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氷の上司に、好きがバレたら終わりや  作者: naomikoryo


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第16話「あなたの痛みを抱かせて」

「……救われます、あなたに出会えて」


あの一言が、ずっと舞子の胸に残っていた。


あの人が初めて、自分の気持ちを言葉にしてくれた。

ほんの少し、心の扉を開いてくれた。


(やっと……やっとや)


だから、今は焦らんでええ。

すぐに付き合うとか、恋人になるとか、そんなんやなくていい。


この“温度”を、ちゃんと一緒に感じながら、

少しずつ前に進めたらええと思えた。


 

翌週の金曜。

プロジェクトの節目となる資料提出日。

ふたりは珍しく、一緒に会議室で作業していた。


いつも通りの静かな空気のなかで、

舞子は本庄の横顔を盗み見た。


(ほんま、よう見たら優しい顔してんねんなぁ……)


すると、不意に視線が合う。


「……何か?」


「あ、いや……

その、課長、顔に紙くず……

ついて……て」


「……ああ、ありがとうございます」


舞子は慌てて手を伸ばして、それを払った。


すると本庄が、不意に口元を緩めて言った。


「……今日、“課長”って呼ばなくていいですよ」


「……え?」


「今は、勤務時間外ですし。

……“本庄さん”でいい」


(……これ、地味にすごい進展ちゃう!?)


「じゃ、じゃあ……

本庄さん。

あの、よかったら、今夜……

ごはん、行きません?」


一瞬、時が止まったような気がした。


けど彼は静かにうなずいた。


「……はい。

行きましょう」


 

夜。

少し落ち着いた雰囲気のレストラン。

照明は柔らかく、ほどよく騒がしい。


「……普段、こういうお店来るんですか?」


「滅多に来ません。

でも、悪くないですね。

静かすぎないのが、ちょうどいい」


「ですね。

なんか……落ち着きます」


舞子は笑った。

自然に出る笑顔だった。


食事が進むにつれて、ふたりの距離も、どこか自然に近づいていく。


今まで避けていた“個人的な話”も、少しずつ交わされるようになった。


「学生時代、何してたんですか?」


「……将棋部でした。

中学から高校まで」


「ええっ!?

将棋!?

意外すぎる!」


「言われます。

よく“剣道っぽい”って」


「絶対言う、それ!」


笑い合うふたり。

こんなに自然に、笑える日が来るなんて

――舞子は、ちょっと泣きそうになっていた。


(うち、今この瞬間、ほんまに“好き”って気持ちで生きてるんや)


 

食事を終え、店を出たあと。

川沿いの遊歩道を、並んで歩くふたり。


「寒くないですか?」


「だいじょぶです。

本庄さんこそ、風邪ぶり返したら大変ですよ?」


「……気をつけます」


その“他愛ない会話”が、すごく大切な時間に感じられる。


沈黙が流れても、それは気まずさじゃなく、心地よさに近かった。


「……舞子さん」


「……!」


初めて“下の名前”で呼ばれて、心臓が跳ねた。


「僕は、まだあなたに何かを与えられるような人間じゃありません。

過去の傷も、いまの不安も、きっとすぐには消えません」


「……うん」


「でも、そんな自分を、あなたが“抱えてもいい”と言ってくれたことが、

すごく、救いでした」


「うちは本庄さんが弱くても強くても、好きです。

全部、受け止めたい。

そう思えるんです」


本庄は立ち止まり、川の水面を見つめながら、ぽつりと――


「……まだ、あなたに何も返せていないのに、

あなたはこんなにも、僕に差し出してくれる」


その声に、舞子はそっと言った。


「じゃあ、うちに抱えさせてください。

“全部自分でなんとかせな”って思わんでいいんです。

うちは、あなたの荷物、半分でも三分の一でも、持ちたいんです」


そのとき――


ふと、本庄の手が、そっと舞子の手に重ねられた。


ぎこちなくて、少し震えていて、でも確かに、ぬくもりが伝わってくる手。


「……手、冷たいですね」


「うん。

でも、今……

ちょっとだけ、あったかい」


ふたりの手は、指先だけ重なって、

まだ恋人でもない、けど――確かに繋がった。


その夜、舞子は確信した。


この恋は、これから育っていく。

時間がかかっても、ちゃんと前に進んでいく。


本庄さんの痛みごと、うちが抱きしめてみせる。


そう、心に誓った。

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