第2話 キャプテン・ヴァルカ
「いっぱい飛んだなボラタイル!」
満足するまでボラタイルで空を駆けて満足した頃、冷静さをようやっと取り戻した頭で色々と考えたが──まあいっかぁ!
惑星の空は広い。
闇雲に飛ぶのは終わりだ。
所持金ゼロ、食料ゼロだ。
取り敢えず食べていかねば。
ボラタイルを売り飛ばすような末路だけは絶対に回避するためにも金策がいるぞ。ボラタイルはデカいし、最悪は、どこかで係留するだけでも酸欠で溺れる金魚みたいに苦しむだろう。
スカイハイフリートであれば懸賞金目当てに賞金首を追い回すとか、資源を略奪して売っぱらうとか、他の船を襲って略奪……アウトローから外れて真っ当な仕事なら、やっぱり運輸系が高級になるかな。手紙から酒に機械まで、飛行艦もちは少ないので設定的に、金策は荷物運びとなっている感じなのだ。
ここではどうなのかわからないけどな。
取り敢えず最寄りの港を探さないとだ。
電波探知機、聴音機で調べるけど……。
スカイハイフリートは変な部分でリアル寄りなテイストが強い面がある。例えばレーダーは、電波の反射で調べるのだが、捜索レーダと追尾レーダの送信のオンオフだとか、同期だとか、誘導方式にゴーストの処理の切り替えとか……妙な煩わしさがある。
まあ慣れたが……て、うん?
レーダースコープに反応だ。グリッター処理を切り替えて探るが、確かに3隻分の反射波を受信しているじゃあないか。
速度と方角は割り出し済み。
3隻とも、真っ直ぐ近づく。
聴音のヘッドホンを掛ける。
激しいピストン運動の動力。
機械工学で建造された飛空船だな。
ボラタイルのような生物学系は、もっと静かな音を空に出し続けるもんだ。
「まあ、まだ〝空賊〟と決まったわけでは……」
双眼鏡で、レーダーが捕捉した〝敵船団〟の方角を見る。まだ見える距離ではないと考えていたが、予想は外れて、すでに排煙が夜空をうっすらと隠している光景が見えた。
数千メートルは離れている。
夜中に山を見るような物だ。
意外と巨大な影というのは夜でも見える。
3隻が船団を組んで、独行している飛空船に急速に近づく……それはもう十中八九、空賊の動きだ。
低い確率だが、制空権のある土地の管理者が、引き返すよう警告に来るだとか、監視とか臨検というのもありえる。
ありえる、のだが……。
相手方から発光信号だ。
謎の船から指向信号灯。
シャッターを切り、光の点滅で通信をしてきているんだ。
解読してみると、退屈なほど定型な、空賊の文句だった。積荷を寄越せ、命だけは助けてやる、というやつだ。
スカイハイフリートは甘い世界ではない。
いつだって略奪を狙う輩がいたし、心無い連中というのはどこにでもいる。
空賊ロールをしていると公言するプレイヤーは多かった。儲かるからと、どこの誰でも、手頃な獲物は小遣い稼ぎに襲うもんだ。
空賊も、そういう手合いなのだろう。
3:1で、ボラタイルは不利なのだ。
「……ボラタイル、戦闘態勢に入ってくれ」
空で、飛空船を失えばどうなるかなど、誰にだって想像がつく……墜落するのだ。空は人間の世界ではないのだ、飛べることも浮くこともないのだ。
不思議と恐怖感はない。
ボラタイルを知っているからだろう。
彼女の性能も動かし方も把握済みだ。
「おぉ?」
距離にして、2000程かな。
空賊船に探照灯を照射された。
同時に空賊船の作業用の照明だかも点灯して、夜に隠れていたものが丸見えとなる。
3隻から伸びた強い指向性の光は、ちょうどボラタイルで交差している、ロックオンされているわけだね。
さて、〝暫定〟空賊の船だが武装民間船といったところか。貨物スペースを潰してまで、大砲や装甲をボルト止めしている。真っ当な改造ではない、略打者仕様だ。しかも、修理費をケチってるのか、錆どころか穴が空いたままのもあり、塗装が錆止めしかない部分まである。
情けを掛ける理由が外れる。
俺の愛艦ボラタイルは、1等戦艦には劣るミドル級の生体工学系戦闘飛空艦だ。サイズの割には大型火砲が少ないものの、長距離を低いエネルギーで飛ぶし、維持コストが安い、エンジンが省略されて静かなぶん、電波音波の索敵でも優位だ。素早く、先手を打てて、迂回しての待ち伏せも余裕なのがボラタイルだ。
空賊に負ける性能じゃあないな。
空賊には悪いが蹂躙になるだろ。
「逃げることはできないだろうな」
だが、僕は警笛を鳴らした。
警笛と言ってもドラゴンの咆哮だ。
大気を震わせて夜を引き裂く衝撃。
だが空賊船はアタックを決断した。
警笛を無視して襲撃せんと近づく。
「やるのか?やるってのかよ」
ボラタイルを空賊船団に向かって加速させた。空賊船からの発光信号による脅しが、意味のない発光の点滅に変わる。
船団の陣形もバラバラだ。
右に逃げる船、左に逃げる船、あるいは高度を上げようとして、点でバラバラに散っていく。
おい、戦いは始まってもいないぞ。
ボラタイルが普段は羽ばたかない翼で力強く風を打ち、空賊と比較すれば破格の加速度と急降下で腹下に滑り込む。
加速度が俺の体を椅子に縫い付けた。
巨大なドラゴンそのものであるボラタイルが畳んでいた腕を伸ばす。自前の対艦クロー付きの腕には、対装甲散弾を1発ずつ装填した砲身が縦横で横10列、縦2行の20門で1組になっている。
ボラタイルが重々しく口を開き外気を取り込むと、体内の複雑な生産プラント群そのものである細胞器官で複雑な化学反応をすぐさま完了し、強烈なジェットとして鱗下のノズル状の器官から噴射することで更に加速する。
強烈なブーストで席に押し付けられた。
ボラタイルへボーディングしようと用意していたハープーンガン──頑丈なロープと繋がれたら銛を標的に突き刺して捕まえる道具だ──が、虚しく空中を飛び去り、重力に引かれて落ちるロープさえ、ボラタイルは翼をたくみに操り触れさせることさえ許さない。
空賊船団の側を抜き去る。
ボラタイルは急速反転だ。
すかさず両腕の対艦散弾砲を放つ。
最後尾にいた空賊船は、艦尾方向から大口径散弾を浴び、ブリッジはもぎとられて消滅、エンジンを粉砕して船内に飛び込んだ散弾は砕け散り、あらゆる機材を破壊しながら内側から装甲を突き破り飛び出した。
空賊船は息を吹き込まれた風船のように、船体を膨らませて爆発、炎をあげたまま流星のように落ちていく。
『バーンの船がやられた!一撃だ!』
戦闘中だというのに、敵船の声を聴音機が捉えている。凄い精度だ。だが、ちょっとだけ嫌な気分になる。
ボラタイルは、艦尾を向けて逃げる空賊船を追う。空賊船は振り切ろうとしているが、加速度が違いすぎる。
ボラタイルは捻りこむように速度を高度に変換しつつ上昇、空賊船を追うために完全に反転した後、高度を速度に再変換した。
上から被って空賊船の2隻めを狙う。
「ふりきれねぇ、死にたくねぇ死にたく!」
ボラタイルは空賊船とすれ違い様、対艦クローをラム代わりに、加速度のまま振るった。空賊船の船体は破滅的な一撃を真横から受けて、叩き折られる。
推力を失った空賊船はゆらりゆらりと木の葉のように回転しながら雲のなかへと消え、真っ赤な炎を雲中で反射させる。
『バレン!?くそッ、殺してやる!」
最後の空賊船は、ゆっくりと旋回しながら、ありったけの砲を向けて撃ってくる。
小口径の速射砲だ。
放物線を描いて飛んでくる砲弾の群れが、目で見えた。遅い、だがボラタイルに近づく程、加速でもしているのかと思うほど、あっという間に過ぎ去る衝撃波でボラタイルが微かに揺れる。
『当たれ、当たれ、当たれ!』
空賊は、ランダムマニューバで回避運動するボラタイルを弾幕に捕まえようと何度も砲撃を修正する。
たぶん、とても優秀なクルーが揃ってる。
敵は、機械ではなく人間だ。
必死に生きようとする人だ。
「ッ、ボラタイル!」
ボラタイルの腕の対艦散弾砲が放たれる。
だが空賊船は真っ直ぐに加速して、散弾の直撃を最小限にとどめた。数少ない散弾は装甲を粉砕し、艦首から艦尾までを引き裂き、露天の砲を生身の空賊諸共薙ぎ倒す。
止まらない。
特攻だろう。
あるいは全滅したゴーストシップ。
空賊船は炎をあげながら、艦首を真っ直ぐ、ボラタイルに突き立てんと鬼気迫ってくる。
「……生体工学の戦艦を相手にやってはいけないタブーが、ラムアタックなんだ……最後のたむけに教えてやる、空賊」
ボラタイルは、決死の覚悟だったろう空賊船の突進を、闘牛士が牛を揶揄うようにあっさりとかわす。
同時に、ボラタイルの四肢に備わったクローが、空賊船の装甲へと食い込んだ。
空賊船の破口へボラタイルが口付けする。
『や、やめ──』
ボラタイルが腐食ガスを吹く。
高熱で石さえ分解するガスが空賊船の内に一瞬で広まり、空賊船は今度こそ完全にゴーストシップへと変わり果てた。
◇
「ちょっと遅くなったか?」
ボラタイルが空賊船を1隻抱きしめている。
空賊船の動力が生きているので、アイドリングよりは多少マシ程度に動かしている。ちょっとは軽くなるはずだが、大型艦クラスではないボラタイルでは重いようだ。
「……」
全身が、ボラタイルのコンバットマニューバによる加速度のせいで痺れる。へだたっていた血が戻ってくるのを感じるが、まだ、じんわりと痺れている。
夢では、ないんだよな。
落ち着いて考えていた。
感じているものは本物だ。
生きる為の方法がいるね。
考えなければならないことは山程ある。
ボラタイルもいつまでもが飛べないし。
ボラタイルて……食料とかいるのかな。
気がついたら異世界の空に放り出されていたから、準備も気構えもなんにもないんだぞ、こっちは。
ボラタイルがいただけマシか。
裸で放り出されるより遥かに。
だがそのボラタイルが悩みの種でもある。
家に帰るまで、生きていられるかどうか。
ボラタイルの中で目覚めいきなり空賊船3隻に襲撃されるような世界なんだしな。治安が終わってる。生活必需品に〝弾薬〟も嵩むことになるだろう。
戦艦用のデカい弾がだ。
デカいものは高いんだ。
「まッ、なんとかなるさ」
人間、適応しながら生きていく。
ハプニングなんて日常茶飯事だ。
覚悟も機会も待ってはくれないんだし、やれることを、やれるだけの範囲でほどほどに生きていけばいいんじゃない?
うん、これで行こう!
悲劇な悪戯であるが、ボラタイルの扱いに問題なし、ハイスカイフリートの知識は一定は役立つ、空賊船3隻を返り討ちにできる戦力もある。
うん、上手くやれば、やっていけるさ。
となれば路銀か日銭を稼いでかないと。
俺は鹵獲した空賊船だけでなくボラタイルの倉庫まで漁った。ボラタイルに関しては目録を見つけたので確認するだけで楽だ。空賊船には目録さえなく、木箱やら金庫やら一々中身を見なければなかったが……。
「あちゃあ、賞金首でもこりゃダメか」
空賊船を売るにしても清掃はいる。
ボラタイルの食堂で熱湯を作り、空賊船をモップや雑巾で後片付けした。大量のヘドロだか肉だかは、ボラタイルちゃんの協力のおかげで、空賊船を傾けて外へと捨てる。
だがモップ掛けは必要なのだ。
バケツにモップが入るたび赤く染まる。
貴金属は回収しているので小銭になる。
行き先もわからないまま飛ぶボラタイルが、朝陽を浴びようとしていた頃、俺は空賊船で使っていた海図ならぬ空図を見つけた。
飛空用空図だ。
複雑な風の流れは、海流よりも凶悪で、貧弱な飛行船だと墜落するようなものもあるが……電離層の電波の反射が最大化する時間や時期など必要なものが書き込まれてる。
これは空賊が盗聴に使う為だろうか?
ボラタイルと戦闘前の位置までの記録。
速度や方角の変化は勘になるが、コンパスでざっくり測ると、近くに交易所があるようだ。要するに飛行船が中継地にする賑わう町だ。
他にも細々と、空賊のアジトまで空図に書かれているが、売れる情報ではあるな。
よし、目的地が決まった。
俺は空図をボラタイルに移し替える。
1人身の辛さで重労働も全部俺だけ。
仲間いてくれたら楽なんだろうがな。
空図台ざっくり現在地──実際の位置は天測でちゃんと測った。六分儀の精度が正しければだが──を確認して、ボラタイルに頭を振らせる。
鹵獲空賊船を売るにしても相手がいる。
戦闘とは違うのんびりとした巡航速度。
ジェットが鱗下に格納されて風を泳ぐ。
雲が切れ、地平線が白く光り始める。
夕焼けとは違う色をしている。
1日の始まり朝の訪れだった。
「行くか」
まだ、空賊船から運び込んだ荷物で散らかったままのデッキだ。その窓から入る陽の光がゆっくりと向きを変える。
また空賊に襲われるのは避けたいところ。
急いで、だが安全飛行で行こうじゃない。
目的地ができた、そこに、向かっている。
そんな程度でも安心でき眠くなってきた。
『──』
寝ようとした矢先に、無線機からアヒルの鳴き声が響く。ノイズだ。すぐにノイズは処理されて調整された。
通信だ。
『こちらはエスパノーラ管理局だ。当空に侵入をはかる未確認船は応答せよ。繰り返す、こちらはエスパノーラ管理局、当空に侵入をはかる未確認船は応答せよ」
エスパノーラ。
空図を確認だ。
寝ぼけ掛けていた頭でも、エスパノーラが目的地である最寄りの港の名前であることくらいはわかった。
『エスパノーラ管理局だ。船名と船長の名前を公開せよ。登録無しでの当空への侵入は許可されていない。要撃船のエスコートに従え』
レーダに輝点が2つ高速で近づいている。
エスパノーラの用心棒に雇われた船かな。
名前か。愛艦はボラタイルで即答できる。
だが俺の名前はどうするかな。本名でも別に構わないのだが、もしボラタイルが登録されていて、照合した名前が違っていたりすると、揉め事にしかならないだろうな。
素直に、名を名乗るか。
ボラタイルに乗る男だ。
「こちらボラタイル号のキャプテン」
エスパノーラ管理局に返信する。
挨拶と名乗りは大切な儀式だな。
「ロウ・ヴァルカ、キャプテン・ヴァルカだ!」




