苑ははっきりと見えていたがルーナは暗くてはっきりと見ていないようで何かはわかっていなかった。しかし夜目に慣れれば見えるだろう。
「あれは見ない方が良い。あとは俺がやっておくからそなたはそこでじっとしておれ」
「大丈夫?何か嫌な感じがしたけど」
「心配するな。俺の相手では無い」
「あはは。そうだね。シオンさんだもんね」
不気味な気配を感じて心配していたルーナは紫苑のいつもと同じ雰囲気の紫苑に安心しながら呆れてしまった。
そんなルーナを余所に紫苑は相手の方へと向く。
「ルーナよ。絶対に目を開けるな」
少し近づいて相手の目と合ったとき、紫苑は確信した。この目は格下の相手を目が合っただけで殺す目なんだと。その目からあふれ出る死の気配は普通の人なら簡単に死ぬだろう。だからこそすぐにルーナに目を閉じるように言った。
しかし、紫苑が死ぬことは決してない。それはまず紫苑が相手よりも格下ではないから。何より紫苑に対して死の力を持っていたことは何よりも不幸なことだろう。
「運が悪いな。俺にそのようなもの効かぬ」
刀を抜きながらいつもながらの無表情の顔を向ける。相手は巨大な蛇。この大陸の魔物に詳しくない彼は特に気にせずに向かう。しかしその正体はバジリスク。街ひとつを滅ぼせるレベルではあるのだが。
蛇は自身と目が合って死なない紫苑に戸惑いながらもジッと紫苑を見ている。
しっかりと目が合っていないから死なないんだと睨むように力強く目を合わせようとするも一向に死ぬことは無い。何かの間違いなのではないかと信じられないの目をぱちぱちさせながら顔を振る。
夜目の効く紫苑は表情のころころ変わる蛇を見て感情が豊かなんだと思いつつも容赦する気はなく、そのまま刃を向ける。蛇も仕方が無いように襲いかかろうと姿勢を低くし、そのまま突っ込んでくる。
「蛇よ。先に襲ってきたのはお主だ。恨むなよ」
紫苑は地を蹴り蛇に向かう。
大口を開けた蛇の歯歯から何か液体が落ちて地を焼く。見ただけで猛毒とわかる。
蛇は紫苑に噛み付くために走る彼の軌道上に口を持っていく。このまま行けば紫苑はそのまま口の中に行くだろう。
蛇は油断していた。今まで彼に値する強者はいなかったから。今まで彼は強者に会わずに生きてきてしまったから。だから気づかなかった。自身が追いつけない速さで走る相手を。自身の魔眼が効果を発揮しない理由を。だから紫苑が強者である理由が揃っていても疑わなかった。自身が狙っていたものが格下だと言うことを。しかし実際は格下なんてものじゃなかった。
蛇自身がそれに気づいたのはすぐだった。自身の口に向かってくる獲物を舐めるように馬鹿にしていたときだ。紫苑は口に入りそうな距離になったとき、突然上にジャンプした。当然蛇も驚きながらもその行動に対応した。流石に機動力には驚いたものの翼も無いものが空中で動くことは無い。やはり取るに足らない相手のはずだった。
まっすぐど落ちてくる餌。それを口の中に入れるだけ。しかしそんな予想と結果は違った。相手は宙を蹴った。地面もない場所を。そして蛇の牙を回避した。
次の瞬間濃密な殺気が放たれた。それと同時に蛇は理解した。相手はまだ宙に浮いていて自分の方が有利。とんでもない。実際には自分の首を閉めていただけだった。彼を獲物として狙ったのも。宙に浮く彼に噛みつこうとしたことも。獲物は自分自身だった。
獲物を執拗と狙い、死ぬまで諦めることがない蛇はこの時、生きるとことを諦めた。
「鬼刀術・獄炎刃」
紫苑から赤い光が刀に収束して黒い炎を形成すると、刀に纏わせながらすぐさまその刃を振り下ろした。
黒刀は肉を裂き、黒い雷は蛇の肉を焼いた。
ドスンと大きな音を立てて蛇は倒れた。一瞬のうちに終わった戦いは紫苑を勝者としておわらせた。
「ギィヤアアアア」
瞬く間に蛇の体は炎が広がり燃やしつくそうとしていた。
「たわいも無い」
紫苑は刀をさやに戻してルーナの元へと戻る。
ルーナはしっかりと目を閉じていてうるさかったのか耳を手で塞いでいた。
「ルーナよ。終わったぞ」
「ほんとに?やっぱりすごいよ。シオンさんは。あんなにおっかないのもやっつけちゃうなんて。」
「お主もいつかあれぐらいはできるようになる。さて、とっとと先に進もう。もうすぐ着くはずだ。」
「うん!早く進もう!」
夜だと言うのに元気よく進む姿は疲れを感じさせない。しかし、やっぱり彼女の足は何処かぎこちない。まだ足が痛むのだろう。そうそう治るものでもない。紫苑は彼女を引き止めると。あれ?バレちゃったと言いながら恥ずかしそうに紫苑の差し出す背中へと乗った。
背中に乗って口数が減りながらもいつものように振舞おうとルーナは色々な話をし続けた。




